【BARKS編集部レビュー】スマホが与えた音楽リスニングのモラル変革、求められるのは開放型インナーイヤーイヤホン
ウォークマンやiPodといったこれまでのポータブル音楽プレイヤーの進化とは比較にならないほど、スマホの進化と普及スピードは目覚ましい。そしてその急激なツールの流通・浸透が、音楽リスニングの生活様式に「深刻なほどの急激な変化」を及ぼしているようだ。
古くはアナログレコード、カセットテープ、1980年代中期からはCD、そしてMD…と、これまで物理パッケージの形で自宅に保管されていた音楽ライブラリは、ここ10年でほとんどがデジタルデータ化され、iPodやウォークマンといったプレイヤーで楽しまれることになった。それでもCDの山は、自らの貴重な音楽ライブラリの総本山として、オーディオ機器と共にリビングや書斎などに並んでいたことだろう。あくまで音楽ライブラリーの源は自宅のパッケージ群であり、iPodやウォークマンはその一部を簡易的に持ち出している感覚に過ぎなかった。
ところが、それがスマホとなると状況は一変する。何より音楽を直接ダウンロードできることと、常に携帯しているという2点が決定的で、たったこの2点が自身の音楽財産の保管場所をこれまでのリビングからスマホ内部へ大移動させてしまうパラダイムシフトを起こす。音楽がCDではなくデータで流通されるのが当たり前になったこと、スマホのデータ容量の倍増化、定額聞き放題のような音楽サービスが定着し始めてきていることも、そこに加速をつけたことだろう。
きっちり音楽を聴くためには自宅に帰らなくては(あるいはマイカーに乗らなければ)いけなかった数十年来のミュージックライフの行儀作法は、ここ数年で壊滅の形相を呈することとなった。音楽は、今本当の意味で「いつでもどこでも全ライブラリーを楽しめる」エンターテイメントへと大きくステップアップしたのだ。究極の「ながらアイテム」に姿を変えて…。
イヤホン/ヘッドホンさえあれば、いつでもどこでも好きなように音楽が楽しめるようになった。便利になっただけ、音楽に対し渇望感にあえぐこともなくなっただろう。自ずと音楽の価値観は軽んじられ、音楽を聴く行為自体が、生活の中でBGMをかけるに過ぎない行為になってしまったかもしれない。
もちろん、気軽なだけに、音楽と接する時間自体は以前より増えた人も多くなったことだろう。実際にそういった人に向けたイヤホン・ヘッドホン市場は、以前にも増して活況を呈している。消費者ターゲットは、これまでの一部の音楽マニアからごく一般層へ急激にエリアを広げているのだ。
事実、サウンドの高品質化と低価格化には目を見張るものがある。こと外部の音を遮音するカナル型イヤホン、ノイズキャンセリング機能を有したヘッドホンなど、ヒヤリングケアの見地から小さな音で高品質な音楽を楽しむに最適な製品が、市場を最もにぎわせている人気モデル群だったりするのも当然の流れといえるものだ。
そして、ここにきて社会問題となってきているのが、自転車でのイヤホン・ヘッドホン使用にまつわる問題である。すでに条例化されている地域もあれば、表面化していない地域もあり、問題解決は簡単ではない。むろん、外の音が聞こえないような状況で車両を運転すること自体が違法行為だ。が、「外の音が聞こえなくなる」のは、イヤホン使用以前に注意力が散漫になっただけで簡単に起こり得るので、話はややこしい。逆に聴覚に障害があれど総合的に必要十分な危険回避能力を備えていれば、運転は原則認可されるものである。
基本的に危険回避が論点の焦点になる話だが、「イヤホン着用時の方が交差点での安全確認頻度が高かった」という、自転車の危険行為と走行挙動との関連性に関する調査分析の報告例もある。音からの危険察知ができないという自覚によって注意喚起が揺り起こされ、通常よりも目視による安全確認が誘発されることで、結果安全性が高まるという皮肉な逆転現象だ。むろん、これもひとつの断片的な側面にすぎないだろう。単なる注意不足、過信、注意喚起しているという自覚による慢心…と、答はいつまでも堂々巡りだ。
ちなみに、動物愛護団体からもイヤホン使用による苦情の声が上がっているともきく。犬の散歩をしていた人の長いリードと自転車が絡み、事故につながったその背景には、イヤホン使用があったのだという。実は自転車に乗っていた人のみならず、散歩していた犬の飼い主もイヤホンで音楽を聴いていたのだ。さあ、問題はどこにあるのか、何がいけないのか…。
現代社会においてイヤホンをすること自体が悪であるはずがない。音楽を聴くことが悪いことのはずもなし。問題は「公共の場において、どんな心持でいるのですか?」ということだ。つまりはマナーとして定着する以前の、モラルの問題に近いのではないか。今さらながら、道徳と言った方が正しいのかもしれない。
イヤホンとどう付き合うか。そこに作法はあるのか。それ以前に、守るべき当然のルールがあるのではないか。
結論から言えば、公共の場…つまり第三者との接触の可能性がある場において、遮音性を追及したカナル型は使用するべきではないだろう。選ぶべきはインナーイヤー型と呼ばれるいわゆる開放型のイヤホンであるべき、というのが私個人の見解である。何故か?外部の音がなんの阻害もなく全て聞こえるからである。もちろん外部の音をけちからすような爆音で聴くことは論外として。
構造上、イヤホンにはいろんなタイプがあるが、ここでいうインナーイヤー型を最低でもひとつは持っておき、公共の場では基本これを使うのが当然のルールであるべきと私は思う。音楽を聴く場所が自宅のお茶の間ではなくなったのであるから、再生ツールは適材適所で使い分ける必要がでてきたと理解すべきだ。スニーカーからブーツ、ヒール…とTPOで靴を履き替えるように、状況によって音楽再生ツールは使い分けないと、どえらい危険や不便さ、人へ迷惑をかけてしまう可能性がある事実を、今、再認識する必要がある。
もちろん状況は場によって様々であろうから、実際のTPOは個人個人で判断すればいいことだ。電車におとなしく座った状態で他人との接触がない状況で、カナル型を使うのは特に問題ないことであろうし、喫茶店でひとりでお茶しているときも同様だろう。
アスリートが練習時やトレーニング時に音楽を共にしていることもよく聞くエピソードだが、ここにもひとつ注意が必要だ。ジムなど自分専用の空間、第三者が入ってこない陸上トラックなどは、いわばプライベートの空間であり公共の場ではない。誰とも接触の危険がないランニング専用コースでの音楽使用は問題ないだろうが、皇居の周りを走るとなれば、同じランニングでも話は変わってくる。自己中心性が音楽まで飲み込んでしまうと、いずれ事故を誘発するであろうことは想像に難くない。…やはり、道徳の問題なのである。
一刀両断に物事を整理するのは難しい。要は、臨機応変に状況に合わせ、融通無碍にイヤホンを使い分け、安全に人に迷惑をかけることなく音楽を自由に楽しめるひとりひとりでありたい、ということになる。
外界の音と共存しながら音楽を楽しむことのできるインナーイヤー型は、遮音性を求めるカナル型に押されて今は主流のスタイルではない。ただ一方で、その自然なサウンドと閉塞感の無い爽やかな広がりを持ったトーンは、他のイヤホンでは味わえぬ魅力にあふれており、今もなお熱烈なファンに支持されているのは誇張なき事実でもある。単にサウンドという意味では、カナル型イヤホンよりもコストパフォーマンスは数段上で、高級ヘッドホンに肉薄するサウンドをさらっと打ち出す隠れた名器がひしめき合っている、マニアックなエリアでもあるのだ。往々にしてインナーイヤー型の支持者には、経験豊富なオーディオクラスタに多いというのもうなずける話だ。
近いうちに、購入すべきお薦めしたいインナーイヤー型として、ゼンハイザーMX 985、UBIQUO UBQ-ES903、BOSE SIE2 sport headphones、ninewave NW-STUDIO PRO、Aurvana Airあたりを一挙にご紹介したいと思っている。
路上喫煙禁止条例や歩きたばこ禁止条例が施行される前に、生活に密着した社会レベルで禁煙コーナーが設けられたり分煙エリアが出来たり…と、喫煙に関しても長い年月と共に、ルールと共にモラルが少しずつ育まれてきた歴史がある。そして、たばこのパッケージには「健康のため吸いすぎに注意しましょう」という控えめな表記からスタートし、現在では「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。疫学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります。」といった警告表示が記載されている。社会問題として浮かび上がりつつあるイヤホン問題を真摯に受け止めれば、パッケージへの警告表示もあながち冗談ではない。
「カナル型イヤホンは外部の音を遮断し、危険回避を阻害するリスクを伴います。イヤホン使用者は交通事故・路上トラブルの危険性が○倍高くなります」
こんな警告文を突き付けられなくとも、些細な心遣いだけで安全で楽しいミュージックライフは簡単に楽しめる。
text by BARKS編集長 烏丸
BARKS編集長 烏丸レビュー(■イヤホン ●ヘッドホン ◆カスタムIEM ◇他)
■Klipsch Image X7i(2013-02-04)
◆LEAR(2013-01-27)
◆カナルワークスCW-L05QD(2013-01-13)
◆earmo(2013-01-02)
◆Westone AC2(2012-12-25)
◇Stage93 93SPEC(2012-12-16)
●California Headphone Silverado、Laredo(2012-12-09)
■音茶楽Flat4-楓(2012-12-03)
◆Stage93 Stage 6(2012-11-26)
●GRADO SR60i(2012-11-19)
◇Astell&Kern AK100-32GB-BLK(2012-11-15)
●オーディオテクニカ ATH-WS99(2012-11-10)
■アトミック フロイドPowerJax+Remote(2012-10-29)
◇VORZUGE VorzAMPduo(2012-10-26)
●ファイナルオーディオデザイン heaven VI(2012-10-16)
●beyerdynamic T 90(2012-10-08)
●GRADO GS1000i(2012-09-30)
●SENNHEISER HD 700(2012-09-16)
◆ACS T1 Live!(2012-09-11)
●オーディオテクニカ ATH-AD2000 ATH-AD1000(2012-09-03)
●GRADO RS1i、SR325is、PS500(2012-08-20)
◆FitEar MH335DW(2012-08-15)
●DIESEL VEKTR(2012-08-07)
◆カナルワークスCW-L51 PSTS(2012-07-30)
●Fischer Audio FA-002W(2012-07-25)
●Pioneer SE-MJ591(2012-07-16)
■GRADO iGi(2012-07-12)
●HiFiMAN HM-400(2012-06-26)
●Klipsch Reference One(2012-06-17)
●GRADO PS1000(2012-06-09)
●ULTRASONE edition 8(2012-06-02)
●PHONON SMB-02(2012-05-28)
■音茶楽Flat4-粋(SUI)(2012-05-20)
●<春のヘッドフォン祭2012>、Fischer Audio FA-004(2012-05-13)
◇Hippo Cricri、Go Vibe Martini+、VestAmp+(2012-05-04)
■ファイナルオーディオデザインheaven IV(2012-04-28)
■フィッシャー・オーディオ Jazz (2012-04-22)
●SHURE SRH1840 & SRH1440(2012-04-16)
■FitEar TO GO! 334(2012-04-08)
◆Unique Melody Mage(2012-03-26)
●Takstar PRO 80、HI 2050、TS-671(2012-03-20)
●klipsch Mode M40(2012-03-15)
■Fischer Audio DBA-02 Mk2(2012-03-07)
◆AURISONICS AS-1b(2012-02-27)
■UBIQUO UBQ-ES503、UBQ-ES505、UBQ-ES703(2012-02-21)
◆Heir Audio Heir 3.A(2012-02-15)
■moshi audio Clarus(2012-02-12)
◆Thousand Sound TS842(2012-02-08)
◆Heir Audio Heir 8.A(2012-02-01)
■CRESYN(2012-01-17)
◆Unique Melody Merlin(2012-01-08)
◆カナルワークスCW-L01P(2012-01-03)
■ファイナルオーディオデザイン Adagio(2011-12-31)
◆LEAR LCM-2B(2011-12-26)
●SOUL by Ludacris SL100、150、300(2011-12-23)
●AKG K550(2011-12-20)
■SENNHEISER IE80 & IE60(2011-12-16)
■DUNU(2011-12-14)
◆カナルワークスCW-L10(2011-12-12)
■オーディオテクニカ ATH-CK90PROMK2(2011-12-09)
◆Ultimate Ears UE 5 Pro(2011-12-06)
■REALM IEM856(2011-12-02)
■ファイナルオーディオデザインAdagio III(2011-11-26)
◇Ultimate Ears用交換ケーブルFiiO RC-UE1&オヤイデ電気HPC-UE(2011-11-25)
●Reloop RHP-20(2011-11-22)
■オーディオテクニカ ATH-CK100PRO(2011-11-14)
■SOUL by Ludacris SL99(2011-11-04)
■Fischer Audio Ceramique(2011-10-25)
■SHURE SE535 Special Edition(2011-10-21)
■JVCケンウッドHA-FX40(2011-10-16)
■BauXar EarPhone M(2011-10-10)
■SONOCORE COA-803(2011-10-02)
◆TripleFi 10 ROOTHリモールド(2011-09-25)
■AKG K3003(2011-09-18)
■Atomic Floyd SuperDarts+Remote(2011-09-11)
■Bowers & Wilkins C5(2011-09-06)
■Westone3(2011-09-02)
◆カナルワークスCW-L31(2011-08-26)
◇ORB JADE to go(2011-08-22)
■YAMAHA EPH-100(2011-08-14)
■NW-STUDIO(2011-08-09)
■NW-STUDIO PRO(2011-08-02)
◆FitEar MH334(2011-07-29)
◆ROOTH SE530×8(2011-07-26)
■Westone ES5(2011-07-21)
●SHURE SRH940(2011-07-17)
◆Ultimate Ears 18 Pro(2011-07-15)
■クリエイティブAurvana In-Ear3(2011-07-06)
◆カナルワークス CW-L01(2011-07-01)
■GRADO GR10&GR8(2011-06-25)
◇SAEC(サエク)SHURE SE用ケーブル(2011-06-21)
■フィアトンPS 20&PS 210(2011-06-17)
■ZERO AUDIO ZH-BX500&ZH-BX300(2011-06-11)
■フィリップスSHE8000&SHE9000(2011-06-03)
■アトミック フロイド(2011-05-26)
■モンスター・マイルス・デイビス・トリビュート(2011-05-20)
■SHURE SE215(2011-05-13)
■ファイナルオーディオデザインPiano Forte IX(2011-05-06)
■ラディウス・ドブルベ/ドブルベ・ヌメロドゥ(2011-05-01)
■ローランドRH-PM5(2011-04-23)
■フィリップスSHE9900(2011-04-15)
■JAYS q-JAYS(2011-04-08)
◇フォステクスHP-P1(2011-03-29)
■Klipsch Image X10/X5(2011-03-23)
■ファイナルオーディオデザインheaven(2011-03-11)
■Ultimate Ears TripleFi 10(2011-03-04)
■Westone4(2011-02-24)
■Etymotic Research ER-4S(2011-02-17)
■KOTORI 101(2011-02-04)
■ゼンハイザーIE8(2011-01-31)
■ソニーMDR-EX1000(2011-01-17)
■SHURE SE535(2011-01-13)
■ビクターHA-FXC51(2011-01-12)
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