【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話030「音楽リスニングに大事なのは、お作法だと思うのです」

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音楽メディアに従事して35年もの年月が経つけれど、そもそもなんでみんな音楽を聴くのか。理屈じゃない事はわかる。ということは、極めて本能的な動物的な理由によるものなんだろう…というところまでは察しが付く。

音楽だけじゃない。踊りもそうですよね。古くは盆踊り。今で言えばダンス。最も旬なのはブレイキンでしょうか。その証拠に、YouTubeを探れば音楽やダンスに興じる動画はいくらでも確認できる。人間のみならず様々な動物までもが、だ。

音楽で喚起される感情の研究は様々な形で行われ、リラクゼーションのみならず積極的な音楽療法にも活用されているのが現状だ。ホルモンという微量生理活性物質で、我々は心身ともにコントロールされているわけだけど、私は、そのバランスを保ちながらも幸せホルモンというご褒美が欲しくて音楽に耳を傾けるのだと思っている。好きな音楽がドーパミン生成を促進させる効果があることもネイチャー・ニューロサイエンスに論文が掲載されているし。

でもね、当たり前だけど、幸せホルモンはそんなに簡単にはやってこない。ホルモンをいかにコントロールするかという話だけど、テンプレがあるわけでもなければ鉄板な手段が確立されているわけでもない。そもそも個人差がでかい。

そういう視点で考えれば、私は音楽リスニングにはお作法がとても大事だと思っている。心の準備とでも言うのか、テンションを上げていく心得とでも言うのか、焦らしのテクニックじゃないけれど、「きますよきますよ」「今から最高のひとときがやってきますよ」という、脳みそへの期待値を最大にまで高めることは、その心地よさを存分に享受するためにとても大事な作法だと思うのです。



そのお作法が最も自然に機能している音楽体験のひとつにライブ/フェスがある。「ライブがある」ことを知った時からストーリーが始まるわけで、まずは予定を空け、苦労してチケットを手に入れ、当日は会場へ移動、お小遣いを工面しながらグッズにも手を伸ばし、開演を待つ。そりゃもう、ワクワクが止まらん状態で大好きなアーティストの音を浴びりゃ、ドーパミンもエンドルフィンも一気に噴出することでしょう。要は幸せです。

普段のリスニングだって、ちょっとした心がけや段取りを踏むことが、この幸せホルモンの動きを良化させるとも思うのです。「何を聴こうかな」と一呼吸おいて、「どれを聴いたらテンション上がるかな」とちょっとだけ思案して、聴く曲を決める。期待値が高まるだけで聴こえ方が変わったりする。「やっぱ最高だわ」という幸せ感。これもお作法。

そしてアナログレコードなんて、そのお作法のお手本のようなものです。指紋がつかないように注意深くジャケットから取り出して、プレイヤーに置く。そして針を下ろす。なんならすぐ横には30cm角のアナログジャケットや、歌詞カード/ライナーノーツ、もしかしたら帯もあるかもしれません。それらを手にとって目にしながら、オーディオから飛び出してくれる高品質なサウンドに身を委ねる。気付けば視覚・聴覚・触覚まで使って全身で音楽を受け入れる体制ができているわけです。そういえば匂いのあるジャケットなんてのもあったっけ。一見めんどくさいと思われがちな一連の動作こそが、音楽の心地よさをより際立たせてくれる、とっておきのお作法だったってわけです。こんな贅沢な時間がとれないってのが、現代社会の厳しさですけどね。



TikTokやInstagram、ショート動画などで不用意に出会う音楽のインパクトも欠かせないけど、高まった期待を超えてくる感動は、お作法次第で何度でも何度でも味わうことができる。我々生物にとって「音楽」はただの「空気振動」ではなく、聴覚を利用した「脳みそに刺激を与える生命活動のスパイス」なんだから、とにかくおいしく頂きたいものですね。

文◎BARKS 烏丸哲也

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