【BARKS編集部レビュー】フィリップスSHE9900は、怪しくも悩ましいヘッドホン道への起点/到着地点
ライフワークのように、いろんなインナーイヤーヘッドホンを聞き比べていることから、「イヤホン欲しいんですけど、何がいいですかね」と聞かれる機会が増えてきた。専門家でもないしショップやメーカーの方のような専門知識を持ち合わせているわけではないけれど、毎回しつこくしゃぶりつくように聞き込んでいると、それなりに違いや特徴が分かるようになってくる(気がする)。
◆フィリップスSHE9900画像
正解はひとつじゃないことや、求める方向性によって評価が全く逆転してしまう事実も知った。HIPHOP好きとHR/HM好きが熱弁をふるってもお互い話がかみ合わないように、同じ低音でもクラブで鳴らす爆音のキックと、ウルトラゲインで地鳴りのように鳴らす7弦ローBのギターサウンドでは、低音の質も違えば気持ちよさのポイントも全く異なるというもの。そう、良し悪しではなく好みということ。
全てに万能という商品はないんだな…と悟ったような気持ちになる反面、だから面白いとも気付く。毎日ハンバーグばっかり食べるわけにはいかないように、和洋中、いろんなサウンドがあるから、あれもこれも楽しく、いつも新鮮な美味しさが堪能できるわけだ。
…そんな前口上はいらねえから「何がいいかさっさと答えろよ」と訊かれれば、わたしゃ「フィリップスSHE9900をお買いなさい」と答えたい。ええ、フィリップスSHE9900ですとも。
何故なら、フィリップスSHE9900はいい子だから。頭も切れる、運動も優秀、性格も良くて、人当たりもナイス。清潔感のある風貌で、欠点がない。そう、全ての人にオススメしたい、ど真ん中の商品なのだ。素性が極めてニュートラルで、クセがない。妙な性癖もないし変な爆弾を抱えているわけでもない。「イヤホン欲しいんですけど、何がいいですかね」という質問は、逆に言えば「どんなヘッドホンが欲しいのか自分でも分かっていない」状態であるということ。もちろん誰しも最初はそこから始まるもの。だからこそ、SHE9900を押さえておけば絶対後悔しないだろうと思うわけだ。
SHE9900はフィリップスのカナル型ヘッドホンの最上位機種であり、2011年4月時点で、価格サイトによると平均15,000円で市場に出ている。確かに高額かもしれないが、ただでさえコストパフォーマンスの点でも評価の高いフィリップスであり、市場価格もずいぶん落ち着いてきたところだけに、他の追従を許さない抜群のお買い得感だと断言できる。
そんな高額な予算はないというのであれば、SHE9700がいい。こちらはぐっと下がって平均3,000円程度で市場に出ている。こちらも突き抜けたコストパフォーマンスを誇るモデルである。最高レベルの品質が欲しいと思った時点でSHE9900にステップアップしても遅くはない。
SHE9900を手にすれば、「さすが高級モデル、全てにおいて最高!」と満足の元、末永く愛用してくれる人がほとんどであろうが、中には、怪しくも魅惑のヘッドホンの森へ迷い込むジャンキーも生まれることだろう。もっと低音が欲しいと思えば、SE535やTriple.fi 10といったトリプルドライバーのハイエンドモデルなのか、もっと伸びやかで煌びやかなハイが欲しいと思えば、シャキーンと高域が広がるファイナルオーディオデザインのheavenや、高域分離に秀でたエティモティック・リサーチのER-4Sなのか、あるいは、もっと肉感的でジューシーな世界を求め、モンスターなどのダイナミック型へ移行する人も出てくるかもしれない。
SHE9900というニュートラルなサウンド・キャンパスは、怪しくも悩ましい自分好みの色彩を描き始めるヘッドホン道へのスタート地点であり、ぐるっと回って帰結する到着地点でもある。オーディエンスのサウンド志向を育んでくれる理想的なリファレンス・モデルということかもしれない。
SHE9900は、シングル・バランスド・アーマチュアを搭載しているモデルだが、そのスペックからは想像を超える低音が出てくる。解像度の高さや澄んだ高域の再現性など、BAならではの特性はきっちり持ち合わせつつ、このローの幅の厚さは特筆すべきポイントだと思う。低~高域の出方のバランスや音の素直さ、ボリュームを上げてもうるさくならないデリケートな感じはWestone4によく似た傾向ではないだろうか。
ケーブルのタッチノイズも非常に少なく、ケーブルは柔らかく、本体も軽量。あらゆる点でさりげなく極めて高い完成度を見せており、落ち度が見当たらない。売りのひとつであるフレックスインイヤーと名付けられた構造は、耳にはめるチップ部分がゲームコントローラーのジョイスティックのようにぐりぐりと自由な角度に動くというものだが、これがまた素晴らしかったりする。このおかげで、本体を持って耳に適当に当て込むだけで、最適な角度で耳に入ってくれちゃうのだ。ちょっとした挿入角度の違いで音が変わってしまうのがカナル型の宿命だが、SHE9900は、意識せずとも挿入角度を最適化してくれる。これ、画期的。
いろんなヘッドホンを試聴しながらも、音が分からなくなったら、全てをリセットするように僕はSHE9900を耳にする。気付けばSHE9900は、自分にとってもなくてはならない理想的なリファレンス・モデルになっている。
text by BARKS編集長 烏丸
PHILIPS SHE9900
再生周波数帯域:20~20,000Hz
インピーダンス:16Ω(1kHz時)
感度:102dB SPL/mW(1kHz時)
最大入力:10mW
接続端子:3.5mmステレオ
コネクタ仕上げ:金メッキ
ケーブル長:1.2m
本体質量:12g
◆PHILIPS SHE9900オフィシャルサイト
◆BARKS ヘッドホンチャンネル
BARKS編集長 烏丸レビュー
◆JAYS q-JAYS
◆フォステクスHP-P1
◆Klipsch Image X10/X5
◆ファイナルオーディオデザインheaven
◆Ultimate Ears TripleFi 10
◆Westone4
◆ソニーMDR-EX1000
◆SHURE SE535
◆ゼンハイザーIE8
◆Etymotic Research ER-4S
◆KOTORI 101
◆ビクターHA-FXC51
この記事の関連情報
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話037「生成AIが生み出す音楽は、人間が作る音楽を超えるのか?」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話036「推し活してますか?」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話035「LuckyFes'25」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話034「動体聴力」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話033「ライブの真空パック」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話032「フェイクもファクトもありゃしない」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話031「音楽は、動植物のみならず微生物にも必要なのです」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話030「音楽リスニングに大事なのは、お作法だと思うのです」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話029「洋楽に邦題を付ける文化」