【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話029「洋楽に邦題を付ける文化」
音楽がサブスクになったおかげで、新旧関係なく新人もレジェンドも洋楽も邦楽もジャンルという概念もすっ飛ばして同一線上に音楽が列挙され、あらゆる音楽が平等に聴かれるようになった。…というのが表向きの一般論だけど、データ構造がそうであれ、色んな音楽が等しく聴かれるチャンスがあるのかといえばもちろんそんなこともなく、SNSの波に乗ってヒット曲やトレンドが時代を牽引している。
ネットが登場する前は、国民の多くがマスメディアから情報を受け、生活圏内の口コミで答え合わせをするという文化だったけど、今は情報の受け取りもその答え合わせもSNSで同時進行で進む時代だから、自分にとって都合よくパーソナライズされた環境が自身の情報精査の礎となり、そこで行われる取捨選択が己の正義になる。自分の意としない情報との出会いは、ネット誕生以前よりずいぶんと希薄になったことだろう。
そんな現状を憂いたり是非を問うものではないけれど、構造上、日本人にとって洋楽がますます縁遠いものになってしまうのも避けられない状況で、そもそも歌詞の意味もよくわからない海外楽曲を食い気味に聴く理由もないのかもしれない。海外に目を向けなくたって、日本や韓国だけでも世界に通じる魅力あふれた音楽がよりどりみどりなんだもの。要するに洋楽は「自分事じゃない」という人がほとんどなのかなという気がしている。
洋楽を無理やり「自分ごと」にするのも無粋だけれど、急速な発展を遂げていた1960~1990年代あたりのロック~ポップスでは、洋楽作品には気の利いた邦題がついていた。つまりは、中高義務教育で6年間も学んだにも関わらず英語のニュアンスや雰囲気もつかめないという英語への理解が残念なネイティブ日本人(私のことだけど)に対し、日本盤に付けられた邦題は、その作品を自分ごとにしてくれる強烈なパワーを持っていたよなぁと思うわけです。
そのまま直訳されたものやカナ読みのままというタイトルもあるけれど、きっとそれはそれが良しと判断されたものだったとも思っている。「Hotel California」は「ホテル・カリフォルニア」がベストでしょみたいな。もちろんイーグルスにも名タイトルはあって、「I Can't Tell You Why」に「言いだせなくて」という邦題を付けたのは、その微妙な心模様までもが表現されていて、オリジナルの洋題を超えちまったんじゃないのかい、と思うほど。
邦題には、歴史に刻まれた名タイトルもあれば、くっそダサいものもある。意味不明なものも少なくない。でも、どれもが音楽好きに大いなる話題を提供してくれていたもので、それをみんなでいじりまわし、酒の肴にしてきたことで、いつの間にか洋楽作品が「自分ごと」になっていた気がする。プログレなんか名邦題だらけだもの。そしてそのタイトルをひねり出していたレコード会社の担当ディレクターには、そこに並ならぬ思い・情熱を注いでいたという事実もある。今風に言うならば、エモい仕事をしていたわけだ。その気持ちが邦題に込められているから、我々音楽ファンもまた、それを大いにいじってきた。きっとそこには人知れずのこだわりやエピソードなんかも渦巻いていたりして、それが作品を世に羽ばたかせた熱量というものでしょう。
今の時代だって、想いを寄せて邦題を付けてくれたら、もうちょっとバズるきっかけになるかもしれないし、いい意味で炎上するかも入れない。音楽なんて最も身近なエンタメなんだから、「え?なにそれ」という邦題を付けてほしいなあ。ヴァン・ヘイレンの「Somebody Get Me A Doctor」を「必殺のハード・ラブ」って言っちゃう勇気もすごいし、ポリスの「Every Breath You Take」を「見つめていたい」と意訳するセンスなんて、芸術ポイント満点だし。
日本でも大ヒットとなったクリストファー・クロスの「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」も、この邦題が醸し出すハイソサエティでおしゃれな感じが、ラジオや雑誌やレコードショップにおいても大きな力を発揮してんじゃないかなと思うわけです。だって、この曲の原題は「Arthur's Theme」なんだもの。映画「ミスター・アーサー」の主題歌というタイトル。逆に原題がダサすぎるっしょ?
文◎BARKS 烏丸哲也
◆【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話まとめ
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