【BARKS編集部レビュー】ゼンハイザーHD 700は、類まれなるロックンロール・ヘッドホン
結論から言ってしまえば、ゼンハイザーHD 700は類まれなるロックンロールなヘッドホンだと思う。適切なアンサンブル空間を保持したうえで、熱き音の質感を冷めることなくダイナミックに鳴らすなんて、ドラム、ベースにバッキングと金物がサウンドを構成する多くのLM系ミュージックにとって、まさに理想の再生環境だもの。好敵手にはアホのように熱き血潮を垂れ流すGRADO GS1000がいるけれど、端正な空間を持ってきれいに表現しようとしながら閉塞感なくノリよく聞かせてくれる、そんなヘッドホンがHD 700だ。
◆ゼンハイザーHD 700画像
それにしても今さらながら思うのは、HD 700が背負っている不幸な生い立ちだ。至上最強の名をほしいままにするフラッグシップHD 800と、名機として誉れ名高いHD 650の間に生まれたが故に、いわれなき期待と罵倒を浴びてしまいがちな立場にある。高学歴の両親を持つ子供のように、できて当たり前という高いハードルが理不尽に課せられる。期待されるのも無理はないけれど、出来の良すぎる兄弟に囲まれたお家柄ゆえに、良~優レベル程度ではまともに評価されないという境遇は、いちプロダクトとして不幸極まりない。HD 700ほど過小評価の危険にさらされているモデルもそうそうないだろう。
もしこれが、ドイツからひょっこり誕生した新ブランドによるニューモデルだったらどうだろう。このデザインにこの装着感、この質感にこのサウンドをひっさげていきなり登場したとしたら、文句のつけようもないプロダクトの登場に「こいつは不沈の艦隊ゼンハイザーをぶっ潰しかねない」と業界は大騒ぎ、驚異の完成度とレベルの高さを持ってハイエンド市場を席巻する様子が目に浮かぶ。空前の大ヒット間違いなしだ。
そう、ゼンハイザーの技術の粋によって誕生したモデルが、ゼンハイザーからリリースされることで、自らのハードルをべらぼうにあげてしまうという、HD 700が背負った業は深い。
ということで、ブランドや他モデルの存在、先入観や偏見、予備知識をできるだけかなぐり捨て、可能な限り素直にプロダクトに接してみると、美しく端正に丁寧に、しかしながら力強くロック~ポップス全般を適切な音場で描き出すという、これまでどこにもなかった唯一無二のサウンドを放っていることに気付く。
この感じだと、私にとって比較すべきは、HD 650やHD 800ではなくSHURE SRH1840とGRADO GS1000だ。
SRH1840はクリアで清潔感があり、クールながら適度な温かさも持つサウンドで、最も信頼を置いている高解像度リファレンス・ヘッドホンのひとつだけれど、HD 700は空間が広いため、低域の定位、高域の定位がしっかりと分離して聴こえ、各楽器の音が強い実在感を持って鳴ってくれる。SRH1840よりも多少腰高のサウンドだが、これはロック~ポップスを中心とした、ドラム、ベース、ギター、キーボードをサウンドの核とするいわゆるライトミュージック全般を楽しむ美音ヘッドホンとしては、圧倒的な存在感を作り出す絶好のチューニングでもある。HD 800よりも確実に得意分野だ。
この特性は、レコーディングのミックス作業やマスタリングなど、音楽制作作業のモニタリングにも最適だ。もちろん音はダダ漏れなので録りでのモニターではなく、音づくりやバランスを取る時での話だが、この適度な空間形成能力が作業効率を上げるのみならず、エンジニアのクリエイティビティを心地よく刺激するのに十分すぎるポテンシャルを秘めていると思う。音場の影響もあり分解能はSRH1840よりHD 700のほうが上だ。
トーン自体は、SRH1840もHD 700も美しいフラット。低域の量はさほど変わらないと思うけれど、HD 700のサウンドにハウジングの固有振動数に起因した1kh~1.5Khzあたりの特性がほんの少しだけ乗っているように感じる。SRH1840の方が重心が低いのは、その影響かもしれない。結果、比較するとSRH1840のほうが柔らかく温かい音に聞こえるようだ。
一方、SRH1840はあくまで冷静に耳に対してストレートに音を鳴らすのに対し、HD 700は制動の効いた切れの良さをもって勢いあふれるノリの良さを前面に押し出してくれる。音場とノリの良さを両立させるのは、ドライバーと耳の位置関係が最大のポイントだと思うのだけれど、ドライバーを耳から十分に遠ざけながらも空間のうすら寒さを感じさせずに、熱さをがっちり伝えるこの感じは、まさに巨大イヤーパッドGを装填したGRADO GS1000の構造的な特徴と合致する。
▲左からゼンハイザーHD 700、SHURE SRH1840、GRADO GS1000。いずれも開放型のハイスペックモデルだが、個性はまちまち。 |
▲広めの音場を形成するには、耳介とドライバーの位置関係とハウジング内の空間設計がポイントと思われるが、ゼンハイザーHD 700とGRADO GS1000には、構造上の共通点が散在している。 |
ちなみにHD 700とGS1000をそのまま比較すると、HD 700はGS1000と同等の高域をもち、低域も量感は落ちるもののハキハキした鳴らし方をする。決定的な違いは中域の充実で、HD 700はトーンバランスに全く過不足を感じない。比べればGS1000はメリハリが際立つグラマラスなドンシャリとなっている。
正直言えば、フラットで高解像度・高品質な再生能力を求めるのであれば、SRH1840との差異はほとんどないし、音量の取りやすさを考えればむしろオーディオテクニカ ATH-AD2000がいいだろう。ただ、頭のまわりに音像が配置され、明確にイメージできる定位から様々な楽器の音がノリよくダイナミックに踊る「ノリの良いロックンロールな空間表現」にこそ、HD 700の圧倒的な価値がある。この鳴り方は、他のヘッドホンでは決して得られないものだ。
かなり乱暴な言い方だが、「ラフなTシャツに着替えたHD 650 meets GRADO GS1000」というニュアンスでHD 700を捉えれば、実にポップでキャッチーなキャラであることをご理解いただけるのではないか。GS1000は全帯域をエネルギッシュ&ハイテンションに鳴らしまくってトンずらする感じだが、HD 700は、各音域の定位がしっかりと分離しているので、あちらこちらに見え隠れしている様々な音を実体化してくれる面白さを提供してくれる。あんなところにこんな音が…と、聴く者のテンションを上げてくれる楽しさがある。オープンカーのような安定感で感じるHD 700の開放感と、全身で風を受けるバイクのようなGS1000の開放感の違いであろうか。アメリカンなGRADOに対し、やはりゼンハイザーはジャーマンなのだ。
どれだけ血流が多くてもやっぱり下品にならないのがゼンハイザーの美徳。HDシリーズの兄弟たちと同様の上質なフラットという血筋を持ちながら、ちょっぴりアウトローでやんちゃなアゲアゲなサウンドを作り出す唯一無二の高体温モデル、それがHD 700だと思う。
text by BARKS編集長 烏丸
SENNHEISER HD 700
・オープンプライス(市場価格8~9万円:2012年9月時点)
・型式:ダイナミック・オープンエアー
・本体重量:約292g(ケーブル重量除く)
・周波数特性:15~40,000Hz(-3dB)、8~44,000Hz (-10dB)
・インピーダンス:150Ω
・感度:105dB
・ケーブル形状:両だし、3m
・プラグ形状:6.3mm、ストレート型
・保証期間:2年
◆HD 700オフィシャルサイト
BARKS編集長 烏丸レビュー(■イヤホン ●ヘッドホン ◆カスタムIEM ◇他)
◆ACS T1 Live!(2012-09-11)
●オーディオテクニカ ATH-AD2000 ATH-AD1000(2012-09-03)
●GRADO RS1i、SR325is、PS500(2012-08-20)
◆FitEar MH335DW(2012-08-15)
●DIESEL VEKTR(2012-08-07)
◆カナルワークスCW-L51 PSTS(2012-07-30)
●Fischer Audio FA-002W(2012-07-25)
●Pioneer SE-MJ591(2012-07-16)
■GRADO iGi(2012-07-12)
●HiFiMAN HM-400(2012-06-26)
●Klipsch Reference One(2012-06-17)
●GRADO PS1000(2012-06-09)
●ULTRASONE edition 8(2012-06-02)
●PHONON SMB-02(2012-05-28)
■音茶楽Flat4-粋(SUI)(2012-05-20)
●<春のヘッドフォン祭2012>、Fischer Audio FA-004(2012-05-13)
◇Hippo Cricri、Go Vibe Martini+、VestAmp+(2012-05-04)
■ファイナルオーディオデザインheaven IV(2012-04-28)
■フィッシャー・オーディオ Jazz (2012-04-22)
●SHURE SRH1840 & SRH1440(2012-04-16)
■FitEar TO GO! 334(2012-04-08)
◆Unique Melody Mage(2012-03-26)
●Takstar PRO 80、HI 2050、TS-671(2012-03-20)
●klipsch Mode M40(2012-03-15)
■Fischer Audio DBA-02 Mk2(2012-03-07)
◆AURISONICS AS-1b(2012-02-27)
■UBIQUO UBQ-ES503、UBQ-ES505、UBQ-ES703(2012-02-21)
◆Heir Audio Heir 3.A(2012-02-15)
■moshi audio Clarus(2012-02-12)
◆Thousand Sound TS842(2012-02-08)
◆Heir Audio Heir 8.A(2012-02-01)
■CRESYN(2012-01-17)
◆Unique Melody Merlin(2012-01-08)
◆カナルワークスCW-L01P(2012-01-03)
■ファイナルオーディオデザイン Adagio(2011-12-31)
◆LEAR LCM-2B(2011-12-26)
●SOUL by Ludacris SL100、150、300(2011-12-23)
●AKG K550(2011-12-20)
■SENNHEISER IE80 & IE60(2011-12-16)
■DUNU(2011-12-14)
◆カナルワークスCW-L10(2011-12-12)
■オーディオテクニカ ATH-CK90PROMK2(2011-12-09)
◆Ultimate Ears UE 5 Pro(2011-12-06)
■REALM IEM856(2011-12-02)
■ファイナルオーディオデザインAdagio III(2011-11-26)
◇Ultimate Ears用交換ケーブルFiiO RC-UE1&オヤイデ電気HPC-UE(2011-11-25)
●Reloop RHP-20(2011-11-22)
■オーディオテクニカ ATH-CK100PRO(2011-11-14)
■SOUL by Ludacris SL99(2011-11-04)
■Fischer Audio Ceramique(2011-10-25)
■SHURE SE535 Special Edition(2011-10-21)
■JVCケンウッドHA-FX40(2011-10-16)
■BauXar EarPhone M(2011-10-10)
■SONOCORE COA-803(2011-10-02)
◆TripleFi 10 ROOTHリモールド(2011-09-25)
■AKG K3003(2011-09-18)
■Atomic Floyd SuperDarts+Remote(2011-09-11)
■Bowers & Wilkins C5(2011-09-06)
■Westone3(2011-09-02)
◆カナルワークスCW-L31(2011-08-26)
◇ORB JADE to go(2011-08-22)
■YAMAHA EPH-100(2011-08-14)
■NW-STUDIO(2011-08-09)
■NW-STUDIO PRO(2011-08-02)
◆FitEar MH334(2011-07-29)
◆ROOTH SE530×8(2011-07-26)
■Westone ES5(2011-07-21)
●SHURE SRH940(2011-07-17)
◆Ultimate Ears 18 Pro(2011-07-15)
■クリエイティブAurvana In-Ear3(2011-07-06)
◆カナルワークス CW-L01(2011-07-01)
■GRADO GR10&GR8(2011-06-25)
◇SAEC(サエク)SHURE SE用ケーブル(2011-06-21)
■フィアトンPS 20&PS 210(2011-06-17)
■ZERO AUDIO ZH-BX500&ZH-BX300(2011-06-11)
■フィリップスSHE8000&SHE9000(2011-06-03)
■アトミック フロイド(2011-05-26)
■モンスター・マイルス・デイビス・トリビュート(2011-05-20)
■SHURE SE215(2011-05-13)
■ファイナルオーディオデザインPiano Forte IX(2011-05-06)
■ラディウス・ドブルベ/ドブルベ・ヌメロドゥ(2011-05-01)
■ローランドRH-PM5(2011-04-23)
■フィリップスSHE9900(2011-04-15)
■JAYS q-JAYS(2011-04-08)
◇フォステクスHP-P1(2011-03-29)
■Klipsch Image X10/X5(2011-03-23)
■ファイナルオーディオデザインheaven(2011-03-11)
■Ultimate Ears TripleFi 10(2011-03-04)
■Westone4(2011-02-24)
■Etymotic Research ER-4S(2011-02-17)
■KOTORI 101(2011-02-04)
■ゼンハイザーIE8(2011-01-31)
■ソニーMDR-EX1000(2011-01-17)
■SHURE SE535(2011-01-13)
■ビクターHA-FXC51(2011-01-12)
この記事の関連情報
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話037「生成AIが生み出す音楽は、人間が作る音楽を超えるのか?」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話036「推し活してますか?」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話035「LuckyFes'25」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話034「動体聴力」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話033「ライブの真空パック」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話032「フェイクもファクトもありゃしない」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話031「音楽は、動植物のみならず微生物にも必要なのです」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話030「音楽リスニングに大事なのは、お作法だと思うのです」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話029「洋楽に邦題を付ける文化」