Beckはその10年におよぶキャリアの中で、さまざまな人物像を取り入れてきた。「Loser」ではシニカルな怠け者、「One Foot In The Grave」の白髪まじりのトルバドゥール、『Midnite Vultures』のファンカデリックなソウルブラザー……。そんな彼の姿が長続きしなかったとしても、今度は喜劇俳優として彼自身をリメイクすることができるだろう。先日のL.A.のKnitting Factoryは、そんな軽いおフザケが目立つライヴだった(少なくとも90分ちょっとのステージのうち60分は、彼の風変わりなアドリブで占められた)。誰かケーブルテレビで、彼のためにスペシャルお笑い番組を企画すべきだ。
3月26日に開催されるRecording Artists Coalition(レコーディング・アーティスト連合)のコンサートを前に、新曲と新しいバンドのウォームアップ的なショウケースとなったこのライヴ。ステージに1人現われた彼は大道芸人そのもので、ターンテーブルもなければマイクもなく、アコースティック・ギターと首に固定したハーモニカを持つだけだ。チケット争奪戦の末、5分間で立見席以外は満員のこのイベントに入ることができた観客(Elliott SmithやJames Brooks、Jack Black、Giovanni Ribiseといったセレブたちも含む)を前に彼は、“客席との初めてのかかわり”を回想した(ヘッドギアをつけた小さな女の子が、彼のハーモニカホルダーを音の出るヘッドギアと思い込み、歯科矯正器具で音を出すんだとエキサイトしたらしい)。そして「10年前の抗議のうた」と言い「これは議論の的だったよ、これが生まれたとき町には暴動と抗議が渦巻いていたんだ」とまじめにコメントしながら、『Mellow Gold』からフォークブルースの挽歌「Pay No Mind」を披露した。
こうしてBeckはこの夜の演奏をスタートしたが、楽曲はスローでロー・キー、オルタナ・カントリー、アコースティックなものが多く、MTV公認のヒット作は少ない。また真剣さもなければ、通常プロが行なうようなギグともほど遠く、かろうじて「Pay No Mind」の最初の一節を始めたものの、レザーのカフが取れたというだけで曲を少しの間、中断する一幕もあった(「リストバンドがかっこよくないと出来ないんでね」と言い訳。「これはヘヴィな歌だから、ブレイクも必要さ!」と理にかなったことも付け加える)。そして皮肉たっぷりのおしゃべりは、いかにして“ビールのコマーシャルがブルースをダメにしたか”というアンチ・ミケロブな毒舌から'80年代のMen Without Hatsのヒット曲「Safety Dance」(「俺にとって“Safety Dance”っていったら、子供たちが道を渡れるように助けている奴らのことだよ」)、進行中のJay-Zとの不和に、彼のギリシャ風の豪邸がもうすぐMTVのクラブ・スペシャルに使われるとかいう噂、彼と同じ1つの名前で呼ばれているStingやCherといったスーパースターたちの名前にまで及んだ。
しかし、スムースとはいえないものの、冒頭の「Pay no Mind」からTom Pettyの「Free Fallin'」へと演奏が切り替わるにつれ、このライヴは驚きの連続になることが明らかになった。Pay No Mind-Free Fallin’メドレーが徐々に変化し、Eminemのシークレット・ライフについて即興で歌い始めると、その内容はますます過激になった。Beck曰く、彼はmarthastewart.com(マーサ・スチュワートの生活雑貨が購入できるサイト)で買い物をし、窓辺に蘭の花を植え、NPRの「All Things Considered」を聴いたり、DVDで『存在の耐えられない軽さ』を観ているそう。Beckは「DJがいなくなるとエプロンを身に付けるんだ」と異様な震え声で歌う。これが20分くらい続いただろうか。飽きないジョーク、素晴らしい、お見事。
このままの調子を保つのは確かに難しい。しかし、Beckはそのバンド・メンバーと共に十分その任務を果たしたといえるだろう。長い付き合いのJustin Meidal-Johnsen(アップライト・ベースとキーボード担当)、Smokey Hormel(ギター)、新米でマルチプレーヤーの遊び人、Jon Brion。彼らが残りのショウを仕上げようとステージに現れると、Beckが皮肉を言った。「バンドが大きくなってきてるんだ、前立腺みたいに」。この言葉は彼がまだまだいけることを証明している。
中には「Looser」や「New Pollution」といった曲が省かれていたため、がっかりした客もいたかもしれない(今夜聴くことのできた唯一のヒット曲は『Mutation』の中の「Tropicalia」だけだった。当てが外れたファンの中には納得がいかず、途中暴言を吐きながら非常口から飛び出して行く者もいた)。しかしほとんどの人は、純粋に楽しむことができたはずだ。そしてもちろん、まじめなひと時もあった。Beckのハスキーで、ときに軽く見られるボーカルは、ブルージーな『One Foot In The Grave』のナンバー「14 Rivers, 14 Floods」(ライヴでやるのは初めて)では響き渡るほどにソウルフルだったし、「Lost Cause」「All In Your Mind」や「Sleepless Nights」のようなニュー・フォークのバラードは純粋に素晴らしかった。そしてバンドによるHank Williamsのカントリー・ワルツ「I Heard That Lonesome Whistle」、The Zombiesの「Beechwood Park」、Velvet Undergroundの「Sunday Morning」といったカヴァー曲はBrionの多才さを披露するのにかっこうの場となった(彼とBeckはVelvet風に「back to back」でピアノ対決までした)。
おそらく、この夜一番のハイライトはもうひとつのカヴァーソング、いや、より正確に言うと、さらにクールにビルド・アップされたR&Bのカヴァーだろう。R&Bのディーバに関するBeckの長い熱弁が終わると、最初は即興に見えたが、Meidal-JohnsenがSilk’sの挑発的なバラード「Freak Me」(それほど有名ではない“あなたを舐めたい”というような曲)のアカペラ・ヴァージョンをスタートさせた。これが当然のことながらBeckの中のフリークを解放し、R.Kellyのスローな曲のサンプリングでは始終、歌姫のように腕を振りまわし、まるで異常なCelineやMariahのように大げさに感情移入した。そして、「I Believe I Can Fly」をところどころ取り入れた「Bump & Grind」で思い切り金切り声をあげると、『Midnite Vultures』風にアレンジした素晴らしいタイトルの「I Crotch On You」で、彼がいつだって大好きなR.Kellyチューンを終えた。
Beckが再び馴染みのないカントリーを歌いはじめると場がすこしシラケたが(ファンがもっとヒット曲をやってくれと叫ぶと、彼はきっぱりと「ノー、もっと不機嫌になる曲をやるよ!」と宣言した)、バンドがCaptain Beefheartの力強い「Grow Fins」を激しく演奏し、再びハイな調子で幕を閉じた。
こういったさまざまな影響をごちゃまぜにされると、Beckの次のアルバムがどんなものになるのか予測するのは難しい……たぶん、カントリーを少々加えたブルーアイド・ソウル? 残念ながらそれを知るには時間がかかるかもしれない。“アルバムは出来ているけどその時がこないと出さないよ……セラーで寝かせてあるんだ、いいチーズみたいにね。”とBeckは漏らすだろう。今夜のゲテモノ趣味的なMCの才能を考えると、そう、もしかするとコメディ・アルバムなのかもしれない。それもいいだろう。まさに“Go crazy with the cheese? whiz”。
By Lyndsey Parker/LAUNCH.com