【コラム】『ステージ・マザー』、音楽ファンにも勧めたい話題の映画公開中
2月26日に劇場公開を迎えた映画『ステージ・マザー』がとても味わい深く、音楽的観点からも興味深い作品なのでご紹介しておきたい。
◆『ステージ・マザー』画像
物語の舞台はアメリカ西海岸、サンフランシスコ。もっと厳密に言うと、世界有数のゲイ・タウンとして知られるカストロ・ストリートだ。主人公のメイベリンはテキサス州に住む主婦だが、ある日、すでに家族の縁を切られたのも同然の状態にあるゲイの息子、リッキーの急死の報を受け、夫の猛反対を押し切って葬儀へと出向く。すると、生前のリッキーがドラァグクイーンとしてステージに立ち、オーナーを務めていた経営破綻寸前のゲイ・クラブを相続することになり、困惑しながらも経営に乗り出さざるを得ない状況に。そこで、敬虔なクリスチャンであり聖歌隊の一員でもある彼女は、それまで主にリップ・シンクのパフォーマンスを披露していたドラァグクイーンたちを……。
そこから先の流れは『ステージ・マザー』というタイトルからもある程度お察しいただけることだろう。ただ、興味深いのは、頑固者の夫ほどではないにせよ長年にわたり偏見を抱き続けていたはずのメイベリンの心を縛り付けていたものが、慣れない土地と環境下でのさまざまな出会いによって次第に解かれていき、彼女が改めて息子に対する理解を深めていくのみならず、自分自身の人生の喜びまでも見付けていくということだ。そうしたストーリー展開自体は複雑なものではなく、むしろある程度読めるところがあるし、いわば“人情家の主人公のちょっとしたお節介が巻き起こす、笑いあり涙ありのヒューマン・ドラマ”的でもあるのだが、とにかくクセの強い登場人物たちの心情変化が、そこに伴う言葉選び、音楽や情景の絡め方の巧みさにより、リアルさと芝居がかった面白さの両方をもって見事に描かれているのだ。
この『ステージ・マザー』は、いわゆる音楽映画ではないものの、舞台となる『パンドラ・ボックス』というゲイ・クラブ(その名称からエアロスミスを思い出す読者も少なからずいることだろう)でのショウのシーンはもちろんのこと、物語の重要な局面でサンフランシスコの有名レコード店(アメーバ・ミュージック)が登場するなど、音楽と切り離せない作品だといえる。英国の女性歌手、ボニー・タイラーが1983年に大ヒットさせ、英米をはじめ各国のシングル・チャートで首位を独占した“愛のかげり(Total Eclipse Of The Heart)”を憶えている読者は、ある場面で、この曲についての認識を新たにさせられることになるかもしれない。
主人公のメイベリンを演じているのは、近年では『チア・アップ!』でダイアン・キートンと共演していたオーストラリア出身のベテラン、ジャッキー・ウィーヴァー。そして『チャーリーズ・エンジェル』などでもお馴染みのルーシー・リュー、『プラダを着た悪魔』に出演していたエイドリアン・グレニアー(自身がミュージシャンでもあることが、彼の演ずる役柄にも活かされている)といったところがその脇を固め、『タンジェリン』での好演が高評価されたトランスジェンダーの女優、マイア・テイラーがドラァグクイーンのひとりを演じている点にも注目したい。
筆者自身も「ドラァグクイーンの定義とは?」などと質問されても明確には即答できない程度の知識しか持ち合わせていないが、この物語を純粋に人間ドラマとして楽しむことができたし、「自分らしく、あなたの“ママ”で」という宣伝文句のダブル・ミーニングの深さにも唸らされるものがあった。是非、劇場でお楽しみにいただきたいところだ。ただしこのご時世ゆえ、笑いたい場面でもマスクは外さず、“愛のかげり”などの劇中歌を合唱することは厳禁ということで。
文◎増田勇一
■映画『ステージ・マザー』
映画館:TOHOシネマズシャンテほか全国映画館にて
出演:ジャッキー・ウィーヴァ―、ルーシー・リュー、エイドリアン・グレニアー、マイア・テイラー
監督:トム・フィッツジェラルド
原題:STAGE MOTHER 2020/カナダ/93分/PG12
(c) 2019 Stage Mother, LLC All Rights Reserved.
提供:リージェンツ、AMGエンタテインメント
配給:リージェンツ
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