ベーゼンドルファー、ウィーンが培った190年の歴史を守るウィンナートーン

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■ウィーン生まれのピアノ、ベーゼンドルファー

現存するピアノメーカーの中で最も長い歴史を持つベーゼンドルファー。その創業は1828年、実に190年以上前のこと。ベーゼンドルファーが生まれたのは音楽の都、ウィーンだ。

ヨーロッパの中心に位置し、アルプスやドナウに囲まれた自然豊かなオーストリア。その中心に位置するウィーンは、モーツァルトやベートーヴェン、シューベルト、リストなど偉大な作曲家たちが活躍した都市でもある。ベーゼンドルファー創業当時のウィーンには150近くのピアノ工房があったが、現在も残っているのはベーゼンドルファーだけである。


▲フランツ・リストもベーゼンドルファーを愛した作曲家の一人。彼の激しい演奏に耐えられるピアノは、頑丈なベーゼンドルファーだけだった。リストはこのピアノで1838年のウィーンでのコンサートで聴衆を熱狂させ、一夜にして名声を築くことになる。

その長い歴史の中でも興味深いのが、日本の皇室とのエピソードだ。日本とオーストリアは1869年に(明治2年)に修好通商航海条約を締結。その際に、使節団はオーストリア皇帝からの献上品としてシャンデリアやカップなどを明治天皇に贈呈した。その中にはベーゼンドルファーのピアノも含まれており、皇后陛下に贈られることとなった。船で何十日もかけて運ばれてきたが、そのピアノは音が狂うこともなくとてもいい状態で届けられたという。

■一台を作るのに約100年


ベーゼンドルファーの歴史は、家具職人だったイグナーツ・ベーゼンドルファーの工房から始まる。木工による家具製作から始まったこともあり、現在でも“工房”という側面を色濃く持ち、多くの工程を手作業で行っているのがベーゼンドルファーの大きな特徴だ。たとえば、ピアノの低音弦には巻き弦が使われるが、これは工場内で製作される。弦を巻くのには巻線機という機械を使うものの、その機械に弦を送るのは職人による手作業。均等に同じ間隔で巻けるようになるまでには実に10年以上の経験が必要になるという。


一台のピアノを作るのに、約100年の歳月を必要とするのもベーゼンドルファーならでは。使用されるのはオーストリア・アルプスで標高800m以上の厳しい環境で生育した樹齢90年以上の木材。しかも北斜面に生えている木だけが選ばれる。温かい地域の木は年輪の幅が広く、寒い地域では年輪は狭くなる。この年輪がぎゅっと詰まった、育ちにくい木を使うことが、出来上がったピアノの音の響きを豊かにするという。同じ理由から伐採も1年のうち寒くて乾燥している1月にしか行われない。実際にベーゼンドルファーのピアノの響板を見ると、その木目は非常に細かく美しく詰まっているのがわかる。


伐採された木材は、5年以上屋根のない屋外で風雨にさらされる。長い時間をかけ自然乾燥させるのだ。そこからさらに室内乾燥を1年ほどかけて行う。こうした長い乾燥を経ることで木が熟成され、優れた伝達性と強度を併せ持つことになる。そしていよいよピアノ自体の製作が始まるのだが、完成までには調整も含め約1年が費やされる。まさに約100年の時間をかけてベーゼンドルファーのピアノは作られる。


工場でピアノ製作に携わるのは90人ほど。この少数精鋭で作られたベーゼンドルファーのピアノは、今日までまだ5万台しか世に出ていない。100年をかけて作られる、希少性の高いピアノ。それがベーゼンドルファーだ。

■響板と側板で音を鳴らす“共鳴箱”

希少性だけでなく、その音の響きと、それを実現する構造にも大きな特徴がある。一般的なピアノは響板が音を鳴らすが、ベーゼンドルファーのピアノは側板にも響板と同じ板を使用して全体で音を鳴らす。

一般的なピアノの側板は、薄い木を5、6枚重ねた積層材を熱と圧力をかけて成形するが、ベーゼンドルファーは響板と同じ分厚い板に細かい無数の切れ込みを入れることでストレスなくなめらかなカーブを形作っている。切れ込みを入れて曲げた部分にできた三角形の隙間には、ダボと呼ばれる木の板を一つずつ埋め込むが、これも非常に手間のかかる作業だ。さらにダボを埋め込んだ上にボンドを付けて平らにして、最後に化粧板でまっすぐにして黒い塗装をして側板の完成となる。


▲側板には職人が丁寧に溝を堀り、細かく切れ込みを入れた厚さ10mmの木材を使用。ボディ全体に音響が伝わり、共鳴することで演奏に応える。

響板が側面にもあるということは、バイオリンなどの弦楽器と同じ。響板一面だけで音を出すのではなく、側板も含めて箱鳴りさせる=ボディ全体で響く。これにより、音がゆっくりと側板を一周して、ふわっと空間に放出される。この構造が、“ウィンナートーン”と呼ばれるベーゼンドルファーだけが持つ特徴ある音を生み出している。

ちなみにこの響板と側板に使われているのは、スプルースという比較的柔らかい木材。ピアノ弦の数十トンの張力がかかる響板を支えるための支柱にもこのスプルースが使われている。積層の側板を使用した一般的なピアノの支柱は放射線上に3本が並ぶが、ベーゼンドルファーではより多くの支柱を井桁状に並べることでボディ全体の強度を保っている。これはベーゼンドルファーにしかない構造だ。

■一本張りの弦と独自の構造

すべての弦を一本ずつ独立させて張る“一本張り”の弦も他ではあまり見られない特徴だ。ほとんどのピアノでは中高音部分では1本の弦が往復するように張られる(普通調弦)が、ベーゼンドルファーは一本ずつ。手間も倍かかることになるが、これが音の違いを生み出す。


▲一般的なピアノは中高音部分ではピッチピンで弦をUターンさせるように張るが、ベーゼンドルファーではすべて一本張り。隣り合う鍵盤で弦を共有することはない。

ピアノの弦は1鍵につき3本を要し、弦が往復する普通調弦では隣り合う鍵盤で1本の弦を共有することになる。一方、ベーゼンドルファーはすべて独立しているので、より透明感のある音を鳴らすことが可能となっている。なお、この弦は一本ずつ全部手作業で巻かれているのは先に触れたとおり。さらに弦を張るのも手作業で行われる。

また、チューニングピンは金属製のフレームに覆われているのが一般的だが、ベーゼンドルファーではピンが打ち付けられた木製の板が露出した構造になっている(オープンフレーム)。これにより木の温かみが感じられる音が得られるようになっている。


▲弦の上を横切るように配置されているのがカポダストロバー。この部分だけを取り外すことが可能。

安定した高音を生み出すカポダストロバーの構造も他とは一線を画している。カポダストロバーは経年劣化で擦れてくるので、裏側を削って平らにするというメンテナンスが必要となる。他社製ピアノではカポダストロバーがフレームと一体になっており、フレーム全体を取り外さないと弦を直すことができないが、ベーゼンドルファーのピアノではカポダストロバーだけを取り外すことが可能。より楽に作業が行える。100年以上の長きにわたって使われることを想定した構造というわけだ。

■伝統と革新のラインナップ

現在のベーゼンドルファーのラインナップは、旧来からの伝統的な手法で作られるモデルと、最新のモデリング技術や計測技術を用いて2015年に誕生したVC(VIENNA CONCERT)の2種類に大きく分けられる。フルコンサートは、フラッグシップのModel 290 ImperialとModel 280VCの2機種。以下、奥行きをモデル名としたModel 225、214VC、200、185VC、170VC、155。そしてアップライトタイプのModel 130、120。計10機種(VCと非VCが各4機種)が揃っている。その他、ポルシェモデルやショパンモデル、アーティザンモデルなど20種類のベーゼンドルファーオリジナルの様々なデザインを各サイズで製作することができる。


▲フラッグシップのフルコンサートグランド、Model 290 Imperial。

VCは最初のモデルとなる2015年登場のコンサートグランド280VCの評価が高かったことから、セミコンサートの開発に着手。214VCが2017年にリリースされ、185VC、170VCが2019年に発売となっている。これらVCの特徴はその音にある。ベーゼンドルファーらしい温かい音はそのままに、弾きやすさや音の立ち上がりの速さ、きらびやかさや明るさを追加。ウィンナートーンに現代のニーズを取り入れたピアノとなっている。大きなホールで最後列の席まで音を飛ばしたい、音の立ち上がりが速い方が弾きやすいといった現代のプレイヤーならVC。超絶技巧や難しい曲を弾く人にも反応がいいVCがオススメだ。


▲VCラインのフルコンサートグランド、Model 280VC。伝統的なピアノづくりをベースにスケールデザインを一新、立ち上がりの速さとダイナミックレンジの広さ、そして音色の多彩さを実現した。

VCとこれまでのモデルは構造的にはほぼ同じだが、一部異なる部分がある。まず、VCのみがアリコートを採用。アリコートは弦の振動をフレームまで伝えるプレートで、音にきらびやかさを加えるのに一役買っている。


▲ピンそばの弦下に配されたアリコートが有効弦と共鳴弦を整数比に揃え音をきらびやかにする。

もう一つの大きな違いは、響板の外周に張り巡らせた1cm角の木片の存在。この硬いブナの木を使った木片がVCならではの音を生み出す。まずは弦から生み出される音をブナの木片に反射させて空気中にすばやく放出、そして残りの音が柔らかい響板にゆっくり伝わって放出される。基本的なベーゼンドルファーの音はそのままに、立ち上がりの速い音が加えられるというイメージだ。

■88鍵より多い拡張鍵盤

Model 290 ImperialとModel 225には、「拡張鍵盤(エクステンドキー)」という、通常のピアノの88鍵より下の音の鍵盤が追加されている(290は9鍵、225は4鍵多い)。このルーツにはバッハの曲の存在がある。


▲Model 290 Imperialの拡張鍵盤。白鍵も黒い9鍵が低音側に追加され、計97鍵盤となる。

バッハがもともとオルガンで作っていた曲を、イタリア人の作曲家フェルッチョ・ブゾーニがピアノ曲に編曲する際に、足鍵盤の低い音がピアノの88鍵では足りなかった。そこで彼は2代目のルードヴィッヒ・ベーゼンドルファーに低音部を増やしたピアノの製作を依頼した。こうして生まれたのが「拡張鍵盤」だ。拡張鍵盤はすでに100年以上の歴史があり、ラベルやバルトークをはじめこれを使って曲を作った作曲家も多く存在する。「弾かない鍵盤」と呼ばれることもあるが、あくまでも弾くための鍵盤なのだ。

とはいえ、弾かなくてもその恩恵に与ることはできる。拡張鍵盤の弦が共鳴して倍音が多くなり、低音の響きが豊かになる。また、最低音だったはずの音が中央側に寄るので、弦も余裕を持って鳴らすことができ、低音部がはっきりとする。

■限定生産&受注生産モデル

上記のスタンダードモデルのほか、限定生産モデルや受注生産の特別なモデルもラインナップされる。2020年発売の「ベートーヴェン生誕250周年記念モデル」(全世界15台限定)や「セセッシオン」(全世界21台限定)をはじめ、手作りが得意なベーゼンドルファーならではの意匠を凝らした特別なデザインを施したモデルが揃う。


▲ベートーヴェン生誕250周年記念モデル。「月光ソナタ」の自筆譜を高精度なシルクスクリーン印刷技術でピアノの大屋根の内側に施し、譜面台にはベートーヴェンの肖像を真珠貝でデザイン。

▲セセッシオンは、19世紀末のウィーンに登場した新進気鋭の総合芸術運動「セセッシオン」と同名の建築物からインスピレーションを受けデザイン。いたるところに23K金メッキが施されている。

限定モデルはたとえば全世界15台限定なら、1から15まで数字が振られ、全世界同時に発売スタート。1台めから順番ではなく各国が好きな数字を取っていく。これは国によって好きな数字が異なるのでとられた制度とのこと。すべての番号が売れた時点で完売となる。

受注生産モデルでは、購入者の特別な注文にも柔軟に応じる。指定したモデルの屋根や足を変更する、ここを緑にしてあっちはピンクにして、といった注文も可能。仕上げでは艶あり・艶なしはもちろん、ウォルナットの木目を生かしてザラザラ感のあるオープンボアーにといったオーダーにも対応。木目も縦や横の指定から、あそこは斜めにしてこの辺にフシを入れてほしい……などすべて細かく指定できる。さらに名前を入れてほしい、譜面台に透かしの彫り物を入れてほしい、好きな絵を入れてほしいといったオーダーも可能だ(絵は印刷したシールを貼る)。これまで実際にあった注文では、プレートにサロンの名前を漢字で入れたい、飛行機のモチーフを譜面台に彫り込んでほしい、鍵盤をカラフルにしたい、自分のサインを入れたいといったものがあったという。これらもすべて実現している。

■自動演奏機能を加えるDisklavier

ベーゼンドルファーのピアノの各モデルは、ヤマハが開発した自動演奏機能「Disklavier(ディスクラビア)」を購入時に加えることが可能だ。価格は通常のモデルに550万円がプラスされる。


▲自動演奏機能を追加したBösendorfer Disklavier Edition。外観の違いはペダル裏側や鍵盤部左下に独自の機構が追加されていることぐらい。歴史的な演奏をベーゼンドルファーの音で楽しめる。

Disklavier搭載のヤマハピアノと機構的にはまったく同じだが、収録コンテンツは大きく異なる。ベーゼンドルファー独自の自動演奏ライブラリが1500曲追加されており、今後もどんどん増やす予定(無料アップデート)。また、ヤマハのミュージックオンラインショップで1曲単位で購入することも可能だ。

その膨大な曲数だけでなく、内容も非常に魅力的だ。ラフマニノフ本人の演奏やバックハウス本人の演奏など、長い歴史を持つベーゼンドルファーとゆかりのある偉大なピアニストの演奏を、自動演奏によるピアノの生音で楽しむことができる。


▲操作ボタンは目立たない位置に配置。すべての操作はスマートフォン/タブレットのアプリで行える。ヤマハの自動演奏機能付きアコースティックピアノの最新シリーズ「Disklavier ENSPIRE」の自動演奏ライブラリも内蔵し、計2000曲以上の自動演奏コンテンツが楽しめる。

ウラジミール・ホロヴィッツ、ジョージ・ガーシュウィンなど本人の貴重な演奏を味わえるなら、この550万円という価格差は納得できるという購入者は多い。「ベーゼンドルファーは100年経っても美しい音を奏でる」「ベーゼンドルファーらしい音が出るのは2、3年弾き込んだあと」という人もいるほどだが、Disklavierならこの音の熟成を自動演奏でどんどん作ってくれる。

ちなみにDisklavierの機能を加えることでピアノの音が変わってしまうのでは? という心配は無用。音への影響はまったくないという。操作に必要なボタン類は最低限かつ鍵盤下部の目立たないところに配置されるので、ピアノの外観を損ねることもない。また、操作はすべてスマホやタブレットといったスマートデバイスのアプリのアプリを使ってカンタンに行える。

■ウィーンの文化・伝統を守る

ベーゼンドルファーは2008年よりヤマハの100%子会社となっている。今回の取材においてヤマハ/ベーゼンドルファージャパンの担当者は、ベーゼンドルファーの取得について、「ウィーンの文化・伝統を守ること」と表現した。「ただピアノを売るだけではなく、ウィーンが守ってきた190年の歴史を守るということ。ウィーンの材料でウィーンの人が作った、まさにウィンナートーンを家で楽しむ。ウイーンの文化をそのまま家にお持ち帰りいただく。そういう価値があるピアノだという事を感じて購入していただければ」と語った。


▲ベーゼンドルファー東京のショールームでは、フルコンサートをはじめとした主力モデルをはじめ、凝った装飾を施したスペシャルなモデルを見ることができる。

ベーゼンドルファーのピアノは、東京都・中野坂上にあるショールーム「ベーゼンドルファー東京」で実際に触れることができる。国内最大の展示台数と主要なラインアップを揃え、ピアノ工房、アーティストが練習できるスタジオも併設。ゆったりとした空間で試弾することもできる。試弾希望の際は事前に電話などで予約を。


▲併設されるスタジオにはコンサートグランドピアノを用意。
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