「M-SPOT」Vol.012「言葉のグルーブと高い資質、そして特筆すべきバイタリティ」

一聴すると異質で、ともすると色物にも見えかねない作品にも、高い資質と隠れた注目ポイントが沢山潜んでいたりする。今回は、TuneCore Japanの野邊拓実によるリコメンド・アーティストの作品から耳を傾けてみよう。異質な文化、どこか引っかかるような質感の裏には、新しい音楽表現のヒントやまだ見ぬ新たな表現手段の種がありそうだ。
◆ ◆ ◆
野邊拓実(TuneCore Japan):ちょっと皆さんに紹介したいアーティストがいるんです。雨ふらしカルテットというバンドなんですが、「かちゃくちゃね」という楽曲がありまして、これが結構ツボでして。
──どんな曲なんですか?
野邊拓実(TuneCore Japan):曲調で言うと、スイングジャズがベースにあるかなっていう感じなんですけれど、「かちゃくちゃね」というタイトル通り、津軽弁なんです。津軽方面出身のバンドみたいなんですが、単純にこのサウンド自体すごく素敵なんですけど、そこに絡む津軽弁がおもしろいんですよ。
──いいですね。不思議な世界。
野邊拓実(TuneCore Japan):基本的に言葉がちょっと短いというか、音節が短い感じがするんですよね。実際はそんなことないんですけど、子音が多くて母音が少ないように聴こえる感じが凄く英語的だなと思ったんです。
──津軽弁ってフランス語みたいだ、という話もありますもんね。
野邊拓実(TuneCore Japan):そうですよね。この軽弁のばばばっと喋る感じがすごく英語的で、日本語で歌っているのに英語のスイングジャズを聴いているみたいな感覚があるんですよ。この津軽弁とパルスの短いグループの音楽とをかけ合わせることって、実は大発見なんじゃないの?って(笑)。
──まさかの相性の良さが、こんなところにありましたか。
野邊拓実(TuneCore Japan):ボーカルのグルーブの出し方って、僕は大きく2パターンに分かれると思うんですけど、ひとつはジェームス・ブラウン的な、ものすごく休符を強く出していくことでリズムのグルーブを感じさせるようなタイプで、もうひとつが僕は「山下達郎タイプ」って呼んでるんですけど(笑)、ロングトーンで朗々と歌っている中で強弱がきっちりと付けられていることで、波=グルーブがちゃんと生まれるというスタイル。
──レガートな歌い回しですね。
野邊拓実(TuneCore Japan):そうです。で、この津軽弁というのが、ジェームス・ブラウン・タイプの日本語スタイルとしてのモデルケースになっていると感じたんですね。凄くないですか?津軽では当たり前なスタイルなのかもしれないですけど(笑)。
──民謡とか民族音楽のようなものには、意外な特性や型破りな特徴があったりするのかもしれないですね。
野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね。この「かちゃくちゃね」はすごく綺麗な「スイングジャズの輸入」だと思ってます。

雨ふらしカルテット
──日本語って音節がきれいな縦割りなので、ラップとの相性もいいわけですが、単語ごとの音節でメロディに乗せていくアプローチを取ると、津軽弁というのは最高にグルーブを作りやすい言葉なのかもしれません。
野邊拓実(TuneCore Japan):日本語って、基本的に1子音に対して1母音あるので、音符に対して歌詞は1音符に対して1音節を乗せていくのがセオリーだと思うんですけど、英語って1単語に対して音節が少ないので音符が少なくなるんですよね。日本語は1文字に対して1音節が振られるから音符が増えていく。なので、休符でグループを出すボーカルスタイルというのは、音節が少ない楽曲との相性がいいと思うんです。その逆を行ったのがボカロ文化だと思うので、1メロディーに対して音節がすごい多くて音符がたくさん振られるのは非常に日本語っぽいものと思っていたわけですけど、逆に津軽弁によって英語っぽさが実現できているのは、ちょっと感動しますよね。
──この不思議な気持ちよさと異質さは、日本語ネイティブな我々だからこその感覚だと思うんですが、欧米の人が聴いたら、どう聴こえるんでしょうね。
野邊拓実(TuneCore Japan):気になりますよね。日本語に慣れた僕らにとって、ちょっと日本語とは違う響きに聴こえて面白いわけですけど、英語圏の人たちには、まだ全然日本語っぽいのかな。どっちなんだろうなってのは気になりますね。
──方言混じりの日本語をどこまで聞き分けできるのか、という問題かな。
野邊拓実(TuneCore Japan):それで言えば、僕らも英語の訛までは聞き取れないし理解できていないかなあ。「ライオン・キング」のティモンとプンバァってブロンクス訛りらしいですけど、僕はそこまで聞き取れないのでわかんないし。
──でも言葉の乗せ方って面白い話ですね。
野邊拓実(TuneCore Japan):面白いです。日本語とメロディーとかグルーブの関係って、昔から内田優也 vs はっぴいえんどみたいな両翼がありますよね。英語的にするのか、日本語とのハイブリッドを実現させて日本らしさを追求するかみたいな、いろんなアプローチが模索されてきましたけど、雨ふらしカルテットの「かちゃくちゃね」はどっちも突いている感じがしたんですね。日本人が聴いても英語圏の人が聴いてもすっと聴けるんじゃないかな。
──演奏自体も、それなりのキャリアを重ねた感じがしますね。あんなベースラインもなかなか弾けないもんなぁ。
野邊拓実(TuneCore Japan):このウォーキングベースね。コーラスも「後ろのマイクで入っちゃった」くらいの音になってて、これがまたすごく気持ちいいんですよ(笑)。ライブ感もすごい出ていて、こういう音作りにも造詣の深さが表れていますよね。すごいディープに掘っている人たちにとっては、たまらない音源だと思います。
──造詣の深さを感じさせる音源という意味では、いちごというアーティストの「Fleeting Glow」という曲があるんですが、聴いていただけますか?
野邊拓実(TuneCore Japan):めっちゃいいですね。
──いいですよね。なんですけど、自身を「Lo-Hi R&B」と紹介しているんです。Lo-FiじゃなくてLo-Hi。確かにサウンドはLo-Fiではないので、あえてLo-Hi何だと思うんですけど、初めて聞いた言葉で。
野邊拓実(TuneCore Japan):プロフィールでは2回もLo-Hiという単語を使っているので、多分意図していますね。面白い。でもLo-Hiってなんなんですかね。
──しかも、こんな音楽性で「いちご」という可愛らしいアーティスト名で。
野邊拓実(TuneCore Japan):僕もそこが気になりました。この音楽でいちごって名前なんだ…みたいな。おもしろいですね。

いちご
──調べてみると、どうやら「Lo-Fiの持つ切なさやレトロな雰囲気」と「鮮明でクリアなHi-Fiサウンド」を融合させたような音楽性を意味するようですね。
野邊拓実(TuneCore Japan):普通に一聴して「これ、日本人なんだ」って思いました。すごく海外的というか、海外のアーティストっぽいですね。
──海外のアーティストと言えば、とてもほっこりする作品もありました。カタコトながら日本語で作品を公開している、中国から日本に留学しているNoraという大学生で、「ChuKiss」という楽曲です。
野邊拓実(TuneCore Japan):海外に行ってよその国の言語で曲をリリースさせるって、すごいバイタリティですね。
──凄いですよね。おそらく日本カルチャーに恋をして、KAWAII文化やアニメなどにも影響を受けたのかなと思うんですけど、「世の中のすべての素敵な恋愛を応援したい! 夢は恋愛よりもっと甘い歌を歌うこと」なんだそうです。
野邊拓実(TuneCore Japan):よくできるなって思います。なんて言うんですかね…真似できない攻撃力とでもいうのか、攻めの姿勢が素晴らしいと思います。
──こういうがむしゃらなバイタリティって何より大事ですよね。こういう思いを持った人が海外にもたくさん広がっていることを実感しました。
野邊拓実(TuneCore Japan):質感的にもいいですね。それこそロリポップみたいな要素だけれど、多分アイドル文化とかも入っているのかな。素晴らしいですね。
──やりたいことや表現したいことが明確に見えて、音楽とか言葉の壁を乗り越えた好例だと思います。頑張ってほしいです。

Nora
協力◎TuneCore Japan
取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
Special thanks to all independent artists using TuneCore Japan.
雨ふらしカルテット
◆雨ふらしカルテットページ(TuneCore Japan)
いちご
◆いちごページ(TuneCore Japan)
Nora
◆Noraページ(TuneCore Japan)
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