「M-SPOT」Vol.008「時代の音、音楽の変遷とバンドサウンド」

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多様性が叫ばれて久しいこの時代となり、音楽においてもその価値観は人によって大きな差異を見せ、音楽という芸術のあり方も大きな曲がり角に来ているように見える。

そんな前回(Vol.007「価値観の多様性、ボーカルスタイルの変容」)のトーク・セッションに続き、時代とともに変わってきたサウンド変遷と、それによる音楽の変化、流行りや人々の求める音像が変わってきた事実に話はフォーカスされた。引き続き話を交わすのは、キュレーターとして参加する堀巧馬(TuneCore Japan)、野邊拓実(TuneCore Japan)、DJ DRAGON(BARKS)、烏丸哲也(BARKS)という面々である。

   ◆   ◆   ◆

──前回の話にあった今後に期待する「AIじゃないとできないよね」というのは、例えば聴いたことのない何の音かわからないような音の生成とかですか?

野邊拓実(TuneCore Japan):んー…そのあたりはシンセサイザーでできちゃったりもするんで、どうでしょう。サラウンドが主流になってくるとかですかね。

DJ DRAGON(BARKS):サラウンドになると、それは聴こえ方が違うからね。ピアノとかはそっちの音がクルよね。

堀巧馬(TuneCore Japan):サウンド感がどうなっていくのかですよね。それこそシンセが誕生しそれが新しかった時代は、その売れていたシンセがその時代を象徴するサウンドになり、その時代のジャンルのようにもなった流れがあったじゃないですか。あれから一気に進んでサンプリングでもどんな音でも作れるようになったので、逆に今を代表するサウンドってなんだ?みたいなところがありますよね。

野邊拓実(TuneCore Japan):ちょっと細かい話ではあるんですけど、ここ10年くらい前からロー(低音)の処理に関しては確実に発達していますよね。ローの解像度は確実に上がっていて、そのあたりはクラブ文化なのかもしれないですけど、その最たるものとしてフューチャー・ベースのようなジャンルも出てきたりして、大昔に比べると細かいローの処理をしていますよね。

DJ DRAGON(BARKS):DTM以降に、今まで考えられなかったベースの鳴りとか、ベースの処理の方法とかが出てきたよね。

堀巧馬(TuneCore Japan):近代は強い音が好まれる傾向にありますもんね。

野邊拓実(TuneCore Japan):そうそう、ヘッドホンとかも結構ローが凄かったり。

DJ DRAGON(BARKS):黒人カルチャーもあると思うんですよね。ブラック・ミュージックってロー主体になっている音楽も多いじゃないですか。ケンドリック・ラマー『GNX』もそうだけど、主導権を握るのは圧倒的に売れている音楽性によるので、ものすごくローが強く出るBeats by Dr.Dre(ヘッドホン)が生まれた背景もそうですし、そういう傾向を考えると、DTM以降ヒップホップ・カルチャーがどんと出てきてローが欠かせない音楽の要になった。ここ20年ぐらいずっとそういう感じになっているよね。なんか日本人はあんまりそこに反応していなかったけど。

野邊拓実(TuneCore Japan):ライブハウスでアクフェンのサウンドのローが凄すぎて、頭が痛くなったことがあります。何人も体調を崩している人がいたくらい、凄かった体験でしたけどね。物理的に頭が揺れるんですもん。

──私もスクリレックスの初来日公演で、歯が痛くなりました(笑)。時代が生んだサウンドとかエフェクトの流行りも時代の音を作りますよね。1980年代のオケヒットとかゲートリバーブとか。

野邊拓実(TuneCore Japan):ゲートリバーブとかスプリングリバーブなどを聴くとその時代を感じてしまうように、今のシンセベースや2オクターブ下の倍音を出すみたいなサブベースのロー文化も、その先では「当時のローの感じね」みたいに捉えられるんでしょうね。

堀巧馬(TuneCore Japan):確かに。「2020年代のやつね」みたいにね(笑)。確かに今ではJ-POPでも強い音で、例えばconoの「ドクドク」なんかもJ-POP系ですけど強い音が目立つようになっていますよね。昔のポップスって、こんなにベースは前に出なかったじゃないですか。


cono



──歌番組でも、テレビからはベースは聴こえなかったですね。

DJ DRAGON(BARKS):その昔、小室哲哉さんなんか「ベースいらねえ」って言ってたんだから(笑)。小室さんはマジでベースレスに近い感じの感覚だったね。「ベースこれ弱くないですか?」って言っても、「聴こえないからなくていい。邪魔になる」って。1990年代は特に「高音に人はしびれる」からこうなるって言ってたな。

野邊拓実(TuneCore Japan):面白いですね。再生環境によって音楽の文化自体が影響を受けるっていうのはありますもんね。やっぱ再生機器が発達してローが出るようになってきたことで、ローの重要性が上がってきた。

堀巧馬(TuneCore Japan):小室さんといえば、西川貴教 with t.komuroの「FREEDOM」も、ローが超弱いでしょ?弱いんだけど、逆にそれでいてあそこまであの空間をぐわっと広げられる能力がハンパねえなって感心しちゃった。音圧が超弱いのに、凄く壮大なんですよね。


──貧弱な音楽再生環境の人でも同じ様な質感で聴くことができるという、音作りのテクニックだったのかもしれないですね。

DJ DRAGON(BARKS):当時はそうですね。今は違うと思うけど、これが小室哲哉サウンドだからね。

野邊拓実(TuneCore Japan):リスニング環境って大事ですね。環境の影響って思っている以上にすごく受けているんだなって思います。

堀巧馬(TuneCore Japan):自分が好きな音楽が、引き算方式で作られたような曲になっていったんですけど、ローの主張が強ければ、他5~6個ぐらいのトラックがあれば成り立つぐらいシンプルな構成で耳を独占できるんですよね。ただ、音数が少ないと、どれもこれも同じ様な印象になってきちゃうんで、小室哲哉さんじゃないですけど、足し算でちゃんと空間を作っていくみたいな作品が増えてくるような気がします。

──カウンターですね。

野邊拓実(TuneCore Japan):カルチャー全体も、すごくブラックミュージック的なものが流行ったと思ったらオルタナティブ的なものが流行って、その後またルーツミュージックみたいなものが流行って、で、その後のポストロックが出てきて…みたいな、こういう推移はしているとは思うんで、シティ・ポップが割とブラック・ミュージック的な感じだったことを考えると、これからってわりとオルタナ系のものが出てくるかな、とか。と思ってたら、King Gnuとかが出てきたりしたんで、「なんか、この感じなのかな」とか。

堀巧馬(TuneCore Japan):それで言ったらBlack petrolとかですかね。

野邊拓実(TuneCore Japan):Black petrolは、印象としてはブラック・ミュージックとヒップホップの上質なハイブリッドを実現している、京都のバンドですね。



DJ DRAGON(BARKS):KYOTO JAZZ MASSIVEを思い出すなあ。1990年代のジャズ・ヒップホップブームとかアシッドジャズが生まれた時って、京都が熱かったんだよね。沖野修也とか大沢伸一とかすごいツボったな。

野邊拓実(TuneCore Japan):<出れんの!? サマソニ!?>や<フジロック>「ROOKIE A GO-GO」にも出ているバンドで、メンバーが多くてけっこう若いのに、一体感も熟練感もバツグンなんですよ。

──カッコいいですね。僕の世代的にはこのブラスの感じにエイドリアン・ブリュー在籍時のキング・クリムゾンの匂いを感じました。

DJ DRAGON(BARKS):さかのぼったね(笑)。ローズ(ピアノ)とかそういう感じがするよね。やっぱり時代は回り回っているんですよ。

堀巧馬(TuneCore Japan):そうですよね、回り回ってるなって思います。今だからこそ、自分にも刺さっているんですけど、しかも「ナードでハード」というキャッチコピー、マジいいわ。

DJ DRAGON(BARKS):確かに。だからSuchmosとかもその辺の継承だろうね。


Black petrol

野邊拓実(TuneCore Japan):本人に聞いたわけじゃないけど、Black petrolってセッション主体で音が作られている気がします。だからこの足し算っぽい魅力が出てるのかなと思うんですよね。

──時代によって音楽性や音が変わってくるなかで、2024年に結成されたGACHABOTというアーティストは、「色んなスタイルにチャレンジする」と言っているんですが、実際にアップされている楽曲を見ると、HoneyWorksの「可愛くてごめん」をあるゆる曲調でカバーしまくっているんです。全部アレンジが違うんですよ。

野邊拓実(TuneCore Japan):これは多分、Rework with「可愛くてごめん」(「可愛くてごめん feat.かぴ」の楽曲パラデータを公開し、「可愛くてごめん」の二次創作楽曲をリリースできるというTuneCore Japan開催の企画プロジェクト)の時に、めちゃくちゃいっぱい作ってくれたものですね。

堀巧馬(TuneCore Japan):ここまでレパートリーがあるっていうのはすごいな。

──こういう音楽の遊び方もいいなって思いました。同じ曲でジャンルもバラバラなんです。

堀巧馬(TuneCore Japan):これもエンジニアリング…ものづくりですね。



堀巧馬(TuneCore Japan):これは「まだぼうけんのとちゅう」というオリジナル曲ですが、めっちゃシンセサイザーV感があるよね。

野邊拓実(TuneCore Japan):大人な感じの歌い方なのに歌詞はめちゃくちゃポップで、結構いいなって思いました。


GACHABOT

──一方でひとつ面白いアーティストを見つけました。ZETTAI CHU-KAKUというバンドなんですけど、アニソンカバーを10年間続けてきて、2020年からオリジナル曲を始めているんです。10年続けてきていきなりの心変わりなのか、どういう心境の変化なのか気になりまして。

堀巧馬(TuneCore Japan):なるほど、アニソンってアニメ作品に寄り添うものなので、通常の楽曲よりも解釈の余地が少ないというか多角的な視点って持ちづらいんですよね。アニメ作品の世界という枠組みができちゃうし、ある程度方向性が決められているので。だからずっとカバーし続けていると、どこかで脱却したくなるんじゃないかな、とか。勝手な妄想ですが。

野邊拓実(TuneCore Japan):逆に何でもっと早くオリジナルをやろうってならなかったのかな。

──アニソンがそれほどに魅力的だったから?

野邊拓実(TuneCore Japan):何があったんだろう、かなり気になりますね。10年間アニソンをやり続けられたモチベーションも気になるし、10年目に何があったんだろうって凄く気になる。

DJ DRAGON(BARKS):みんな普通に仕事をしていたんだと思うんだよね。で、月に1回ぐらいのペースで集まって、ライブもそんなにしないようなペースだったら、10年って結構あっという間だよ。

堀巧馬(TuneCore Japan):そうか、そういう人いますもんね。その活動ペースで「あれもカバーしたい、これも…」ってやっていれば、10年くらいかかりそう。

野邊拓実(TuneCore Japan):しかも3ヶ月に1回は新しいアニメも始まるし(笑)。

DJ DRAGON(BARKS):楽しんでいる中でなにか変化があって、「10年やったよね。このままどうする?」「じゃ、ちょっと曲作るか」って。

野邊拓実(TuneCore Japan):今までなんとなく惰性でやってきたけど、ここらでちゃんと活動しないか、みたいな。

──とか、全て妄想ですけどね(笑)。ただ、10年はあっという間っていうのはあるかもしれない。

野邊拓実(TuneCore Japan):そうですよね。社会人でみんなのスケジュールを合わせようと思うと、次は1ヶ月後みたいな感じになるんで。

──アニソンが大好きでバンドを組みたいと思っている人には、なにかヒントになるバンドかもしれないですね。

野邊拓実(TuneCore Japan):ロールモデルになりますね。10年間アニソンやり続けたというのは説得力があるから。


ZETTAI CHU-KAKU

──そして「ReUnite」という曲がオリジナルです。



堀巧馬(TuneCore Japan):ほんとにアニメのオープニングとかにありそうなJ-Rockですね。

野邊拓実(TuneCore Japan):めちゃくちゃいいっすね。絵が見えましたもん。曲が始まると女の子が駆け出していく(笑)。

堀巧馬(TuneCore Japan):Aメロで情景描写があって、Bメロがキャラクター紹介の感じで、サビで誰か走っている感じだよね(笑)。

──アニソンカバーを行っていたときと比べて、オリジナルになった途端にジャケ写のテイストがガラッと変わっているのも興味深いですね。メンバーが3人なのでこのデザインなのかな。

野邊拓実(TuneCore Japan):確かにテイストが全く変わっていますね。どうしたんでしょう。やっぱりこの転換点が気になりますね。

──バンドにはいろんなドラマがありますから、それらは音やアートワークにもでてきますよね。ではまた来週も素敵な作品との出会いに期待しましょう。ありがとうございました。

協力◎TuneCore Japan
取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
Special thanks to all independent artists using TuneCore Japan.

cono

「EGOCLUB」所属の女性シンガー。繊細かつ力強い歌声を武器に、ジャンルにとらわれない多様な作家陣とともに作品を展開中。
◆conoページ(TuneCore Japan)

Black petrol

takaosoma(Guitar), SOMAOTA(MC), ONISAWA(MC), たけひろ(Bass), 石尾紘樹(Keyboard), 空閑歩夢(Drums), 安原大貴(Sax)
Contemporary JAZZ、Rare Groove、Progressive Rock等、辺境の音楽をHIPHOPの感性で再解釈した「ナードでハード」な音楽集団。 京都の音楽シーンで、大学在学中にそれぞれのジャンルに精通した高い演奏力を持つメンバーによって結成された。 リーダーのtakaosomaがホームレスとしての路上生活で体感したアスファルトの冷たさ、人肌の温かさをバイリンガルラッパーとしてHIPHOPシーンで評価されるSOMAOTA、ドキュメンタリー作家としても活動するONISAWAが詩的なラップに落とし込む、「リアル」でありながら高度に洗練された世界観を確立している。
◆Black petrolページ(TuneCore Japan)

GACHABOT

2024年に結成。 ジャンルやスタイルに拘らず色んな楽曲リリースを目的とする「GACHABOT」 EDMやROCKだったりRAPやGOSPELだってチャレンジ!! 次、何が飛び出すかわからないけど…音を楽しんでいる事だけは不変。
◆GACHABOTページ(TuneCore Japan)

ZETTAI CHU-KAKU

「心に残る音楽」をモットーに、“クール×ノスタルジック×エモさ“を表現するバンド。 2010年より東京にて活動を開始。 10年間のアニソンカヴァー活動を経て、2020年よりオリジナル楽曲の配信を開始。 YouTubeや音楽配信ストアなどのネットメディアにて、日常の中の非日常を描いた個性的でキャッチーな楽曲を公開して注目を集め、幅広い音楽ファンから支持されている。 Lyrics & Vocal:Awo / Bass:MARUHASHI / Lyrics & Music:Shoichi IKEDA
◆ZETTAI CHU-KAKUページ(TuneCore Japan)


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