「M-SPOT」Vol.003「ボーカロイド、AIボイス、そして謎の下4度ハモ」

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2025年1月14日からウィークリー更新で始まった「M-SPOT」企画は、星の数ほど存在する新曲から、アーティスト本人のリコメンドをもとに、素敵な音楽との出会いをひとりでも多くの人と共有しようという取り組みだ。キュレーターとして堀巧馬(TuneCore Japan)、そして新たに野邊拓実(TuneCore Japan)、DJ DRAGON(BARKS)、烏丸哲也(BARKS)がそれぞれ曲を聴き込んだ上で、思いの丈をぶつけながら、その魅力を咀嚼し再確認するという企画でもある。

第3回目となったVol.003でも、魅力的な楽曲と一目置くべきアーティストと出会うこととなった。

   ◆   ◆   ◆

──「M-SPOT」への紹介エントリー数が爆発的に増えていますね。

堀巧馬(TuneCore Japan):もう数百どころじゃないですね。非常にたくさんの応募をいただいています。こうやって作品に触れると、インディペンデントだからクオリティがどうだとか、楽曲レベルがこうだとかみたいなことは全くなくなりましたね。制作ツールも同等になり、プロやメジャーとの差がほとんどない。もちろん収録環境とかハードウエアの差はあるかと思いますけど、昔のような決定的な品質差はなくなりましたね。

──アイディアと工夫と創造性次第で同じフィールドに立てる。例えば、なみぐる「溶けちゃいそう(feat.AiSuu)」の場合、ボーカロイドなんですが、歌を歌っているのはAiSuu…つまり、SILENT SIRENのすぅ(Vo)の声なんです。要は「自分が作った歌をすぅに歌わせることができる」時代というわけ。調教スキルは問われますけどね(笑)。



堀巧馬(TuneCore Japan):ボーカロイドのライブラリーもバラエティ豊富になっていますから、ソフトウェアの発展とともに、好きなアーティストの歌声で制作ができますね。

──SILENT SIRENでは歌いそうもない曲を歌わせることも可能なわけで、デリケートな問題でもあるんですが。

野邊拓実(TuneCore Japan):すぅさんとこういう曲を合わせたら面白いんじゃないか、みたいな発見も面白そうですよね。


なみぐる

──すでに海外ではAIボイスモデルも権利ビジネスとして確立し始めました。ボイスを提供し、その声で作られた楽曲の売り上げは、声の持ち主にも分配されるというものだそうです。

堀巧馬(TuneCore Japan):なるほど。ただ、AIによるボーカル生成の発展する方向性と、ボーカロイドならではのボカロっぽい質感の魅力というのは、また似て非なるものですね。

──求める方向性が違うものになった気がします。

堀巧馬(TuneCore Japan):そう、ボーカロイドの場合、果たして「SILENT SIRENのすぅのボーカルに近づけていくことが正義なのか?」というと、そうじゃないんじゃないかなと思うんです。昔のボカロの文化には、ボカロっぽさを活かして歌っている曲がたくさんあって、そこにすごく共感するんですよね。人間じゃできないボカロだからこその音程の変え方とか、しゃくりの作り方みたいな。


野邊拓実(TuneCore Japan):結構面白いことが起こっているんじゃないかって思うんです。ボカロには「ボカロっぽいメロディ」があると思っていて、例えばYOASOBIってボカロじゃないけど、めっちゃボカロっぽいメロディ感をしているじゃないですか。この「ボカロっぽいメロディって何をルーツにしているんだろう」と考えた時に、あの時代のボカロは、まだロングトーンが苦手で聴くに耐えない…ってほどじゃないですけど、ロングトーンよりも譜割りを細かくしてメロディを動かし続ける方が自然に聴こえるという側面があって、そういう技術的な背景が根強くあったんですよね。昔のボカロ曲ってめちゃくちゃメロディが動きますよね。そんな音楽的な文化が継承されて、今のボカロっぽいメロディみたいなものがある。ボーカロイドって日本のカルチャーの中で生まれたものなので、この文化こそ日本独自のものとして今があると思うんです。


──なるほど、確かに。その分析は鋭い。

野邊拓実(TuneCore Japan):だから、例えば海外を狙う時に、日本にしかないものを海外戦略として考えるのであれば、その選択肢としてボカロっぽさみたいなものというのはひとつの技としてあるなと思います。もはやジャンルと呼んでいい文化が出来上がっていると思いますし、これって実は結構凄いことなんじゃないかなとも思うんですよね。

──本当にそうですね。AIが出てくる前は調教スキルが求められましたけど、もはやそうじゃない魅力がボカロ文化を成熟させたわけですね。まるで、ピアノサウンドのつもりで開発されたローズが「エレピ」という新たなサウンドとして市民権を得たように。

野邊拓実(TuneCore Japan):全然別のものを目指していたけれど、その過程で生まれた不都合だったりとか、あるいは違和感みたいなものが、いい毒というか独自性として発展していくことは、もしかしたら音楽全般の歴史の中でも起こってきたことなのかなとも思います。今、最先端かどうかはわかりませんけど、ボーカロイドという場所で起こっていることはすごく面白いなと思います。

DJ DRAGON(BARKS):ボーカロイドとAIボイスは、どちらもコンピューターで生成するものですから、一緒くたに思われがちですけど、思想も目的も全く違うものだからね。

堀巧馬(TuneCore Japan):むしろボーカロイドは、初音ミクや鏡音リン・レンに歌わせたいという、そこには一種の人格がありますからね。AIボイスは「こういう声で歌わせたい」というもので人格はないから。

野邊拓実(TuneCore Japan):AIでボーカルを選択する感覚は、楽器選びや音色選びと近い行為だよね。AIボイスに人格は求めていない。

DJ DRAGON(BARKS):確かに。GACKTのボーカル音源「がくっぽいど」がそこまで流行らなかったのは、そういうことかな。本物がいるんだから(笑)、キャラクター性では勝てないという。



──一方でAIボイスには色んな可能性があって、私は音楽が動的に変化する時代がくるとも思っています。つまりリスナーのコンディションや環境など様々な外的ファクターによって、楽曲が変化する世界。ボブ・ディランはライブのたびにアレンジが変わり、時に歌詞もメロディも変わっていくのでファンですらその曲だと分からない事があるくらい、曲に命を吹き込み続けるアーティストですよね。レコーディングされた曲にだって、それが起こる時代になる。季節や時間帯、体温や心拍数とか微細なコンディションをウェアラブルデバイスなどから読み取って、聞き手にとって最適なアレンジを施して聴かせてくれる動的な音のアートです。

DJ DRAGON(BARKS):それは面白いね。もう今までの録音技術とかレコーディングそのものの概念がひっくり返るね。

野邊拓実(TuneCore Japan):ジャズって元々そういう世界じゃないですか。その瞬間に生まれる奇跡みたいなものを見に行っているみたいな。

DJ DRAGON(BARKS):ジャムセッションだからね。

──そういう意味でも、初音ミクができることとAIボーカルができることは、根本的に違うものということですね。

堀巧馬(TuneCore Japan):アーティストのやりたい表現・芸術と、リスナー側のニーズ…受け手がそれを受け入れるかどうかはまた別の話で、結局このアートとエンターテイメントの間という構図はずっと変わらないと思っていたんです。音楽を作る側は「作りたいもの」「自分がいいと思ったもの」をフルコミットして世に訴えかける。リスナーはそれを受け入れるのか否か。それが音楽の面白さだし、これが時代の変遷によってまた変わっていく。元々不人気だったものが年月を経て急に再ブレイクするとか、そういう歴史がありますよね。なので、リスナー側に音楽要素が委ねられると、この芸術的な要素…想像を超える斜め上からの衝撃みたいな余地がなくなっちゃう危惧があるかも。

──完成した楽曲に対し、外的要因によるパーソナライズは、変化のフレキシビリティ設定をゼロにしておけば変化なし、90とか100にするとめちゃ変化・進化を起こすみたいな設計かもしれないですね。もちろんその設定はアーティスト本人が決めるもので。リスナー同士が同じヒット曲を「俺の曲は最高だぜ」と聴かせあうような時代でもあるわけです。

野邊拓実(TuneCore Japan):音楽産業も変わりますね。

堀巧馬(TuneCore Japan):そんな話のなかで、1曲聴いてほしい曲があるんです。ZemRecoの「to you」という曲なんですけど、いい意味で「すごい気持ち悪い曲」なんですよ。なんかすごい変な音感なのに、なぜか心地よさを凄く感じるんです。これ、どうしてなのかなと思って。

DJ DRAGON(BARKS):完全にこれはフォークですね。

野邊拓実(TuneCore Japan):フォークですよね。リズムを除けば、鳴っている楽器が弦を爪弾いているもので、コード進行も結構フォークっぽいというかオーソドックスなものですよね。

DJ DRAGON(BARKS):なんだろ、「ニュー・フォーク」とでも言うのかな。

堀巧馬(TuneCore Japan):そこに、オートチューン的なものも含めて、サビの部分が今まで聴いたことがない音程感なんですよ。ハモリの作り方含めて。



野邊拓実(TuneCore Japan):堀さんが「気持ち悪いのに心地いい」と感じるのは何故かと分析してみると、ハモリに要因があるんじゃないかと思います。これ、4度下でハモってるんですよね。4度下でハモるってあんまやらないことで、基本的にハモリを作る時って3度上か3度下なんです。ドに対してミかラでハモって3度か5度の関係が作れるものにするんですけど、4度ハモリっていうのが、そもそもあんまり聞かないというか、下手な使い方をすると不協和音っぽくも聞こえてしまうハモリ感ですよね。しかも、最初のコードのルート音とそのコードの上で奏でられているハモリのメロディのメインの音程がF#で共通しているんです。だから4度下なんだけども、コードトーンの中には入っている音なので、そのテンション感とポップスとして成立している感覚のバランスがめちゃくちゃいいんだと思います。

──なるほど。

野邊拓実(TuneCore Japan):そのマニアックなキモさとポップさとのバランス感覚がすごく良くて、その上でシンプルな構成にすることによって、そこにちゃんと耳が行くようになっている。

──凄いな。これは…確信犯かな?

野邊拓実(TuneCore Japan):…だ、と僕は思います。

DJ DRAGON(BARKS):このハモは歌っている?それとも生成したものかな。

野邊拓実(TuneCore Japan):んー、作った…んじゃないですかね。おそらく。

DJ DRAGON(BARKS):だよね。一番気持ちの良いところにはめたんじゃないかな。

──てことは、やっぱり確信犯か。

堀巧馬(TuneCore Japan):確信とはいえ、自分の感覚に従った結果なんじゃない?先の理論で設計したのではなく、あくまで感性で。

野邊拓実(TuneCore Japan):いや、僕は逆にちゃんと考えたんじゃないかとも思いました。メロディ自体も構成も特に特殊なことはしていなくて、進行的にも特殊じゃないしリズムもずっと一定のものだから、これ、ここの部分がなかったら月並みな曲になっちゃうんですよ。この4度ハモリで引きのある曲になっているので、なんなら、これを軸に作ったじゃないかと疑いをかけちゃうくらいで(笑)。

DJ DRAGON(BARKS):てっきり引き算でここに来たんだと思ったな。

野邊拓実(TuneCore Japan):いや、確かに引き算もありますよね。「この4度がいいから、他は削るか」という作り方した可能性もある。

──いずれにしろ、堀さんは4度のキモ心地よい罠にまんまと引っかかったと(笑)。

堀巧馬(TuneCore Japan):音自体はよく聴いたことのある感じなんですけど、なんかね、お寺にいるような気分になったんですよ(笑)。般若心経を聞いているみたいな。般若心経も古い意味で言えば祝詞(のりと)ですから音楽ではあるんですけど、モダン・ミュージックでは聴かないものですよね。だから複数のお師匠さんが唱えている響きみたいな感覚に似ていたんです。聴いたことないのに、なんかしっくりくるみたいなすごい不思議な感覚で、それがなんでかわからなかったのか、それがわかった気がしました。


ZemReco

──オートチューンをかけているのは、どういう意図だと思われます?

堀巧馬(TuneCore Japan):サビに負けないように、Aメロも際立たせるため?

野邊拓実(TuneCore Japan):確かに、サビからAメロに戻った時、オートチューンがないと「なんか普通になっちゃった」という感覚になるかもしれない。だから僕は「オートチューンは後から入れた」派ですね(笑)。

──我々、ZemReco本人がいないところで、大の大人が全く勝手なことを言いまくっていますが(笑)。

DJ DRAGON(BARKS):いやほら、それが音楽の楽しいとこだから。「あなたはこれを聴いてどう思いますか?」が音楽トークだから(笑)。

堀巧馬(TuneCore Japan):とにかく僕は、「心地よい違和感」を誰かに言いたかったんですよ(笑)。別に正解があるとも思ってないけど、でも「これ何?」と正解を求めたりして(笑)。

DJ DRAGON(BARKS):意外と、「やっべ、何も考えてなかった」がオチだったりして。若い頃のあるあるだけどね。

──でもそれこそが才能ですよね。

野邊拓実(TuneCore Japan):それがいいと判断できるのがセンスですからね。

DJ DRAGON(BARKS):逆に音楽理論から入っていると、このアレンジはできない気がするね。

堀巧馬(TuneCore Japan):だからこそ、こういう感性というのはAIとか機械の先にあるものと思いますね。

──音楽、最高ですね。ありがとうございました。次回も素敵な音楽との出会いを期待しましょう。

協力◎TuneCore Japan
取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
Special thanks to all independent artists using TuneCore Japan.

なみぐる

ずんだもんとR&Bを愛するボカロP兼サックスDJ
■実績 「ずんだパーリナイ」プロセカ収録、「ずんだタコヤーキ」マクドナルドCM曲他
■提供 サントリー、すとぷり、をとは、VOICEVOX公式、ソニーミュージック他
◆なみぐるページ(TuneCore Japan)

ZemReco

京都と名古屋を拠点に活動。 音楽は、ポップ、ヒップホップ、エレクトロニカなどの要素を取り入れた幅広いスタイルが特徴。
◆ZemRecoページ(TuneCore Japan)

◆「M-SPOT」~Music Spotlight with BARKS~
◆BARKS「M-SPOT」まとめページ
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