ニュース・最新情報
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フィル・ライノット、6月24日に映像ソフトで発売される最新ドキュメンタリー予告編公開
2021年6月に海外で劇場公開されたシン・リジィの故フィル・ライノット(Phil Lynott)についての新作ドキュメンタリー映画『フィル・ライノット:ソングス・フォー・ホワイル・アイム・アウェイ』の日本語字幕付き予告編が公開となった。
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フィル・ライノット+シン・リジィ、『ソングス・フォー・ホワイル・アイム・アウェイ+「ヤツらは町へ」ライヴ・アット・シドニー1978』が2フォーマットで6月24日発売
フィル・ライノットの生涯を描いて高い評価を受けたドキュメンタリー映画『フィル・ライノット:ソングス・フォー・ホワイル・アイム・アウェイ』と、ファンのあいだで名高いライヴ作品『シン・リジィ:「ヤツらは町へ」ライヴ・アット・シドニー1978』がDVD2枚とCDで構成されたパッケージと、ブルーレイ、DVD、CDで構成されたパッケージの2フォーマットで6月24日に発売される。
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シン・リジィのスコット・ゴーハム、ロンドン移住とゴルフで人生を立て直す
シン・リジィのギタリスト、スコット・ゴーハムは、70年代前半にアメリカから英国へ移住したことで生活を立て直し、ゴルフを始めたのがきっかけで薬物を絶つことができたという。
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スコット・ゴーハム、シン・リジィに専念するためブラック・スター・ライダーズを脱退
ブラック・スター・ライダーズは、月曜日(9月20日)、英国のインデペンデント・レーベルEarache Recordsと新たに契約を交わしたことを発表すると同時に、創設メンバーで中心的存在だったギタリストのスコット・ゴーハムがシン・リジィの活動に専念するため脱退したと公表した。
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シン・リジィのフィル・ライノット、生誕70年を祝う記念コイン発行
アイルランド中央銀行は、シン・リジィのフロントマンだったフィル・ライノットの生誕70年を祝し、記念コインを発行する。
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元シン・リジィのエリック・ベル、メタリカからの出演料未払いに怒
シン・リジィの創設メンバーの1人、ギタリストのエリック・ベルは、20年ほど前、メタリカの公演にゲスト参加したものの出演料が払われなかったことを今でも根に持っているそうだ。
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スコット・ゴーハム「フィル・ライノットなくしてシン・リジィ名義のアルバム制作は考えられなかった」
元シン・リジィのギタリスト、スコット・ゴーハムは、新ラインナップでシン・リジィを再々結成したものの、新曲をシン・リジィ名義でリリースすることには抵抗があり、2012年、ブラック・スター・ライダーズとバンド名を変更したそうだ。
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ロックの殿堂、2020年度の候補発表
Rock & Roll Hall Of Fameは火曜日(10月15日)、2020年にロックの殿堂入りするアーティストの候補16組を発表した。
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フェンダー、スティヴィー・レイ・ボーンとフィル・ライノット(THIN LIZZY)のアーティストモデルを発表
フェンダーは、スティヴィー・レイ・ボーンとフィル・ライノット(THIN LIZZY)のアーティストモデルと、2019 MID-YEAR COLLECTIONを、米ナッシュビルで開催中のSUMMER NAMM 2019で発表した。
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エアロスミスのハミルトンとJ.プリーストのトラヴィス、シン・リジィのツアーに参加
エアロスミスのトム・ハミルトン(B)とジューダス・プリーストのスコット・トラヴィス(Dr)が、シン・リジィのツアーに参加するそうだ。
プロフィール・バイオグラフィ・リンク
Thin LizzyはPhil LynottとドラマーのBrian Downeyを中心に、''70年、アイルランドのダブリンで結成された。''73年にはアイルランドのトラッドをカヴァーしたシングル“Whiskey In The Jar”が、地元アイルランドのみならず、イギリスでもヒットし、Thin Lizzyという名前は一躍知れ渡るようになる。
しかし、彼らが大きな成功を掴んだのは''76年。8作目のアルバム『Jailbreak』からシングルカットされた“The Boys Are Back In Town”が、世界的なヒットとなってからだった。当時、バンドはアイルランド人のBrian Robertsonとアメリカ人のScott Gorhamの2人のギタリストによるツインリードと、Philのハードロックにしてはムーディなヴォーカルスタイルを特徴としていた(Scott Gorhamは結局、5人もギターパートナーが変わる中、最後までThin Lizzyのメンバーとしてスポットライトを浴び続けることになる)。“The Boys Are Back In Town”はロックの愛唱歌として歴史に残る曲となったが、アメリカではこれ以降大きなヒットは出なかった。
彼らは常にツアーを続けることにより、確固たるファン層を築いていた。''75年からバンドが解散した''83年までの8年間に、12枚以上のアルバムをリリースしたことも、彼らにはプラスとなった。ヨーロッパでは高い人気を維持し続けており、地元アイルランドでは国民的英雄だった。しかし、アメリカの評論家達は彼らのことをただの一発屋と決めつけ、あっという間に消え去るに違いないと、けなし続けた。
''70年代の末期にパンクが登場すると、Thin Lizzyの音は時代遅れのように言われもしたが、彼らの人気に大きなかげりがさすことはなかった。彼らは、“Killer On The Loose”(''80年発表の『Chinatown』アルバム収録)や、“Renegade”(''82年発表の『Renegade』アルバム収録)といった意欲的な曲をリリースし続け、''83年に解散するまで栄光を追い続けた。
しかし、長年、ドラッグと手の切れない生活を送っていたPhil Lynottは、麻薬からくる腎臓疾患のため、''86年1月4日、ロンドンでその生涯を閉じた。35歳だった。