【ライブレポート】ビリー・アイリッシュ、孤独を共有する時代のアイコン
ビリー・アイリッシュが8月26日、日本で初めての単独公演を東京・有明アリーナにて開催した。以下、そのオフィシャル・レポートをお届けする。
◆ビリー・アイリッシュ画像
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ビリー・アイリッシュは、観客に深呼吸をさせる。8月26日、有明アリーナ。即完だった単独初来日の終盤、20歳のスーパー・ポップスターは幸運にもその場に居合わせたファンたちに「スマホから一旦離れて、“いまここにいる”自分に集中して」と導いたのだ。なんという、大らかさ。アコースティックな歌ほど映えるソプラノの歌声、すべてを見通しているかのような碧眼とともに発するカリスマ性、走ったり寝転がったりジャンプしたりするたびにあふれる生命力。そういう目と耳で感じられるアーティストとしての度量の大きさもさることながら、人間、ビリー・アイリッシュはとてつもない大物だった。
2月3日から始まった<ハピアー・ザン・エヴァー ワールドツアー>はすでに全米29都市、ヨーロッパ15都市、アジア5都市で合計63公演を終え、アジア・ツアーの最終日だった東京は64公演目。残すはオセアニアのみである。2020年の3月に3公演だけおこない、パンデミックでキャンセルせざるを得なかった<ウェアー・ドゥー・ウィー・ゴー ワールドツアー>から約2年を経てのリベンジだ。今回も2月に予定されていたカナダの2公演や、前回は日程にあった上海や台湾が見合わされるなど、コロナ禍の影響がゼロだったわけでない。だが、同名のセカンド・アルバムでサウンドの幅を広げて音数を絞った分、ビリーの歌唱を全面に押し出したステージが観られた。ウィスパー・ヴォイスが印象的なシンガーだが、コーラス部分で体の芯から奏でるヴォーカルはちょっと類がなく、鳥肌が立った。筆者の体感としては、シンギングボウルの倍音に近かった。
バンドはドラマーのアンドリュー・マーシャルと、ビリーの楽曲のほとんどを一緒に手がけるの兄のフィニアス・オコネルのみ。予め録音した音に楽器の音を重ねていたが、ドラムの音が力強く十二分にライヴ感があった。予想以上に“スーパーお兄ちゃん”ぶりを発揮していたのが、フィニアスだ。ギターとベースを持ち替え、キーボードを弾き、バックコーラスをも務める。彼自身、アルバムをリリースしているシンガーだが、妹のツアーではサポートに徹していた。ビリーの音楽的なバックボーンのみならず、精神的な安定はこの4歳上の兄なくしては成り立たない。
セットリストは2015年の「オーシャン・アイズ」から、最新シングル「Guitar Songs」からの「The 30th」までバランスよくパフォーマンスした。セカンド・アルバム収録の「オキシトシン」にデビュー前の「コピー・キャット」を入れ込むなど、1時間15分のセットでむだがない。メインステージ後方が高くなっている傾斜を登ったり降りたり(寝転がったり)し、センターステージも効果的に使って緩急をつける。バックドロップも抽象的なビジュアル・アートから、「どこから持ってきた?」と思った古い質感のダンスする4組の“脚”やメリーゴーランドなど、ノスタルジックな映像を使って飽きさせない構成は完璧。無造作なツインテールを途中で解いただけで、“Cry Baby”と描かれたコミック風の女の子のピンクのTシャツとピンクのショートパンツを着替えることもなかった。その潔さときたら。
ビリー・アイリッシュは、社会的なコメントをしっかり発するアーティストだ。今回も、アクティヴィストとしての顔もしっかり伝えた。コンサートが始まる直前に流れた気象変動についてのメッセージが英語だけだったのは少し残念だが、プラスティック・ゴミを減らすためにマイボトルの持ち込みを奨励し、ビニール傘はNGであったのも考えるきっかけになった点で意味があっただろう。「オール・ザ・グッド・ガールズ・ゴー・トゥ・ザ・ヘル」に合わせ、BLMや反戦デモ、地元であるカリフォルニア州の山火事を伝えるヴィデオを流す一幕も。だが、けっして説教くさくはならず、MC時の言葉づかいはむしろ穏やかだ。海外に比べ、日本の観客は静かで有名である。加えて、新型コロナウイルスの感染者数に鑑み、“なるべく一緒に歌わない”マナーも浸透している。ビリーは「いやー、静かだね。緊張するかも」とポロッと本音をこぼしたあと、「You guys are so sweet(みんな、すごく優しいよね)」と言い換えたのだ。「みんなおしゃれで、マジでびっくりしたよ!」とも。海外旅行で来日した人の口からわりと聞くコメントではあるが、ステージ上で言っているアーティストは初めて見た。「ビリーって人柄もかわいい」と驚いた。
大ヒット曲「バッド・ガイ」で飛び跳ねたあと、ラストの「ハピアー・ザン・エヴァー」へ。「あなたがいないほうが私はずっと幸せ」と歌う、暗めさとポジティヴさが同居する曲だ。《I don’t relate to you(あなたには共感できない)》と歌うコーラスで、アリーナいっぱいのファンの気持ちをひとつにしたあたりが孤独を共有する時代のアイコン、ビリー・アイリッシュらしかった。
文◎池城美菜子
撮影◎Kazumichi Kokei
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■<ビリー・アイリッシュ「ハピアー・ザン・エヴァー・ワールドツアー 2022」>2022年8月26日(金)@東京・有明アリーナ セットリスト
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