【インタビュー】ロバート・グラスパー、美しい旋律ともに「君ならできる」とメッセージ
©Mancy Gant
2020年初頭から世界中を襲った新型コロナ・ウイルスによるパンデミック。これまでの普通の生活が一変し、誰もが不安な気持ちを抱えながら手探りで生活を送ることを余儀なくされた。あの世界的ピアニストのロバート・グラスパーも、そのひとりだったようだ。
「最初の2ヶ月は、鍵盤を触ることもできなかった。その間、とにかくNetflixを観まくって、音楽的なことは、ほとんど何もやらなかった。でも、そうした時間はあまり長く続かなくて。というのも、僕はラッキーなことに映画やドラマなんかのスコアの仕事に取り掛かったから。だから、パンデミックの期間中はそうした仕事に打ち込むこともできたし、嫌でも鍵盤の前に座らなければいけない状況を作ることができた。しかも、スコアを手がけている最中は、自分の生活を送っているのではなく、まるで(作品の中の)誰かの生活に入り込んでいるような感じなんだ。それもまた、助かったね。鬱々とした気持ちから離れることができたから」
こうして、パンデミック期間中に作り上げたアルバムが完成した。タイトルは『Black Radio III』。今から10年前の2012年に発表され、ジャズというジャンルを越え、各所から高い評価を得ながら第55回グラミー賞ベストR&Bアルバム部門にも輝いた名盤『Black Radio』の続々編となる。
©Mancy Gant
「時間はたっぷりあった。他の『Black Radio』シリーズの時は、「締め切りまでにこれを終わらせなきゃいけない」という気持ちで制作していたけれど、今回は「まあ、いつでもいいよね」というか(笑)」
これまでのグラスパーの作品と同じく、今回も豪華なゲストらの名前が並ぶ。アーティストらは全て意図的に声を掛けていったのだろうか。
「頭にパッと浮かんできて、それから声を掛けたアーティストもいるけど、リストを作って順番に連絡していったアーティストもいる。今作に限らず、いつも、想定以上のアーティストに声を掛けていくんだ。アルバムには12人必要だ、と思ったら、20人に声を掛けていく、という作業」
しかし、ウイルス蔓延によるパンデミック期間中、いつもと反応が異なるアーティストもいたそうだ。「たいていのアーティストはツアーやレコーディングからも離れているタイミングで、「ただ家にいるよ」ってアーティストも多かったんだけど、中には気持ちが塞ぎ込んでしまっている人もいた。だから「最近、どう?」と連絡して、徐々に気持ちを確かめながら声を掛けたアーティストもいる。「今、新しいアルバムを作っていて、あなたに参加してほしいんだ」と告げて僕が送った音源を送るんだけど、「今はどうしてもアーティスティックな気持ちになれない」と言われて参加を見送った人もいた。一筋縄ではいかない、いろんな局面が重なってしまった結果だと思うけど…」
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そんな中、集まったのは、レイラ・ハザウェイ、イェバ、コモン、PJモートンにエスペランサ、グレゴリー・ポーターといったグラスパー作品には欠かせないアーティストに加えて、キラー・マイク、ビッグ・クリット、Dスモーク、それにQ・ティップといったパワフルなリリシストたち、さらにはH.E.R.やジェニファー・ハドソン、インディア・アリー、タイ・ダラー・サインといった個性豊かなシンガーら。もちろん、キーヨン・ハロルドやデリック・ホッジ、クリス・デイヴ、テラス・マーティンといったグラスパー作品でお馴染みの、鮮烈なミュージシャンたちも集っている。R&Bファンとしては、ブライアン・マイケル・コックスの参加も嬉しい。
「(よく知ったミュージシャンと制作したことは)ファミリー・リユニオン、という感じだった。お気に入りのミュージシャンたちだし、何年も一緒に活動している。別に毎日一緒にいるってわけじゃないけど、すぐに通じ合える仲間。もし20年間会わなかったとしても、すぐに「これ、分かるだろ?」って一瞬で気持ちが分かるような連中だから」
結果、仕上がったアルバムの内容は、鋭いアティチュードが溢れる炎のように燃えたぎるような曲もあれば、より幅広い視点で世の中を捉え、自然を賛美したくなるような有機的な楽曲、そして、滋味あふれるラブソングと、ブレないコアなメッセージを携えながらも多様な楽曲が収められている。特に、先行シングルとしてリリースされた「ブラック・スーパーヒーロー ft.キラー・マイク+BJ・ザ・シカゴ・キッド+ビッグ・クリット」は、アメリカに生きるアフリカン・アメリカンとしての覚悟、そして同胞を鼓舞する気持ちが溢れた秀逸な曲。
「アルバム全体を通して伝えたいことは、黒人同士、結束し合うこと。若い黒人男性としてアメリカ国内で生きていくことは非常に困難であると同時に、アメリカ社会全体において、そう仕組まれていると感じる。とにかく、成功することに対するハードルが高いんだ。だからこそ、「ブラック・スーパーヒーロー」では、自分の身近な場所にスーパーヒーローだと思える人を見つけてほしい、ということを伝えている」
グラスパーといえば、2020年に黒人男性のジョージ・フロイドが警察によって窒息死させられたという痛ましい事件が起こった際、自身のYouTubeチャンネルでも「Black Radio Episode 5 [Protest Mix]」と称して、レイシズムと白人至上主義に対する怒りや抗議の気持ちを音楽で表現していた。また、カマシ・ワシントンらと組んだディナー・パーティー名義では、警察に不当な扱いを受けた時の心情を描いた「Freeze Tag」という曲も発表している。
「あの曲は、パンデミック期間中にジョージ・フロイドの事件に触発されて作ったもの。楽曲としての良さは損なわずに、伝えたいことを表現することに努めた。こういうやり方は、スティーヴィー・ワンダーが上手なんだ。いい曲だなと思って聴く、そうしたら、とても深いメッセージが歌われていることに気づく…というね」
そして、今作『Black Radio III』にも、グラスパーが得意とする珠玉のカヴァー・ソングが収録されている。それが、「ルール・ザ・ワールドft.レイラ・ハサウェイ+コモン」だ。オリジナル曲は、ティアーズ・フォー・フィアーズが1985年にリリースした人気曲「Everybody Wants To Rule The World」。空まで届きそうなほどに伸びやかな、そして温かなレイラ・ハザウェイのヴォーカルと、「ピュアなブラック・ミュージックのため、我々には『ブラック・レディオ』が必要だ」と語るコモンのラップ、深淵なメッセージをデリヴァーするために奏でるグラスパーの鍵盤の音色が三位一体となってより深くリスナーの心を揺さぶる。
©Mancy Gant
グラスパーは、さらにアルバムについてこう続けてくれた。「最近の人々は、心が動かされることがあまりないんじゃないかなと思う。みんな、愛を見失って怒りっぽくなっているんじゃないかなって。だからこそ、僕が人々の心を動かすお手伝いができればと思った。このアルバムを通して、「君は強いんだ、君ならできる」ってメッセージを届けることができればと思う」
グラスパーの鍵盤から放たれるラジオの電波。世界中のリスナーの心を揺さぶり、美しい旋律ともにそのメッセージを届けるはずだ。
インタビュー・文:渡辺志保
ロバート・グラスパー 『ブラック・レディオ 3』
日本盤SHM-CD 品番:UCCO-1234 ¥2,860(税込)
https://Robert-Glasper.lnk.to/BlackRadio3PR
1.イン・チューン ft.アミール・スレイマン / In Tune ft.Amir Sulaiman
2.ブラック・スーパーヒーロー ft.キラー・マイク + BJ・ザ・シカゴ・キッド + ビッグ・クリット / Black Superhero ft.Killer Mike + BJ The Chicago Kid + Big K.R.I.T
3.シャイン ft.Dスモーク + ティファニー・グーシェ / Shine ft.D Smoke + Tiffany Gouche
4.ホワイ・ウィ・スピーク ft.Qティップ + エスペランサ / Why We Speak ft.Q-Tip + Esperanza Spalding
5.オーヴァー ft.イェバ / Over ft.Yebba
6.ベター・ザン・アイ・イマジンド ft.H.E.R.+ ミシェル・ンデゲオチェロ / Better Than I Imagined ft.H.E.R.+ Meshell Ndgeocello
7.ルール・ザ・ワールド ft.レイラ・ハサウェイ + コモン / Everybody Wants To Rule the World ft.Lalah Hathaway + Common
8.エヴリバディ・ラヴ ft.ミュージック・ソウルチャイルド + ポスドゥヌス / Everybody Love ft.Musiq Soulchild + Posdnous
9.イット・ドント・マター ft.グレゴリー・ポーター + レデシー / It Don't Matter ft.Gregory Porter + Ledisi
10.ヘヴンズ・ヒア ft.アント・クレモンズ / Heaven's Here ft.Ant Clemons
11.アウト・オブ・マイ・ハンズ ft.ジェニファー・ハドソン / Out of My Hands ft Jennifer Hudson
12.フォーエヴァー ft.PJモートン + インディア・アリー / Forever ft.PJ Morton + India.Arie
13.ブライド・ライツ(ウィズ・タイ・ダラー・サイン)/ Bright Lights(with Ty Dolla $ign)
14.ベター・ザン・アイ・イマジンド(インストゥルメンタル)/ Better Than I Imagined(instrumental)*
15.イージー・トゥ・シー / Easy To See*日本盤ボーナス・トラック
『ブラック・レディオ 3』
<LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN 2022>
@埼玉県・秩父ミューズパーク(https://www.muse-park.com/guide/facility03)
11:00 開場 / 12:00 開演(予定)
5月14日(土)
DREAMS COME TRUE featuring 上原ひろみ, Chris Coleman, 古川昌義, 馬場智章 / SERGIO MENDES…and more
5月15日(日)
ROBERT GLASPER / SOIL&”PIMP”SESSIONS…and more
https://lovesupremefestival.jp
◆ロバート・グラスパー・レーベルサイト
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