【インタビュー】ヒップホップ黎明期を記録した映画『Style Wars』プロデューサー、ヘンリー・シャルファント「この映画がたくさんの人にインスピレーションを与えたことはとても光栄に思っています」
ヒップホップ黎明期を記録したドキュメンタリー映画『Style Wars』が2021年2月26日(金)から渋谷ホワイトシネクイント、新宿武蔵野館にて全国ロードショー中だ。
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『Style Wars』は、1970~80年代初頭のNY・サウスブロンクスで生まれたスプレー・アート“グラフィティ”をテーマに取り上げ、ラップやブレイキン(ブレイクダンス)など、のちに“ヒップホップ”として人々を魅了するカルチャーの生まれ落ちる瞬間フィルムに捉えた貴重なドキュメンタリー。同時期に制作された『Wild Style』(1982)とともに、ヒップホップヘッズのバイブルとして語り継がれてきたが、日本ではDVDリリースされたものの劇場未公開となっていた。今回、現在もNYに住んでいる『Style Wars』プロデューサーのヘンリー・シャルファントに話を聞いた。
──制作から40年経ったいまでも色褪せずに愛されている作品ですが、タイトルが印象的です。作品の要素全てが繋がるタイトル“Style Wars”の由来はどこからでしょうか?
ヘンリー・シャルファント(以下、ヘンリー) NOC167(編注:メルビン・サミュエルズ現在もブルックリンに住んでおり、定期的に作品を展示している、1961年アメリカ出身のアーティスト)が地下鉄に描いた“Style Wars”が由来です。最初にグラフィティを見たとき、とてもかっこいいと思いました。監督のトニー(・シルバー)から提案されて、映画のエッセンスを全て凝縮していますし、タイトルにもぴったりだと思ったんです。グラフィティ・スタイルの闘い、ライターの子供たちと市長の闘い、クルー同士の闘争など、全てのコンセプトが、この言葉に集約されていました。
──2015年にアメリカではクラウド・ファンディングを利用してリマスターされました。制作から時間も経っていたと思うのですが、そのきっかけはなんだったのでしょうか?
ヘンリー もともと16mフィルムで撮影された映画でしたが、当時から35mmフィルムには画質は勝てないと分かっていました。デジタル・テクノロジーの到来で変換できることは元々知っていたのですが、高額の費用がかかります。フィルムのプリントは残っていたのですが、それだとリマスターしてもいい仕上がりにはならないので、ネガ素材を探しに行ったら、相当なダメージがあることが分かりました。当時この技術は出たばかりで、photoshopで1コマ1コマ作業しなければならない途方もない作業だったので、あまりにも高かったんです。トニーが亡くなってしばらくして、当時よりも実現可能な金額が見えてきたので、私とトニーの奥さんが中心になってクラウド・ファンディングを行うことにしたんです。実現可能といってもやはり高額でしたから。しかも幸運なことに、トニーの親戚にあたるクリス・ウッズが修復作業を仕事にしていたんです。全てを完璧に修復するというのは難しかったですが、満足のいく出来になっていると思います。修復作業は隣でずっと観たので、クリスと色彩調整など細かい点を話合いができましたし、リマスター版を初めて観たときはとても興奮しました。唯一の後悔はトニーが亡くなる前にできなかったこと。彼が亡くなる直前に完成したかったのですが、叶えることはできませんでしたね。
──今回、日本劇場公開用のポスターにも映っているSKEMEですが、劇中、彼の母親も登場します。彼ら親子がとても印象的とSNS上で感想が広がっています。SKEME親子の撮影するきっかけはどのようなことだったのでしょうか?
ヘンリー トニーと誰かの親御さんをインタビューできたら面白いんじゃないかと話していて、私が最初に声をかけたのがSKEMEだったんです。彼は「僕の母親だったOKするよ!」と言ってきました。それで、SKEMEの母バーバラに会いに行きました。彼女は「私の意見は、きっとあなたたちの聞きたくない意見だわ」と言っていたんですが、私たちは彼女の率直な意見をぜひともいれたいと考えていたので、承諾してもらって撮影をしました。なにより、私たちはグラフィティ・ライターである子供の母親をいれることを大切に考えていて、案の定、とても完璧なシーンになりました。とても反抗的な少年とそれを諭す親というバランスが素晴らしいと思ったんです。
ただ、そのときに彼女に言われた言葉が印象に残っています。彼女は「あなたたちがこの映画を撮影することで、わたしの息子を危険に晒し、もしかしたら、逮捕されるかもしれないことをしているの。なぜ、そんなことをするの? そんな権利は、あなたたちにあるの?」と。そう言われて、ドキュメンタリー作家として重みを感じました。決して、グラフィティを美化するのではなく、記録することが目的でしたが、(自分たちが)危険な行為を撮影することで、人に影響を与えることになるということを改めて自覚したんです。また、彼女が16歳のころ、ダンスが大好きで親に内緒で午前2時からクラブにいって朝まで踊ったあと、親が起きる前に帰ってくる女の子だったから、子供を諭しながらも、息子への理解も示していたのも印象的でしたね。
──DVDと発売されることになった、20年後に撮影された“Revisited”で、SKEME親子やグラフィティ・ライターたちと再会されていますが、その経緯を教えてください。
ヘンリー VHS/DVDの発売時のときに、トニーが『Style Wars2』を撮ろうと言ったことがきっかけです。SKEMEは、その後、軍隊に入ったんですが、大人になっても、彼とバーバラの親子の関係は変わってはいませんでした。他の人たちも、ほとんどはいまだにグラフィティが大好きでした。『Style Wars』に出てくるような、グラフィティを行うには努力が必要なんです。修行期間に近いと思います。ただランダムではなくて、事前に計画していかないと地下鉄にグラフィティを描くことはできないんです。とても危険を伴っている行為ですから。そんな努力がグラフィティ・ライターとして活躍していた多くの人たちにとって、のちのアート活動や映像作家としてのキャリアに活かしているように見受けられました。
──あなたは現在もNYにお住まいですが、変わらずグラフィティ・アートを撮影していますか? また街中やヒップホップカルチャーに当時との変化は感じますか?
ヘンリー 80年くらいからグラフィティの記録を辞めたんです。そのあとは細かくチェックしていないので、現在は見ていないですね。それでも知る限りでは、1987年ごろから地下鉄に描くアーティストは減り、代わりに壁画に描くアーティストが増えました。そのころからテクニックが洗練されて、美しい作品が多くなりました。ただ私は地下鉄で描かれていたときの荒々しい雰囲気が好きだったので、どこか物足りないと感じるようになりましたね。同じく初期のグラフィティの方が好きというライターも多かったので、あえて昔のテクニックで描くライターも存在はします。今は、アメリカよりもヨーロッパの方がグラフィティは盛んになっていると思います。ひとつ言えるのはNYでは、地下鉄にグラフィティを描くと重罪になってしまって、$1000(日本円だと約11万程度)以上の罰金になります。選挙にいけなくなったり、弁護士資格をはく奪されたり、罪を償う必要が出てきます。今、NYの電車に描く人たちは大体海外の人たちです。なぜなら、彼らがもし捕まっても国外退去になるだけで、重罪扱いにならないので、逆にNYの子供たちは描かなくなりました。
ちなみにイタリアでは当時のように電車でも盛んに描かれているようで、いまでは世界中でストリート・アートが盛んになっています。私は、ストリート・アート/パブリック・アートはとても重要なものだと思います。美術館やギャラリーで展示されているのは、一般市民からかけ離れたもの。ストリート・アートはエリアと一体型なので、とても重要なものです。ブラック・ライブズ・マターが盛んなときは、たくさんのアートが描かれていました。計画されたマスターピースではなく、瞬時に描かれたスタートアップ的な作品が多く、ある意味、昔のNYを思い出しました。
──最後に40年の時を経て、日本劇場公開を迎えています。観客の皆さんへ一言をお願いします。
ヘンリー この映画がたくさんの人にインスピレーションを与えたことはとても光栄に思っています。今では、世界中の大都市では、子供たちはその中でどうやって抜きん出た存在になるのか思い悩む子たちが多いと思うので、特別な存在になるには、自分を誠実に表現するとこ、自分の才能を磨くこと、自分の分野でベストに成れるように努力することが必要です。映画がアメリカ以外で発表されるようになって、大都市の子供たちがNYの同年代のキッズたちをみて、瞬時にアイデンティティの部分で共感することが多く、彼らがやっている人たちがすごく楽しそうで、クリエイティブに見えたので真似てインスパイアされたんだと考えています。この映画が当時も今も若い人たちにインスピレーションを与え続けていることは自分もとても嬉しいですね。
(C)MCMLXXXIII Public Art Films, Inc. All Rights Reserved
『Style Wars』
監督:トニー・シルバー プロデューサー:トニー・シルバー、ヘンリー・シャルファント
1983年/アメリカ/70分 配給・宣伝/シンカ
◆『Style Wars』 オフィシャルサイト
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