HR/HM好きに捧ぐ、クラシック超入門【2019年 年末特集】
「クラシックって何から聞けばいいの?」と問われたとき、何と答えるのが正解なのだろう。私は開き直って「ブラックサバス」とか答えてる。いくらなんでも開き直りすぎである。
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さて、HR/HM好きの皆様ならば、一度は「クラシックも聞いてみようかな」と思った経験がおありだろう。クラシックから影響を受けたと言われているディープ・パープルやクイーン、イエス等々を聴いていると、そのルーツといわれるクラシックの方面にも食指を伸ばしてみたくなる。
ただ、クラシック音楽というのは小難しいし、曲も長くて取っ付きにくい。年末の定番、ベートーベンの『交響曲第9番』なんて70分もある。しかもみんなが知ってる部分は、70分から掻き集めて10分くらいしかない。
そこで今回は『HR/HM好きに捧げるクラシック入門』と題して、クラシック音楽の魅力をフランクにお伝えしたい。この年の瀬にのんびりと、こたつに入って管弦の響きに酔いしれよう。
■1.そもそもクラシック音楽って何?
「クラシック音楽」の定義に関しては多様な価値観がある。各種サイトでは2000年代の作曲家も「クラシック音楽の作曲家」とされていたりして、もはや“クラシック”という単語の意味がよくわからなくなってくる。ならブラックサバスもクラシック音楽で良くない?
……と、そんなことを言っていても仕方ないので、今回はひとまず、「クラシックの理論に基づいて作られている曲」を「クラシックの曲」とさせていただきたい。
まず基礎知識として、楽器編成による呼称の違いや、よく聞く単語を簡単に説明する図を作ってみた。大雑把だが、イメージとして掴んでほしい。
ただ聴くだけならば、楽器構成や形式なんて大して気にしなくて良い。しかし、「ふうん、この曲は協奏曲なんだね」「吹奏楽の響きは管弦楽と違うね」「おっ、ソナタ形式なんだ」「この曲、第2楽章は舞曲なんだね」とか言えたらカッコいいので、覚えておいて損はない。
■2.時代区分やジャンル
クラシック音楽と一概に言っても、当然ながら時代による流行や、いろんなジャンルがある。ロックの10倍もの歴史を持つクラシック音楽の場合、時代区分は特に大切だ。
第2次世界大戦頃~現代にかけては、クラシック音楽は過度に複雑化する。まあそれはそれで面白いので、興味があったらぜひ調べてみて欲しい。
日本人にとっての「クラシック音楽」のイメージは、バロック音楽~古典派の曲想だろう。よくある「癒しのクラシック」「頭の良くなるクラシック」「快眠クラシック」は、この辺りの曲から選曲されることが多い。
ちなみに、古典派を代表する作曲家ハイドンは、居眠りをする観客を叩き起こすために『交響曲第94番ト長調』という曲を書いている。
今回は入門編として、ロマン派~現代のクラシック音楽の中から「開始30秒でインパクトがある曲」「10分程度で終わる曲」「サウンドが堪能できる曲」という条件を満たしたものを紹介する。詳しい方には「選曲のバランスが悪い」と叱られてしまうが、どうかご勘弁いただきたい。
◆ ◆ ◆
■1.組曲『惑星』より
全7曲から成るホルスト(英 1874-1934)の代表作。天文学ではなく占星術がモチーフになっているので、クイーンの「'39」みたいなガチガチSF曲ではない。総演奏時間は50分だが、何曲か抜粋して演奏されることも多い。今回紹介したいのは「火星」と「木星」だ。
(1)「火星、戦争をもたらす者」
タイトルからしてメタル心くすぐられるこの曲、ブラックサバスの「黒い安息日」の元ネタである。“5拍子の印象的なリズムがしつこく繰り返される”というところもサバスっぽい。
ちなみに、組曲『惑星』が公式初演された場所は、サバスの地元ことバーミンガムだったりする。なんとも奇妙な縁である。
(2)「木星、快楽をもたらす者」
もっとも有名な曲。平原綾香の「Jupiter」に引用された真ん中の壮大なメロディが有名だが、あそこは「ボヘミアン・ラプソディ」でいうところの“ママ ぼく殺っちゃった”部分。冒頭からテンションMAXのファンファーレに打ち上げられ、自由奔放すぎるワルツで揉みくちゃにされて、荘厳な中間部で涙する、最高に楽しい曲である。
終わり方も「イヤッフゥゥゥ! ブラボー!」と叫び出したくなる感じなのだが、全曲演奏の際には拍手をぐっとこらえて、次曲の「土星、老いをもたらす者」を待とう。
■2.序曲『1812年』
バレエ『白鳥の湖』なんかが有名なチャイコフスキー(露 1840-1893)の曲。“序曲”とついているが、これはいわゆるジャンル名なので、続く曲があるわけではない。ややこしいね。
この曲はコージー・パウエルが叩いていたことでお馴染みだが、原曲では「本物の大砲」をパーカッションとして使うように指示されている。本物の大砲。大砲?! ちなみに大砲が用意できなかった場合、打楽器奏者が日ごろのストレスをバスドラムにぶつける。
■3.『幻想交響曲』より
ベルリオーズ(仏 1803-1869)の代表曲で、「恋に絶望したミュージシャンが自殺するためにドラッグを過剰摂取したが、死にきれず、夢うつつを彷徨う」というブラックサバスの曲みたいなストーリーを持っている。
今回紹介したいのは終楽章「サバトの夜の夢」だ。この楽章では、前楽章「断頭台への行進曲」でギロチンにかけられたミュージシャンが、サバト(魔女たちの集会)に迷い込む。ゴシックホラー味あふれる曲展開は何とも映画音楽チックで面白い。途中では鐘の音が鳴り響き、グレゴリオ聖歌「怒りの日」のメロディが流れる。
■4.交響詩『フィンランディア』
メタル大国フィンランドの生んだ大作曲家、シベリウス(1865-1957)の代表作。圧政への抵抗とフィンランドへの愛を謳った曲で、作曲当初は演奏を禁止されたりもしたそうだ。ハーモニーや低音楽器の気張り方からはメタルの片鱗を感じる。
演奏会で聴くと、中間部で歌われる「フィンランディア賛歌」の部分で思わず背筋が伸びる。言葉の意味はわからずとも、愛国の歌ということはわかるのだ。クラシックを聴く醍醐味は、曲が背負った想いや歴史を感じることでもある。
■5.「エル・カミーノ・レアル」
“吹奏楽の父”と呼ばれるリード(米 1921-2005)の作品。寝ている観客は最初の1音で跳ね起きる。スペインの舞曲をイメージしているらしく、快速なテンポを纏め上げるカスタネットが気持ち良い。ちなみに、タイトルの意味は「王の道」。
■6.「春の猟犬」
またまたリードの作品で、ポップスではあまり聞かない6/8拍子系の曲。春の歓びに溢れた豊かな草原の風景が目に浮かぶ。筆者の友人は“猟犬”の犬種について「チワワだと思う」と言っていたが、絶対に違うと思う。
■7.「森のくまさん、スーザに出会った。」
“行進曲(マーチ)の王”ことスーザの珠玉の行進曲たちと、民謡「森のくまさん」をリミックスした珍曲。「どういう発想で?」って感じの曲だが、スーザの代表曲「星条旗よ永遠なれ」「雷神」「海を越える握手」等が網羅されているので、吹くほうも聴くほうもすごく勉強になる。いや、どういう発想で?
■8.「鳥の歌」
15~16世紀ごろの作曲家、クレマン・ジャヌカン(仏)の作品。真面目な曲だと思って聞いていると、「ピピピピピピピ」「チチチ」と歌い出す。
この時代の音楽は5度の和音、つまるところパワーコードが主体となっている。そう思って聴いてみると、なるほどメタルにもこんなメロディ、ハーモニーがあるよなあと随所で感じられるはずだ。ちなみに、中世では「ディレイをかけたような作りの音楽」も流行っていたりする。
■9.「俵積み唄」
古歌っぽい雰囲気の歌詞を持つが、ピアノのイントロから普通にプログレ。「ソレ!ソレ!ソレ!ソレ!」「ハッ!」という合いの手が随所に入り、曲を盛り上げる。合唱界隈では有名な曲なのだが、如何せん(色々な意味で)難曲のため、生で聴けたらけっこうラッキー。
■10.合唱組曲『ティオの夜の旅』
「春に」等を作曲した木下牧子の初期作品。これも生で聴けたらけっこうラッキー。光を待ち望む讃美歌のようなアカペラ曲「祝福」、透明感と爽やかさで駆け抜ける「海神」、厳格ながら不穏さの漂う「環礁」、ロマンチックなバラード「ローラ・ビーチ」、電波ソング系プログレな「ティオの夜の旅」と、曲はすべて個性的で、どれから聴いても面白い。
■11.「アレグロ・バルバロ」
ここから先はピアノ独奏曲。“アレグロ”は快速な曲を指す。タイトルの意味は「野蛮なアレグロ」で、聴いてみるとなるほど野蛮。鍵盤を殴り付けているかの如き強打音に驚かれるかもしれないが、この曲ではそれが正しい。なんともロックな小品。
■12.組曲『鏡』より「道化師の朝の歌」
なんというかタイトルがずるい。しかも聴いてみると、タイトル通りに激エモい曲。捉えどころのないおどけたメロディが主軸となっているが、物悲しくも美しい旋律が刹那的に混ざり込み、寒々とした部屋で朝支度をする淡い光景が目に浮かぶ。
■13.『前奏曲集第1巻』より「沈める寺」
“悪事の罰として水没した大聖堂”という伝説をもとに描かれた、静かで耽美な曲。終始鳴り渡る鐘の音のようなハーモニーがひたすらに美しい。透明な水の中に光のカーテンが降り注ぐ神秘的な風景の描写だろうか。
■14.『スペイン舞曲集』より「アンダルーサ」
副題には「祈り」とつけられている。スペイン、アンダルシア地方の情景を描いた情熱的な曲で、ギターでも演奏される。哀愁漂うメロディに、寄せては返す波のような伴奏が絡む。
◆ ◆ ◆
■おわりに
クラシック好きからすればあまりにも偏った選曲でお送りした今特集だが、お楽しみいただけただろうか。
今回紹介しなかったバロック~古典派(バッハやモーツァルト、ベートーベン等)の楽曲は、決して「玄人向け」というわけではない。むしろ非常に聴きやすい。
ただ、バッハやモーツァルト、ベートーベン辺りの曲は、音楽理論に詳しければ詳しいほどに面白さが増すものなのだ。たとえば同じ曲を聴くのでも、何も分からないまま聴くのと、解説者を呼んで聴くのとで、聞こえ方は全く変わる。
なので、そういう曲を聴くのは、派手で面白い曲を聴き尽くし、「もっとクラシックに詳しくなりたい!」と思った後でも良いと思う。
ところで、指揮者たちはオーケストラの演奏を聴くと、「何の楽器が鳴っているか」「誰が音を間違えたか」を言い当てることができるという。
そんな人が聴くクイーンと、私の聴くクイーンは、果たして同じ音がするのだろうか。音楽を「学ぶ」意味は、そういうところにある。
さて、2019年も大詰めとなったが、クラシックの演奏会は年末年始~春にかけて盛んになる。少々珍しい曲目が聴ける機会も出てくるので、ぜひ、コンサートホールに足を運んでみてほしい。
2020年も、最高の音楽体験が皆様のもとへ訪れますように。
文◎安藤さやか(BARKS編集部)
■紹介曲まとめ
1.組曲『惑星』より/G.ホルスト
・「火星、戦争をもたらす者」
・「木星、快楽をもたらす者」
2.序曲『1812年』/P.チャイコフスキー
3.『幻想交響曲』より/H.ベルリオーズ
・第5楽章「サバトの夜の夢」
4.交響詩『フィンランディア』/J.シベリウス
▼吹奏楽曲
5.「エル・カミーノ・レアル」/A.リード
6.「春の猟犬」/A.リード
7.「森のくまさん、スーザに出会った。」/J.スーザ(編曲:高橋宏樹)
▼合唱曲
8.「鳥の歌」/C.ジャヌカン
9.『混声合唱とピアノのための四つの日本民謡「北へ」より/松下耕
・「俵積み唄」
10.組曲『ティオの夜の旅』/木下牧子
▼ピアノ曲
11.「アレグロ・バルバロ/バルトーク.B
12.組曲『鏡』より「沈める寺」/M.ラヴェル
13.『前奏曲集 第1巻』より「沈める寺」/C.ドビュッシー
14.『スペイン舞曲集』より「アンダルーサ」/E.グラナドス
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