来世紀の浜田省吾は何処に着岸するのか?

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衰残の意識で心と身体が満ちてしまった時、人はヒーリングを求めるか、さらに自身を鼓舞するかのどちらかであろう。もしそこに、前傾姿勢を保ったまま慈しみの欠片を付帯させている歌が鳴っていたらどうであろうか? 浜田省吾の新しいシングル「…to be“kissing you”」は、彼がキャリアの末に“救い”と“力付け”の両ファクターを一曲の中に注ぎ込むことのできた曲だと思う。すなわち、現段階の浜田省吾はソングライターとして“何処か次の地点”に向かっている。

2000年の年頭にこの曲はできたという。
浜田:
「お正月の、作ったのは6日夜から7日の明け方にかけてなんですね。ツアーが休みの時期で。作ろうかなって気分になったんですよ。で、2、3日後、これは結構いいかもしれないと。ちょうど土日挟んだから、週明けにスタッフみんなに聴かせてた。」

「…to be “kissing you”」を聴くとき、浜田自身が“それを流しながら曲を作っていった”と言うリズムに、まず、我が耳は捕らわれる。終息の兆しを見せない標榜的リズムループは、彼がこれまでの足跡を大切にしながらもそこに安住しようとはしない“激化する何か”の表出かもしれない。そこに、ビートリィな転調を含みながら、浜田省吾の心の目と経験の筆が、『変わっていく今』と『変わらない不可欠な心情』を活写してゆく。そして、「泣いていいのに」と、自己限界値にもがく誰かを、その誰かの影になって同調と慈しみをささやいているのである。

浜田:
「これもラヴソングなんですけど、ラヴソングを書いたつもりなんですけど、今までと少し違う書き方をしてるんですよね。いろんな試しっていうか、こんな書き方をしてみようかなって。僕の中には、大きくわけて、r&bのブラックテイストなものと、ロックなものと2つ二大柱があるんですよ。どっちかに偏ってないんですよね。だからある時はr&b的なものが出てくるし、あるときはロック的なものが出てくるんですけど。今回のにしても、『モノクロームの虹』にしても、ロックよりの曲ですよね。で、『love has no pride』はr&b寄りのもので。たぶんこれからもそういうものを作っていくと思います。この2つをどう融合させるかってのが、次回のアルバムのテーマでもあるかもしれない。」

カウント・フォーで始まるカップリングの「真夏の路上」は、以前、吉田栄作にプレゼントした曲を浜田省吾自身がカヴァーしたもの。レコーディングの際“難しいことはやっちゃいけない”が約束事だったという。備わった技を、あの時の無防備な燃焼に突き返す現在的パッション…それが、あの日網膜に焼き付いた路上のかげろうを幻のまま終わらせることはないと聴き手に告げてくる。特定の世代と個人を特殊化するのではない普遍的な脈動が、歌全体、あるいは生き生きとしたコーラスからも感じられるのは、浜田省吾の端正なポップ感の証だと思う。光沢を消した後に生まれた光沢…「…to be “kissing you”」が備わったものを尖らせていく曲だとしたら、「真夏の路上」は“出立の日”を忘れない曲かもしれない。楽曲の性格は逆ベクトルでありながら、どちらも、重なった年輪の光沢が感じられる。

来世紀の浜田省吾が何処に着岸するのか? このシングルは重要な鍵となるだろう。それだけは断言できる。

●音楽文化ライター:佐伯 明
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