フィルターやギミックの時代に鮮烈に響く「きばやし」の剥き出しの歌
映像も画像も、そして音楽も、ユーザーに届くのは、さまざまな加工やフィルターを通し、ギミックを駆使した表現が多い昨今。だから、コンテンツに溢れ充実した世の中であるはずなのに空虚感すら覚える人も多いのだと思う。「きばやし」は、そんななかで出会った2000年生まれのシンガーソングライター。まだ知る人ぞ知るという存在だが、彼女の威風堂々とした剥き出しの歌は、実に鮮烈に響いた。
この人の音楽は、現行のマーケティング論や、インスタントな活動の対極にある、と瞬間的にまず察知させたのは、胆力のあるその歌声と、メロディの良さ。日本歌謡史を彩った歌姫のような歌声は、とにかくスケールが大きく、時に艶っぽく時に哀愁を帯びていて、包容も情念も自在に表現する。11月16日発売の1st EP『生活』は、そんなきばやしの名刺がわりの1枚であり、「独り」の覚悟をピアノの伴奏に乗せて歌う楽曲「独生」から幕を開けるこのEPは、ミュージシャン人生に対する彼女の覚悟も感じられて頼もしいとともに、若い才能が前進しようとする姿そのものも眩しい。またこの曲は、離れて暮らす大切な人からの便りの一節だと思われる「元気でやっているか」という歌い出しのロウでフォーキーな声と、サビのダイナミックな歌声との振れ幅が、歌唱力と表現力を発揮している。
そこから一転、M2「熟す(こなす)」は男女の愛憎劇をエグく綴ったロックナンバー。M3は、片思いの心情をドラマティックに描いたバラード調の「眼鏡」。M4「猫の夢」も、サウンドは軽快だが、「せめてあなたの家の猫になりたい」という切ない現実逃避を交えた恋愛ソング。そして次曲のM5「嘘」は、相手の嘘に気づいている心情を歌った半失恋ソング。いわゆる恋愛ソングが続くが、巷にあるような若い女の子SSWの恋愛ソングとは一線を画しており、円熟味を帯びている詩情が面白い。そして今作のラストを飾るM6は、コロナ禍に出来上がったという「新しい生活」だ。「それでも日々を待たなくちゃ」「当たり前を願って」と、希望に向かおうとする意志を、凛とした歌声で伝える楽曲である。人の心や社会にある闇も光も歌う「きばやし」というミュージシャンの度量が伝わってくるEP作品と言えるだろう。
世代を超越する歌がなかなか現れないと言われて久しいが、きばやしには、そんな「時代の歌」を期待せずにいられない。全曲のプロデュースを手掛けた保本真吾やサウンドプロデュースを手掛けた根岸孝旨といった大御所ミュージシャンが今回のEPには参加しており、きばやしの歌声、存在に魅了されているという点も見逃せない。ちなみに、彼女が毎週更新しているカバー動画もいい。玉置浩二「メロディ」、キリンジ「エイリアンズ」、森田童子「ぼくたちの失敗」、フジファブリック「若者のすべて」など人々の琴線に触れ続けている名曲ばかり選曲しているので、気になったかたはYouTubeも覗いてみてほしい。
▲1st EP『生活』
EPリリース後の12月2日には、渋谷・LOFT HEAVENにてリリース記念ライブ<生活の随に(せいかつのまにまに)>を行うことも決定している。今のうちにステージも目撃したい。
▲<生活の随に>フライヤー
文:堺 涼子
1st EP『生活』
収録曲
M1.独生
M2.熟す
M3.眼鏡
M4.猫の夢
M5.嘘
M6.新しい生活
きばやし1st EP『生活』リリース記念3MANライブ<生活の随に(せいかつのまにまに)>
時 間:開場/18:30 開演/19:00
会 場:LOFT HEAVEN(東京 渋谷)
出 演:きばやし、ゆいにしお、フジタカコ