【対談】竹内夢×シライシ紗トリ、1stミニアルバムに詰め込んだ“想定外“の魅力「誰もやったことがないことを」

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『おとうさんといっしょ』(NHK Eテレ)でギターも弾ける歌のお姉さん・“ゆめ”をはじめ、ミュージカルや舞台でも活躍中の竹内夢が5月5日、1stミニアルバム『rêve』をヴィレッジヴァンガードの一部店舗で限定リリースし、アーティストデビューする。今回BARKSでは、竹内夢とプロデューサーであるシライシ紗トリ氏との対談を実施。名プロデューサーでもあるシライシ氏が竹内の型に収まりきらない想定外の魅力、ユニークでクリエイティブな感性をどうやって見抜き、作品に落とし込んでいったのかなど、ここでしか聞けない制作時のエピソードを楽しく語ってもらった。

◆竹内夢、シライシ紗トリ 画像

■すべてに共通して私がやりたかったことは“歌”だった。

──私、シライシさんには以前取材をさせていただいたことがありまして。ORANGE RANGEのプロデュースをしていた頃だったんですけど。そのとき“「キリキリマイ」制作しているときは俺お腹がキリキリマイで大変だったんだよ”と話してくれたエピソードがいまでも忘れられなくて。

シライシ:え! それ、めちゃくちゃ懐かしいですね。そうそう。お腹が痛いなかで(お腹を手でさすりながら)「もう1回いこう」って歌録ってた思い出あります!(笑)。

──しかも、そのときの曲が「キリキリマイ」だったというのがあまりにも完璧すぎて。

竹内夢:お腹がそうだったから「キリキリマイ」ってタイトルをつけたんですか?(笑)

シライシ:いやいやいや(笑)。たまたまそういうタイトルだったの。(笑)

──そこから10数年。ロックバンドから藤木直人のプロデュースをはじめ、最近は欅坂46(「風に吹かれても」)や乃木坂46(「シンクロニシティ」)などへの楽曲提供でも大活躍されているシライシさんが、今回は竹内夢さんをプロデュースされたということで。

シライシ:ありがとうございます。

──まずは竹内さんはどんな方なのか、自己紹介をお願いできますか?

竹内:1999年10月5日生まれ、竹内夢です! B型で、最近はカラフルな服にハマっていて。。。

──あ、そういうのじゃなくて、こんなことやってますという自己紹介でいいですよ。

竹内:えっと、いまはミュージカルや舞台をやりながら『おとうさんといっしょ』(NHK Eテレ)という番組で歌のお姉さんをやったりしてます。出身地は北海道です。好きな食べ物とかはいらないですか???

──うん、いらないかな(笑)。

竹内:はい。ずっとアーティストをやりたくてやりたくて、今回やっとその思いが叶ってアルバム『rêve』を出させていただきます!!!

──初々しい(微笑)。そんな竹内さんとシライシさんが出会ったきっかけとは?

シライシ:『おとうさんといっしょ』だね。

竹内:私が高校3年生のときにこの番組の歌のお姉さんになったんですけど。私の1回目のレコーディングの曲を作って下さったのが紗トリさんだったんですよ。

シライシ:いまのテーマソング(「ゴー!ゴー!エクスプローラーズ」)ですね。


──お互いの第一印象は?

竹内:私はレコーディングの前から緊張していたので、歌のディレクションをしてもらっているときもひたすら「怖い」印象でした。

シライシ:なんかみんなそういうんですよ。なんでか分かんないけど(微笑)。彼女は最初に会ったときは動物みたいでした。(笑)

竹内:それ、すごい分かります(笑)。

──動物みたいだけど、歌は素晴らしいものがあった訳ですか?

シライシ:うん。そもそも歌のお姉さんでレコーディングにきてるから、基本的に歌はすごい上手で。そのベースがあった上で、これからどうなるのかなというので、「こういうことやったらいいんじゃない?」って話をしたのはなんとなく憶えてるんだけど。憶えてないよね?

竹内:はい(笑顔)。

シライシ:そのあと、僕はたまに番組を観てチェックするぐらいだったんだけど。あれから3年ぶりか、な?

竹内:いえ。その前に番組の「ワンダーのマーチ」をレコーディングしました。

シライシ:そうそう。そのときに久々に会って。そうしたら人間らしくなってて(笑)、かなり歌もかたまってきたなという印象があって。そこで彼女の活動についていろいろ話してるうちにソロ活動の話が出てきて。

竹内:以前から私はYouTubeに歌をアップしていたので、その歌をもっと強化させたいという相談を最初はさせてもらいました。それで、私はもっと歌をやりたいという理由でYouTubeを始めたんですけど、「そういう理由だったらソロをやったほうがいいんじゃない?」と言ってくださって。元々私は“アーティストになりたい”という思いがあって北海道から上京したんですね。上京後、高校生の頃からありがたいことにミュージカルのお仕事がトントン拍子で決まって。『おとうさんといっしょ』もあったので、なかなかそれ以外のことをやるタイミングがなかったんですけど。やっといま、それがきたっていう感じです。

──竹内さんが音楽に出会ったきっかけは?

竹内:小さい頃から歌が好きだった訳ではなくて。歌う、表現することが初めて楽しいなと思ったのは、小学校6年生のときの学習発表会。ミュージカル(劇団四季の『人間になりたがった猫』)をやったんですけど、私はそのなかでライオネルという主役を演じて。曲のなかにソロで歌うパートがあったんですね。それを、友達とか友達の家族がすっごい褒めてくれて。それがきっかけとなって、歌で表現することを意識し始めました。

──竹内さんといえば“ギターも弾ける歌のお姉さん”として有名ですけど。ギターはどんなきっかけでやりだしたんですか?

竹内:ギターはいろんなきっかけがあって。まず、おじいちゃんが札幌のアマチュアのバンドのギタリストだったんですよ。だから、おじいちゃん家にはエレキギターが2本あって。それを3歳の頃から“ドレミファソラシド”をおじいちゃんに教えてもらって、遊びで弾いてたのが最初のきっかけ。その頃は音が出るおもちゃでしかなかったんですね。ギターは。それで、13歳の頃に札幌でボイトレの教室に通いだしましたが、それと同時にギターも習いました。

──“ギタ女”に憧れてとか?

竹内:いえ。これもきっかけがあって。その前に引越しをしたんですけど。引越し先の内覧に行ったとき、前の家主さんがフォークギターを持ってて、それを見て私が「すごい!」っていってたら、家主さんが引っ越すときに「ちょっとネックが曲がってるけど、興味あるんだったらあげるよ」っていってそのギターをくれたんです。それでギターを習いだしました。そこで基礎を一通り教えてもらって。でも、その1年後には上京してしまったので、そのあとは『おとうさんといっしょ』でなんとな〜くギターを弾くようになって。だから、本格的にギターを弾きだしたのは本当に最近。アーティスト活動をやりだしたからです。おじいちゃんは、私がギターを弾いてることをすごい喜んでくれてます。

──なるほど。そうして上京後、テレビや舞台、歌で表現する活動場所をいろいろ手にしながらも、このタイミングでアーティスト活動に踏み切った一番のきっかけとは?

竹内:コロナの影響です。この状況下で自分はなにができるんだろう、と。私は歌が好きでこれまで活動をしてきたのに、このまま歌わないでいるのは違うなと思って、一人でYouTubeを通して歌の配信を始めたんですけど。そうして、紗トリさんに相談したりしているなかで、紗トリさんが「ソロでやろう」といってくれたことは、私はすごい嬉しかったです。

シライシ:彼女の場合YouTubeで歌を表現する=ソロ、アーティスト活動だと思ったし、「やるならちゃんとソロやれば」っていって。

竹内:そこで、ソロで歌いたいと思って上京したときの自分の“原点”を思い出しました。いろんな仕事が立て続けに決まったからいまここまできたけど、そのすべてに共通して私がやりたかったことは“歌”だった。そういうことに気づかせてくれたんです。

──このコロナ禍の環境が。

竹内:そうなんですよ。アーティスト活動なら、これまでやってきたお仕事全てが糧になるなと思ったのでやろうと思いました。

──やろうと決断したあとは、すぐに作品の制作にとりかかったんですか?

シライシ:そうです。アーティストとしての活動はゼロだけど、すでに稼働している人だから、他の仕事のスケジュールで忙しいというのが前提にあるので。


──ああ、シライシさんがプロデュースなさってる藤木直人さんのように俳優と二足のわらじを履いている人と。

シライシ:近いよね。感覚は。だから、空いてるところで集中してガッとやるというのが絶対必要だなと思って「とにかく集中してやろう」と。

竹内:だから、すごい短期間で集中して作りました。アルバムに入れた6曲の歌録りも、3週間もかかってないんですよ。

シライシ:そうだね。

竹内:歌うだけじゃないんですよ。デモを聴いて、キーをチェックして、プリプロをしてレコーディング、ミックス、マスタリングという全部の流れに関わらせていただいたので、すごい濃い時間でした。他の現場ではそこまできっちり自分が関わってレコーディングをすることはなかったから、今回こうして隅々まで自分が関わることですごい勉強させていただきました。やること全部が初めてのことだったから、この数ヶ月に経験したことは、きっとこれからの自分の人生で忘れられないものになるんだろうなって思います。


──シライシさんは彼女のなかから、どうやってアーティスト・竹内夢を引っ張り出していったんでしょうか?

シライシ:彼女の歌は『おとうさんといっしょ』と舞台の歌ではちょっとずつ違うんだけど。その彼女がアーティストとして歌ったとき、どういうものが出てくるのか。そこは僕も一番興味深かったんで、まずは、「アイノウタ」のデモでキーチェックをするときにアーティスト・竹内夢の歌はどういうものなのかを2人で模索するところから始めていきました。だから、歌に関してはかなりやりこんだと思う。

竹内:そうなんです。

シライシ:歌い方一つ、この1センテンスをどういう表現にするかとか。

竹内:この言葉をどう歌うかまで。

シライシ:いろんなキャッチボールをして見つけていった感じです。

──ツルっと歌った訳ではないんですね。

竹内:違います。いままでと同じことをやっても意味ないですし。新しい自分を見つけて、それをみなさんに見て欲しいという思いもあったので、“これまでとはちょっと違った自分”を発見していく作業でした。

──シライシさんとのキャッチボールは。

竹内:そうです。それで「アイノウタ」で、どういう方向性が自分に合うのかが私は分かったんですけど。どう思いました?

シライシ:単純に「こんな歌、歌えるんだ」っていうのが最初の印象。しかもそれは、自分が思ってたビジョンよりも明確にこういうのができるというものだったから、このディテールをもっと掘り下げたほうがいいんじゃない?ってところから次のステップに進んだ感じかな。

──竹内さんのアーティストとしての歌を見極めるためにも、最初にオーガニックな「アイノウタ」を歌ってもらったんですか?

シライシ:ううん。たまたま一番最初にあった曲がこれだったの。しかも、これを歌ってるイメージが俺のなかでは想像できてたんだよね。

竹内:そうなんだ! いまその話を初めて聞いてビックリしてます。いつもデモには紗トリさんの仮歌が入ってるから、私はどの曲も紗トリさんの歌のイメージから始まるんですよ。

シライシ:そうなんだ!「Brand New Shoes」なんかは正直自分の仮歌が「負けたわ」と思った曲だったよね。

竹内:ウソー!(驚愕)

シライシ:「俺の仮歌よりも100倍いいわ」って思った。歌録ってて。

竹内:マジか! 初めて聞きました。

シライシ:「こう歌うか」っていうのは全曲あるんだけど、そのなかでも「Brand New Shoes」は「俺はこんな歌い方できねぇや」って一番打ちのめされた(笑)。「アイノウタ」と「時をかける少女」だけは、最初から自分の頭の中で彼女が歌ってるのがイメージができてた曲だったね。

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