【音楽ギョーカイ片隅コラム】Vo.123「<日比谷音楽祭>にみるスタッフサポートの新たなカタチ」

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目に見えないウイルスは命を脅かす恐ろしいものですが、同じく見えないものでも時に人の命を救い、豊かな潤いと希望を心に与えてくれるのが音楽ですよね。今年は5才の息子と一緒に音楽を通じた新たな体験をして見聞を広める年にしようと考えていたので、これまで参加したことのない日本の音楽フェスティバル巡りをしようと心に決めていました。ところが、現実には新型コロナウイルスが突如として猛威をふるい、社会が、そして自分の生活までもが一変し、ここ日本でもイベントやフェスティバルの多くが開催中止または延期を余儀なくされました。<ARABAKI ROCK FEST>、<森、道、市場>、<ACO CHiLL CAMP>、<日比谷音楽祭>といった参加予定でいたフェスも中止/延期となり、この春の楽しみがすべてなくなってしまってやるせない気分でいましたが、とりわけ注目をしていた<日比谷音楽祭>から発信された胸を打つニュースを耳にし、いても立ってもいられずにこのコラムを書いています。


■<日比谷音楽祭>がクラウドファンディングで裏方勢を救済
音楽プロデューサー/ベーシストの亀田誠治氏の発案により、「フリーで誰もが参加できるボーダーレスな音楽祭」として2019年5月に初開催された野外イベント<日比谷音楽祭>。2回目となるはずだった今年のスペシャル・ライブにはDREAMS COME TRUE、久石譲、そして日本のトップミュージシャンたちが集結したスペシャルバンドが織りなすHibiya Dream Sessionのゲストには桜井和寿(Mr.Children)、MIYAVI、谷村新司、南こうせつらの名が並び、他のコンテンツには東京消防庁音楽隊などが登場するというまさにボーダーレスなアーティストたちの出演が多数予定されていました。<日比谷音楽祭>のすごいところは、こうした多彩な出演者やワークショップなどのコンテンツの充実はもとより、その運営資金が企業の協賛金、助成金、クラウドファンディングでまかなわれることにあります。無料で、自由に楽しめるとあって、昨年は2日間で約10万人もの人たちが訪れたそうです。


そうした独創性に富んだ<日比谷音楽祭>が開催中止を発表してから12日後となる4月20日、「開催中止で仕事を失ったスタッフへサポートを」というプロジェクトの名の下に、<日比谷音楽祭2020>に関わる予定だったスタッフに対しての補償を試みるためのクラウドファンディングを立ち上げ、集まった支援金を該当スタッフの人数で等分して補償に充てることを発表しました。

■音楽業界民としてのこれまで、そして今
一口で「音楽」といえども、他業種同様に人それぞれ働き方の違いがあるのが音楽の世界。大きな企業勤めの人とフリーランスの人では状況が大きく異なります。先を見通せない今、自分の働き方をどのように守り、生き延びればいいのかが分からない中で、筆者の場合も年始に志した見聞を広めるどころではなく、関わる仕事に多大な影響が出始めてからまもなく2ヶ月が経過しようとしています。

前回のコラムを走り書いた翌日から立て続けに仕事キャンセルの連絡が入り、今秋までの音楽イベントに関連した仕事の7割がなくなりました。今年度の大幅な収入減はすでに確定しましたが、その損出に対するクライアントからの補償はなく、こちらから求めることもしませんでした。海外音楽サイトに掲載されたミュージック・イベントやフェスが開催できるようになるのは2021年の秋以降になるだろうというレビューや自身の肌感覚からも、残る3割の仕事を楽観できる状況ではありません。頼みの綱である国の施策も、筆者のような働き方(興味のある方は前回のコラムをご覧ください)の場合は今のところ持続化給付金制度の支給対象外のようで、いっとき声高に唱えられていた“すべての女性が輝く世界を目指す”というスローガンを掲げたダイバーシティ論を思い出し、その頃から何が変わったのだろうと首をかしげながらも自分にできることを黙々とこなす毎日です。日夜変わる一律給付の具現化などについて注視するのと同時に、諸外国の動きにも注目しています。

■諸外国のアートを支援する動きと日本政府の動き
イギリスではアーツカウンシルが文化芸術に関わる個人や組織の保護を目的とした資金提供を3月下旬に発表して着手していたり、ドイツではベルリン州が独自の即時支援を施して資金が尽きるまで迅速に遂行された結果、数ヶ月分の生活費を補償された在ベルリンの日本人アーティストたちの喜びの声が聞こえてきたり、文化大臣がアーティストを“生命維持に不可欠な存在”と位置づけて文化芸術産業に従事する人たちを保護することを補償概要と併せて公言していました。歴史的背景や税制などが異なるので単なる比較はできませんが、それらのニュースを知るたびに両国の同業者たちが羨ましいと感じていました。

というのも、イギリスやドイツに見られる文化芸術を守る具体的な施策や方針は日本政府からはまだ聞こえて来ず、国内でいち早く活動自粛を要請されたまま、この2ヶ月あまり放置されているのと等しい状態にあります。それに加えて、もとの動画を投稿したアーティストの意向とも多くの国民の生活状況や感覚からも大きくズレた感のある首相の動画投稿や、文化庁長官による何の支えにもならない空虚なメッセージの公表、仕事の発注をアーティスト支援と誤認しているように見受けられる東京都の姿勢などからは、この国に音楽を含めた芸術文化が根付かない原因が透けて見えるようで、怒りや脱力を通り越えて、今では悲しみへと変わりました。そうして、いよいよ“音楽の仕事を諦めなければ、暮らしていけない日が来るかもしれない”という考えがチラつき始めたとき、聞こえてきたのが今回の<日比谷音楽祭>による新たな試みに関するニュースでした。


今回のクラウドファンディングによる目標金額は400万円で、支援募集は6月22日(月)午後11:00まで、1000円からサポートすることができます。達成しなければ全額返金となるAll-or-Nothing形式が取られていて、開始から1日が経過した現時点(4月21日16時)で200人を超える支援者により目標金額の約半分がすでに集まっています。「支え合うチカラ」を信じ、日の目を見ない側にもフォーカスを当てた動きが音楽フェスから発信されたことは、音楽フェスの構造への理解と幅広い支援や参加を促すだけではなく、日本における今後のイベント制作の在り方に対しても大きな意味を持つことになるでしょう。そして、このイベントに関わる・関わらないに関係なく、日本におけるコンサートやフェスなどのライブ現場で働くすべての人の努力や存在が報われ、精神的支援にもつながるはずです。実際に、コロナ・パンデミックとなって以降、しばらく停止していた筆者の思考と感情はこの報せによって再び動きはじめましたし、日本の音楽シーンの裏方で働くひとりとして、とても勇気づけられました。これから先、こうした支援のカタチが根付き、表舞台に立つ人にも裏方として働く人にも分け隔てなくサポートが行き届く世の中になるように、そしてまた、このムーヴメントがエンタメ業界に留まることなくあらゆる業界に広がっていくことを願って、一人でも多くの人に伝わるよう努めてまいります。

文◎早乙女‘dorami’ゆうこ

◆早乙女“ドラミ”ゆうこの【音楽ギョーカイ片隅コラム】
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