【現地レポート】新型コロナウィルスによるベルリン音楽シーンの危機
お酒を飲みながら気軽にバンドの演奏を楽しむ。パブロックといえばイギリス限定の文化と思われがちかもしれないが、パブ(居酒屋、バー)で気軽にミュージシャンの演奏を楽しめる環境は、イギリスに限らずヨーロッパ全体におよぶ。週末、ベルリンの街中をちょっと散歩すれば、バーにおける演奏風景をいくつも見ることができる。
私はこの7年、ドイツのベルリンに在住しており、ウッドベース奏者として通算70バンド以上で演奏し、一ヶ月あたり約10コンサートをこなしながら生活している。ごくたまに大きなホールでも演奏するが、クナイぺ(Kneipe)と呼ばれるドイツのバーでの演奏がほとんど。この場合、入場料は無く、いわゆるお客さんの“投げ銭”で音楽家はギャラをもらう。演奏するときは、バーがミュージシャンの飲食費も負担してくれる。東京で演奏経験もあるが、ライブハウスにおけるチケット・ノルマや、リハーサルのための高価なスタジオ料金などを払う必要が無いので、音楽活動を行うことが経済的にマイナスになることは、ベルリンではほぼない。
そしてヨーロッパのほぼ真ん中に位置し、多国籍の人々が交差するドイツの首都ベルリン(それ故に、COVID-19の感染者増加も急速なのだろうが)。ロックであろうと、ジャズ、ブルース、レゲエ、ファンク、スカ、カントリー、ブルーグラス、ロカビリー、アルゼンチン・タンゴ、テクノ、クレツマー、シャンソン、クラッシック、ありとあらゆるジャンルの音楽を気軽に演奏できる機会がふんだんにあるベルリン。こうした環境が、豊かなヨーロッパ音楽を育んできたのだと思い、それを私は愛している。かつてベルリンで暮らしたデヴィッド・ボウイやルー・リード、ブライアン・イーノ、イギー・ポップたちが、ベルリンから得たインスピレーションも、この土壌が育んだものだと、私は信じている。
今年の3月に入って、その環境に大きな変化がおこった。演奏するはずであったコンサートのキャンセルが相次ぐ。学校や保育所は閉鎖。集会の禁止人数は、50人、20人、10人と日々減少していき、現在(3月24日)では家族・同居人以外との3人以上の集会が禁止。コンサートはもちろん、バンドのリハーサルすら行えない。レストランやバーは閉鎖。
演奏機会の喪失は、私に限った問題ではない。クラッシック/テクノ音楽家たちの苦境は既に報じられつつあるが、それ以外のジャンルの領域で、COVID-19によってベルリンのミュージシャンたちに何が起こったか? ベルリンを中心に活動し、音楽のみを収入源としているプロミュージシャン仲間に、話を聞いた。
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▲ラーツ(RAZZZ)
比較的大きなベルリンの音楽ホール、ウーファ・ファブリック(Ufa Fabrik)やマシーネハオス(Machinehaus)などで、通常ならば連日大入り興行を行なっているビートボックスグループ、ラーツ(RAZZZ)。ビートボクサーの男性4人のグループで、彼らの特徴はビートボックスとミュージカルを融合している点で、演劇中の効果音全てをメンバー全員が“口”だけで行う。児童向けのミュージカルもあり、子供から大人まで世代を超えて、ドイツ中で人気のあるビートボックスグループだ。RAZZZメンバーのカイス・エルベイリ(Kays Elbeyli)は語る。
「2020年が始まってまもなく、コロナ危機(Crona-Krise)に驚き始めました。教育機関主催の児童音楽祭で演奏する予定があったのですが、普通数百人を収容できる会場を、20人収容の会場であると事前登録しなければなりませんでした。しかし、その音楽祭はキャンセル。8月中国ツアーの打診もあったのですが、それもキャンセル。ただただ残念です。ウイルスが駆除されて、来年実現できたらと願うばかり。
ビートボックスの副世界チャンピオン、Napomとの共演コンサートもキャンセル。午前中にラジオで共演コンサートを告知したばかりなのに、正午には中止を告知しなければならなかった。Napomはベルリンに2日間滞在した後、アメリカに帰国しました。一ヶ月の滞在予定だったのに。
ビートボックスの世界大会(Grand Beatbox Battle 2020)は8月に延期。現在、私たちは2週間公演してません。経済的損失は大きく、将来のギグは不確実です。しかし、前向きになれることもあります。現在、オンラインのワークショップやショーを検討しています。辛い時期ですが、それだけは楽しみです」
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1990年代初頭からベルリンを中心に活動を開始、ホーンセクションを擁し、変拍子の多用で一種独特なプログレッシヴかつファンキーなハードロックを演奏したベルリンのアンダーグラウンド音楽シーンの伝説バンド、ルフテン(Luchten)。1992年、つま恋で行われたヤマハ主催の<Music Quest '92 WORLD FINAL ミュージック・クエスト'92 世界大会>にノミネートされ、来日公演も行なっている。ルフテンのリーダー、ザムエル・ベック(Samuel Beck)は現在、ドイツの三大サーカスのひとつ、フリック・フラック(Flic Flac)の作曲・編曲・音楽監督を行なっている。フリック・フラックは、サーカステントの中で十数台のハーレーダビッドソンが爆走するワイルドなサーカスとして人気を博している。加えて、彼自身のバンド、ウクレレンプレディガー(Ukulelenprediger、「ウクレレ宣教師」の意)で演奏活動を行なっている。
「公式のイベント禁止は4月19日までですが、その後どうなるか誰にも分かりません。これまでのところ、私自身のバンドの4月19日までの7つのイベントがキャンセルされ、4月19日以降に予定されている2つのイベントもキャンセルされました。この状況は秋まで続く可能性もありますが、夏には多くの収益性の高いイベントがあるため、それらはキャンセルされないのではないかと予測しています。
しかし、私の主な収入源はコンサートではなく、サーカスの作曲家としての著作権収入です。しかしそこにおいても、ドラスティックな変化が起きました。2020年3月13日、私のサーカス、フリック・フラックはカールスルーエ(訳注:ドイツ南部の都市)管轄当局から公演許可を得ましたが、その日の午後の公演開始90分前に、保健局は4月19日までの公演を禁止しました。それ以降、アーティスト(主に外国人)は無収入のまま当地にとどまり、4月20日からの公演再開許可をただ願っています」
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ビートボックス、サーカスの分野にとどまらない。ゲーテの美しい詩やシューマンの歌曲に見られるように、自分で詩を書いてそれを歌う、シンガーソングライター(Liedermachr/in)の伝統はドイツで根強い。ウド・リンデンベルク(Udo Lindenberg)を日本でも知っている人は多いと思うが、2010年にそのリンデンベルク賞を受賞した女性シンガーソングライター、ヨハナ・ツォイル(Johanna Zeul)。彼女はベルリン発の環境保護運動、フライデーズ・フォー・フューチャー(Fridays for Future)でも演奏している。
「5月までのコンサートもレコーディングも全てキャンセル。7月に企画されているコンサートがあるけど、この先どうなるか分からない。オンラインでのライブストリームをやろうと思ってるけど、私のパソコンで大丈夫か、不安だわ!」
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ドイツ人音楽家だけではない。ベルリンには日本出身のミュージシャンも在住している。ニューヨーク、ベルリン、東京を股に掛け、ジャズ界を中心に活躍する日本人女性バイオリニスト、ナナコ・タルイ(Nanaco Tarui)は言う。
「3月はじめから少しずつキャンセルの連絡が入り始め、ついに飲食店等も閉店になり、私たちセッションミュージシャンはたくさんの演奏の機会を失いました。
同じように私たちミュージシャンにとって大事な活動場所である、バーやレストランも経営の危機に直面していると聞きます。これらのお店を失うということは、今回のコロナの騒動が収まった後、私たちの活動場所をも失ってしまうということになります。
ベルリンの街の大切な文化がなくなってしまわないことを強く願います」
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そう、閉店を余儀なくされているバーやレストランで問題は深刻だ。そこで、経営危機に瀕するバーを救おうとする動きがある。
ベルリン在住の女性シンガーソングライター、ヤーナ・ベルウィヒ(Jana Berwig)はクロイツベルクのバー、ドードー(DODO)への資金援助を現在、スタートネクストで呼びかけている。
「私自身、コンサートがキャンセルされたダメージは大きいです。でも、私たちミュージシャンに舞台を提供してくれる場所をサポートし、それによって私たちの居場所を確保したいのです。小さなハコは、通常の日々の営業に依存しており、蓄えがほとんどないため、特に影響を受けます。バーのDODOはその一例です。優しい経営者のハラルドとロルフ。ミュージシャンとしてのキャリアのスタート時点、私は彼らにとてもお世話になりましたので」
日本でも現在同じような状況が起こりつつあるのかもしれない。が、かつてデヴィッド・ボウイやルー・リードに強い影響を与えたベルリンの文化を、私たちは絶対失ってはならないと思う。ヨーロッパ文化に関心を持つ全てに人々に、可能な限りの協力を呼びかけたい。
文:Masataka Koduka
写真:Norman Behrendt(RAZZZ)
◆DODO救済スタートネクスト
◆RAZZZオフィシャルサイト
◆Samuel Beck(Ukulelenprediger)オフィシャルサイト
◆Johanna Zeulオフィシャルサイト
◆Nanaco Taruiオフィシャルサイト
◆Jana Berwigオフィシャルサイト
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