【ライブレポート】ダレンを失ったミュートマスは、どうなったのか?
今年9月に5作目となるアルバム『プレイ・デッド』をリリースしたミュートマス。しかしアルバムのリリース前には結成時からのメンバー2人が脱退、特にバンドの顔でもあったドラマーのダレン・キングの離脱はファンに衝撃を与えた。バンド史上最大のピンチと共に迎えた全米ツアーは一体どんな内容になっているのか? そのことを確かめるべく、筆者は彼らの全米ツアー<Play Dead Live>の後半戦が行なわれた西海岸に飛んだ。
◆ミュートマス画像
まず観たのは10月13日、ロサンゼルスのウィルターン劇場での公演。3千人を超えるキャパシティで、本ツアーの中でも大きめの会場だが、やはりダレンの脱退が動員に響いたのか埋まっているとは言い難い。ライブは新作からの「War」で幕を開け、新作の中でも一番ロック色の強い同曲で一気に会場の温度を上げていく。続く「Changes」「Stroll On」までは筆者も初めてライブで聴く曲だったので以前のラインナップとの差はあまり感じなかったが、4曲目の「Blood Pressure」で初めてダレンの不在を思い知らされた。ここ2年ほどはアルバム『オッド・ソウル』に収録されたバージョンからかなり変えて序盤はミニマルに、中盤以降はリズム隊の極太グルーブが楽しめるアレンジになっていたのだが、ダレンの獰猛で音数の多いプレイスタイルに比べたら、今回代役を務めているデヴィッド“ハッチ”ハッチソンのプレイはずいぶんシンプルで大人しく感じた。
それでもダレンの代役をオファーされた時、「ファンからネガティヴなリアクションもあると思う」というボーカルのポール・ミーニーの心配に対してハッチは「そういう人たちも全部ハグしてやるよ」と返したという。彼がこの役を受けていなければ、ミュートマスは最高のアルバムを出した後にツアーを行なわず解散という末路を辿っていたはずだ。そんなバンドの窮地を救ったハッチに感謝こそすれ、文句などあるはずもない。そして今や唯一の結成メンバーとなったポールは、自分がこのバンドを率いていくんだという矜持と共に、これまで以上にダイナミックなステージ・アクションで観客を魅了していた。また2番目の古参メンバーとなったトッドも、以前と比べたらグイグイと前に出てくるシーンが増えたように思う。
5月からバンドに加わったベーシストのジョナサン・アレンはこれまでにも前任のロイ・ミッチェル・カルデナスの不在時に代役を務めていただけあって(2008のサマーソニック出演時もジョナサンがベースを担当)、バンドへの馴染み方は上々。ライブではセクシーでメロディアスなアドリブを多用してきたロイと比べると、ジョナサンのスタイルは低音でリズムを強調した野生的なプレイという印象を受けた。古くからの定番曲「Noticed」は新編成に合わせてこれまでにないアレンジが施され、よりストレートなロック・グルーヴの新バージョンにアップデートされていた。
中盤の「Pixie Oaks」ではまずこの日1人目のスペシャル・ゲストがステージに上がる。この曲のモデルとなったポールの娘、アメリアちゃんだ。イヤーマフをつけた彼女はステージの中央に立つと、歌う父親の隣で踊り出すのだが、大観衆の前で物怖じしないどころか曲に合わせて決めポーズを取り、客席にマイクを向けたり投げキスを送ったり。5歳にしてパフォーマーとして完成されているその姿には、観客誰もが驚嘆した。
もう一組のゲストは、マーク・シャペルとアダム・ラクレーヴだ。アダムはかつてポールやロイ、ハッチが組んでいたアーススーツというバンドのリード・シンガーであり、アーススーツ解散後はジョナサンと一緒にクラブ・オブ・ザ・サンズというユニットやマクロシックというバンドで活動していた。マークはそのメンバーであった他、ハッチやポール、ダレンもこれらのプロジェクトに参加しており、つまりミュートマス周辺の音楽的ファミリーツリーが大集合したのがこの一夜だったのである。なんでもマークとアダムが来場することを知ってライブ当日に急遽一緒にパフォーマンスすることを決めたそうだが、ベック「Devil's Haircut」のカバーは緊張感溢れるセットの中で箸休め的な和気藹々とした仕上がりだった。
翌14日のサンタアナ公演は、前日から一回り小さい会場ではあったが狭くなった分客席とステージの親密度が増し、バンドもよりリラックスした雰囲気でのパフォーマンスに。ミュートマスの出演時間は夜10時からと遅かかったため、「Pixie Oaks」とアメリアちゃんの登場はなし。代わって「Placed On Hold」「Clipping」が加わり、「Stratosphere」から続けて「Azteca」というレア曲に繋ぐなど、マニアックなファンには満足度の高い選曲を聞かせてくれた。
ミュートマスのライブでひとつの見せ場である「Reset」ではハッチとジョナサンが白熱のソロを展開。もともと「Reset」のオリジナル・バージョンは初代ベーシストのロイ以前にジョナサンのプレイでレコーディングされているだけに、10年以上の時を経て曲が彼の手元に戻ってきたと言ってもいいのかもしれない。ここでも、ダレンと比べればハッチのプレイが迫力に欠けると感じたことは素直に認めよう。だが、ドラマーとして15年のブランクから復帰し、ミュートマスのような技巧派バンドの曲を3週間で20数曲マスターしている時点で、彼は千人に一人レベルの才能の持ち主だと言っていい。ただ、ダレンが一万人に一人レベルの才能だったのも事実だ。それでもやはり、ダレンの脱退と共にミュートマスは終わったと考えたくはない。彼らが10年以上の活動で作り上げてきた素晴らしい楽曲の魅力は、演者が半分変わっても色褪せることはなかった。ポール自身「ダレンがいないバンドで作ったものをミュートマスの音楽と呼べるのかまだわからない」と言っていたが、真新しい何かも時間が経てば徐々に暮らしに馴染むように、新編成もそのうちファンの心に溶け込める日が来るだろう。ライブ・バンドとしての彼らは、また建て直せばいい。きっと今はバンドにもリスナーにも、もう少し時間が必要なのだ。
筆者は14日、サンタアナの公演前にポールとトッドにインタビューすることができた。バンドの現状と未来についてメンバーがどう考えているのかは、近日公開するそちらの記事も参照していただければと思う。
Yuri Nakajima/中嶋友理