【インタビュー】寺尾紗穂、新作『たよりないもののために』で歌う“目には見えない世界”

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■ 恋愛が楽しい頃には、そんなに気づかない音楽

── ほかの曲でも、演奏のマジックはありました? ベースの伊賀航さん、ドラムのあだち麗三郎さん、ギターの松井一平さんや、お馴染みの方が多いですけど。

寺尾:松井さんも、予想以上にいいものを、いくつも重ねてくれました(「九年」)。最後にちょっと、ノイズみたいになっていくんですけど、そこの部分がいろんなことを連想させてくれるというか。飛行機とか戦闘機が飛ぶような音にも聴こえるし、何か個人的なトラウマを思いだすような感じにも聞こえる。すごくイマジネーションを刺激する音が鳴っていると思います。

── ほかの曲でも、ピアノとチェロ、ピアノとハープとか、楽器が一個増えるだけで、世界がバーッと広がっていくのが見えます。

寺尾:そうなんですよね。池田若菜さんのフルートも、素晴らしかったです(「新秋名果」)。初めてお会いしたんですけど、自然そのものみたいな、大自然の風を表現してくれたなという感じですね。びっくりです。

── ちょっと話を変えて。寺尾さんといえば、最近ではNTTドコモのCMソングに曲を提供していますけど(タイトル、リリース未定)、CMソングから入って、ライブに来てくれるとか、そういう人はいます?

寺尾:どうなんだろう? ライブまで来てくれる人は、あんまりいないかもしれない。CDの売り上げがちょっと増えればいいかな、というぐらいです(笑)。そこで名前を知ってくれれば嬉しいですね。

── 寺尾さんのライブに来る方は、本当に音楽が好きな、大人の方が多いというか。

寺尾:そんなに若い、大学生とかは来ないです。と思う。大学を卒業して、一つ二つ失恋して、そういう頃に来るんじゃないかな(笑)。

── なるほど(笑)。人生の機微を知り染めし頃から、響いてくる。

寺尾:と、思いますよ。恋愛が楽しい頃には、そんなに気づかない音楽じゃないですか。

── まさか、その層を狙ってるとか?

寺尾:いえ、そんな狙いはさらさらないです(笑)。

── そりゃそうですよね。ピンポイントすぎます(笑)。逆に、どういう人に届けたいという気持ちがあったりしますか。

寺尾:どういう人というよりは、一回聴いてくれた人が、ずっと年老いても聴いてくれるのが一番いいかなと思いますね。そういう意味では、「たよりないもののために」などは、長く聴いてもらえるかなと思います。

── 「たよりないもののために」は、ミュージック・ビデオがとても美しいです。何気ない日常の風景に、夢の中にいるみたいな浮遊感があって。

寺尾:カメラマンの大森克己さんに撮ってもらいました。石神井公園と、大森さんのホームである葛西のほうで撮影しているんですけど、最後の、夜の葛西の街が映っていくあたりとか、宇宙に浮かんでいる星のように見えて、すごくスケール感が出たなと思います。


── ぜひみなさん、映像からも入っていただければ。

寺尾:さっき、面白いツイートがあったんですよ。映像を見て、ぼろぼろ泣いて、うろたえたって。

── うろたえた! それは相当にエモい表現。

寺尾:予想外のところで、無意識や潜在意識や、抑え込んでいたものが出て来たという感じなんですかね。

── わかる気がします。寺尾さんの曲って、エモいですよ。静かで淡々としてますけど、エモい。

寺尾:そういう意味では、ゼロからフィクションを作るとか、全然できないんですよ。どこかで自分の心がすごく揺さぶられた上で、歌詞を書くので。「クストフ」も、恋の話ではないんですけど、南京大学に短期留学していた時に出会ったドイツ人の男の子がいて。一緒に揚州まで旅をした時のことを、10年くらい経って思い出した時に、なぜか泣いちゃって。別に彼に恋してたわけでもないんだけど、そういうすごくキラキラした時間があって、それが過ぎ去ったということに関してなぜか涙がこぼれて、できた曲です。

── 歌詞で言うと、今回は、というかいつも、恋の歌が多いですね。

寺尾:そうですね。

── それはテーマとして、描きやすいから?

寺尾:まあ、そうですね。常に恋してるタイプの人間なので。

── とはいえ、ハッピーではなく、別れの曲が多いという。

寺尾:うん。恋の楽しい経験って、あんまり曲を作るモチベーションにならないんですよ。なんですかね、好みですかね。やっぱり悲しい経験のほうが、いろいろ考えるし、たぶん全体として、暗いところから明るい方に手を伸ばすみたいな、そういうものが好きなんだろうなと思います。

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