【インタビュー】寺尾紗穂、新作『たよりないもののために』で歌う“目には見えない世界”
その声は風のように、そのピアノは水のように、乾いた心をそっと潤してくれる優しい音楽。寺尾紗穂、8枚目のオリジナル・アルバム『たよりないもののために』。シンプルなピアノと歌を中心にしながらも、ギター、ハープ、フルートなどとの静謐なデュエット、バンド編成によるポップな曲も交えた、珠玉の10曲だ。いつかどこかで、この音楽を聴いた気がする──郷愁を誘うメロディ、美しいサウンドスケープ、せつなさと愛しさに溢れた音楽は、あなたに聴かれるのを待っている。
◆寺尾紗穂 画像
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■ 目に見えないものを考えることが増えた
▲アルバム『たよりないもののために』 |
寺尾紗穂:はい。そうですね。
── 前半はポップでリズミックな曲があって、後半はスローな曲と、全体の音の流れがとても心地良いです。季節で言うと、夏の終わりから秋にかけて聴いたら気持ちいいなと思いました。
寺尾:そうですね。並べ方は、意識しました。初夏から秋にかけて、というような。
── こういうアルバムを作ろうという、テーマはあったんですか。
寺尾:いつも、テーマは特にないんです。ただ、タイトルで引っかかるものというか、アルバムのタイトルにできそうな曲名があったら持って来て、そこから収録曲全体に意味を広げて考えていって、本当にアルバムタイトルにしていいか、吟味していくような感じです。それが無理そうなときは、一曲一曲に通底するものを探して、別にタイトルを考えます。だから全然コンセプチュアルではないんです。
── その言葉の持つ世界を広げていく、というような?
寺尾:たとえば「たよりないもののために」という曲は、“たよりないもの”という言葉の中に、いろんなものを入れられるんですね。だから、私についてこれまでのイメージを持っている人は、「アジアの汗」とかああいう曲を作っているので、弱者に寄り添った感じの歌だろうと、受け取る方も多いと思うんですけど。でもこの詞を読んでもらうと、全然そういうわけじゃなくて、もっといろんなものを当てはめられると思っています。たとえば、日々の平和な暮らしというものも、予想しない出来事によって、すぐに崩れてしまうたよりないものというイメージもあるだろうし。一言にたよりないもの、といっても、赤ちゃんの無垢な感じとか、人が追い求める芸術、とか、いろんなものが入ってくると思うんです。
── そうですね。アルバム・タイトルの英語表記が「For the Innocent」になっているので、ああそういうことかと思いました。
寺尾:あとは、ここ2年くらい、目に見えないものを考えることが増えたので。霊的なものが見えたりする、そういう人たちと偶然続けて会ったりして、やっぱり目に見えない世界というものは確実にあるなっていう感覚がすごく強くて、この曲を歌う前のMCでもそういう話をしているんですけど。
── 目に見えない世界、ですか。
寺尾:4月から、小学校4年の娘が、天使が見えるようになったんですよ。今もたまに、うちに来たりします。私は全然見えないんですけど。
── あ、お母さんには見えない。
寺尾:大人はやっぱり、見えないんじゃないかな。特殊な人しか。だけど、会話は全部通訳してもらえるんで。それは、長女だけの妄想かなと思ってたんだけど、下の二人も見えたりするんで、ああ今日も来てるんだなって。
寺尾:最初にうちに来た時は、何の前触れもなく「あ、来たよ」とか言って。部屋が雑然としてたんで、片付けなきゃ、とか思いました(笑)。
── あはは。お客様ですか(笑)。
寺尾:で、片付け始めたら、「お構いなく」と言われて(笑)。
── いい天使ですねえ。
寺尾:子供の天使で、羽もまだそんなに大きくないみたい。来る時はパッと降りてきて、帰りに見送る時は、子供たちの視線でわかるので。網戸をすり抜けて出て行ったよとか、今日は押し入れから帰って行ったよとか。
── そのイメージも、どこかの曲に入ってるんですか。
寺尾:天使は、本当に最近のことなので、まだ入っていないですね。
── でも確かに、「たよりないもののために」を聴くと、目に見えないものの実在を、ほんのりと感じられる気がします。
寺尾:「たよりないもののために」は、マヒトゥ・ザ・ピーポーとツーマンをやる機会があって、音源を聴かせてもらった時に、すごい才能だなと思って、自分も曲を作らなきゃ、とこれを書いたんです。その前に、植本一子(フォトグラファー)さんの義理の弟さんが自殺されて、考えていたことがあったので、そこでマヒトゥと出会って……だから、三重構造くらいになってるのかな。目に見えないものを意識し始めて、一子さんの弟さんが亡くなって、マヒトゥと出会って、そしてできた曲です。
── マヒトゥさんの話、していいですか。参加しているのは「たよりないもののために」と「紅い海」の2曲ですけど、ものすごく印象が鮮烈で。どんなヴァイブスをくれる人ですか。
寺尾:大阪と島根へ一緒にツアーに行ったんです。あの人には、浮世離れした感じ、あるじゃないですか。一緒に旅して親しくなったらもう少し人間くさい感じが出てくるのかな?と思ったら、逆でした。この人、人間じゃないなという感じ(笑)。何かの妖精みたいですよ。不思議な人。
── マヒトゥさんは、GEZANというバンドのメンバーとして、知る人ぞ知る存在です。
寺尾:彼の描いている世界は、血が出てきたりするので、露悪的なものを拒絶する人もいると思うんですけど。でも彼が見せたいのはそこではなくて、その先の美しいものを求めようとしていることが、すごく伝わってくるので。そこに共感します。
── 「紅い海」は、まさにそうですね。血に染まった紅い海を、光の海を目指して、力強く泳いでいくイメージ。
寺尾:力強くもないんですよね、いっぱいいっぱいで、それでも泳がないと、という感じです。この曲は、私のピアノだけでいくか、そこに何か重ねるか、どうしようかと思っていました。その頃に、マヒトゥにこのアルバム全体のデモを渡していて、その中で「紅い海」がすごくいいと言ってくれて。その前に一緒に創っていた「たよりないもののために」があまりにも良かったから、「紅い海」もマヒトゥでいいのかもね?って、私とエンジニアの方とも話していたんですよ。それとはまったく別で、マヒトゥが「紅い海」が好きと言ってくれて、じゃあぜひ、という感じでした。
── 彼のギター、ノイズなんだけど、優しいんですよね。とても不思議な存在感。
寺尾:そう。だから本当に、「紅い海」の録音をしていた時も、音に母性みたいなものを感じるんですよ。彼本人というより、音がすごく壮大で、優しいんですよね。そのまま突っ伏して、音に頭をなでてほしい。そんな感じになるんです。
── リスナーも、そういう気持ちになれると思います。
寺尾:「紅い海を青く染める」という劇的な瞬間を、ものすごく的確に音で表現してくれてて、感動しますね。
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