再び、優雅に動きだした抽象派たち

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再び、優雅に動きだした抽象派たち

 

 

現時点でThe Sea And Cakeの音楽に関する記述の大半には、“都会的な”“落ち着いた”“洗練された”といった形容詞が使われる傾向にあるようだ。そのために次のようなうるさ方の質問が浮上してくる。リハーサルやサウンドチェックなどのリスナーの期待から隔離された場面では、このシカゴ出身の4人組がまったく違った方向をとってギンギンにロックすることはあるのだろうか? この質問を電話で聞かれたSea And Cakeのシンガー/ギタリスト、Sam Prekopはしばらく黙り込んでしまった。それからまるで、ひどく気恥ずかしい秘密を告白するときのようにまぬけな笑い声をくすくすと漏らしながら彼は答えた。

もちろん、あるよ。僕たちの最近の悪い癖は、かなりひどいブルースロックを演奏してしまうことさ。今じゃバンドで内輪ウケするギャグにさえなっている。シカゴブルース風のスタイルだけど、楽しいよ。でもレコードでやることはないと思うけどね

SamとSea And Cakeの残りのメンバー、つまりギター/キーボードのArcher Prewitt、ベースのEric Claridge、パーカッションのJohn McEntireは、最新アルバム『Oui』をサポートするための全米ツアーに乗り出そうとしているところだ。シカゴでの数回のウォームアップギグを終えたところで、Prekopは今回のライヴ経験には驚かされたことを明らかにしている。

僕たちがこれほどロック的だった、ということにすごく衝撃を受けたんだ。僕たちは昔の曲をしばらく演奏していなかったんだけど、それはかなりラウドでダイレクトなものだった。僕はまるで“このロックバンドと何をやろうとしているんだ。自分の資質とはまったく違っているんじゃないか”みたいな気分だったよ。今までフォーク人間みたいな存在であることに慣れていたからね。でもロックに戻るのは素晴らしいことだ

Sea And Cakeは'94年の結成から'97年までに4枚のアルバムとリミックスEPを発売するなど精力的に活動していた。だが'97年の『The Fawn』をリリースした後、バンドは2年間の活動休止期間に突入したのである。Prekopは自身の名前をタイトルにした最初のソロアルバムとツアーで“フォーク野郎”の役割を演じるのに浸りきっていた。Prewittは2枚目のソロアルバム『White Sky』を発表、Claridgeは画家としての副業に精を出し、McEntireはもう1つの本業バンド、Tortoiseで演奏する一方でプロデューサー、エンジニア、ミュージシャンとしてStereolabHigh Llamas、Aluminum Groupなどの他のアーティストと数多くの仕事をこなしている。Prekopによれば、休止期間のおかげでバンドとしての新たなプロジェクトがよりスムースに進んだというが、詳細は明らかにしようとしなかった。

僕たちの誰かが“もうSea And Cakeにいるのはたえられない”と考えていたみたいなことじゃないよ。それに各々の別プロジェクトにどこか満足できなくて、新しいSea And Cakeのレコードのことを考えざるを得なかったというわけでもない。ただ僕たちは気分のいい再結成としてアプローチして、一新されたフレッシュな側面を活かそうとしたまでなのさ

優雅なメロディと洗練された静かなムード、親密さにあふれたPrekopのヴォーカル。そうしたSea And Cakeが持つクラッシーなポップサウンドの中心的な要素のほとんど、は休止期間を経てもあまり変わらなかった。しかし、『The Fawn』をそれ以前の作品から際だたせていたエレクトロニクスによる実験は『Oui』では大きく後退しており、残っていたとしても従来よりも音楽全体と緊密に統合されている。

たしかに『The Fawn』では新しいオモチャの可能性を探っていた面もあった」とPrekopは認めている。「今でも関心は持っているけど、スタジオで生演奏するバンドとしての存在をもっと活用したいと考えたのさ

たとえば「Afternoon Speaker」のエンディングで、何度もフェイドイン/アウトを繰り返すクレージーなスタイロフォンのソロのような展開は、このバンドが風変わりなノイズにまだまだ飽きてはいないことを示している。だが、「The Leaf」におけるセクションの間のどこか耳障りなつながりは、想像されるのとは違ってスタジオ編集によって作られたものではない。

そう思うのはPro Tools(ハードディスクレコーディングで使われる編集ソフト)の影響だろうけど、実際には生で演奏したんだ。それにああいった方法はいつでもやっているよ。つまり違う曲を強引にくっつけるっていうのは、僕らが永遠にやめられない悪い癖みたいなもんさ

Prekopのソロ作品から持ち込まれたスタイルの1つが、『Oui』のいくつかのトラックで聞かれるブリージーなボサノヴァ風タッチである。

実際には少し抑え気味にしようとしたんだ。つまりね、僕らの音楽、とりわけ僕のリズムギター奏法に深く染み込んでいる要素だから、いつでも現われてくるのさ。でも僕たちは偽ブラジル音楽や偽ジャズをやってスタイリストになりたいとは全然思わないよ」。 彼は“スタイリスト”という単語に気取った美容師のようなトーンを込めて語った。

Sea And Cakeのサウンドには、ポップス音楽ではなくあたかも建築やローマ帝国時代の貴重な硬貨が評価されるかのように、批評家を偉大なる抽象の高みへと誘う部分がどこかにある。Prekopはこれに当惑してはいるが、悩ませられるようなことはないという。

僕たちの仕事のやり方は、それほど知的なものじゃないさ。聴いた感じほど学習して作ったものでもないんだ。音楽学校にでも通ってたんじゃないかみたいな批判をずっとされてきたけど、実際にはすべて独学でやってきた。ガレージで作ったガラクタでなかったとしたら、まったく違ったものに思えてしまうんだろう。けっこうなことだね

 

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