BESTとBADに垣間見る、陽水の奥ゆかしさ
| 井上陽水が奥田民生詞/曲のUNICORN時代の名曲「雪が降る町」を聴いて感銘を受け、奥田に手紙を書いたというのは有名な話である。 手紙を受け取った奥田は戸惑いつつも驚き、少なからず嬉しさも感じ、封を開けてみると、便箋には自分(奥田)の「雪が降る町」の歌詞がそのまま、井上陽水の直筆で写されており、あとは何も書かれていなかったという。 奥田は陽水さんの真意を測りかねた。 この手紙は“「雪が降る町」の歌詞がいい”とメッセージしているのか? 単なる挨拶代わりなのか? それとも、陽水さんは自分の字のうまさを主張したいのか? 奥田がはじき出した答えはこうだった。 ……「わからん!(笑)」 僕は、井上陽水という人はシャイ、あるいは日本的な奥ゆかしさを持った人だと判断する。 何回かインタヴューを行なったときにもそうした印象を持った。断定的一方向からのみ話が確定しようとすることを嫌っているフシがどうにもある。ウソなのかほんとなのか、核心なのか周辺なのか? それを確定することにはいささかも興味は無いというような…彼は裁判官ではなくミュージシャンなのだから当たり前なのであるが、人を煙に巻こうとしているというよりかは、明らかに奥ゆかしさから来る“否・断定”なのである。 過去に僕が「陽水さん、最終的に辿り着きたい地点・状態に向けての野望はありますか?」と問うたところ、彼は少し考えてこう言った。 「ありませんねぇ、僕は織田信長じゃないですし」 ゆえに、井上陽水のキャリア30年間の集大成といわれた昨夏の2枚組ベストアルバム『GOLDEN BEST』がリリースされ百万単位で多くの人に受け入れられた時、アナザーサイド的なベストが出るだろうと踏んでいたら、本当にリリースされた。 それが『GOLDEN BAD』である。 本人は“BAD”について、こう象徴的に言う。 「まぁ、お清めって言うのかねぇ。こういうの。塩を盛るみたいな」 つまり、“BEST”は、葬式にも一脈通ずる非日常的なものであり、そこから“帰還”するためには、あるいは素の状態に戻るには“BAD”が必要だとも言えるのだ。 「『GOLDEN BEST』が多くの人が支持してくれるアルバムだとすると、こっちはなんて言うんだろうなぁ、僕が好きな曲って言うか、お勧めって言うか…」 収められたお勧め曲の中で、もっとも古い楽曲は'81年の曲であり、もっとも新しいのは'98年のものである。'81年以前の曲が収録されていない理由は、サウンド的な部分なのか思い入れの部分なのかは判然としない。シングルのB面になった曲が5曲収められており、B面楽曲への思いについて、井上はこう語っている。 「B面っていうのは、簡単に言うとふざけられるっていうか、イイカゲンなことが許されるっていうか、短時間で曲を作ってレコーディングできるわけ。つまり、お遊び場もたいなところがあってね、イイカゲンなことをしてもレコード会社の人とかディレクターの人とか文句を言わないわけ。『いいや、B面だから』(笑)。そこには当然ね、自由とかさ、イイカゲンとか、そりゃもう見るべき価値観がたくさんあるわけだから」 ビートルズの「LET IT BE」のB面がコミカルソングの「You Know My Name 」だったように、記名的な曲を提出しておきながらすぐさま反対性格の曲を出すのは、ビートルズに多大なる影響を受けた井上が貫いているものかもしれないとも思う。しかも、“BAD”はシャッフルして聴いてもらうことを推奨してさえいる。 「つまりそこでは人間の知恵というものが排除されてるわけだから。知恵っていうのはある意味では素晴らしいけど、ある意味じゃ“読み筋”が解るっていうのがあるからね」 読み筋が解ることを嫌う井上陽水とは、じつに彼らしい気がする。読み筋が確定しそれが多くの人に伝わるとなれば、見方が固定化するからである。井上陽水を解ったような気にならないためにも“BAD”は必要であるし、“BAD”を熟聴すると井上の本質が解ってくるという二重の意味合いを本作は持っているのだろう。 個人的には安全地帯との共同名義で'86年にリリースしたシングル「夏の終わりのハーモニー」のカップリングナンバーであった「俺はシャウト!」が気に入っている。 あのようなロマン派の表題曲の裏で“本人が気持ちいいだけのようなシャウト”を聴かせる井上は、やはりシャイなシンガーソングライターである。 |
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