「M-SPOT」Vol.007「価値観の多様性、ボーカルスタイルの変容」

AIをはじめ音楽制作環境がドラスティックに進化を遂げている中で、時代とともに音楽のあり方も少しずつ変容を遂げている。これまでなかった新たなポエトリー・リーディングのかたちなど、前回Vol.006では「執筆家の音楽的アプローチ、芸術性の追求」というテーマの話となった。
アートとして音楽そのものを追求するミュージシャンもいれば、音楽をひとつの創作手段として用いるという表現者もいる。そして中には、音楽に人生を注ぎながら、その権利を主張せず、誰でも使用可能というパブリックドメインとして公開しているミュージシャンもいたりする。
今回はそんなアーティストから紹介してみよう。意見を交わすキュレーターとして参加するのは、堀巧馬(TuneCore Japan)、野邊拓実(TuneCore Japan)、DJ DRAGON(BARKS)、烏丸哲也(BARKS)といういつものメンバーだ。
◆ ◆ ◆
──魔王魂というアーティストはご存知ですか?
堀巧馬(TuneCore Japan):ええ、魂さんは有名ですもんね。

魔王魂
──すでに5000曲以上もの作品を作っていて、数百万~数千万回再生という楽曲も多く発表しているアーティストなんですが、ほとんどの楽曲をフリー音楽として「使用可能です」と公開しているんです。
堀巧馬(TuneCore Japan):音楽という文化をどう盛り上げるか、みたいなことを考えた時に、ひとつの考え方というかアプローチの仕方なのかもしれないですね。普通だったら権利を守るところだけど、その逆を行くという。
DJ DRAGON(BARKS):すごいなこの人。無料でダウンロードOKだって。
野邊拓実(TuneCore Japan):どういう思想なんですかね。
──魔王魂は森田交一というプロ作曲家によるプロジェクトで、「フリーで発表することは本来のアーティスト/芸術家の在り方」という考えによるものなんです。そのうえで「商業OK!改変OK!18禁含むあらゆるコンテンツで使用可!許可も報告も必要なし!」と宣言されているんですよ。
DJ DRAGON(BARKS):独自の思想を持って活動してるよね。
──TuneCoreにはすごい人が潜んでいますよね。
堀巧馬(TuneCore Japan):いや本当に、時々「あれ、すんごい大物」みたいな人がいますからね(笑)。
──今回、KOIAIも発見しました。Li-sa-Xのバンドですね。

KOIAI
堀巧馬(TuneCore Japan):こういう影響力のある女性バンドが活躍されると、自ずとそういう流れというか、トレンドになっていきますよね。曲はもう、流石の一言で。
DJ DRAGON(BARKS):すごいね。ソロでの活動もありながら、バンドをやっているってことなのかな。
──注目のバンドですから、KOIAIがメインの活動だと思います。
野邊拓実(TuneCore Japan):メジャーアーティストの方とお話をする機会がありますけど、「ソロではTuneCoreを使っているんだよね」みたいな話ってよくあるんですよね。意外とみなさん、フレキシブルに活動されているみたいで。
堀巧馬(TuneCore Japan):確かにTuneCoreを利用している著名アーティストは結構増えてきているかもしれないです。メジャーかインディペンデントかどっちかに寄せる必要もないし。アーティスト名も全然違う名義で発表していて、もはや気付かないみたいなこともあります。
DJ DRAGON(BARKS):実際、バンドとソロでは言いたいことが違ったりすることもあるからね。
野邊拓実(TuneCore Japan):よく聞く話だと、ヒットを意識した音楽制作はメジャーで、自分のやりたい音楽はこの名義で、と分けていたりするパターンですね。
──それだけ表現したいものがいろんな形で存在するということか。
野邊拓実(TuneCore Japan):そういう話を聞くと、「大衆に聴かせるべきもの」と「自分の表現したいもの」のズレみたいなものは、やっぱり多かれ少なかれあるのかなとも思いますね。むしろ大衆的な作品づくりをプロとして突き詰めている人ほど、そこのズレを感じるのかもしれない。
堀巧馬(TuneCore Japan):なかなか難しい問題ですよね。とはいえ、大衆向けのための作品の起点も、自分の内側にあるものだから。
──マスメディアが時代を牽引しCDが売れていた時代は、流通も宣伝手法にも型があったので、いわばヒットのための方程式も組み立てられたわけですが、SNS&サブスクになった時点で、何がバズり何が売れ何が評価されるか先が読めない時代になったといいます。アーティストにとって最も大事なのは、アートとエンタメの境界線をどう自分で噛み砕くか。リスナー側は知ったこっちゃないでしょうけど(笑)。
野邊拓実(TuneCore Japan):そう、そうなんですよね(笑)。
──でも音楽との出会いは多ければ多いほどいいですから、サブスクサービスでTuneCoreアーティストをディグりまくるのは、音楽好きにとって最高の遊びになりますよ。
堀巧馬(TuneCore Japan):本当に面白い作品が出てきますからね。
──今回、時代を感じたもののひとつに、ウィスパーボイスの楽曲がありました。イハネの「ただあなたに会いたい」とか、NOBARAの「みちたり」とか。音楽ムーブメントって楽器や音楽再生機器の進化と密接に絡み合っていて、イヤホン/ヘッドホン文化になってこそ再評価されてきた象徴的なボーカルスタイルなんですよね。
野邊拓実(TuneCore Japan):ASMRもそうですね。
──ビリー・アイリッシュもその代表例かもしれません。
野邊拓実(TuneCore Japan):ビリー・アイリッシュも『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』で爆発的に有名になりましたけど、その前の『Don't Smile at Me』の時点でめちゃくちゃウィスパー系の、なんならちょっとアンビエント寄りな作品でしたよね。
──こういった表現手法が受け入れられる背景には、再生環境の進化・変化が大きく作用しているわけで。
野邊拓実(TuneCore Japan):僕はボーカリストとして声楽も習っていたんですけど、声楽の基本って「ホールの1番後ろのお客さんまで同じ質感のものをどう届けるか」っていう技術なんです。それに対してマイクとアンプ&スピーカーが出てきてからは、声楽の歌い方は1手法にすぎなくなった。マイクが出てきたことによって、他の歌い方という選択肢がたくさん出てきたんです。それの最たるものが、マイクじゃなきゃ成立しないウィスパーボイスというものなんだと思います。
DJ DRAGON(BARKS):確かにマイクがないと成立しないですよね。

イハネ

NOBARA
野邊拓実(TuneCore Japan):面白い文化だよなと思います。こういうものが今後また増えていくのかな。
──今までなかった「なるほどね」みたいなものが出てくるかも。
野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね。だから、AIのめちゃくちゃ面白い使い方とかもあるかもしれない。今のところAIって既存のものを追いかけているじゃないですか。既存のものをいかに完成度高く追いかけるかっていうところだと思うんですけど、そのうち「AIじゃないとこれってできないよね」みたいなことが考えられたりすると、AIの音楽文化ももうちょっと面白くなるかもしれない。
──AIならではの作品の登場も、そう遠い世界じゃない気がします。ではお話の続きはまた次回で。ありがとうございました。
協力◎TuneCore Japan
取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
Special thanks to all independent artists using TuneCore Japan.
魔王魂
◆魔王魂ページ(TuneCore Japan)
KOIAI
Hazuki Guitar
Kotono Vocal
Kanade Drums
Polyphia「ABC」をYouTubeコラボという形でカバーしたことがキッカケとなり、Li-sa-X、Hazuki、Kotonoの3名により2022年12月に結成。 2023年2月には正式な音源リリース前にも関わらず、インドのフェス Oddbal Festival に出演。 The Aristocrats、BloodyWoodらと3都市で公演を行った。5月には自主制作にて1st EP「Deep Indigo」を、10月には2nd EP「Deep Love」をリリース。 ライブ活動も本格化。 バンド結成1周年となる12月には、かねてよりライブサポートで参加していた佐藤 奏が正式メンバーとして加入。4名編成となった。 2024年12月、3rd EP「Come see me」をリリース。 スタイリッシュでテクニカル、プログレッシブだけどキャッチーな楽曲、ハードな演奏にソフトなボーカルが持ち味。
■ Li-sa-X (リーサーエックス、ギター)19歳 8歳の時にYouTubeに投稿したカバー動画がバズり、一躍”天才ギター少女”として注目を集める。 以降、国内外の多くのメディア、イベント、CMなどに出演。 小学6年生でメジャーデビュー。「国宝級」の異名を持つ。
■ Hazuki (ギター) NEMOPHILAのメンバーとしても並行して活動中。 Li-sa-Xとは旧知の仲。Li-sa-Xのデビューライブでサポート参加した他、Li-sa-X BANDでは共にメンバーとして活動。
■ Kotono (ボーカル) 2018年、某有名ユニットのサポートダンサーとして活動。 2019~2021年、IRONBUNNYのメンバーとして活動。
■ Kanade (ドラム) 幼い頃からJazz Fusion、Popsを中心に音楽に親しみ、言葉より先に「Spain(チック・コリア)」のメロディーを覚える。 3歳でドラムを始め、小学生の頃から音楽イベントや楽器のプロモーション、テレビ番組などに多数出演。 中学在学中よりプロドラマーとして活動開始。 NHK「ムジカ・ピッコリーノ」では機関士助手『ルネッタ』として出演。ドラムを担当。 音楽科高校(打楽器専攻)在学中、打楽器だけでなく、音楽理論、ソルフェージュ、ピアノも学ぶ。 並行してフュージョンバンド、Muses のメンバーとしても活動。
◆KOIAIページ(TuneCore Japan)
イハネ
◆イハネページ(TuneCore Japan)
NOBARA
◆NOBARAページ(TuneCore Japan)
◆「M-SPOT」~Music Spotlight with BARKS~
◆BARKS「M-SPOT」まとめページ
この記事の関連情報
「M-SPOT」Vol.008「時代の音、音楽の変遷とバンドサウンド」
「M-SPOT」Vol.006「執筆家の音楽的アプローチ、芸術性の追求」
「M-SPOT」Vol.005「驚きのクオリティ」
TuneCore Japan、固定利用料金で無制限リリースできるUnlimitedプラン登場
<LuckyFes'25>出演をかけた「Battle to LuckyFes’25」、開催決定
「M-SPOT」Vol.004「アーティスト名やプロフィールって…大事かもしれない」
「M-SPOT」Vol.003「ボーカロイド、AIボイス、そして謎の下4度ハモ」
「M-SPOT」Vol.002「AIか否か、それは気にするべきなのか?」
「M-SPOT」Vol.001「ステキな音楽を届けたい」