【連載】フルカワユタカはこう語った 第34回『悶々と』

先日、非常事態宣言が出て、欧米の大都市ほど強烈なものではないが、今はとにかく人と離れて生きましょうという世界に東京がなった。

◆フルカワユタカ 画像

言うならばジェットコースター。

2月24日、生誕祭の4日前、僕は須藤君(須藤寿 / 髭)と渋谷でリハーサルスタジオに入っていた。「(毎年恒例の) 終演後物販に立ってサインやら握手やらをするのって、今年はどうしますか？」と須藤君にたずねたら、ああ、そうかって顔をしながら、「確かに気をつけなきゃいけないかもだけど、それを楽しみにしている人もいるからね」と返してきたが、その時は僕も含め、まだまだそういう空気だった。そこからたった2日後の26日、生誕祭の延期が決まる。

3月1日、フルカワユタカのスケジュールは月末のバンアパ(the band apart)との東名阪ツアー(＜Play with tour 2020 "with mellow fellows"＞)のみで、まだ“やる／やらない”という話にはなっていなかった。が、サポートをしているLOW IQ 01のライブは既に、軒並み中止や延期になっていた。この時はまだ「急に暇になっちゃったから、みんなで久しぶりに飯でも行こうよ 笑」といったラインを後輩に打てるくらいだった。6週間ほど前の話だ。

3月最初の金曜日。在宅勤務でがらんとした事務所の隅っこで、僕はマネージャーと東名阪ツアーの延期について話し合っていた。同じ頃、バンアパの板橋フェスも中止が決まった。お互いのイベントの延期／中止を受け、3月29日に僕はバンアパと新代田FEVERで無観客生配信ライブをやった。その日が大きな音でギターをかき鳴らした最後の日に、今のところなっている。ライブの翌日、FEVERは無観客配信も含めた営業自粛を決めた。気づけば生誕祭の延期発表から、たったひと月で無観客でのライブもやってはいけない状況になっていた。4月のライブも全て中止／延期になった。

さて、どうしたものか。とは、家に引き蘢って誰とも会えない中で何をして過そうか、ということではない。


緊急事態宣言を受けてウチの事務所は、全てのアーティストに対して自宅以外からの発信を原則的に禁じた。故に、ファンコミュ二ティーアプリ『fanicon』内で予定していたアコースティック生配信ライブ(4月22日)をfanicon本社のフリースペースから出来なくなってしまったのだ。さて、どうしたものか。

結論から言えば、自宅から配信するしかないのだが、閑静な住宅街のしがないDIY防音部屋、これまで苦情を受けた事はないが、果たしてたっぷり歌っても平気だろうか。それに音質の問題もある。せっかく久々にみんなに歌を聴いてもらうのだから、出来るかぎり良いものにしたい。スマホ用の外付けマイクを調べたり、カメラのアングルをさぐったり、防音のスポンジを増強させたり。毎日、さてどうしたものかと考えていると、束の間、この奇妙な世界を忘れることが出来る。

と言った具合で、この2週間は本当に『fanicon』に救われている。何かやるべきことがあり、それが何かの役に立っている。誰かと繋がっているという感覚がどれだけありがたいものなのか、改めて思い知らされる。今、SNS上で広がる、色々なジャンルのハートフルなハッシュタグのリレーもまさしくそれだろう。人間は太古の時代から集団で生きていて、離ればなれに生きられるようには出来ていない繋がりたい生き物なのだ。

とか言いながら、僕は勇太(HAWAIIAN6)からきた“#うたつなぎ”を繋がなかった（笑）。世間にはひねくれていると受け取られたかもしれないし、実際ひねくれた人間であるのでそこは否定しないが、僕は僕なりの考えがあって繋がなかった。そもそも、そういう人もいていいんじゃないかとも思っている。実際、数人のミュージシャンから“#うたつなぎ”のアポイントメントがあった。が、その人達には断じてこのムーブメントを否定するつもりはないということと僕の考えを丁寧に説明し、理解してもらった上で断った。しかしながら、インターネットがあって良かったと心底思う。ウィルスもこのテクノロジーを使った我々の絆までは邪魔できまい。

から、それはそれでいいとして。さて、どうしたものか。とは、食事のことである。


去年の初夏ぐらいから半年以上続けていた糖質制限をこのコロナのタイミングでやめた。今は痩せていることよりも健康でいることが大事だし、人前に出る機会もないのでダイエットをする理由が無くなったためだ。半年間、甘いものも炭水化物も取らず、根菜類も取らず、焼き鳥はタレ、天ぷらは塩、記憶にあるのはLOW IQ 01のツアー中、パーキングでみんなに気を使わせない為に食べた蕎麦のみ、だったのでその反動は凄まじく、この引き蘢りの一ヶ月強、口にする全ての糖質に感動しきりだ。

長いダイエットで少々食が細くなったのと外食をしていないのとで、体重はさほど変わっていない、はずだが、一日中家にいて運動がとにかく足りずこのままでは、マズい。フランス在住の著名人がワイドショーの電話インタビューで、とにかくすることがないので食べるということに一日のフォーカスがいってしまい太って困っている、とコメントしていたが、さもありなん。

実は今もコラムを書きながら晩飯のことを考えていたりする。昨日は鶏肉をレタスとトマトと炒めて食べた。今日は豚肉と、何かチーズ的なものを食べたい、などと。スーパーはなるべく混雑する時間を避けているが、テレワークの影響からかそれでも普段よりは混んでいるような気がする。きっとみんなも食べることが一日の大きなイベントになっているのではないだろうか。幸い家の近所のスーパーでは食材が棚から無くなったりはしていない。相変わらずトイレットペーパーは買いづらいが、買えないというわけでもなく、ウチにもあと8ロールほど残っている。

買い物から戻って家でお酒を飲みながら、調味料の分量などを鼻歌まじりに調べていると、今が何事もない平和な日常のように錯覚する。が、それは現実ではない。食事が済んで、映画を観終わり、YouTubeを閉じ、本を閉じ、スピーカーをオフにし、焼酎に蓋をすれば、またこの奇妙な世界に帰ってくる。海の向こうでは何万人も亡くなっているなんて、どこか他人事のような感覚がいまだにあるけど、来週の東京がどうなってるかなんて誰にも分からない。山口の方は大丈夫だろうか。

などと考えていると一向に眠れないので、やっぱり飯のことを考える。朝食にはツナと大葉のパスタを作ろう。仕上げにはマヨネーズをたっぷりかけて。それからちょっと良いコーヒーを開けよう。食が体だけではなく心も肥やしてくれるなら、今は食べよう。ちょっとくらい太ったっていいじゃないの。むしゃむしゃむしゃ、むにゃむにゃむにゃ。と、僕は眠りに落ちてゆく。

ので、それはそれでいいとして。さて、どうしたものか。とは、このコラムのことである。


音楽の話をしたいのは山々だが書くことがない。『fanicon』のことをもっと詳しく書いて宣伝すればいいのだろうけど、前述のようにみんながSNS上で無償の絆を“つなぎ”あっているなか、この場を使って有料ファンコミュニティーアプリの説明に勤しむというのは、なんとなく気が引ける。しかし実際、食料品の買い出し以外は家にいる今の僕の創作世界は『fanicon』の中にしかない。なので、今の話ではなく未来の話をする。しかも希望的観測たっぷりで。そんなの無理じゃんとか抜きで。新型コロナウィルスなんてこの世に存在しないと思って。

3月に出したベストアルバム『傑作選』を引っさげて5月から僕は全国ツアーに行く。しかも47都道府県全部を回る。音楽キャリアは20年以上になるが、初めて和歌山にも行く。久しぶりに山口にも行く、というかほとんどの場所が久しぶりだ。僕はライブが好きだ。ツアーが好きだ。人とコミュニケーションを取るのは上手い方じゃないが、ライブハウスでオーディエンスと一体になるのが大好きだ。こないだなんて無観客ですら最高に楽しかった。これでみんながいたら泣いちゃうんじゃないかしら、僕。

ソロになって7年、フルカワユタカになるのはそんなに簡単じゃなかった。後輩、仲間、先輩、そして沢山のファンに支えられて、やっとソロアーティストであると自分でも言えるようになった。僕はしばらくぶりのみんなに、初めましてのみんなに、会いに行くと決めた。歌うことが大好きな今の僕をみて欲しいのだ。

と、前向きなことを書けば書くほど胸が痛むのはなぜだろう。願うようにいかないかもしれないからなのか。それどころか何一つ出来ないかもしれないからなのか。コロナに負けるなと言うのは簡単だけどその答えがなさ過ぎて途方に暮れる、くらいならいっぱい食べて、いっぱい音楽聴いて、いっぱい本を読んで、そして家族のことを考えて、その気持ちと行動が誰かを救っているはずだと信じて、誰かと繋がっているはずだと信じて。この禍が決して不幸にだけ向かっているわけではないと信じて。

いれば、それはそれでいいとして、やっぱりちょっと太ったように思う。