【インタビュー】YOSHIKI愛用のクリスタルピアノ誕生秘話【BARKS編集長 烏丸哲也の令和 楽器探訪Vol.005】
YOSHIKIがクリスタルピアノを愛用し始めてから28年もの年月が経つが、今ではYOSHIKIがプレイするKAWAIクリスタルグランドピアノにはLEDが埋め込まれ、アリーナスタジアムからホール、ディナーショーにおいてもYOSHIKIのプレイを輝かせ、美しきひとときを演出する麗しき相棒として、YOSHIKIから絶大なる信頼を得ている。
サウンドにも一切の妥協を許さず、美しきオーラを放つまでに磨き上げられたクリスタルグランドピアノは、どのように生まれ、どのようなストーリーをまとっているのか。華麗なるYOSHIKIのパフォーマンスを支える唯一無二の楽器の製作秘話を紐解くべく、KAWAIにアプローチ、株式会社河合楽器製作所の永瀧周(生産統括本部 商品企画デザイン室室長)/山下光夫(ピアノ事業部スーパーバイザー)/伊藤慎一(生産統括本部 商品企画デザイン室主務)/吉原徹(広報課長)の4名から話を聞いた。そこには驚くべきエピソードが隠されていた。
永瀧:商品企画を担当しています。クリスタルピアノに関して「こんな楽器にしたいね」と話しています。
伊藤:デザインを担当しております。
山下:私は、企画やデザインを元に、実際にピアノの設計をやっております。
吉原:広報の吉原です。
──もともとYOSHIKIとKAWAIの出会いは?
永瀧:1971年からクリスタルピアノを作り続けてきたんですけど、それを見たYOSHIKIさんから「使用したい」という要望が届いたんです。1991年頃ですね。
──クリスタルピアノは普通のピアノと比べてどういう特徴があるんですか?
永瀧:作る前までは「アクリルピアノって、音が良くない」という固定概念を持つ人がいたんです。樹脂というのは楽器によく使われるものではないですし、振動して音を発するものとしては適さないですから。ところが、振動するところはきちんと響板が使われ、固定端のところに質量が増すアクリルが使用されると悪影響はないんです。
山下:実際作ってみると、アコースティックピアノの鳴り方とまた別の路線の鳴り方をするんですね。それはそれで特徴のある音を出していまして、YOSHIKIさんに合っているクリスタルの音なんです。これまでYOSHIKIさんはCR-40Aという透明グランドを使っていたんですが、今から約5年前にモデルチェンジの話が社内で持ち上がりまして、デザインチームから新しいクリスタルグランドピアノの提案が出てきたんです。
永瀧:KAWAIの中にShigeru Kawaiというトップブランドがあるんですが、その設計をクリスタルにも注ぎ込んでグレードアップしたいという思いがありまして、完成したらYOSHIKIさんにも提案したいと思っていたんですが、とにかくデザイナーがすごい絵を描いてきたんです。「こんなんできんのかよ」みたいな(笑)。
──どのようなものだったのですか?
伊藤:デザインする上でのコンセプトが、「世界一ピアニストが美しく見えるピアノ」だったんです。反射と透明という相反するテクスチャを駆使し、ステージでは周りの景色(演出用の大型モニターの映像など)と如何に調和するかを考えていきました。YOSHIKIさんを意識した場合、彼の真髄がクラシックであり、その上でロックへの潮流が来ているわけですから、クラシックとロックというある意味相反する要素をどう形にしていくかを考えました。
──設計においては、YOSHIKIの存在も大きかったんですね。
伊藤:いかにYOSHIKIさんにスポットを当てるかという観点で考えると、一番重要なポイントが、ピアノの中にあるフレーム…鉄の部分があるんですけど、完全な鏡面(鏡張り)にして周りの光をいっぱい反射させYOSHIKIさんに当たるようにすることですね。外周にも鏡から透明に変化するグラデーションをつけて、景色も映り込ませながら後ろの景色も透過させることで、浮遊感も出したかったんです。YOSHIKIさんの活動においてはピアノ単体でも展示されることがありますから、ピアノだけでもいかに美しく見えるかも考慮しました。
──ただのクリスタル…透明じゃないんですね。
伊藤:そうなんです。反射と透過という両側面をもっていて、その比率によってモノがなくなるような現象を演出したかったんです。
──言うは易しですが、実際の開発は途方に暮れそうですね。
伊藤:専門技術の業者様との出会いもあって、他のピアノメーカーでは作れないような新しい楽器として世に出すことができました。
──実現できなかったアイディアもありましたか?
永瀧:YOSHIKIさんから「弦の色もシルバーだったら…」とは言われました(笑)。いろいろ試してみたんですが、銀だと音が良くなくて、場合によっては銅よりも見栄えが悪かったりもするんですね。
山下:ニッケルメッキや金メッキなど、いろいろサンプルを作って試しましたが、結果、音と見栄えがいまひとつで巻線は却下となりました。
──やってみないと分からないことも多そうですね。
山下:そうですね。鏡面加工にはことごとく失敗して、1年以上失敗していましたから。
──どういうことですか?
伊藤:今回のテクスチャを出すために、いろんな素材を1から試したんです。シート材であったり塗装であったり、透明リム素材の外側に加工すべきなのか内側にするべきなのか…と。思い描く鏡面を実現するのがとても大変で、浮遊する感じを出すのが難しくて。
山下:グランドの側はすべて曲面で、しかもこのサイズですから、最後は「もうメッキしかない」となりました。最初は小さなサンプルを作ってみるんですが、一点物なのでコストがべらぼうにかかるんです(笑)。企業ですから原価を考え「それだけ金をかけてやるのか?」という判断も必要になるのですが、でも「これはこういうコンセプトでやるものだ」と腹をくくって1年くらいでやっとピアノとして形になりました。「これならすごく綺麗だね」というものができましたけど、「まだちょっとインパクトが少ないかな」という思いもありまして。
永瀧:ステージで使うことを考えると「ただ光っている」「鏡なだけ」というものから、さらにショウアップさせるためのプラスアルファを考えないと。
山下:鏡面ですからライティングによって光を受けて反射するわけですが、ピアノ自体から発光する発想から、試行錯誤の後に発光体をピアノの中に内蔵することにしました。鏡に使ってるメッキの材料が半透過…つまり、光を反射しながら透過もするちょうどいいバランスになっているものですから、その特性を活かして棚板と側に外側からは見えない形で試作一号機に内蔵したんです。それをYOSHIKIさんに見せたら非常に喜んでいただいて、今ステージで使っていただいているのはLEDが点くようになっているんです。
──てっきり、YOSHIKIからKAWAIに「LEDを入れてほしい」というリクエストがあったものだと思っていました。
永瀧:こちらからの提案なんです。「わあ、綺麗ですね」って言っていただけてすごく嬉しかったですね。やっぱりYOSHIKIさんクラスを驚かせたいという気持ちはみんなにあって、相手はYOSHIKIさんだから「絶対喜ばせようよ」という思いが強いですね。実は内側にも鏡があって合わせ鏡のように反射する様子が透過して見える仕組みで、LEDは一列しかないのに、ずっと並んであるように見えるんですよ。
──え、そうなんですね?それはすごい。
山下:反射したLEDの列が半透明で透過して、目の錯覚で奥行き感が出るように設計しています。全部反射しちゃうとこうは見えないですから。
永瀧:外側の銀メッキも塗りすぎると透過しなくなりますし、足らないと鏡面にならないんです。
山下:LEDを付けたら光が出てこない場合もあったりして、その場合はもう作り直しですよ(笑)。綺麗なメッキにするには厚く塗りたいんですけど厚く塗ると透過しないからダメ。「綺麗なメッキだけど半分透き通る」ようにしなくてはいけなくて。
──このクリスタルグランドピアノは先日販売開始となりましたね。
永瀧:そうなんです。CR-1Mという名前で1億円。5台限定です。
──これまでのノウハウを集結させてもそれほどのコストがかかるプロジェクトを、ここまで続けてきた事自体がクレイジーだとも思います。
永瀧:そこはやっぱりYOSHIKIさんの存在が大きかったです。YOSHIKIさんのためだったらやってやろうよ、と。それは社長も納得でしょう(笑)?
吉原:YOSHIKIさんの存在がなかったら、そんなピアノを作るっていうのは社内的に許可されないと思いますよ。実はYOSHIKIさんがもっと美しく見えるように、側板上下の幅を薄くして細長に見えるようにしたという経緯もあります。ピアノ自体がスマートになって、演奏者も引き立つしピアノも引き立つということで、限界まで細くする改善を施しました。
伊藤:YOSHIKIさんの座り姿勢の座高の高さと、ピアノの長さのバランスを吟味し、側板上下の薄さを設定し、さらにスポットライトを浴びたときのバランスを最優先してデザインしています。
山下:中の部品は決まっているので、従来横にしか動かない突き上げ棒を回転するような設計で薄さを実現させているんです。KAWAIが作っているピアノの中では、側の幅が一番薄いピアノになりました。
永瀧:極限まで詰めて行ったことで、だいぶバランスが良くなりましたよね。ステージ上でも溶け込むような感じで。
──ピアノの設計という意味では、誰も手をつけてこなかった部分なんですね。
山下:逆に、ピアノって何百年という歴史がありますから、普通に作ったら普通のピアノになっちゃうんです。
──クリスタルピアノというのは、YOSHIKIからの細かいオーダーに応えてきたのではなく、KAWAI自らの意思で開発してきた歴史なんですね。
伊藤:一生懸命YOSHIKIさんのことも勉強しましたよ(笑)。「どういうことを考えているのかな」とか「どういうものを求められているのかな」とか。もともとピアノに対しても「なぜこの側板の高さじゃなきゃいけないのか」とか「なぜ中のフレームが金色じゃなきゃいけないのか」とかいろんな疑問がありましたから、YOSHIKIさんという存在を通して世の中にないピアノ作りをしてみたかったということがありました。
──楽器の開発って、そういうものなのかもしれません。
永瀧:「ミュージシャンがいて、それに合わせていくことによって進化する」ということは絶対にあると思うんですね。
山下:僕らが嬉しいのは、現場で海外スタッフの方からも「Good!」「Beautiful」と言って頂くことですね。「ほんとに綺麗なんだな」と嬉しくなります。
永瀧:3年前の紅白でも、NHKのスタッフの方に「綺麗なピアノですね」と言ってもらえましたよね。
山下:ビジュアル面でもかなりこだわっているんですよ。あらゆるところに面取りを施し、足も8面体のクリスタルカットで光が反射するようになっていまして、通常のピアノとは違う面があちこちにあるんです。
永瀧:足にスポットライトを当てると、光が足下に広がるという。
伊藤:クリスタルカットは闇雲に入れるわけではなく、外部照明が当たっていかにバランスよく浮遊させるか見えるかがポイントなので、最も良いバランスでのクリスタルカットになっています。
──つくづくクレイジーですね(笑)。
永瀧:YOSHIKIさんのおかげで思い切ったものが作れるという幸運な技術者陣ですよ。そういう時代にピアノを作ることができて本当に感謝しています。社長もよく許可してくれたと思います…(笑)。
山下:技術の面から言うと、トライしてきたことは後々のKAWAI商品にも役立っていきますから、自動車産業がF1でやってるような技術開発と似ているかもしれません。YOSHIKIさんのピアノには全力で向かっていますけど、今後の企画やデザインに活かされるものと思います。KAWAIの将来の主流となる技術として、次期モデルに反映されるかもしれません。
──そうですね。CR-1Mも発表され、とりあえず一段落ですか。
永瀧:いやいや、まだまだ(笑)。これからもチャレンジは続きますよ。
──これからもクリスタルピアノの発展を楽しみにしております。ありがとうございました。
取材・文:BARKS編集長 烏丸哲也
◆KAWAIオフィシャルサイト
◆YOSHIKI オフィシャルサイト
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