【連載】フルカワユタカはこう語った 第22回『ゾーン』
世田谷の某所。よく木下理樹と二人で行くバーがあるのだが (“よく木下理樹と二人で行くバー”──なんてリスキーな響きだ)、去年の晦日にそこでこう言われた。
◆フルカワユタカ 画像
「ユタカは今、ゾーンに入ってるから、なにをやっても上手くいくよ」
カウンターメインの店だけれど、僕らはいつも店の隅にあるソファーのボックス席に座る。その薄暗がりな場所で酔っぱらった木下から出た“ゾーン”という言葉はいかにもオカルトで、インチキ占い師に目の粗い予言を押し付けられているような気分になったが、年明けに控えた新木場コースト<ユタカ祭>の券売やら段取りやらを不安げに語っている僕を勇気づけてくれているのだな、と汲み取って僕は返した。
「ありがとう。嬉しいよ」
明けて、1月4日からフルカワバンドはツアーのリハーサルに入った。1月10日のアルバムリリース、13日の名古屋ツアー初日、翌14日の大阪。スケジュールだけは慌ただしく始まった僕の新年だったが、ライブ初めである名古屋~大阪の集客は苦戦。大きな期待と自信を持って世に出したアルバム『yesterday today tomorrow』も世間の空気を賑わせている感じではなかった。
しかしながら、自分の中の自信と結果が乖離した感じにはもう慣れっこである。周りのバンドがどんどんインディーズデビューする中、僕らには一切声がかからなかった。メジャーデビュー直後にトントン拍子に会場が大きくなっていったが、正直何が起こっているのか分かっていなかった。いざ、自分から狙いにいけばボールはどんどん逃げていった。ならばということで居直って探究心だけを満たそうとすれば、そりゃあそうでしょうということになった。思い返せば、正解というか、答えというか、そんなものは僕には一度も存在しなかった。
今回は何か違う気がしていた。もう色々分かってるし、何かを狙ってなんかいないし、居直ってないし。楽しんで作ったものがダイレクトに良いものになった手応えがあった。少しでも多くの人に聴いて欲しいと心から思ったのは初めてかもしれない。売れるとかそういうんじゃなくて、今回はなんとなくでも正解というか答えが見つかる様な気がしていた。自分の中の自信と結果が乖離した感じ、やっぱり慣れっこである。まあでも全部ひっくるめて──
「どっちでもいいや」
僕は事務所に所属している“プロ”ミュージシャンなので、結果(成績)ありきは当たり前。当然、本当はどっちでもよくない。音源は広まらなければならないし、チケットは売れなければならない。でも、もう長くやってきて僕は知っている、考えたってしかたないものは考えてはいけないのだ。『yesterday today tomorrow』が今の僕の環境で作れる精一杯であることに間違いない。ファン、仲間、スタッフに感謝して音楽作ってそれで駄目ならそれまでだ。だからって作るものを変えちゃいけない。昔みたいに誰かのせいにしちゃいけない。そう、考えたって仕方ないんだ。どうせもう色々分かってるし、結果は狙えないし、居直らないし。それでも僕は音楽を辞めるわけないんだから。
「これでもいいや」
寝ても覚めてもネガティブなくせに“ドン突き”まで来ると瞬時にポジティブに反転するという特技を僕は持っている。しかも、ここ最近はその強さも速さも増している。リリースキャンペーンの移動中、名前を入れるとその人の人間性を示す漢字一文字が表示されるという姓名判断サイトで遊んでて、“フルカワユタカ”と入れたのか“古川裕”と入れたのかは忘れたが、結果“無”という漢字が出てきて苦笑した。「なんか分かる気がします」とマネージャーに言われたが、僕もそう思って笑った。現在の達観具合を表しているようにも思えたし、希望なんて無いんだぞという啓示にもとれた。
ところが、発売から1週間程過ぎたあたりから少しづつ空気が変わり始める。ソロになってから3枚目、どうやら今までで一番沢山の人にアルバムが届いているらしい。ツアーのチケットもじわじわと動き始め、そんな中で迎えた1月28日の新木場コースト<ユタカ祭>、集客はずっと苦戦していたし、年明けに一度ピタッと止まってマネージャーと二人で頭を抱えた事もあった。が、蓋を開けてみれば1500人を越す人達が僕のアニバーサリーに駆けつけた。僕はタロティーと隼人とドーパン (DOPING PANDA)の曲を演奏して、みんなに胴上げされた。出演者から素晴らしいイベントだったと褒めてもらった。
今はどこへ行っても待ってる人がいる自信がある。自信があるから見せたいものが増える。今回のツアー、4年前の初ソロツアーよりどの町も多くの人が観に来てくれた。インストアにも沢山来てくれた。アコースティックツアーも完売が続いた。イベントで入場規制が出た。解散からソロデビュー、ほろ苦いソロ初ツアーから活休状態、サポートギターで復活、新しい出会いから古い仲間との再会、色んな事がこのポジティブな3枚目に繋がり、その空気がみんなに届いているかもしれない。叫んで大声を出さなくても、今は「ねえ」と呼びかけるだけで、みんなが振り向いてくれそうな気がする。
もしかしたら単なる思い込みかもしれない。今はたまたまドーパンをやったというホットトピックの中にいるだけで、僕の評価は何も変わってないのかもしれない。だけれども、“僕は求められている”と思い込んでいるだけで僕には十分だ。楽しそうに歌を歌っている人を観るのはきっと楽しいに違いないし、暗い話よりも明るい話のほうがみんなも聞きたいに決まってる。僕の声は紛れもなく歌うたびに良くなっているし、僕のギターは紛れもなく弾くたびに自由になっている。気分屋なんだよね。気分で高熱出せちゃうくらい。それと同じで、僕は気分でロックスターになれるんだ。よく考えたら、それが僕の始まりであり全てだった。
世田谷の某所。よく木下理樹と二人で行くバーがあるのだが、去年の晦日にそこでこう言われた。
「ユタカは今、ゾーンに入ってるから、なにをやっても上手くいくよ」
この間、夜ダン(夜の本気ダンス)の10周年を祝いに恵比寿のリキッドルームへ行った。“僕みたいなものが他人を祝う日が来ようとは”──ちょっと前までならそう自虐したのだろうが、今の僕にそんな気負いは全くない。行けばメンバーはもとより夜ダンのファンにも喜んでもらえるだろうという気持ちがある。それは若かりし頃の自惚れや潜伏期間中の虚勢とは全然違う“自信”だ。
自信があるからステージに上がってもガッつかない。以前は、“爪痕残さなきゃ”って無いものまであるように見せたりしたけど、今は小川を漂う流木のごとし。ただ単にジジイになっただけという噂もあるが。
「nothin' without you」(フルカワユタカ)とサプライズ(のつもりだったかもだけど、楽屋での詰問によるマイケルの“半落ち”と、ステージ上の米田君の緊張感でバレバレだったよ)で「Transient Happiness」(DOPING PANDA)を一緒に歌わせてもらったけど、本当に楽しかった。また、楽しそうにしているメンバーを見てると、その場に求められた自分が誇らしかったし、おかげで遠慮なくフロアに歌や煽りを届けられた。
なもんで「ありがとうございました」って君らに言われてもピンと来ない。いい人ぶってるわけではなく、それは間違いなく僕のセリフだ。そうじゃなきゃロックスターの面子が立たんよ。大事な門出に呼んで頂き、ありがとうございました。
しかしながら、夜ダンこそ“ゾーン”にいるのだろう。観る度に良くなっていく。一昨年、彼らとシェルターで初めて対バンした時のコラムを読み返したが、内容と写真に時の流れを感じ、少し感動。さらなる10年も今まで通り楽しんで欲しいな。でも、きっと苦しむだろうな。期待と結果のギャップに焦ることもあるだろう。メンバー間もギクシャクするかもしれない。マネージャーの吉田さんに腹が立つこともあるだろう(それは既にあるのかもしれない)。いつまでも良くなり続けるなんておとぎ話で、バンドっていうのは結局そういうものだから。でも、君ら4人には僕らとは別の4人の物語がある。地に足つけていい曲を書いていいライブをして、何よりやっぱり楽しんで欲しい。苦しむのなら、いつかの僕みたいにむやみに苦しむんじゃなくて、楽しむために苦しんで欲しい。それは“努力”なんだろうし。
10年後、僕は50歳。20周年の時もまだ一緒に足をパカパカできるように毎日肉食べて走ります。
世田谷の某所。よく木下理樹と二人で行くバーがあるのだが、去年の晦日にそこでこう言われた。
「ユタカは今、ゾーンに入ってるから、なにをやっても上手くいくよ」
実は、今、とあるミュージシャンと一緒に曲を作っている。僕が昔から天才だと思ってて、一度一緒に曲を書いてみたかった人。実際の所はタイミングが合わなかった、ということでもあるのだが、ちょっと前まではそいつと一緒に作業すれば思い知ってしまうというか、“自分の伸びしろが見えちゃいましたんで、ここからの僕は惰性です”的なパンドラの箱を開けてしまうような怖さがあって、少々大袈裟かもしれないが、あと一歩が踏み出せなかった。
ところが先日のリリース会議で、「○○と曲を書きたい」とすんなり提案出来たもんだから自分にびっくり。こういう所にも余裕と言うか状態の良さが現れているのかもね。“自分の伸びしろ、見えてもいいじゃん。なんなら本当は見えてからがやっとスタートなんじゃないの”くらいのゆとりというか。“俺がやってきたことの積み重ねを○○にもみせたい”みたいな健全な欲もあったりして。先週くらいから作業を始めたのだけど、想像以上に凄えやつだったよやっぱり。そんな凄えやつが僕に「おまえ、天才だな」って言ったんだぜ。お世辞だとしても最高だろ。
世田谷の某所。よく木下理樹と二人で行くバーがあるのだが、去年の晦日にそこでこう言われた。
木下「ユタカは今、ゾーンに入ってるから、なにをやっても上手くいくよ」
フルカワ「ありがとう。嬉しいよ……え? ゾーン?」
木下「そう、ゾーン」
フルカワ「スポーツ選手とかのアレ? 集中力のスイッチみたいなのが入って、ずっと火事場の馬鹿力出せるぜ、みたいな」
木下「あ?」
フルカワ「え?」
木下「俺もそろそろゾーンに入る頃だと思う」
ちょっと何言ってたのかいまだに分かってないんだけど、あれから多少なりお前の言った通りになって驚いてる。さすが長年の友だ。良く俺のことを分かってくれている。
ちなみに、ゾーン入りしたらすぐにラインくれ。お前と一緒にゾーンを楽しみたいのだが、俺はお前がゾーンに入ってもどうやら気づけなさそうだ。てゆうかゾーンって“そろそろ入りそう”とか分かるものなのか? まあいい、お前も楽しそうに音楽やってるし、戌年なのに猫のジャケットっていう新譜も最高にカッコよかった。なあ、長年の友よ。
撮影◎キムラユキ
■<フルカワユタカ presents『yesterday today tomorrow TOUR ファイナル』>
18:30開場 / 19:00開演
▼チケット
前売¥3990+1drink スタンディング
一般発売日:2018年03月17日 (土) 10:00
(問)DISK GARAGE 050-5533-0888(平日12:00〜19:00)
◆BARKS内フルカワユタカ主催イベント+3rdアルバム特集
◆【BARKS連載】フルカワユタカはこう語った