臼井孝のmoraヒットチャート診断第4回
このコーナーでは、moraのハイレゾ・ダウンロードのヒット作を見ていきます。前回は、映画『君の中は。』の主題歌となっているRADWIMPSがシングルTOP5中4曲を占め、アルバムでも首位を独走していましたが、季節が変わり新たなヒットが生まれているか、さっそく注目していきましょう。
まずはハイレゾ・シングルチャートを見てみます。(なお、本チャートは4週分の累計チャートではなく、現時点の最新チャートを含め過去4週間の推移を見ておりますので、ご了承ください。)
シングル1位は、今週もRADWIMPSの「前前前世(movie ver.)」で、配信が開始されてから9週間のうち、なんと8週間も1位となっています。ネット上のSNSでは「ハイレゾ版の前前前世、かなりヤバい」といった絶賛する感想が幾つか見られ、そういった確かな口コミもハイレゾでのロングヒットを助長しているのでしょう。
前回、ハイレゾシングルはアニメ関連作が多いということを述べましたが、TOP20を見ると前月の15作から7作と大幅に減っています。しかも、7作中4作はRADWIMPSの映画『君の名は。』主題歌なので、これを除くと前月の11作から3作と1/3以下に減っていることが分かります。これは、10月のTVアニメ改編期で、前月までの好調な楽曲の多くがランクダウンしつつ、新クールの楽曲がまだ出揃っていないことが要因と思われます。
しかし、この時期だからこそ、アニメ以外の“ハイレゾ・アーティスト”がいつもより顕著になっています。まず、注目したいのが、5位の上白石萌音(もね)で、これで3週連続TOP10入りです。彼女は、1998年鹿児島県出身で、2014年に映画『舞妓はレディ』の主役に大抜擢され、以降も映画や舞台中心に活躍、そして今年10月5日に本作を含むミニアルバム『chouchou』で本格的に歌手デビューを果たしました。
本作のヒットは、もちろん上白石が映画『君の名は。』で主演:宮水三葉の声優をつとめ、その主題歌をカバーしていることが大きいのですが、後述するハイレゾアルバムでも2位→3位→7位と同様に3週連続ランクインしており、楽曲のみならず、歌い手にファンがついていることが分かります。実際、前半はつぶやくように繊細に歌ったかと思うと、後半は高らかに歌い上げるといった実にドラマティックな表現力があるので、そういった声の魅力がハイレゾだからこそ分かることも、この高ランクに繋がっているはず。ちなみに、アルバムは、映画関連曲をカバーするというコンセプトですが、同じく女優であり歌手としても評価の高い薬師丸ひろ子の1984年の名作「Woman“Wの悲劇”より」を選曲しているあたり、制作スタッフの判断も素晴らしいなと感心しました。
▲上白石萌音『chouchou』(「なんでもないや(movie ver.)」収録、ポニーキャニオン)
そして、6位、8位、9位に、女性アイドルグループ、アンジュルムのトリプルA面シングルの各曲が同時TOP10入りしています。2010年に4人組アイドルのスマイレージとしてメジャー・デビュー後、何度からのメンバーチェンジとグループ名の変更を経て、現在は22歳から13歳まで幅が広がった9人組。2015年以降は、つんく♂プロデュースを離れ、複数のA面曲で作家や作風を使い分けることで、文字通り多面的な魅力をアピールしています。
本作も、ファンキーな「上手く言えない」(シンガーソングライターの中島卓偉は、ハロー!プロジェクトの影の功労者だと思います)、デジタルサウンドとリアルな歌声を対比させた「愛のため~」、そして哀愁漂う「忘れてあげる」と三者三様で、このバリエーションはアイドルポップス好きにはたまらないはず。だからこそ、ハイレゾでしっかり聴きたいというファンが多いのではと想像できます。
▲アンジュルム「上手く言えない/愛のため今日まで進化してきた人間 愛のためすべて退化してきた人間/忘れてあげる」(アップフロント)
次に、ハイレゾ・アルバムチャートを見てみます。
通常音源ではCDも配信も宇多田ヒカル『Fantome』が4週連続、ぶっちぎりのトップとなっているのですが、ハイレゾアルバムでは、なんと藍井エイルの2作の1位、2位となりました。
ただ、先に注釈しておきますが、宇多田ヒカルの『Fantome』も、特に発売週は、1位となる作品の平均的な売上の5倍前後をはじき出すほどの驚異的な売上で、2004年に発売されたシングル・コレクションの2014年リマスター版も現在13位にランクインするほど、ハイレゾと相性の良いアーティストなのです。しかし、発売4週目の宇多田のオリジナルよりも、発売1週目の藍井エイルのベスト盤が上回ったということです。TOP3はかなり接戦なので、次週は宇多田が巻き返すかもしれません。
その藍井エイルですが、この発売直前に11月の武道館公演をもって、無期限の活動休止を発表しました。ヒットシングル「IGNITE」「ラピスラズリ」あたりからは、力強い楽曲に負けぬほど、突き抜ける高音のイメージが強いかもしれませんが、ベスト盤を通して聴くと、ハイレゾシングルの18位に登場した「レイニーデイ」など明るいポップスも快活なのに確かな説得力もあって、今後が楽しみになるほど。いつかまたメジャーシーンに戻ってきてほしい逸材です。
ちなみに、『BEST -E-』の方は、最新シングルで、ハイレゾチャートでも絶好調だった「翼」を収録していることがより売れている要因ですが、『BEST -A-』の方が、前述の2作を含むより多くのシングル曲を収録しているので、長期的にはこちらが上位になるかもしれません。なお、10位には、1stアルバム『BLAU』にYUIの「GLORIA」のカバーを収録したDeluxe Editionもハイレゾ配信が開始され初登場。ベスト盤を聴いて、もとのオリジナル盤も深堀りしていくという、なんともアーティスト冥利なファンの動向が読み取れます。通常CDの場合、ベスト盤の発売直後、過去のオリジナル盤の売上は急落することが大半ですが、これもハイレゾだからこそ、また藍井エイルだからこそ、探求心が刺激されるのかもしれません。
▲藍井エイル『BEST -E-』(ソニー)
そして、6位には映画『シン・ゴジラ』の劇伴音楽集がランクイン。こちらCDでは映画公開にあわせ7月末に発売され、オリコン3位を記録しましたが、それより2ヶ月遅れて音楽配信も開始されました。こちら、スケールの大きな音楽集ゆえひとそれぞれ聞くポイントが異なりそうですが、総監督である庵野秀明氏のゴジラ愛や、音楽監督である鷺巣詩郎氏の伊福部昭リスペクトが尋常でないことは間違いありません。現状、配信はハイレゾのみになっているのも、その部分を聞き入ってほしいという制作側の意図がありそうな気がします!
▲鷺巣詩郎 伊福部昭『シン・ゴジラ劇伴音楽集』(キング)
以上のように、ハイレゾシングルではアニメ関連作以外の魅力が、ハイレゾアルバムでは宇多田ヒカルは勿論のこと、その他のヒット作もあることが分かりました。また、10月各週では、あみん「待つわ」、八神純子「みずいろの雨」、中村雅俊「俺たちの旅」「ふれあい」「恋人も濡れる街角」など、昭和の名曲がハイレゾ配信開始と同時にTOP50内に登場するという現象が何度も見られているので、今後、ハイレゾはますます(良い意味で)カオスなチャートとなりそうで目が離せません。どうぞお楽しみに!
臼井 孝(うすい・たかし)。1968年京都府出身。地元国立大学理学部修了→化学会社勤務という理系人生を経て、97年に何を思ったか(笑)音楽系広告代理店に転職。以降、様々な音楽作品のマーケティングに携わり、05年にT2U音楽研究所を設立。現在は、本業で音楽分析やau Music Storeの監修、さらにCD企画(『エンカのチカラ』シリーズや松崎しげる『愛のメモリー』メガ盛りシングルなど)をする傍ら、共同通信、日経エンタテインメント!、日経トレンディネット、月刊タレントパワーランキングでも愛と情熱に満ちた記事を執筆中。Twitterは@t2umusic。
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