| 予定の午前1時はとっくに過ぎていた。金曜深夜の渋谷ハーレム。
来たるべくライヴへ、皆が期待をはずませていた。たださえ週末のハーレムは混みあうのに、この日はジャヒームのショウケース・ライヴがあるというので、さらに入場者のヴォルテージはあがっていた。
 撮影●岸田哲平
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2時過ぎ。もはや身動きが取れない状態になったそこに、「ウエイティング・オン・ユー」のイントロが流れ、すぐにテディー・ペンダーグラスの大ヒット「ラヴ・TKO」のトラックが流れ始めた。ジャヒームがこれを歌い始める。彼のソウルフルな声に完璧にフィットする選曲だ。
この瞬間だけで、ジャヒームが伝統的な男性ソウル・シンガーの王道の流れに乗ったシンガーであることがわかる。かつて、サム・クック、オーティス・レディング、マーヴィン・ゲイ、テディー・ペンダーグラス、ルーサー・ヴァンドロス、ジョニー・ギル、キース・スウェットといったシンガーたちが歩んできた「一流の男性ソウル・シンガー」という名の黄金の絨緞(じゅうたん)の上を歩みはじめているのだ。
熱くシャウトし、腰をくねらせ、マイクを愛撫し、時にはバック・ダンサーとともに激しく踊り、パフォーマンスを徹底的にエンタテインメントとして昇華していく。黄金の絨緞を歩けるのはほんの一握りのクラスのあるシンガーだけだ。ジャヒームにはそのクラスと資格があった。
ゆったりとしたスロー・テンポの「ルッキン・フォー・ラヴ」に続いて、ジャヒームにとっての思い出の作品「ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム」に突入する。
この曲は、ディオンヌ・ワーウィックをアイドルとしたルーサー・ヴァンドロスが、そのディオンヌの作品をカヴァーしたもので、ルーサーのヴァージョンでもヒットしていた。それをジャヒームが気に入り、自らオーディションやライヴで歌っていた記念すべき作品である。声質もルーサーに似ているジャヒームが、こうしたルーサー・タイプの曲を歌うと、本当にルーサーそっくりだ。
 撮影●岸田哲平
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シングル・ヒットした「ジャスト・イン・ケース」が始まった。「もしも万一、今夜、オレが家に帰ってこれなかったら…」という歌だ。主人公の男は、おそらくギャングなのか、街の不良なのか、なにかヤバイ仕事をしているのか。今日、無事に帰って来られないかもしれない、そんな状況にいる。そして、「万一帰ってこれなかったら」と言って、彼女と愛しあう。
この曲のビデオ・クリップは、まさにそんな物語を映像化したものだ。ガールフレンドと愛しあっていた主人公が街にでると、ギャング抗争に巻き込まれ、敵のギャングの銃弾に倒れる。彼の体は路上に倒れ死んでしまうが、彼の魂はその体から抜け出て、自分の住んでいた街をさすらう。恋人が泣き悲しんでいるのを見て、初めて自分が死んだと気がつく。
ゲットーの厳しい現実と、そこに危うく育まれる愛を描いた作品だ。
ステージ上のジャヒームの動きも、はぎれがいい。その後、これまたルーサー風の「フォーエヴァー」をじっくり歌い切って、再び’70年代ソウルのヒット曲がメドレーで登場した。アイズレイ・ブラザース、ルーファス、そして、テディー・ペンダーグラスときた。ジャヒームが、’70年代ソウルのモードで、ハーレムを覆った瞬間だ。
ジャヒームの生の歌声を聴いていると、古くは’60年代、そして、’70年代のソウルシンガーの匂を強烈に感じる。おそらく、そうした過去の先達にしっかりと敬意を表し、彼らのソウルを理解し、自らの体内に吸収しているからだろう。
アンコールで、スローの「レディー・ウィリング・アンド・エイブル」になった。すると、彼はステージから観客に向かって赤いバラを、次々と投げ始めた。観客の腕が、あちこちで上にあがり、そのバラを必死につかもうとする。かつて、ジョニー・ギルが、ピーボ・ブライソンが、ベイビーフェイスが、ステージからバラを観客に投げ入れたように。
ジャヒームのバラは、ゲットーからのバラの贈り物だ。それは、ゲットー・ラヴのバラであり、そして、ハーレムのバラでもあった。
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