ポップ・カクテルに乾杯!
ポップ・カクテルに乾杯! |
お酒の好みは人それぞれ。 だとすると、ニューヨーク・シティの中心部で一杯やろうとアイリッシュ・パブに入ったSaint Etienneの3人はどうか? Pete Wiggs…静かで思慮深く、ドライなユーモアのセンスを持ち、ポップミュージックをこよなく愛する…が注文するのはギネスのスタウト。 Bob Stanley…Peteより少し背が高く、彼よりも社交的だが、同じようにヴィンテージポップやソウルを好む…はダブル・ダイヤモンドのエール。 Sarah Cracknell…実際に会ったポップ界のプリンセスは、いつも目にする写真のとおりに美しい…はよく冷えたシャルドネのワイン。 そしてCracknell嬢のために、スパークリングウォーターの大きなボトルがテーブルに置かれる。インタヴューの話題はもちろん、ニューアルバム『Sound Of Water』について。 これまでのSaint Etienneに比べると、非常にアンビエントでとりとめのない作品である。意外にも彼らは、アンビエントかつエレクトロなドイツのロックバンドTo Rocco Rotと組み、アルバムのプロデュースと演奏の大半を託している。 TRRのどこに惹かれたのかを尋ねると、Peteはこう答える。 「彼らの音楽にはすごくいい雰囲気がある。最初にアプローチしたときは、リミックスをしてもらって、できれば一緒にライヴをやってほしいという程度の話だった。でも、僕らの新曲がかなりの雰囲気モノだったんで、彼らに手伝ってもらったらもっとよくなるんじゃないかと思ってね」 High Llamaのメンバーで、時にはStereolabにも参加するSean O'Haganの協力も得たこのアルバムには、正規のスタジオ録音盤としては前作にあたる『Good Humor』の楽曲志向が見られない。 「君の言ってることの意味はわかるよ」とBob。 「だけど、そんなにかけ離れてはいないと思う。前のアルバムに入っていた「Dutch TV」や「Woodcabin」は、今やってるものに近い。要はプロデュースの問題だ。Tore Johanssen(『Good Humor』のプロデューサー)を選んだのも、ミニマルでクリーンであると同時に広がりのあるサウンドをつくれる人と仕事をしたかったからだ」 音楽がさらにミニマルになった今回、歌詞を書くのはむずかしい作業だったに違いない。 「そうなんだ」とBobが言う。 「最後の最後までほとんど書けなかった。音楽ができてから歌詞を書くのはいつものことだけど、今度ばかりはまいったよ。ドイツでTo Rocco Rotとレコーディングをしていて、『早くヴォーカルを録ろう』とせかされてね。『とりあえずSarahがラララって歌うガイドヴォーカルでいこう』とかいって逃げてたんだ。『歌詞はまだ全然できてないの?』って聞かれて、『できてるさ! つまりその…今つくってるとこ』なんて」 「そのうちいよいよせっぱ詰まってきて、一行でも歌詞ができると『いいぞ! その調子だ!』って大喜びされたのよね」とSarah。 Peteがつけ加える。 「アルバムのサウンドがこんなふうだから、歌詞が感傷的になったり陰鬱な感じになったりしがちだった。それは避けたかったんだ。結果的にはとても楽観的な歌詞になったと思う」 一方で、クールな人々が住む夢のような都会の情景を描き出す手法は変わらない。Saint Etienneは憧れのロンドンを、つねにロマンティックにとらえつづけている。 Sarahの説明はこうだ。 「ロンドンのすぐ外側で育ったの。1人で電車に乗ることを許されてまず最初にしたのは、ロンドンへ遊びにいくことよ。それも毎週ね!」 「僕が子供のころは、郊外にいることに何の不満もなかったな。郊外でも快適な町だったからだろうね」とBob。 「私はロンドン育ちの友達を見て、彼女はコスモポリタンだなあっていつも感心していたわ」とSarah。 Bobが笑いながら言う。 「そういえば僕も、ロンドンのど真ん中に住みたいと思ってた」 前作までの例に漏れず、『Sound Of Water』にもアルバム未収録のB面曲や別ミックスを収めたシングルが付随する。Saint Etienneの場合はそればかりか、わけのわからないリミックスあり、エクストラトラックあり、日本のみのリリースあり、ファンクラブ向けのシングルありで、筋金入りのファンでさえ彼らが録音したものすべてを把握するのは困難だ。 意図的にそうしているのか? それとも、ポップレコードのコレクターが3人集まってバンドを作れば当然こうなるのか? 3人はどっと笑いだし、PeteとBobがテーブルの両側から口々に「そのとおりさ!」と答える。 「契約によるところが大きいんだけど」とPete。 「ファンとしては、いろんなとこからエクストラトラックを掘り起こすのは楽しいものだろう」 すでにアルバム未収録曲のコレクション(『You Need A Mess Of Help To Stand Alone』『Continental』)やリミックス集(『Casino Classics』)をリリースしている彼らだが、ボックスセットを出すのにこれほどふさわしいバンドはないだろう。 「それも考えてるよ」と自信なさそうにPeteが言う。 「出せたらいいよね」とBob。 「“がらくたセット”って感じになるんじゃない?」とSarah。 ところで、彼らは相変わらずダンスシーンとの強力な接点を保ち(Bobが言うには「僕らがダンス系のプレスに注目されたのは、リミックス盤がきっかけだった」)、ドイツの大人気DJ、Paul Van Dykとのコラボレートシングル「The Riddle (Tell Me Why)」や、Two Lone SwordmanやDot Allisonなどのニューリミックスを発表している。 だからといって、彼らがクラブの世界でUKガレージやツー・ステップスといった最新ムーヴメントに加わることはありそうにない。 「よくボウリングをするんだけど、僕がいつも行くボウリング場では、UKガレージのコンピレーションやミックスばっかり流してるんだ」とBobが言う。 「暗い曲が多いけれど、チャートに登場するようなポップっぽいやつは、すごく好きだよ。でも自分でやってみようとは思わない。時流に飛びつくみたいでいやだ」 SarahはSarahなりのUKガレージ体験をしている。 最近、女友達と2人でアンダーグラウンド・クラブ探検に出かけた。客層の若さにショックを受けたという彼女(「年端もいかない女の子たちがしっかりお化粧して、凍えそうな寒さのなか、外にずらっと並んで待ってるの」)が、店に入って飲み物(ジャック・ダニエル&コーク)を頼むと、バーテンは目を白黒させたそうだ。 「“はあ?”って感じでね。若い子だらけで、誰もお酒なんか注文しないのよ。彼はボトルの埃を払って私のドリンクをつくってくれたわ」 歳月が証明しているとおり、たとえアルコールの好みは変わろうと、Saint Etienneが興味深いカクテルであることに変わりはない。 乾杯! by Dev Sherlock |