【コラム】Mrs. GREEN APPLE、新曲「ナハトムジーク」がアートな理由──“不安定が生み出す不思議な力”
2月1日、Mrs. GREEN APPLEの最新曲「ナハトムジーク」のレコーディングの様子を捕らえた映像『Recording Behind the Scenes』が公式YouTubeチャンネルで公開された。
◆Mrs. GREEN APPLE 動画 / 画像
「ナハトムジーク」は1月17日に配信されたMrs. GREEN APPLEの最新曲であり、1月26日封切りの映画『サイレントラブ』のために書き下ろされた主題歌。この映画は、目が不自由になり夢が途絶えかけている音大生(浜辺美波)と、ある出来事をきっかけに声を発することをやめた蒼(山田涼介)を巡る静かで激しいラブストーリー。そのエンディングを、やはり静かに、しかし激しい余韻で包み込む楽曲が「ナハトムジーク」だ。
この楽曲は何とも表現しがたい不思議な力を持っている。誤解を恐れずに言えば、それは“不安定”が生み出す力、なのかもしれない。
世の中では、あらゆる場面で安定性が求められる。それは人間関係においても、経済面においても、人生においても同じ。心身共に安定している状態は良しとされ、多くの人は安定した生活を望む。何が“安定”なのか、それはよくわからないままに。自然科学においても、プラスの電気を帯びた陽子と電荷を持たない中性子のバランスが悪い原子核は不安定であり、安定した状態に変化しようとする。物理的にも安定した構造物は外力に対して強く、不安定な構造物は壊れやすい。そうやって人々は、無意識に安定していることを“善”とし、不安定な物事は“悪”と考えがちだ。
もちろん、それはひとつの見方としては正しくもある。だが、現実世界はどうだろう。周囲を見渡せば不安定なものだらけだ。政治は安定せず、格差は広がり続け、世界では戦争がなくなった時期はない。もっと個人的な側面でも、頑張っても思うように物事が進まず、努力しても報われない。自分の想いが相手に伝わらずに、大きな誤解を受けることだってある。現実は矛盾だらけであり、理不尽でもあり、そして今や不確実さが増す一方の時代。
そんな無茶苦茶な世界を一瞬でも忘れさせるために、娯楽を目的として作られる音楽は、安定した幻の理想的世界を歌う。だが、そこにクリエイターとしての表現や感情・精神性を追求するというアートの要素を織り込んでいこうとすれば、必然的に現実から目を逸らすことはできなくなる。アートは現実を直視しなければ生み出せないものだからだ。
そういう観点から捉えると、「ナハトムジーク」は、フィクションである映画のストーリー性と、作者である大森元貴が生きている今の時代、この瞬間というノンフィクションの現実がシームレスに混ざり合った世界のように感じる楽曲だ。不安定さを包み隠さず歌うことで、現実世界に向き合う意志──別の言い方をするならば、生きる力──を支えようとする、大森、そしてMrs. GREEN APPLEのアートだ。
では、この楽曲の何が不安定な世界観を醸し出しているのか。“言葉” “メロディ” “サウンド”の3点で深掘りしていきたい。
▲大森元貴
まず言葉。この楽曲をトラディショナルなJ-POPフォーマットで捉えようとすると、純粋に“歌”として構成されているのは、冒頭のハイトーンから、“教えてよ”とつぶやくように歌うところまでかもしれない。逆に言えば、このわずか数行のフレーズだけで、この曲が表現しようとする世界観や楽曲の本質を見事にすべて歌い切っている。
では、そこから先、むしろ楽曲の大半は音楽的にどういう意味を持つのかと言うと、それはまるでサウンドトラックに重ねて読み上げられるポエトリーリーディングのように感じられる。つまり、起承転結のあるひとつのストーリーを描いているというよりも、ワンブロックごと、もっと言えばワンセンテンスごとに言葉が流転していくような散文詩的な構造で作り上げた作品。そのために“歌詞”という視点では、非常に不安定な表現とも言える。だが、この不安定さは、どこかで体験しているように思えてならない。もしかしたら、夜、眠っている間に見る夢の中での出来事に近いのかもしれない。
夢の中では、現実にはあり得ないことが当たり前のように起こり、幼馴染と大人になってからの知人が同時に登場しても何ら不思議に感じることはない。話の流れは非常に断片的で、夢の途中で一度目覚めてしまうと、その続きは無く、まったく違う新たな夢がまたスタートしたりもする。だから夢は、個々の場面に関連性を持たないデタラメなストーリーが展開していくフィクションではあるが、一方で、リアルな精神状態や深層心理を表すノンフィクション的な要素も持ち合わせた現象でもある。
大森がしたためた詩(特に、先に述べた冒頭フレーズ以降の部分)を読んだ時、一見すると断片的な言葉が無秩序に羅列されているかのようにも感じる。だが、ひとつひとつの言葉はとても強く、脈略なく感じる言葉が連なることで、物語性を超える新たな世界が生まれ、その独特の詩世界に引き込まれていく。まさに、フィクションとノンフィクションが表裏一体となった世界だ。
しかも、断片的な言葉の表現、言葉の選択には、並々ならぬこだわりを感じさせる。わかりやすい例を挙げるなら、“こえ”という言葉に、大森は“声”ではなく“聲”という字を使っている。辞書的にはどちらも同じ意味であるが、文脈的に解釈すると、前者が言語コミュニケーションの主とした“こえ”であるのに対し、後者は言語を超えた慟哭や叫びまでをも広く含めた“こえ”と解釈できる。だからであろう、英詩では“Voice”ではなく“Sound”が用いられている。同じように、曲中の重要なポイントで度々歌われる“抱きしめる(抱きしめて)”も、英詞では“holding” “hug” “embracing”が使い分けられている点も注目だ。
▲若井滉斗
次にメロディに目を向けてみよう。「ナハトムジーク」の音楽的な一番の特徴は、転調の多さだ。転調は通常、曲の世界観を一変させたり、温度感を変えるという、いわば場面展開を強く印象付けたい時に使われる作曲手法。そのため転調は“ここぞ!”という場面で使われる伝家の宝刀とも言える。ところがこの楽曲では、あまりにも目まぐるしい転調が繰り返される。しかも、調が上がったかと思えばすぐに下がり、場面展開とはある意味で無関係なタイミングでの転調も度々行われる。さらに、1コーラス目では転調するフレーズが2コーラス目では転調されないなど、展開が読めないメロディが描かれている。
例えば初めて聴く曲、あるいはよく知らない曲でも、何となく“ラララ”でメロディを歌えるという曲があるだろう。それは、“こういうフレーズが来たら、次はこんな感じになるはずだ”という予測、いわばJ-POPの“お約束”が感じられる安定したメロディだからだ。その点、「ナハトムジーク」は真逆。次にどういうフレーズがくるのかは予測不能であり、言葉のみならず、メロディに関しても不安定な世界が表現されている。
加えて言うと、“抱きしめる”から始まる1コーラス目には、主メロディに対して、とても小さい音量だがオクターヴ下の歌が重ねられている。通常、歌を太く聴かせたり、声色にワイドさを演出する目的で主メロディとオクターブ下を混ざり合うように重ねることが多いが、この楽曲に関してはむしろ混ざり合わせないことで、光と影、あるいは現実世界と夢の世界という表裏一体の二面性を表現するかのようにオクターヴ下のメロディが重ねられている点が印象的だ。
▲藤澤涼架
そしてサウンド。先に「この曲のすべてを歌い切っている」と述べた冒頭部分では、リズムの要素を極力排除した音響系/エレクトロニカ的なサウンドで歌の背景を深淵に彩りつつ、1コーラス目からはストリングスも加わり、シンフォニックなサウンドへと膨らんでいく。そのままバラード的に展開していくのかと思いきや、2コーラス目になると打ち込みで構築された洋楽R&B/HipHopテイストのトラックが楽曲の質感を一変させる。歌を除いて唯一、1コーラス目と2コーラス目をつなぐ藤澤涼架のピアノも波形レベルでの大胆な加工が施されており、ピアノ演奏自体は淡々と流暢なプレイでありながらも、それをレコードの針飛びのような、あえて時間軸をゆがませた不安定な音像に仕立て上げている。
そこからラストに向かって、若井滉斗のギターがサウンド全体を一気にヒートアップさせ、感情の爆発を表現していくのだが、その熱量すら、どこか俯瞰で客観視しているかのような冷静さも同時に感じさせる。現実に叫んでいるのではなく、まるで夢の中での叫びであるかのように。
その感情の起伏が頂点を迎えると、トライバルなリズムでエンディングを迎える。“最後にドラムだけが演奏する”と捉えればそれまでだが、ここでの主役は、シンコペーションを生かした“ドン!ドン!ドン!”という地響きのような大太鼓的サウンド。まるで大人数で叩き鳴らされているかのような魂を揺さぶる土俗的リズムだ。
音楽は、リズム感が希薄になるほど神聖さや幻想感を増し、リズム感が強まるほど俗世界のものとなっていく。西洋音楽最古の聖歌とも言われている無伴奏の宗教音楽「グレゴリオ聖歌」が神々しく聴こえるのは、(テンポ感はあれど)リズムが明瞭でないことの影響が極めて大きい。ではなぜ、リズムがあると俗世界のものとなっていくのか。リズムは人間の魂を震わせるものであり、ビートの根源は心臓の響き、すなわち鼓動(=Heartbeat)だからだ。そのため、リズム感が明瞭になっていくにしたがって、音楽は聖なるものから俗世界を生きる人間の感情を表現するものへと移ろっていく。
「ナハトムジーク」は、リズム感を明確に打ち出さない幻想的な世界観で楽曲の本質を歌い上げ、そこから少しずつリズムを強めていきながら断片的に音楽の背景を変え、不安定な現実を夢の中の世界であるかのように表現していく。そしてラスト8小節の鼓動が夢の終わりへと橋渡しを行い、リズムがカットアウトして無音が広がった瞬間、まさに聴き手は夢から目覚めるのだ。
ただその時、目の前に広がる世界は、本当にノンフィクションの現実なのか。はたまたそれこそが、白昼夢のようなある意味で作られたフィクションの世界なのか。その答えを見つけるのは、不器用で愛しく等しい、ボンクラである僕ら、すなわちリスナーひとりひとりの生き方なのだ。
◆ ◆ ◆
先ごろ、TBS系『CDTVライブ!ライブ!』(1月22日放送回)出演時の「ナハトムジ―ク」のTVパフォーマンスがオフィシャルYouTubeチャンネルにて公開となった。現時点で唯一の「ナハトムジーク」TVパフォーマンスとなる同動画は、フルCGで描かれたミュージックビデオとはまた異なる映像美を堪能することが可能だ。
椅子に腰を落としたまま展開される3人のサウンドとパフォーマンスは、楽曲の持つ感情の起伏を雄弁に物語る。囁くように歌うウィスパーな発声から身体全体を共鳴させて響かせるパワフルで伸びやかな歌声まで、驚異的なダイナミックレンジの広さをあますところなく見せつける大森元貴の歌。藤澤涼架のタッチが描く繊細で大胆なピアノの旋律。指板上をワイドに行き交いクライマックスを躍動させる若井滉斗のギターフレーズ。規格違いのアレンジ力を存分に伝える4分27秒は、圧倒的なカタルシスを帯びて幕を閉じる。この動画は2月7日0:00から3月5日23:59までの4週間限定公開となるのでお見逃しなく。
◆ ◆ ◆
最後に。1月20日、大森が突発性難聴を患ったことがMrs. GREEN APPLE公式サイトで発表された。ただ不幸中の幸いというか、すぐに適切な治療を開始し、現在、ライブ活動なども継続していることから、おそらく第三者が過剰に心配する状況ではないと推測される。その点は大きな安心材料であると同時に、聴力の回復を心から祈るばかりだ。
突発性難聴は、ミュージシャン特有の耳の病気だと考えている人が多いかもしれないが、誰しもが発症する可能性のある難聴で、国内だけでも突発性難聴の患者数は年間約75,000人とも言われている。しかも近年、イヤホンを使った音楽リスニングが主流となったことで、むしろ適切な環境で音楽に接しているミュージシャン以上に、若い世代の音楽リスナーの発症が増加傾向にある。加えて、大音量で長時間ゲームをプレイするゲーマーの難聴リスクが非常に高まっているという海外の研究結果も報告されている。
“難聴”という言葉から、聴こえが悪くなるだけという印象を持つかもしれないが、人によっては目眩いや耳鳴り、頭痛を伴うこともあり、場合によっては、聴力そのものが戻っても左右の耳でピッチ感が異なって聴こえるという症例もあるようだ。かく言う筆者も8年前に突発性難聴になり、そのまま左耳の聴力がほぼ失われた状態だ。
今は聴力検査アプリなどを利用して、耳鼻科に行かずとも手軽に自分の聴こえを定期的にチェック可能だ。突発性難聴にならなくとも、人は誰しも20代をピークに聴力が衰えていく。こればかりは避けることができない。だからこそ、長く音楽を聴き続けられるように、ぜひとも日ごろから耳を大切に、音楽を楽しんでいただきたい。
文◎布施雄一郎
■映画『サイレントラブ』
▼出演
山田涼介 浜辺美波
野村周平/吉村界人 SWAY 中島歩 円井わん
辰巳琢郎/古田新太
原案・脚本・監督:内田英治 共同脚本:まなべゆきこ 音楽:久石譲
主題歌:「ナハトムジーク」Mrs. GREEN APPLE (ユニバーサル ミュージック / EMI Records)
製作:依田巽/大多亮/中村浩子
エグゼクティブプロデューサー:小竹里美/臼井裕詞
プロデューサー:松下 剛/横山和宏/玉井宏昌/楠智晴 ラインプロデューサー:尾関玄
撮影:木村信也 照明:石黒靖浩 美術:太田仁 装飾:澤下和好 録音:栗原和弘
衣裳:川本誠子 ヘアメイク:板垣実和 小道具:SAORI スクリプター:石川愛子 編集:小美野昌史
音響効果:堀内みゆき 助監督:井手博基 監督補:佐藤 吏 制作担当:酒井識人 音楽指導コーディネーター:佐藤 順
アクションコーディネーター:小原 剛 特殊視覚効果:泉谷 修 特殊造形:百武 朋/並河学 キャスティングディレクター:伊藤尚哉
配給:ギャガ 制作プロダクション:アークエンタテインメント
(C)2024「サイレントラブ」製作委員会
公式HP:https://gaga.ne.jp/silentlove/
公式SNSアカウント X:@SilentloveMovie/instagram:@silentlovemovie
■公式プレイリスト「夜に聴きたいMrs. GREEN APPLE」
「夜に聴きたいミセス」:LINE MUSIC
配信リンク:https://lnk.to/mganightplaylist
■POP-UP STORE『Mrs. GREEN APPLE STORE』
▼『Mrs. GREEN APPLE STORE 〜I Love Chocolate〜』
開催地:東京:上野マルイ5F
開催期間:2024年2月10日(土)〜2024年2月25日(日)
※営業時間等は上野マルイ公式サイトにてご確認ください
https://www.0101.co.jp/058/
●入場方法
混雑緩和のため、ご入場には一部予約枠を設けております。予約枠は事前抽選と、先着枠がございます。
お申し込み方法は、Mrs. GREEN APPLE STORE公式Xでご案内いたします。
抽選申し込み開始日時:2024/2/2(金)18:00~
※お申し込みはteket (https://teket.jp/)への事前会員登録・ログインが必要となります。
※限定特典は「〜Welcome to MGA’s Home Party!!〜」とは異なります。
※「〜Welcome to MGA’s Home Party!!〜」にて販売していたアイテムも一部お取り扱いがございます。
▼オンライン販売情報
当POP-UP STOREで販売した一部商品はオンラインでの販売を予定しております。
・2/05(月)12:00~「〜Welcome to MGA’s Home Party!!〜」
・2/10(土)18:00~「〜I Love Chocolate〜」
対象商品については販売開始日時よりご確認いただけます。
(問)DRCカスタマーセンター
https://inquiriesform.jp/drc-contact
受付:平日10:00〜18:00 ※祝祭日除く
■<Mrs. GREEN APPLE 2023-2024 FC TOUR “The White Lounge”>
▼2023年
12月20日(水) 東京・J:COMホール八王子
12月21日(木) 東京・J:COMホール八王子
12月26日(火) 大阪・フェニーチェ堺 大ホール
12月27日(水) 大阪・フェニーチェ堺 大ホール
▼2024年
01月07日(日) 宮城・仙台サンプラザホール
01月08日(月祝) 宮城・仙台サンプラザホール
01月12日(金) 福岡・福岡サンパレスホテル&ホール
01月13日(土) 福岡・福岡サンパレスホテル&ホール
01月25日(木) 愛知・名古屋国際会議場センチュリーホール
01月26日(金) 愛知・名古屋国際会議場センチュリーホール
02月03日(土) 北海道・札幌文化芸術劇場 hitaru
02月04日(日) 北海道・札幌文化芸術劇場 hitaru
02月06日(火) 東京国際フォーラム ホールA ※追加公演
02月07日(水) 東京国際フォーラム ホールA ※追加公演
02月11日(日) 長野・キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
02月12日(月祝) 新潟・新潟県民会館
02月16日(金) 広島・広島文化学園HBGホール
02月18日(日) 高知・高知県立県民文化ホール オレンジホール
02月26日(月) 大阪・フェスティバルホール
02月27日(火) 大阪・フェスティバルホール
03月02日(土) 東京・東京ガーデンシアター
03月03日(日) 東京・東京ガーデンシアター
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