【インタビュー】和楽器バンド、『オトノエ』に込めた思い
■“らしくない”曲でも、このメンバーでアレンジするとちゃんと和楽器バンドの音になる
――ここからは収録曲についても詳しく聴いていきたいと思います。まず、リード曲「細雪」はどのようにしてできた楽曲でしょうか。
町屋:僕、もともと曲を書くのがすごく好きなので年間50曲くらいは書いていたんです。そのストックの中からその時々にハマるものとか、適材適所で働くものをチョイスしてきていたんですが、2017年からその方式をちょっとやめて一曲一曲に時間をかけて計算して作るようになったんです。その集大成がこの曲です。一年くらい温めてきたかな。
鈴華ゆう子:これは一番最初にメンバーで聴いたとき、「すっごいいい曲じゃん!」って盛り上がった曲で。特に私とべにがすごく気に入ってました。だからこそというか、出すタイミングをすごく見計らっていて。ベストアルバムに入れようかという話もあったんですが、何かリード曲とかそういうタイミングにしようと待ち続けて、やっとみなさんにお届けできることになりました。
亜沙:『オトノエ』に入っている曲の中で一番メロディに説得力があります。リード曲にするなら絶対この曲でした。
――本当に美しい楽曲ですよね。
町屋:この曲ってすごくわかりやすく作ってるんですよね。サビから始まってイントロがあってAメロ、Bメロがなくてサビ、というようにわかりやすい構成です。曲のテーマもすごくシンプルに、別れの歌ですし。
――なんですけど、Dメロで「暁ノ糸」(※2ndアルバム『八奏絵巻』収録)のフレーズが出てきて驚かされました。
町屋:曲自体がシンプルだということは、飽きやすいともいえるんです。だからどこかでドラマティックに展開する部分を作ってあげたくて。間奏のソロの後半から転調して二行メロディを作った段階で、次の展開に「あ、このまま暁ノ糸のサビがはまるな」ってぴんときたんです。
――それを鈴華さんではなく町屋さんが歌うというのもポイントですよね。
町屋:このキーだとゆう子さんが歌うと高いんですよ。逆にそこで声量を下に下げてもらって僕が上に上がってオクターブ下で主旋律をとってスイッチングすると、僕はすごくキーがいいところで歌えて。偶然の産物だったんですけど、そうするとスイッチング効果が発生して、より展開がドラマティックに聴こえるなあって。
山葵:頭のいい曲ですね~!
――「暁ノ糸」の部分の歌詞も違和感なく入ってきます。
町屋:Dメロまでの歌詞って、美しい日本語というものを意識して書いていたんですが、それって言い回しが難しかったり敷居が高かったりで少し距離を感じてしまうと思うんです。でもこの部分で急に話し言葉になることで、一気に距離が近くなる。これも飽きさせない工夫です。
――「~語り合いたかった」とはっきり過去形になることで、切なさが増しますよね。
町屋:「暁ノ糸」を作ったときはまだあまり海外に行っていなかった時期だったので、これからもっと世界中に音を届けたいという願いが込められてもいたんです。それから何度か海外公演も経験した今、それをここで上手く紐づけられたかなと思います。
――続けて町屋さんが作った2曲目の「「儚くも美しいのは」」も、少し切ないような曲ですよね。
町屋:力強くも美しいというアプローチは「細雪」同様ですが、それよりももう一歩踏み込んだディープな世界観でそれを表現しました。今作は歌詞からアレンジを起こすことが多かったのですが、この曲も歌詞に合わせてアレンジを何パターンも検証して、一番歌詞の世界観が映えるアレンジに仕上がっていると思います。イントロの重厚感とAメロの静けさ、 全体的にゆったりと余裕のあるテンポとBメロの軽み、サビの楽器陣の重心の低さと高いところで美しく響くメロディ、というメリハリがポイントですね。
――歌詞についても教えてください。
町屋:森羅万象に八百万の神が宿る、という日本的な考え方を元に書きました。歌詞も儚さと美しさの刹那、という対比を用いています。
亜沙:「君がいない街」はシンプルに作ろうとしたんです。こういう感じの曲ってやっぱり飽きやすい部分をはらんでいると思うんですが、展開やメロディラインで飽きにくい工夫を凝らしました。
――失恋がテーマでしょうか。
亜沙:イメージはそうですね。僕は今まで自分が観てきたアニメや映画、読んできた本などからインスピレーションを受けて歌詞を書いているので、僕の実体験というわけではないですよ(笑)。
――きっと誰しもが経験したことのある、気持ちに寄り添うような楽曲でした。気持ちに寄り添うといえば、続いての「World domination」にもハッとさせられて…。
鈴華ゆう子:これは茨城から出てきたばかりの、いまよりもう少し若い時の自分を思い返して書いた曲なんです。歌い方もちょっと可愛らしくて若い感じにしています。茨城の方言を入れたのも、上京した当時まだなまっていたこともあって(笑)。
――私も田舎から上京してきた身なので、この曲を聴いて当時のことを思い出しました。
鈴華ゆう子:そういってもらえると嬉しいです。本当は私なんてステージ上に立てるような人間じゃない、田舎の普通の女の子だけどそんな正体は隠して、嫌なことあっても笑い飛ばして “やってみっぺ” という思いを込めています。“World domination”って、世界征服って意味なんですけど、茨城のいち少女が世界征服してやる!みたいな曲です。
――ステージに立てるような人間じゃない、と思うことがあるんですか?
鈴華ゆう子:思ってますよー! 和楽器バンドとして横浜アリーナでライブもできるようになりましたが、自分自身が変わったなんて思ってなくて、私は普通の女の子だなって思うことがすごく多いんです。でもステージに立つ人ってそうは見えないから、歌詞にもありますけど「正体はバレずに魅せてやる」という意識で鈴華ゆう子として今ここにいます。
――ちなみに素のゆう子さんってどんな方なのでしょうか。
鈴華ゆう子:女子校だったし、音大も女の子ばっかりだったし、女子っぽいと思います(笑)。すっごく普通ですよ。歌ってるときは鈴華ゆう子のスイッチがオンになりますが、私らしさは大事にしているので歌ってる時としゃべってるときの印象が全然違うっていうのも、特徴かな。
――『オトノエ』では鈴華さんがさまざまな歌声を使い分けていて、そういう女子っぽい可愛らしさから艶っぽい姿までいろんな表情を見せてくれていますよね。
鈴華ゆう子:これまでの和楽器バンドって、節調(詩吟の表現方法)で歌を聴かせるというのもポイントだったんですが、今作では節調を入れていない曲も何曲が続きます。歌い方も、曲に合ったベストな表現を選んでいますね。
――6曲目「独歩」も、これまでになかった表現の楽曲でした。
町屋:クラシックギター、箏、尺八、歌だけという最低限の編成で、無理に全パートを詰め込まずに質素に楽曲の良さを引き算で表現したのが特徴です。丁度今の季節は卒業や入学、就職など出逢いと別れが多いと思いますが、そういった人との巡り合わせや輪廻をテーマとして書きました。
神永大輔(尺八):今までは一曲一曲で和楽器バンドを表現していくことに一生懸命で、尺八も「これが尺八だ!」というフレーズを吹いたりしていたんです。でも今回はアルバム全体を通して「和楽器バンドの音」になればいいのかなと思って、「独歩」でも必要な尺八だけを入れることができました。
神永大輔:どちらかというと、アイリッシュフルートのようなイメージで吹いています。静かな中でのぼやーっとした柔らかい音って、和楽器バンドの中では出してこなかったアプローチですね。とはいっても楽器的に無理はしていないのでそういう意味では尺八らしいのかもしれませんが。この曲に関しては一番自然体で、迷わず感じたままのフレーズを吹けたなと思います。
いぶくろ聖志:この曲の和楽器は、あくまで味付けなんです。今までだったらこういう曲には筝のアルペジオを入れて自由に弾き、そこにギターがふわっと入ってきていたんです。でもこの曲はギターがメインの曲なので、ギターがやったことに対して筝が絡んでいく逆のアプローチをしました。ギターを中心として和楽器が上にのっただけなんだけど、和楽器バンドとしての色が出せたというのはすごく意味があることなんです。
――確かにそうですね。7曲目「沈まない太陽」、8曲目「パラダイムシフト」は「独歩」とは違った意味の存在感があります。
黒流:この2曲、異色ですよね。料理に例えると、フルコースの途中でカレーがでてくるみたいな(笑)。味を変える感じと言うか。
――はい、インパクトがありました。黒流さん作詞・作曲の「沈まない太陽」は、これまでになかったEDM調の楽曲ですね。
黒流:らしくない、和楽器っぽくない曲で、聴いたときに「なんだこれ」となるような楽曲が作りたかったんです。和楽器バンドって、和楽器を入れなければいけないという縛りがあるのがの強みでもあり弱みでもあって。味が一緒になってしまいがちなんですよね。でもこういった一見“らしくない”曲でも、このメンバーでアレンジするとちゃんと和楽器バンドの音になるんです。
――真逆のところにあるはずの電子音が和楽器で見事に表現されていて、驚きました。
黒流:和楽器バンドのメンバーは“和楽器の奏者”ということに捉われず、積極的にいろいろな音作りにチャレンジしてくれるので。それぞれが「この曲はこうしたい」っていう意思を持っているから、この曲に関してもみんなすぐにイメージを共有してくれましたね。ゆう子ちゃんにもかっこよく歌ってもらいました。
山葵:ドラムに関しては、シブいグルーヴも僕の違う一面としてぜひ楽しんでいただきたいです。こう見えてファンクやゴスペルなどのブラックミュージックも大好きなので、そういった僕のルーツも感じながら楽しんでいただけたら嬉しいです。
――歌詞もこれまでになかったテイストで。
黒流:この曲に限らずですが、僕は人間誰しもどこかしら傷ついていると思っているので、そういう弱っている人に向けた歌詞を書きます。和というと綺麗な言葉を使った歌詞が多いですが、そういうのは他のメンバーが書いてくれるので、僕は悩み相談を受けてそれに答えているような口調で歌詞を書きました。
――「パラダイムシフト」に関しては、いぶくろさんがこういった曲を書くのかという驚きもありました。作詞をご担当されていた「華振舞」(※『八奏絵巻』収録)や「花一匁」(※1stシングル「雨のち感情論」収録)のイメージが強かったので…。
いぶくろ聖志:元々1~2年前に一番だけ作ってて、今回町屋さんにアレンジをお願いして返ってきたものに僕が歌詞を足して、みたいな作り方をしました。もともとは「スタンドアップ」というタイトルで、前向きな歌詞のわかりやすいギターロックにするつもりでした。
――がらっと変わったわけですね。
いぶくろ聖志:そうです、町屋さん好みの変拍子に(笑)。もとの曲とコード進行などはほとんど一緒なんですが、それを繋いでいる部分や中間の変拍子の部分とかは町屋さんのアイディアがたくさん入っています。歌詞に関しても町屋さんが“調教師”という言葉と曲の雰囲気でもっとおもしろくできると言ってくれたので、一見前向きには取れない歌詞だけど含みを持たせたものに仕上げることができました。
いぶくろ聖志:読んだままでも受け取れるような歌詞ですが、メタファーとして、ど頭の「調教師」という言葉や、サビに出てくる「鎖」という言葉は既存の社会のルールを指しています。人間って既に作られたルールの中で生きなきゃいけないじゃないですか。それってバカらしくない?という。パラダイムシフトという言葉は、あるジャンルの中で常識だと思われていたものがあるとき急に変わるといった意味なんですが、例えば学生から社会人になったとき今まで自分の常識だったものを100%変えなきゃいけなかったり、転職するたびに仕事の常識が変わるとか。そういう既存の社会のルールの中でどう生きるか、という問いも含まれています。
――歌詞の最後は「辿り着いた この場所へ」となっていますが、「この場所」とは。
いぶくろ聖志:それも人によって読み取り方が変わるといいなと思っていて。一番では自分の常識が矯正されていく様を描いていて、二番では新しい世界の常識に縛られることに心地よさを覚えてくる様が描かれています。決められたルールの中で人の言いなりになることって、ある意味ではすごく楽なことで。最後はそれを踏まえたうえで、あなたが辿り着いた場所は服従なのか、独立なのか、人によって感じ方も結論も変わると思います。
蜷川べに:歌詞もサウンドも面白い楽曲なので、演奏している側もとても楽しいです。タテも取りづらいし、最初聴いたときは「なんだこの曲は」となると思うんですけど、聴けば聴くほど新たな発見があって面白い楽曲だと思います。
――演奏、とても難しそうです。
蜷川べに:大変ですねー。まあどの曲に関してもですけど(笑)。ベストアルバムを出した時点で和楽器の良さだったり和楽器とバンドの融合のおもしろさというものは存分に伝えられたんじゃないかと思っていて。今回のアルバムはそこから深く考えずに、とにかくみんなが思いついたことをやってみようというスタンスだったので色々なコンセプトの楽曲が演奏できて嬉しいですね。三味線に関しても特別に三味線らしさを伝えようとかそういうことではなくて、曲の中でたまたま三味線と言う楽器を使ったときにどういったアプローチができるのかというおもしろさを突き詰めたんです。
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