【インタビュー】ヒグチアイ、かつてなくポップな新作『猛暑です-e.p-』に「いい意味で裏切れると思います」

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■ 副リーダーにはなりたいんですよ
■ 全部を受け止めることができる優しさがある人に

──どうしてヒグチさんは、曲においても、ご自身の生き方に関しても、常に「自分と他者」という関係性を重要視していくんですかね?

ヒグチ:人に「必要ない」って思われたら、寂しいじゃないですか。世の中にどんな人たちがいるのかはわからないですけど、「自分は自分」で生きていける人が多いような気がするんですよ。でも、私は「褒められたら嬉しい」みたいに、小さい頃からほとんど人の評価を頼りにしてきたし、自分がどこまで人に必要とされているのかを測りながら生きているんだなって思います。誰かに「生かされている」って思うからこそ、「是非、生かしていただきたい」と思うし、それが自分の心の給料だと思っていて。だから、自分の音楽がちゃんと伝わったらいいなと思うし、共感してもらえたらいいなと思うんです。

──「人の評価を気にする」ことは、一見ネガティブなことに思えるけど、言い方を変えると「社会性」でもあると思うんですよ。ヒグチさんも、ヒグチさんの作る曲も、すごく大人なのかもしれないですね。

ヒグチ:「間違っている」って思われたくないだけかもしれないですけどね。「私はこう思うから、こうした方がいい!」って自信満々に言える人や、恋人に対して「私はここまでやっているのに、なんで、あなたはそうなの?」って言える人を、すごいとも思うんです。それって、「自分の思っていることが正しい」ってわかっているということじゃないですか。そう思える人になれればいいんだろうけど、私はなれないから。世界のどこかに、自分とは違う考えを持っている人が絶対にいるっていう前提のなかでしか、「私はこう思うんだよね」って言えない気がして。……私は、自分を守っているんですかね?

──でも、自分の意志を押し付けることは、ときとして、すごく暴力的な行為でもあるじゃないですか。ヒグチさんは、優しいんじゃないですかね?

ヒグチ:優しさかぁ、なるほど……。人に対して優しくいれたらいいな、とは思いますね。いろんな人を許してあげられることは、自分の特技だから。このEPに入っている「ラジオ体操」は、そういう「許してあげたい」っていう気持ちで書いた曲ですね。

──「ラジオ体操」は、<ラジオ体操みたい/きただけでもらえるハンコ/生きただけでもらえるハンコ/よくがんばりましたって押してあげるよ>と歌う、とても優しい曲ですよね。

ヒグチ:この曲は、本当はこういうことを自分が言ってほしくて書いた曲でもあるんです。私は、リーダーになるのが得意じゃないと思うんです。人にずっと見られている状態は苦手だなって。でも、副リーダーにはなりたいなって思うんですよ。たとえば登山のとき、怪我した人や体調の悪い人も、全員をゆっくりとちゃんと頂上まで連れて行ってあげられるような副リーダー。そういう人に必要なのは、全部を受け止めることができる優しさなのかなって思うんですよね。

──たしかに、副リーダーに必要な力は「引っ張る」力より「受け止める」力かもしれないですね。

ヒグチ:頑張りたいって思うときもあるし、頑張りたいと思っても、頑張れないときもあるし。でも、「それでもいい」っていうものを見せてあげられたらいいなって思うんです。

──ヒグチさんの口から出る言葉は、「いいじゃん」とか、「それでもいい」とか、すごく肯定的な言葉ばかりですよね。それはやっぱり、「この世界には、自分とは違う価値観で生きている人がいる」ということを受け入れているからなんでしょうね。

ヒグチ:だからこそ、いつも答えが出せないという面もあるんですよ。「私はこう思う」っていう答えがまずはあるんだけど、「その答えは違うかもしれない」って、常に他の人のことも考えてしまうから、結局、答えが出ずに、曲がふわっとしてしまう。なので、昔は情景だけを描くのが好きだったり、自分の意志とは違う答えを無理やり出したりしていたんですけど、今はもう、曲の中に「答えがない」っていうことを受け入れるようになりました。

──なるほど。

ヒグチ:あと、その答え正しいかどうかはわからなくても、そこに行き着くまでの1本の道のりは書けるなって気づいて。最後の点じゃなくて、そこまでの線の部分だったら、自分のなかの確かなものをひとつ書けるんですよ。「猛暑です」も、答えまでは書いていないから、聴いた人がどう思うか、余白ができるような書き方になっているんじゃないかなと思います。

──今言ってくださったことって、最初に仰っていた、人間の多面性の話にも繋がる気がします。「ヒグチアイ」というひとつの存在があって、そこから、いろんな道が伸びている。そしてヒグチさんの場合、その道筋自体が曲になっている。では、ヒグチさんが、あくまでも自分の意志として提示したいひとつの「答え」を、敢えて言語化するとすれば、どういうものになると思いますか?

ヒグチ:そうですね……最終的には、「みんなが幸せになってほしい」っていうのが、私のテーマです。でも、それを書いたら世界平和の歌みたいになってしまうから、そこに行き着くまでを書いているっていう感覚があります。

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