【展覧会レポート】『東京アートミーティングVI』、文化事象としてのYMO

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2月14日をもって終了した、東京都現代美術館で開催された展覧会『東京アートミーティングⅥ “TOKYO”-見えない都市を見せる』。その関連プログラムとして、2015年12月23日、宮沢章夫氏(劇作家・演出家・作家)を迎え、第52回MOT美術館講座レクチャー「YMOと80年代、その文化的展開」が開催された。このレクチャー内容を軸として、本展覧会を今、改めて振り返ってみたい。

◆『東京アートミーティングVI』画像

本展覧会は、<“TOKYO”を読み解く10のキーワード>で構成されており、その中で宮沢氏は、大いに注目を集めた「文化事象としてのYMO」のキュレーションを担当。今回のレクチャーは、展示をより深く掘り下げて鑑賞するための講座であり、さらに言えば、宮沢氏の著書『東京大学「80年代地下文化論」講義 決定版(宮沢氏が2005年秋、東京大学非常勤講師として講義を行った「表象文化論特殊研究演習」の内容を収録した書籍)』の特別補講、そしてEテレで2014年に放送された『ニッポン戦後サブカルチャー史』番外編とも言える内容であった。

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一般的には、「80年代=バブル景気」という大前提の下、90年代初頭に起こったバブル崩壊という負のイメージから、「80年代は何もなかった(宮沢氏自身は、『80年代地下文化論』の中では、"80年代はスカだった"という、90年代に『別冊宝島』で使用されたキャッチコピーを引用)」と語られることが多い。しかし宮沢氏は、二元論的に極めて単純化されたこのような80年代批評に疑問を呈し、「本当に何もなかったのか?」という問いかけをしながら、表層的な部分ではなく、今、80年代の本質を掘り下げて考察することで、そこから脈々とつながる現代日本の文化、つまり東京という都市を見出そうとしている。

事実、本展覧会で取り上げられていたYMOの活動期は1978年から1983年であり、一方のバブル景気は、1986年に始まったもの(バルブ崩壊は1991年)。つまり、「80年代はバブル景気」という命題は、あくまでも80年代を語る十分条件に過ぎず、もっと別な側面、そして現代につながる文化の誕生、成長があったはずだ。






こうした視点を基軸としながら、この日、宮沢氏は約2時間にわたり、「80年代とはどういう時代だったのか?」を“講義”。80年代を解き明かすキーワードとして、「YMOと、テクノという考え方(思想)」、「情報化社会/高度資本主義」、そして「おたく(現在の“オタク”とは別の概念)」という3つを提示し、中でも、本展覧会と直接的にリンクする「YMOと、テクノという考え方(思想)」について多くの時間を費やした。

70年代までのロックが持つ“汗くささ”に対し、YMOの革新的なスタイルを代表する、汗を感じさせない高橋幸宏氏のクールかつスマートなドラムプレイを例に挙げ、「(シンセサイザーやコンピューターを駆使した)YMOの登場によって、80年代の音楽は肉体性が希薄となり、それを感じさせる最たるものがテクノポップであった」と解説。

加えて、YMOのリーダーである細野晴臣氏が、ドイツで誕生したクラフトワークの“鋼鉄のコンセプト”に対し、「紙(障子)と木でできた薄っぺらさ」が東京であり、そして1979年のYMOロンドン公演後、現地のティーンエイジャーに言われた「(YMOは)キュートだ」という言葉から、「軽率さがキュートであり、これは卑下ではなく(当時の)東京のウリなのだ」と考えたという発言を紹介。これらをコンセプトとし、ワールドワイドな活動を展開したYMOこそ、80年代の東京という都市のある側面を表現していたと語った。

そこから、日本初のクラブであるピテカントロプス・エレクトス(1984年に原宿にオープン)の話や、情報化社会/高度消費社会における西武セゾン・グループが手がけた戦略(渋谷の街づくりや、「おいしい生活。」という広告コピーに代表される、モノではなく生活イメージを売るというコンセプト)、ラジカル・ガジベリビンバ・システムやスネークマンショーをはじめとする道化(笑い)について分析。さらには、縦スクロールが画期的だったシューティング・ゲーム「ゼビウス」が提示した、グラフィックの美しさと奥行のある世界を想像させる面白さなど、講義は多岐に渡って展開され、コンパクトながらも深く80年代サブカルチャーを紐解いてくれた(なお、今回のレクチャーでは、「これだけで時間が終わってしまう」ということから、「おたく」についての話は割愛)。

これらの事象は個別のものでありながらも、そのすべては関連し合っており、こうした音楽、ファッション、情報化社会の総体の中に、YMO文化が出現したと解説。そして冒頭に挙げた、「YMOと、テクノという考え方(思想)」、「情報化社会/高度資本主義」、そして「おたく」というキーワードは、80年代を表す三角形を形成し、その本質として「80年代は非身体性の時代であった」と、宮沢氏は締めくくった。

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このレクチャーを聴講した後で、本展覧会の作品を見直すと、興味深さが倍増する。坂本龍一氏も本展覧会の感想として語っているが、当時、非身体性のパイオニアとして、超ハイテクかつ最先端を走っていたYMOのさまざまなアプローチ(音楽のみならず、ファッション、アート、メディア表現などを含めたすべて)は、この会場にレイアウトされた展示品の実物を見ると、そのほとんどが人の手によってクリエイトされていたという事実に気付かされる。"増殖"人形しかり、"YMO温泉ロゴ"の版下しかり、"テクノバッチ"の基板配線パターン図に至るまで、すべてが手作り(手作業による制作)なのだ。

もちろん、YMOの散開は1983年であり、翌1984年に初代Macintoshが発売されたという時系列を考えれば、この時代のモノづくりが「手作り」ベースであることは、テクノロジー的に当然のことである。ただ80年代初頭に、非身体性のカッコよさを追求しようとした先進的クリエイターたちによる「新しいモノを生み出そう」という情熱は、60~70年代の汗をかく“熱さ”とは正反対のものであったと同時に、90年代から現在に至る、コンピューターですべてを創り出そうという“ノリ”とも違うものであり、80年代は、モノを生み出す熱量が変化していく、重要な分岐点であったことが、これらの展示品から感じ取ることができる。他のどの時代にもなく、この時代にしか存在しなかった、新しいモノをクリエイトする空気、熱気、興奮。それこそが、まさに80年代なのではないだろうか。






もちろん、YMOの音楽そのものも同じだ。パソコンが1台あればライブが成立してしまうような現代とはまったく異なり、YMOの音楽は、3人の優れたミュージシャンの高い演奏スキルをベースにしながら、ある意味でミュージシャンというアイデンティティを放棄し、非身体性を追求したことで生まれた発明品。そして、汗を見せないクールさ、軽率さを楽しむ感覚、音楽のみならずファッションやアート、情報化社会さえをも巻き込む異業種交流力により、「テクノという思想」を生み出した。この点は、当時から細野氏が、「テクノとは精神だ」と発言していたことと、文脈的にも結び付く。反語的に解釈すれば、打ち込みを使い、シンセを多用したピコピコ・サウンドで音楽を彩るだけでは、それはテクノの表層を真似ただけのものであって、テクノの本質はそこにはないと考えられる。

こうして形成されていった「文化事象としてのYMO」は、80年代の東京だからこそ生まれたものであり、そこには80年代の東京のある側面が凝縮されている。そこに今、改めて目を向けることは、とても興味深く、大きな意義があると感じる。

当然ながら本展示は、80年代をどのように過ごしてきたのか、あるいは80年代をリアルに知っているか、知らない世代なのかなど、見る人によって、受ける印象は大きく異なるだろう。ただ、その多種多様な視点こそが、80年代を再検証するためには重要であり、捉えどころのない今の日本、そして東京という都市を考えるうえで、大切な視点となり得るだろう。そのきっかけとしては、十分すぎるほど、とても充実した展示であった。

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今回、宮沢氏レクチャーのレポートという視点から、『東京アートミーティングⅥ "TOKYO"-見えない都市を見せる』における「文化事象としてのYMO」展示に絞って取り上げたが、本展覧会は、東京を新たに「見いだす」ために、アーティスト、クリエイターによるキュレーションと、作家が東京をリサーチし制作した新作の2つで構成されており、蜷川実花、スーパーフレックス、ホンマタカシ、サーダン・アフィフ、岡田利規、目【め】、EBM(T)、林科、松江哲明ほか、計9ヶ国51組という多彩なクリエイターが参加していたことを付け加えておく。

撮影・文◎布施雄一郎



■『東京アートミーティングⅥ “TOKYO”-見えない都市を見せる』

会期:2015年11月7日(土)―2016年2月14日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室1F、3F
東京オリンピック・パラリンピックを2020年に控え、東京は文化都市としてどのような姿を見せているのでしょうか? デジタル化、商業化された文化の外観は、フラットでとらえどころのない荒野、洗練されているゆえに冷たい氷河のようにも見えます。東京が最初にグローバルに注目されたのは1980年代。ユニークな文化を生み出す東京の創造力がそこで一度花開きました。その後、震災と経済不況を経て、いま次なる文化を模索するプラットフォームがたちあがりつつあります。
本展は、東京を新たに「見いだす」二つの要素によって構成されています。一つは、各界で活躍する東京のクリエイターが各々のトピックでキュレーションする「東京」。もう一つは、国内外の作家が「東京」をテーマにつくる新作。
"TOKYO"展は、80年代の東京の文化の命脈--熱いマグマを引き継ぎながら、氷河を割って現れようとしている現在の東京の創造力を見せる展覧会です。アートだけでなく、音楽、映像、デザインなど幅広いメディアを通して、現在の可能性を「見えるように」していきます。

YMO+宮沢章夫/ 蜷川実花/ スーパーフレックス/ ホンマタカシ/ サーダン・アフィフ/ 岡田利規
目【め】/ EBM(T) / 林科/ 松江哲明 ほか計9ヶ国51組

【宮沢章夫 書籍】
東京大学「80年代地下文化論」講義 決定版
NHK ニッポン戦後サブカルチャー史

◆『東京アートミーティングⅥ “TOKYO”-見えない都市を見せる』オフィシャルサイト
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