【特集】上間綾乃、民(タミ)の謡(ウタ)が沖縄から風のごとく響いてくるアルバム『ニライカナイ』

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上間綾乃 2ndアルバム『ニライカナイ』2013.9.4 Release

■時代が移り変わって行く中で日々うたがが継承されている。それが沖縄。
■自分たちが唄わないと本当の意味での伝統芸能の継承にはならない

――2ndアルバム『ニライカナイ』が完成しましたが、タイトルは五穀豊穣、子孫繁栄を願う神の島のことなんですよね。そのタイトルが意味する通り、すごくパワフルで優しさに溢れる作品ですね。アルバムは「ソランジュ」の制作時からもう作っていたという話ですが、どのように制作していったんですか。

上間綾乃(以下、上間):生命のサイクルっていう「ソランジュ」でも唄っていたテーマは一貫して変わらないんですが、例えば6曲目でカバーしている「ヒヤミカチ節」っていう民謡はライヴでもよく演奏している曲で、それを動画サイトで見てライヴに来てくれた人もいるくらい人気のレパートリーなんです。“レコーディングしてください”っていう要望も多くて、“こういう曲はライヴだからいいんだよ!”って思ってたんですが、そうやって、なんでも決めつけてしまうのは良くないと思って。

――なるほど。この曲は音源でもライヴ感が出ていますよね。

上間:「ヒヤミカチ節」のレコーディングは、みんなで同じブースで“せーの”で録ったんです。やってみないとわからないですよね。この曲は民謡ですが、民謡はこうでなければいけないって決めつけるのも良いことではないなと思っているんです。

――民謡は他にも「新川大漁節」をカバーしているけど、これはまさに「こうでなければ」という気持ちがあったらできない、大胆なアレンジですよね。アメリカンハードロックテイストというか。

上間:カッコいいですよね。このアレンジを最初聴いたときは私もビックリして。勇ましい海の男の唄だから、これはバンドサウンドでやってみたいってチームで話し合って。そうしたら“そういうサウンドなら根岸孝旨さんしかいない”っていうことになって、会わせてもらって。

――アレンジの方向性は話し合ったの?

上間:根岸さんには何も言わなかったんですよ。そうしたら“どこまでやっていいですか?”って聞かれたので、“振り切ってください”ってお願いして。思ってた以上のものがそこにあって、根岸さんって人が通すと、こういう音の捉え方をして、こういうアプローチをするのか!っていうのがすごく斬新だったし、新鮮でした。

――アレンジにつられたのか、唄い方にも変化が見られますよね。

上間:そう。音につられて。こうやって唸るように唄うのは、普通に民謡を唄ってるときには出て来ない。気持ちは込めるんだけど、もうちょっと淡々と唄うことのほうが多いから。この前、<FUJI ROCK>でもこの曲を唄ったんですが、曲の世界に入りこむことができて、お客さんもこういう民謡の新しい形の可能性を感じたました。

――アメリカンハードロックのコード感と沖縄音階って合うんだなぁっていう不思議な感じですよね。

上間:うん。根岸さんの感覚が不思議(笑)。民謡をそのままやるんじゃなくて、これは民謡を原曲に新しい曲っていう感じですよね。

――まさに日々生まれてくる沖縄の民謡ならではの進化を感じました。

上間:それが沖縄の民謡の特徴ですよね。時代が移り変わっていく中で、その時代、その時代を唄った民謡が継承されている。だから、今、この時代に生きている自分たちが唄わないとポッカリ穴が空いてしまって、本当の意味での伝統芸能の継承にはならないんですね。そういった意味でも、先輩達が培ってきたこういう精神、つまり技術だけじゃなくて、新しいものを取り入れるっていう姿勢も吸収していきたいんです。

――なるほど。沖縄の民謡って面白いし奥が深いですね。

上間:工工四(くんくんしー)っていう沖縄民謡の譜面があるんですが、その譜面も終わりなく、いまだに続いてるんですね。「花」「島唄」「涙そうそう」とかもその本に収録されている。それを見たときに、“そうだよね!これでいいんだよね!”って、改めて気づきがあって。自分が今やってることは間違ってもないし、改めて吸収して出すっていうのはずっとやっていきたいと思って。それは1stアルバム『唄者』でもそうだったし、この『ニライカナイ』でもそう。自分でしかできない上間綾乃の表現をやっていきたい。参加してもらったミュージシャンが持ってる感覚と、私が持ってる感覚が一緒になることで、この「新川大漁節」のような衝撃的な音楽が生まれるんですよね。

――しかも、次の「やんどー沖縄」はスカですし、「明日ハ晴レカナ、曇リカナ」はハワイアン。

上間:ふふふ(笑)。アレンジはホントに面白いですよね。「やんどー沖縄」は伊集タツヤさんに曲を書いてもらったときに、すぐに“やんどーやんどー”っていうフレーズが浮かびました。“やんどー”というのは“そうだそうだ!”の意味なんです。途中、うちなーぐち(沖縄方言)で語りを入れているのですが、それはおばあちゃんから聞いた教えの言葉を喋ってます。“せかせか急いで歩かず、ゆっくり行きなさい”って言ってるんですよ。歌詞の中にも“お茶二杯飲んで行きなさい”ってありますよね。沖縄の民話で、お侍さん二人にお茶を一杯ずつ出したんですが、一人は急いでるからお茶を一杯飲んでパッと出かけちゃったの。そうしたら、その人は待ち伏せしていた悪い人に殺されちゃったんですね。もう一人の人は二杯目のお茶も飲んでから行ったから助かった。どんなに急いでるときも、心持ち広く、ゆとりを持ちなさい。急がば回れだよって教えがこもってるんですが、小さいときから、このことをおばあちゃんに教わってたんです。それで「お茶二杯」って歌詞にしたんですけど、そうやって大人たちから学んだことを曲に込めたのが「やんどー沖縄」なんです。

■今あることをちゃんと見て進んで行かなければいけない
■そういう人としての決意表明というか自覚も出てきました

――タイトル曲の「ニライカナイ」はものすごく壮大ですよね。

上間:うん。沖縄に昔から伝わる空想の島、ユートピアのような存在の島の名前なんです。命はそこからやってきて、神様もみんなそこに住んでいて、すべての幸せもそこからやってくる。命が終わったら、またそこに戻るっていう、大きな命のサイクルを感じさせる言葉です。

上間:最初のうちは、「ニライカナイ」って言葉自体、響きも綺麗だからタイトルにしてもいいのかなとは思ってたんだけど、実はあまりしっくり来なくて。一枚目は「唄者」って強いタイトルをつけたし、今回ももう少しほかにないかな、って考えていたんです。

――それがなぜタイトルに?

上間:アルバムの制作期間は約一年と、ゆったりと作業をしていたんですが、その間にばあちゃんの85歳のお祝いのために沖縄に帰ったんです。ばあちゃんは三線もやるし、琉球舞踊もボーリングもやるし、すごく元気な人なんですよ。気持ちの面もいつも若々しくて、すごくオシャレだし。だから90歳になっても100歳になってもお祝いできると思ってた。あまりにも元気だったから誰も想像してなかったんだけど、みんなでお祝いしたその二日後に急に逝っちゃった。

――えっ~!? まるで死期を悟ってみんなを呼んだみたい。

上間:そう。本当は80歳過ぎてお祝いをするとしたら、米寿で88歳ですよね。だから、85歳で大きなお祝いをしたのは、たまたまみんなが集まれたからなんですよ。私もいつも県外でライヴをして全国をまわってるし、孫たちもみんな県外に住んでる。いつタイミングが合うかわからないねってことで、今回は良いタイミングだったんですね。ばあちゃんが呼んだのかなって思ったし、最期に一緒にいられて良かったけど、なにも今じゃなくても良いじゃんって。でも一番びっくりしてたのは、ばあちゃん本人かもしれない。誰でもこういう時はやってくるわけですけど、私はパニックになって、アルバムの準備も何もかも頭の中からなくなってしまって。全身の力が抜けるってこういうことなんだなって、初めてそういう状態になったんですよ。

――真っ白になっちゃったんですね。

上間:うん。真っ白なのか、真っ黒なのか。そんなときに、「やんどー沖縄」でも書いた、「よんなーよんなー(ゆっくりゆっくり)だよ」とか、ばあちゃんが私に今までかけてくれた言葉を思い出して。他にも、小さい頃、小学校の宿題で、じいちゃん、ばあちゃんに戦争体験の話を聞いて来てくださいっていう宿題が出された時のことを思い出したんですよ。

――年齢的にも第二次世界大戦をくぐり抜けた世代ですもんね。

上間:はい。いつもは優しいばあちゃんなのに、戦争のことを聞いたとたんに目の色がキッと変わったの。“あんた達若いもんは、こんなこと考えなくていい。若いもんは前だけ向いて生きて行きなさい”とだけ言って、何も話してくれなくて。その時は、いつものばあちゃんと違うというのはわかったけど、“ばあちゃんが話を聞かせてくれなかったから宿題ができなかったなぁ、ケチ!”って、小さかったからばあちゃんの気持ちを察するとか、深く考えることはできなくて。後々、自分が大きくなって沖縄の過去を調べたりするうちに、“ばあちゃんにひどいことをしてしまった”って、理解していった。あの時、ばあちゃんが言ってくれた言葉を無駄にするんじゃなく、ばあちゃんの想いを察しようって思ったら、泣いてるだけじゃダメなんだって思えたんです。

――三線をはじめたきっかけもおばあちゃんですもんね。

上間:そう。今やるべきことっていうのをそこで思い出したんです。ばあちゃんはいなくなったんじゃなくて、小さい頃に聞いた、ニライカナイに帰っただけなんだなって。いつか私も行くだろうし、その時、ばあちゃんに、“あんたよく頑張ったね。見てたよ”って言ってもらえるように。“ばあちゃん頑張ったよ”って胸はって言えるように、今頑張らなきゃいけないんだと思って。そうしたら、タイトルは「ニライカナイ」って言葉しかないなって。

――不思議ですね。先に曲があったんですか?

上間:はい。魂の受け継ぎとか、そういったテーマで書いたんですね。でも、ばあちゃんが亡くなってからこの曲を歌うと、出来たときとはまた違う強い想いが生まれて来ていて。他の曲もそうだけど、「歌」ってどんどん膨らんで行くものなんですね。

――今唄ってて、一番違うのはどこですか?

上間:「唄者」にも、ミュージシャンとしてプロ意識を持ってしっかりしなければという決意表明はあったんだけど、今回は人としての決意表明というか。今あることをちゃんと見て、進んで行かなければいけないんだなっていう自覚も新たに出てきました。

――今の話を聞いてから作品に戻ると、この作品から感じる生命力って、そういう自覚から溢れてくるんだなと思えますね。

上間:今感じていること、思っている想いをちゃんと伝えたいという曲ばかりなんですよね。「ソランジュ」も今だからこそ生まれた歌だし、「ヒヤミカチ節」も元々は、戦争で傷ついた沖縄の人を力づけるために生まれた曲で、それを今の気持ちで唄ってる。本当に大事なのは「今」なんだっていう想いがあるんですね。この作品は「今」と「これから」の上間綾乃を表現したアルバムになったと思います。

取材・文●大橋美貴子

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