【インタビュー】カバーを超えた表現とは? RE:Chordingで挑む竹森マサユキの「天使達の歌」

2026.07.30 20:00

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時代を超えて愛される名曲を、現代のアーティストがアコースティック・アレンジで再解釈し、その場の空気感ごと映像として記録するYouTubeプロジェクト「RE:Chording」がスタートして、早4ヵ月。楽曲が持つ普遍的な魅力を次世代へつなぐ試みとしてスタートした本企画の第5弾には、カラーボトルの竹森マサユキが登場し、坂本サトルの名曲「天使達の歌」を咀嚼したうえで自らの感性で再構築し、素晴らしい歌声を聴かせてくれている。

東日本大震災後の東北でこの「天使達の歌」を聴いたときの鮮烈な記憶、その楽曲を自らの歌声で届ける意味、原曲への敬意と自身の表現との距離感…そしてそれをカバーすることへの葛藤、アレンジに込められた意図、レコーディング当日に至るまでの、竹森マサユキの思考のプロセスはどういうものだったのか。

さらにAI時代における音楽表現への考え方や、「歌とは歌うことではなく、言葉を届けること」という揺るがぬ哲学や音楽と向き合う喜びまでをも、彼は率直な言葉で語ってくれた。「RE:Chording」というプロジェクトを通して改めて見つめ直した音楽家としての使命とは何か。その真摯な言葉の数々から、カバーという枠を超えた創作の本質が浮かび上がってきた。

──この「RE:Chording」企画に参加することになったきっかけというのは?

竹森マサユキ:ディレクターからメッセージを頂いたんです。その時に「RE:Chording」というプロジェクトに対する熱量をすごく感じたんですね。僕、そういう嗅覚だけはあるんですよ。「なんか面白そう」と思って、「乗ります、やらせてください」と割と即決で。というか、嗅覚で。

──野生の嗅覚で「これは面白い」と思ったその感度の高さは、これまでの経験に基づくものなんですか?

竹森マサユキ:今、音楽家の間でも、アレンジとか作曲とかで、やっぱりAIが採り入れられているんです。自分の音楽表現を広げるとか、もっと遊ぶという意味でも、賛否両論あっていろんな声を聞きますよね。そんな時に、AIが作ったものではなく「先人たちが心血を注ぎ骨身を削って作り上げた作品を、現代のアーティストたちがカバーというかたちで魂の息吹を吹き込む」というコンセプトが、音楽に対しての向き合い方としていいなと思ったのが決め手です。

──実際に進めるにあたっては、何を歌うのかどう取り組んでいったのですか?

竹森マサユキ:これまでもいろんなカバーに挑戦してきましたけど、今回は「竹森マサユキの感性とかボディとか歌声を使って、どういうことをやったら面白いとディレクターが思っているのか」という、まな板の上の魚的な感じだったんです。実際にカラーボトルのライブも観ていただいていたので、「竹森マサユキ」と「昔の楽曲」とのマリアージュっていうのを一緒に遊ぶ感じというか、僕はその「逆にどう料理したらいいと思います?」みたいな感覚もちょっとあったんですよね。「何が自分に合うんだろう…」みたいな。

──まな板に乗って料理される…だなんて、ぽっと出の新人ではとてもムリな話ですね。

竹森マサユキ:今回のディレクターさんは僕よりも下の世代なんですけど、小学生の時にカラーボトルを知って好きになってくれたという前情報もあったので、「どういう風に響いたんだろう」「竹森マサユキに何を見出したのかな」と思い、そこを信じて乗っかってみたいっていう思いですね。

──そして、坂本サトルの「天使達の歌」がピックアップされたわけですが。

竹森マサユキ:ディレクターさんが候補を上げてくださったうちの1曲なんですけど、「天使達の歌」が圧倒的に光輝いて見えて、悩む余地もなくこの曲に決めました。東日本大震災から10年の節目に実施された「tbc復興応援ソングプロジェクト」で、サトルさんが制作した楽曲「10年後の僕ら」に参加させてもらったり、その当時「天使達の歌」という歌が、伝説のプロモーター小林さんとサトルさんが仙台で作り上げたという話(◆エッセイ「僕の人生を変えた男について」)も聞いていたので、この曲を歌わせていただけるチャンスがあるのなら是非チャレンジしたいと。

──逆にプレッシャーのようなものは?

竹森マサユキ:めちゃくちゃありました。2014年に<Kuma-fes. #0>という震災復興イベントでカラーボトルと坂本サトルさんが出演したんですけど、震災後、改めて気仙沼で歌うというタイミングでどうやって音楽で人を勇気づけたり励ましたりできるのか、自分自身も表現者としてもがいていた時期だったんです。その時にサトルさんが歌う「天使達の歌」をステージの袖で聴いていたのを未だに鮮明に覚えているんですけど、まるでそこで初めて聴いたような感激を受けたんです。「誰1人置いていかないぞ」みたいな気持ちを感じて「なんて優しくて、なんて力強い歌詞なんだろう…すごい曲だな」って思っていたので、それを歌えるぐらいの器になれているのか、2014年から自分はどこまで表現力が上がってるのかみたいな、向き合うときの怖さみたいなのはちょっとありましたよね。

──でも、それを確かめるチャンスでもあるわけですね。

竹森マサユキ:おっしゃる通りです。準備期間はたっぷりあったので、いかに自分のものにできるかの勝負だなって思いました。「歌ってみた」みたいな、表現力や技術で表現する小手先のものではなくて、「この曲、俺が書いたんじゃなかったっけ」って思っちゃうぐらいのところまで持っていきたいと思ったので、まずはサトルさんの作曲/アレンジ通りにコピーをして、コードとメロディとか歌い回しとか強弱とかを自分なりに分析をして、「だからこういう風にサトルさんは情景を見ているのかな」と理解した上で、そこからコードを付け直したり、テンポを決めたり、「竹森マサユキの声で歌うとしたら何が合うのか」と、自分をプロデュースしていくように進めました。すごい贅沢な時間の使い方ですね。

──まさしく「RE:Chording」という企画そのものに合致した向き合い方ですね。

竹森マサユキ:そうですね。作品をリリースするレベルの向き合い方ですけど、でも、自分ひとりだけの一発弾き語りの映像がそのまま残るという緊張感はありましたよね。

──映像では、裸足であぐらを組んで床に座ったスタイルで歌っていましたけど、なぜあぐらだったんですか?

竹森マサユキ:僕は元々、路上ライブからスタートしていて、地べたに座ってアコギ1本で人を見上げるような形で歌を歌うのが基本のスタイルなんです。立ち止まって見下しながら見てもらうのがいいというか、なんて言うんですかね…うまく言えないんですけどほんとにドブネズミみたいな気持ちで(笑)、それが自分のオールドスタイルというか、普段通りです。今回はそういうスタイルも大事にしたかったので。

──腹筋とか喉とかフィジカルという点では、立ったほうがうまく歌えるようなことはないんですか?

竹森マサユキ:違いはありますよね。立って歌うとリズムを作りやすかったりとか、横のノリとか、マイクに対しての首の使い方みたいなこともあるんですけど、今回はコンデンサーマイクでギターも歌も録っていたので、あぐらで歌うほうがより生活感の出た歌になるんです。

──なるほど。

竹森マサユキ:本気でホームランを狙おうとしたら、立ってちゃんとやった方が飛距離は伸びるんですけど、なんかね、「歌」というのは「歌っていると歌じゃないな」っていう感覚があるんです。「歌こそ、喋らなきゃいけない」んですよ。歌詞を歌っているようでは、まだ「歌を歌っているお兄さん」なんです。歌詞を届けたいんだったら、喋らなきゃいけない。でも喋ってると「歌」じゃないから、いかにバレないように喋るか、なんですよ。

──…。

竹森マサユキ:「歌の形をした喋り」なんですよ。ラップもそうだと思うんですけどそういう感覚があって、そこに長けている人の歌を聴いていると「この人歌ってないな、これ喋っているじゃん」みたいに思うんです。ギターも、お母さんがまな板と包丁でトントンやっている時の、何も考えずに何十年やってきたからこそできる手先のような、「弾いてます」じゃないというか。

──たまたまメロディがある詞を喋っているのか。

竹森マサユキ:そうです、メロディの形をした言葉でありメッセージであり、そうすると寄り道しないでドンって届けられる。1回歌にしちゃったり1回リズムに当てはめたりとか、1回ピッチを合わせに行ったりとかすると、歌になっちゃうんですよ。もちろんそういう美しさもありますけど、今回「天使達の歌」で届けたいものは、あの時のサトルさんが描いた世界…どういう人たちを救いたかったのか、震災後に気仙沼で聴いた時の「置いていかない」という優しさとか、そういうものだから。

──なるほど。

竹森マサユキ:サトルさんの原曲は、テンポもゆったりで伸びやかで、歩いているぐらいの速度で空を見上げながら聴くのがちょうどいい感じなんですけど、でも僕の声だと、冬寒くて震えて視野も狭くて、足に鎖が付いている感じ。背中から思いっきり押し出してあげないと、このもがきから抜け出せねえぞ、みたいな感じなんですよね。押し出してあげる力は、きっと竹森マサユキの持っている歌声の力であって、それをサトルさんの曲をお借りして表現してみようと思ったから、テンポも速くなったし、東北の冬の朝のちょっとキラキラしている寒さで音が飛んでいく感じは、ただのF#じゃなくてF#add9だよなとか、ちょっと緊張感のあるコード進行になったり。

──コード進行すら変わっているんですね。

竹森マサユキ:最後のコードも原曲はBメジャーで明るく希望を見せてくれる終わり方なんですけど、竹森マサユキバージョンはBmなんです。天使たちを見上げて自分も飛んでいきたいんだけど、足に重りが付いた人間だから、空を飛んでいる天使たちや鳥たちに憧れて空を見上げる人間の性みたいなところに戻ってしまう。僕の生きてきた人生の中で表現できる「天使達の歌」を、ひとつひとつ自分なりの答え合わせをして、2026年の「天使達の歌」という気持ちでやりました。

──そういう話を聞くと、また聴こえ方が変わってくる気がします。

竹森マサユキ:音の響きだけで言うと立って歌った方が、あの場の反射は綺麗なんです。Aメロなど声を張らない部分で低音を響かせるためには、天井までの跳ね返りの分だけパワーが必要で、ちょっと力がいるなと思うんですけど、ここで力を入れちゃうと歌が崩れちゃう。そういう音響的なところでいったら立って歌うのが正解なんですけど、そこを追求するんだったらレコーディングスタジオでちゃんと録った方がいいじゃんって話になる。でも、あの中目黒のヘアサロンで、ガガガガって工事の音が入るかもしれないとか救急車が通るとか、外を歩いている人たちからの視線を感じて歌が崩れていくかもしれないとか、そんな時間も共有しながら録るというのは、すごくライブ感があって楽しいなとも思います。

──撮影された場所はヘアサロンで、いわゆる歌を収録するための場所などではないですからね。

竹森マサユキ:そもそも「RE:Chording」の企画コンセプトに立ち返れば、AIが作った楽曲に対してのアンチテーゼでもあると思うので、音を作り進めていくことは、そちらに寄せていく行為にもなりますよね。あの録音場所の響き方は色気がある音だなって感じていましたし、ギターと歌のバランスもすごく気持ち良かったので、加工しないのが正解だなって思っていました。

──収録の時は、ブラックコーヒーを手元に置いて飲んでいましたけど、そこに深い意味はあるんですか?

竹森マサユキ:制作の時はいつもコーヒーが片手にあります。なんて言うんすかね…臆病なんですよ。ずっと小さい時から使っているハンカチを捨てられない、みたいなこだわりというか執着ですね。僕は曲を作るとき、紙とボールペンをすごく信じているんです。今だとパソコンやスマホでも歌詞を書きますけど、BackSpaceで消すと何もなくなっちゃうのがすごく嫌なんですよ。1回書いたものは1回放っちゃったものなので、その行為は戻らないものなんです。取り消し線を引いて直すことはできるけど、どういう経路を通ってこの言葉が生まれたのかとか、直してみたけど前の方が強かったなとか、どこを通ってもいい多岐にわたるルートを通って1つの曲の歌詞って完成しているはずで、「天使達の歌」もそうだと思うんです。いろんな選択肢があるけど君が通ってきた道だから全てを肯定してあげるよ、みたいな主人公を見守ってくれる歌詞ですから。

──そもそもミュージシャンというのは、アーティストであると同時にエンターテイナーでもあるわけですが、今回のパフォーマンスでは、そのバランスはどう感じていましたか?

竹森マサユキ:僕は、実はブラックミュージックがすごく好きだったり、エレキギターは弾けないけどその音はめっちゃ好きだったりして、要はないものねだりだったりするんですよ。「もっと優しく歌えたらな」とか「もっと甘いフェイクができたらな」とか思うけど、僕の喉や感性・歌声で誰かを肯定してあげたり、もがいている人を「一緒に上がるぞ」とそれ以上のパワーで押し出してあげるということをやらなきゃいけないって思うわけで、それをもう1度気付かせてくれた…その使命が自分に与えられているという気付きを与えてくれた楽曲だなと感じました。エンタメを届ける意味としてはそこですね。

──なるほど。

竹森マサユキ:普段の人間性とか性格って、別にそうじゃないですよ。くよくよしてるし前向きな言葉が1個も出てこない。愚痴だらけの飲み会とかもたくさんあるし(笑)。だけど音楽になると、自分の使命を取り戻すというか「僕はこの人生でこれをやらなきゃいけないんだ」みたいな、「そんなに人生長くないぞ」「頑張んなきゃ」みたいな気持ちに奮い立たせてくれる。それが「天使達の歌」と向き合って感じたことですね。

──いろいろ得たものもあったようですね。

竹森マサユキ:表現者という点では、逆にお客さんとかリスナーを切り離したもので、完全に一人称の世界の話なんです。人にどう届いているかは関係なくて、自分の耳にどう届いているか。アコギで言えば、ボディの側面を見て歌っていて、身体を通してアコギの振動を僕が1番最初に感じているんですから、それを楽しいと思えるかどうか。リスナーに届けるために何か犠牲にしていないか、みたいな。

──ええ。

竹森マサユキ:自分のライブって自分が1番観ているはずなんです。どんなコアなファンよりも、自分は強制的に聴いているわけで、そのライブを観ていなかったなんてことはないんです。1番のファンであり1番その歌声と向き合ってきたので、そいつがまず幸せかどうかっていうのが、実はすごく大事かなって思います。そいつが幸せじゃないと2番目以降のファンの人に幸せなんか届けられないから。

──言葉では簡単ですけど、それって難しいことではないんですか?

竹森マサユキ:そうですね。音楽ひとつ届けるのにもルールがありますからね。お金を稼がなきゃいけないとか、バンドだと移動費もかかって地方とか行けないよねとか、いろんな難題を抱えながらその人なりのエンタメとか音楽を背負っていて、それを含めて楽しめるかどうかだなって思います。

──確かに。

竹森マサユキ:それに気づいた瞬間があったんですよ。鹿児島の屋久島に弾き語りの旅で行った時に、八筈嶽神社という、波の侵食でできた巨大な洞窟の中に社殿がある神社なんですけど、「あそこで歌を唄っている人がいるから、竹森くん好きかもよ。見てきなよ」って宿の人に言われて「なんだろうな、なんで歌ってるんだろ」と思って行ってみたんです。そしたら、ある女性の方がずっと洞穴の中で歌っているんですよ。神社参拝の方がいる間は静かにしているんですけど、時間さえあれば歌っているそうで、これはちょっと話を聞いてみたいと思って、「すみません、どうしてここで歌っているんですか」って訊いたら、旅で訪れた方なんですけど、たまたまそこで歌を歌ってみたらここの声の響きが1番好きで「この人生、ここで歌っていたいと思っちゃったんで、移住してきたんです」って。

──え?

竹森マサユキ:僕は「この人、ゴールしたんだ」「自分の音楽を見つけたんだ」と知って「羨ましい」と思ったんです。僕は「あとチケット○枚売らないと箱代をカバーできないぞ」とか「じゃあ○枚売るためにはこういう宣伝しなきゃいけないよな」とか、音楽の付帯の部分ですごく悩んでいる時に、「ここで歌うことが自分の喜び」「だってこの響きが好きなんだもん」っていうすごくシンプルな子供のような発想こそ、これは見習うべきだなと思ったんですよね。もちろんチケット売ることやお金を生み出すことは、音楽を続けていくためにも、自分の音楽を守るためにも絶対に必要だし、仲間を幸せにするためにも逃げちゃいけないし知らないでは済まされないことなんだけど、「自分の歌が好きかどうか」とか「俺、この音の響きが好きなんだよね、どう?」っていう気持ちを1番大事にしてあげないといけないなっていうことを、屋久島の素人のお姉さんから教わったんですよ。そこからちょっと気持ちは変わったっていうのがあります。

──面白いですね。そこにいけば、そのお姉さんの歌は聴かせてくれるのかな。

竹森マサユキ:どうなんですかね。歌ってくださいって言ったら歌ってくれるかもしれないし、なんかそういうのじゃないんですって言われるかもしれないですよね(笑)。自分のために歌っているんですから最高ですよね。

──すごい話だなあ。

竹森マサユキ:僕は神社とかも好きなんで、そういうところに興味もあって行ったんですけど、大木とか御神木が「何百年もここで生きてきました」って、畏怖の念を覚えるぐらいすごいものじゃないですか。でも300年ずっと同じ場所に居続けるって、その人生はきついかも…って思っちゃって、だったら50年とか60年かもしれないけど、動ける間に実にならないような、根も生えないようなことをやっている方が、俺には合っているかもなって思うんですよね。御神木に「すごいっすね、先輩」って言いながら。

──それは動物の性かもしれないですね。植物への畏敬の念というか、我々には到底成し得ない凄さが前提にありますから。

竹森マサユキ:生物の違いによってこれだけ違うわけで、楽曲がひとつの命だとしたら、それを表現する人によって…「天使達の歌」もサトルさんが歌う時と竹森マサユキが歌う時では、感じ方とか流れている時間や見えている景色が違うはずなんです。だから、僕がこの曲をお借りして歌うことで表現できることや届けるメッセージで救える気持ちのなかに、サトルさんの歌とはまた違う角度から、僕の声だからこそ届く気持ちがひとつでもあるとしたら、今回カバーをした意味があるのかなっていう気持ちです。

──今回の経験が、今後の竹森マサユキにどんな影響を与えたと思いますか?

竹森マサユキ:オリジナルを作るのはすごく好きなんですけど、カバーに対して「もう嫌だ、もう歌いたくない」っていうぐらい本気で向き合ってみると、それが結局自分の音楽を広げることに繋がることを知りました。聴いたその瞬間だけで判断するんじゃなくて、何度も何度も聞く価値がある曲って、知らないだけでたくさんあるんだろうなって思います。死ぬまでにどれぐらい自分の命を通して歌を歌えるんだろうっていうか、歌わずに喋ることができるんだろうみたいなことを感じましたね。

──色んな角度や深度で音楽と対峙することの大切さですね。

竹森マサユキ:今回は作詞家とか作曲家…シンガーソングライターとしてお話しをさせていただいたんですけど、いち音楽ファンとしては、サブスクでもCDでもフェスでもライブハウスでも、それこそAIが作ったものでもいいと思うんですよ。「何かこの曲いいな」と残っていったものを、10年後とかに聴いてみるとまた違った歌詞の聴こえ方をするとか、「実はすげえいい歌詞だったんじゃん」とか「あの時高校生で気付かなかったけど、めっちゃ染みるな」とか、自分のフィーリングにもう一度戻って掘り直す作業の中には、いろんな気付きもありますから、新しいものをどんどん聴くも良し、昔好きだったものをとことん聴きまくるのもいいのかなと思います。

──この「RE:Chording」で「天使達の歌」を初めて知って、坂本サトルバージョンに触れる人もいるでしょうね。

竹森マサユキ:ぜひ原曲に辿り着いてもらって、「天使達の歌」に宿されたエネルギーに出会ってほしいなと思います。

取材・文◎烏丸哲也(BARKS)

■竹森マサユキ from カラーボトル – 天使達の歌 [Cover] | RE:Chording#005

https://youtu.be/8fc-Bz_OEJw
Original Artist : 坂本サトル
Lyrics & Music : 坂本サトル
Performance & Acoustic Arrangement : 竹森マサユキ from カラーボトル
◆「RE:Chording」YouTubeチャンネル

■竹森マサユキ from カラーボトル

宮城県仙台市出身。ロックバンド「カラーボトル」のボーカル・ギター、シンガーソングライター。
2007年のメジャーデビュー以降、全国ツアーや大型フェスに出演し、テレビ主題歌やCMソングなど数多くの楽曲を手がける。代表曲「10年20年」「情熱のうた」は世代を超えて支持され、ライブでは観客と一体となる熱量の高いステージで評価を得ている。
近年はソロ活動にも力を入れ、弾き語りでの全国ツアーを展開。2025年には新曲「月光」を配信リリースし話題に。さらに2026年4月、この春開校した加美町立小野田小学校(かみちょうりつ おのだしょうがっこう)の校歌を作詞作曲。また、NHK仙台「東北しゃべり亭」のテーマソング「喋りてえ」が起用され、注目を集めている。
音楽を通して人と地域をつなぐ活動を続けている。

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