【インタビュー】SIAMSOPHIA、松岡充が語る30周年FINALとSOPHIAの未来「50歳を越えたって青春できるんだよ」

SIAMSOPHIAが10月13日(月祝)、東京・お台場に新オープンする大型アリーナTOYOTA ARENA TOKYOにて<2025 SIAMSOPHIA FINAL>を開催する。先ごろ、同プレミアムライブに関する出演者のトークセッションに続いて、SIAM SHADEメンバーの栄喜のインタビューを公開したが、3本連続インタビューのラストはSOPHIAの松岡充だ。
松岡充を発起人として、同じくデビュー30周年を迎えるSIAM SHADEメンバーの栄喜にプロジェクトへの賛同を働きかけたことで始動したユニットがSIAMSOPHIAであることは、これまでBARKSで幾度か語られた。そして松岡充パーソナルインタビューでは、ユニットがもたらした功績や、’90年代から現在まで同時代を生き抜いてきた先輩や仲間との繋がり、栄喜への強く優しい想いが語られた。
さらに、SOPHIAの現在と今後のビジョンについては、歯に衣着せぬありのままを明かすと同時に30年の重みと誠実さに言及する場面も。「青春は、人生の一番輝いてる時期だと言われがちですけど、そんなのは別に年齢ではなくて」と語る<2025 SIAMSOPHIA FINAL>開幕まであと1日に迫った本日、松岡充のロングインタビューをお届けしたい(※この取材は8月初旬に実施したものです)。

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■こんなに喜んでくれる人がいたなら
■それがもう答えじゃないですか
──まずは30周年のアニバーサリーイヤーを飾るに相応しく、奇跡の夜となった大阪城ホール公演<1995 SIAM SOPHIA-G>のことからお伺いしたいと思います。あの時期、松岡さんは、いろんな声が上がることを覚悟の上で、SIAM SHADEメンバーの栄喜さんを筆頭に誘ったのでしょうか。
松岡:一番最初に僕は栄喜に相談したんです。もちろん彼らの状況、それがどういう理由でそうなってるのかも僕は知らなかったので、あえて聞かずに、「とにかく僕はSIAM SHADEの音楽が30年経った今、聴けないという状況が悔しいんだ」と本音を伝えたんです。そこは、自分たちの活動休止のときの状況とも重ねてたところもあって。
──なるほど。
松岡:「もしこういう提案をしたらできるものなんだろうか?」ということを栄喜に相談したら「やらせてもらえるのであれば、すごい嬉しい」と喜んでくれた。「やれるんだったらやろう」というところからスタートしたんですけど、SNSでは「SIAM SHADEの5人が揃わないと」とか「SOPHIAだけでいいじゃないか」という声は確かにありました。でも、自分たちがやりたいと思ってて、相手もやりたいと言ってくれてるんだから、それがすべてじゃないかと思えたので、SNSの反応については別になんとも思わなかった。会場で見たら分かると思ってたので。

──大阪城ホール公演をエンタメ要素盛りだくさんな演出にした意図は?
松岡:演出的なものは、SOPHIAのときもそうなんですけど、着想はシンプルで。あるものをどうやって等身大で届けるか、ということだけなんですよ。たとえば、僕は気づいているけど、まだみんなに届いていないSIAM SHADEの音楽やスタイルのカッコよさ、メンバーたちの雰囲気の良さや面白さやノリ、細かいことは気にしない心の大きさとかを余すことなく伝えるためにはどうしたらいいか? それだけなんですよ。自然発生的に出来上がった風にしていて、実は大人たちが裏で作り込みまくった世界が、昔はテレビ業界にも音楽業界にも確かにあった。でも、今回のこのプロジェクトは違う。長年お互いにこれだけやり続けてこられたんだし、こんなに喜んでくれる人がいたなら、それがもう答えじゃないですか。
──そうですね。
松岡:それに、ガレッジセールのゴリさんが「今、ゴリエをやってる」とおっしゃってて。僕はそれを聞いて、純粋に素敵だなと思ったんですよ。僕ら自身もそういうモードになってたし。だから、SIAMSOPHIAについて、いろいろ言ってくる人はいるかもしれないけど、それでも“楽しそうだな”と思ったらみんな絶対来てくれる、と信じてた。そういうノリですよね、すごくシンプル。
──蓋を開けてみたら、大阪城ホールの客席にピリピリした空気感は一切なくて。これまでまったく接点のなかったファン同士が一緒にライブを楽しむという、実にアットホームな空間が誕生していましたね。
松岡:実は、この流れに繋がるものとして大きかったのは、YOSHIKIさんなんですよ。『紅白』(第74回NHK紅白歌合戦)に僕を呼んでくれたじゃないですか?

──2023年末、YOSHIKIさんの声かけで松岡さんの他、HYDEさんや清春さん、難波章浩さんなどが集まって、「Rusty Nail」を歌ったときのことですね。
松岡:はい。僕らより若いバンドマンや、PATA(X JAPAN)さんはもちろん、僕らより先輩のGEORGE (LADIESROOM)さんもいて。普段、みんなで絡んでやることは絶対になかったのに、「みんなでやろうよ」となったのが僕にとってはデカかったですね。
──そうなんですか?
松岡:SOPHIAって本当に、縦とか横のつながりをほとんど持たずにやってきたから。清春君とちゃんとしゃべったのも、そのときの『紅白』の楽屋が初めてでしたからね。大先輩YOSHIKIさんのひと言で、みんなが集った……あのときにすごい波動が生まれた気がします。だから今度は、僕からもそういう波を起こせたら、というのもあったと思う。
──SIAMSOPHIAが、それだと。
松岡:はい。そしてまた、<LUNATIC FEST.2025>にも繋がっているし、どんどん連鎖してますよね。それと、SOPHIA再始動が決まって、TOY’S FACTORYと「もう一回一緒にやろうよ」という話をしていたときに、稲葉社長から「’90年代のバンドブームを走り抜けたSOPHIAが、同世代の仲間と繋がって、今のシーンを盛り上げるような楽しいイベントをやるのがいいんじゃないか」って話をされてたんです。それも一つ、僕の後押しになった。
──そんな話があったんですね。
松岡:その“同世代の仲間”がなんでSIAM SHADEだったのかというと、僕的にずっとやりたいと思っていたからなんです。それで栄喜に声をかけたら、それがきっかけで少し疎遠になっていたLUNA SEAのRYUICHI君とまた繋がったり。’90年代は3人で会っていたりしたんですよ。それに、HYDE君や清春君が誰かと絡んだり。そういうことが僕は今、面白いと思ってるんです……なんかね、無理がないんですよ。以前みたいに、誰が得する誰が損するとか、そんなこと誰も考えてないんじゃないかな(笑)。楽しそうだからやりたい、ただそれだけなんじゃないかと。

──同じシーンから出てきて、それぞれが30年以上も続けてるってだけですごいことです。そして大阪城ホール公演<1995 SIAM SOPHIA-G>の後、SOPHIAとしてはライブハウスツアー<30th Anniversary SOPHIA TOUR 2025 “Girls kissing the future” and “Dancing in the circus”>を開催しました。こちらはいかがでしたか?
松岡:去年、結成30周年の時に実施したツアー<SOPHIA TOUR 2024 “Dear Boys and Girls and”>は、デビュー当時にまわっていたライブハウスに再び行くというコンセプトで、僕がやってみたかったことの一つ。当時確かにあったものが、今はどこかに忘れ去られてるんじゃないか、という気持ちがあったから。復活できたからこそ、もう一度、その何かを拾いに行くツアーにしたかったんですよ。それをメンバーそれぞれが確認できればいいなと思ってました。
──深い意味を持つライブハウスツアーだったんですね。
松岡:SOPHIAは2022年に復活して以降、大バコと言われる会場でのライブばかりで、ツアーをやっていなかったじゃないですか。大バコ公演は一瞬で終わるけど、スタッフや会社にかなりの労力をかけるんですよ。それではSOPHIAチームとして固まらない、という感じがあったから、そのためにもツアーは必要だと思ってましたし。ツアーをやってほしいという気持ちがスタッフも含めてあったと思うんです。それで、今年のデビュー30周年を冠にして、ZEPPツアー<30th Anniversary SOPHIA LIVE TOUR 2025 “Girls kissing the future” and “Dancing in the circus”>をやったんです。
──なるほど。
松岡:では、そのツアーで何をやろうかと考えたとき、復活後にミニアルバム『BOYS and』『GIRLS and』はリリースしたけど、それだけだと曲数が少ない。であれば、僕らはそこからどうやって変化したのかを確認しながら、果たしてそれを今やって聴くに堪えるのか、ということにも興味があったんです。たとえば『BOYS and』と『GIRLS and』のレコーディングではアレンジをすごくしなければいけないところもあったし、逆にアレンジすることで失うことも多いなという気づきもあった。そういうものが楽しくもあったんですよね。
──昔の曲を新たにレコーディングしていくなかでの発見ですね。
松岡:このままではキツイから、今の僕らの観点でアレンジしないとっていうものもあれば、いやいやこれはあまりいじらないほうが絶対にいいっていうのもあって。その延長線上で、今年のツアーは『Kiss the Future』『little circus』まで手を伸ばしたって感じですかね。
──実際に今、昔の曲たちをツアーでやってみて、手応えはどうだったのですか?
松岡:聴くに堪えるのか、という点では全然大丈夫でした。1曲1曲しっかりと創ってきて良かったなってつくづく思いましたね。“当時は若さの勢いとか、時代の雰囲気もあったからなんとか成立してたけど、50歳を超えた今、再び演ってみたら、これちょっとヤバいよね”というのは全然なかった。
──同感です。時代を超えてます。
松岡:当時、SOPHIAというバンドの方向性を突き詰めて、ブレずに制作してたからですかね。世の中に認知してもらうために時代にのる、なんてことをしなかったんですよ。そのほうが簡単なのに。なんでそんな偏屈な考えをって思われるかもしれないけど、当時は制作陣も含めて、そうならないように選んで創ってたんですよ、しっかりとひとつひとつ。それがここにきて威力を発揮してるのを感じてますね。
──はい。
松岡:もちろん「当時、周りが聴いてたから自分もSOPHIAを聴いてた」っていう人もたくさんいると思います。だけど、「本当にあのとき人生が救われたんです」とか「松岡充の歌詞に僕は人生の道しるべを見て生きてきました」とか、そういう人たちが未だにライブに来てくれたり、応援してくれてる。それはやっぱり当時ブレずに諦めなかったからだ、という自負があるんです。「なんでそんな回りくどいことをするの? もっと分かりやすくやれよ」とか、周りからはいろいろ言われましたよ。でも、それをやらなくてよかったなと思います。







