【ライブレポート】SION、47年ぶり全編弾き語り公演に驚嘆と珠玉の全24曲「またやりたくなりました」

2025.08.18 18:00

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アコースティックギターでコードを鳴らしながら、SIONが声を振り絞るように歌いだしたとたん、客席がざわつき、誰かが快哉を叫んだ。そう来るとは──。意表を突かれ、びっくりしたという人は少なくなかったと思う。47年ぶりだという全編が弾き語りのライブにSIONは最高のオープニングを用意して、たちまち観客の気持ちを鷲掴みにした。

◆SION 画像(25点)

まさか「風向きが変わっちまいそうだ」を弾き語りで聴けるとは思わなかった。1986年6月にリリースした1stアルバム『SION』のオープニングを飾る疾走感あふれるロックナンバーだ。その前年の9月に自主リリースしたミニアルバム『新宿の片隅で』を聴き、SIONのことをフォークシンガーだと思っていた筆者は、『SION』をターンテーブルに載せ、A面に針を下ろしたとたん、いきなりロックシーンに殴り込むように鳴り響くスネアロールに面食らったものだが、それから39年を経て、その「風向きが変わっちまいそうだ」も含め、全編弾き語りのライブを見られるなんて、生きていると、何が起きるかわからない。

「俺の右腕」と全幅の信頼を寄せるギタリスト藤井一彦とのデュオスタイルがこの数年、定着している<SION with Kazuhiko Fujii Acoustic Tour>では、毎回3~4曲披露する弾き語りもまた、曲間のざっくばらんなトークも含め見どころのひとつになっているが、この日、SIONが語ったところによると、一昨年ぐらいから、ひとりでやってみようと考えていたのだそうだ。それが今回、ようやく<SION ALONE>というタイトルで実現したのは、思い立ったものの「一彦に付き添ってもらわなきゃ」とか何とか言って、なかなかその気にならないSIONに対して、SIONのライブ制作を担当しているLoft Projectのスタッフが言った「そのうち死んじゃうんですよ」という一言がきっかけだったという。

チケットはもちろん早々にソールドアウトになった。そりゃあ、そうだろう。SIONの曲の原点と言える弾き語りを長尺でたっぷりと見られるという意味では、SIONのキャリアにおいて、かなりレアなライブになることは間違いないと思うのだが、それ以上に来年、メジャーデビュー40周年を迎えるベテランの挑戦を見届けたいと考えた人が少なくなかったに違いない。

「まだもうちょっとやるからこれからもよろしく!」と<SION-YAON 2022>で言ってから、SIONは新たに組んだバンド、SION’S SQUADも含め、以前にも増して精力的にライブに取り組んでいるんだから、見ているこちらもうれしくなるし、楽しくなるし、思わず、うわーいと大きな声を出したくなる。

そんなことを考えながら、<SION ALONE>の会場である東京・鶯谷にある昭和の残り香漂うダンスホール新世紀を初めて訪れた筆者は思わず息を吞んだ。その広さに。弾き語りだから、もっとこぢんまりやるもんだとばかり思っていたのだが、ロック/ポップスのいわゆるライブにも使われる老舗の社交ダンスホールのキャパは、どれくらいだ? 吹き抜けになっているホールを見渡した印象では、4~500人は入りそうだが、後から確認したところやはり500人なのだそうだ。

ひとつ上の階にあるラウンジ席からホールまで螺旋階段がぐるっと伸びている。“えっ、登場するとき、そこを降りてくるの!?” いや、それは筆者の早とちり。SIONはステージの上手にある扉から階段を下りてオンステージ。誰かのスマホが火を噴き、山手線が止まってしまったため、開演を30分遅らせたライブは「来てくれてありがとう」という短い挨拶とともに前述したとおり「風向きが変わっちまいそうだ」からスタート。そこからSIONは間に10分の休憩を挟む2部構成で、2時間たっぷりと2度のアンコールも含め、計24曲を披露。語り掛けるように物語を紡いだり、声を振り絞るように感情を込めたりしながら、シンガーソングライターとしての実力を存分に見せつけたのだった。正直、1時間半、いや、1時間でも御の字と思っていたからこれにはシビれた。

40年前に曲を作った時に封じ込めた、胸が張り裂けるような思いをヒリヒリとした歌声で蘇らせた「目隠しをくれ」、酩酊状態もSIONに手にかかると、こんなにも詩的になってしまうのかと改めて感心させつつ、SIONは同郷の中原中也の詩なんかも嗜んでいるのかしらと想像させた「きれいだ」、『STRANGE BUT TURE』(1989年)のバージョンではなく1990年頃のライブで歌っていたオリジナルの日本語の歌詞を交え、歌ったボブ・ディランの「天国の扉」のカバー、初めてついたマネージャーがやめる時に餞代わりに作ったというエピソードとともに披露した「夢を見るには」──。

見(聴き)どころを挙げていったらキリがない。全曲がそうだったと言ったら、ファンの贔屓目と思われるかもしれないけれど、大半の曲が弾き語りで聴くのは初めてなのだからしかたない。

「夢を見るには」で“お前の歩く空が晴れてたらいいな”と歌う一方で、“少しはあったか 俺のそばにいて よかったって事が まぁ ねぇだろうな”と加えるところがSIONらしい。この日はやらなかったが、たとえば「通報されるくらいに」の“ほら 通報されるくらいに ぶっとばすぜ 時間はまだあるからって そうゆっくりしてられないんだ”というパンチラインが説得力を持つのは、「夢を見るには」と同じように“褒められたくて 気にして欲しくて わかって欲しいことが 見返したくて カッコつけたいことが 全部力をくれる”というもしかしたらわざわざ歌わなくてもいい赤裸々な一節がきいているからだろう。

前半戦を締めくくったのは、『新宿の片隅で』のA面の1曲目および『SION』のエンディングを飾る「街は今日も雨さ」。「風向きが変わっちまいそうだ」同様に東京で音楽活動を始めた頃のことを歌った曲だ。SIONが歌い始めると、客席から拍手と歓声が沸き起こる。循環コードのストロークから生まれるグルーヴが心地いい。『SION』のレコーディングではそのグルーヴを軸に『新宿の片隅で』では弾き語りだったこの曲に軽快なバンドサウンドが加えられたのだと想像が膨らむ。コードをかき鳴らすSIONの左手に力が入る。そこからの言葉にならないシャウトはまさに絶唱。歌い終わった瞬間、今日イチと言えるほど大きな拍手と歓声がSIONに送られた。

ところで、曲を作るのはもちろんSIONだが、その後のバンドアレンジが弾き語りする時に影響を与えるなんてことはあるんだろうかなどと考えてみる。というのは、後半戦の1曲目に歌った「jabujabu」は弾き語りも『俺の空は此処にある』(2015年)収録のバンドバージョンもともにソウル調のバラードなのだが、それはSIONが曲を作った時からすでにそんなアレンジが聴こえていたからなのか、それとも今回弾き語りするとき、バンドバージョンを意識したからなのかとふと思ったからだ。

その「jabujabu」から「光へ」と繋げていった後半戦は、なんと「Machiko」も披露した。聴いているこちらが赤面してしまうほどストレートな歌詞だからなのか、SIONが歌うラブソングの中でも特に人気が高い割にライブで歌うことが少ない曲だから、観客は大歓び。SIONが歌い始めると、客席のあちこちから声が上がった。

SIONがハーモニカだけではなく、巧みなカズー使いでもあることもアピールした「遊ぼうよ」では、Loft Projectのスタッフのお嬢さんが保育園でこの曲を歌ったら、子供が歌う曲じゃないと園からお叱りを受けたというお気に入りのエピソードを語ることも忘れない。また、レナード・コーエンの「Hallelujah」にオリジナルの日本語の歌詞を付けたカバーに加え、ジャズ畑のミュージシャン達と作った『I Like This, Too』(2022年)からも「Smoky House」と「どんな日も眠ってしまうんだな」を歌った。

そんな後半戦を締めくくったのが音源よりも歌が軽やかに聴こえた「たまには自分を褒めてやろう」からの「夕焼け」だった。ぐっと力を込めながら歌う“諦めたことも ほんとはひとつも諦めていない 大切なことも まだお前に言えてない”という一節が胸に迫る。デビュー20周年のタイミングで歌ったその言葉は、今、SIONの気持ちの中でどんなふうに響いているのか知りたくなった。

因みに曲間のトークでは、「俺の歌って暗いなぁ」と苦笑いしながら言って、観客をざわつかせたり、「座りっぱなしってこんなにケツが痛いのか。(アコースティックツアーでは2時間座りっぱなしの)一彦に悪いことをしたな」と笑いを誘ったり、ふと思い出したように「『新宿の片隅で』でサックスを吹いていたミュージシャンが“俺の彼女がSIONのことを知っている”って言うから何のことかと思ったら、その彼女というのは故郷の山口を立つ直前にお別れライブをやったライブハウスの娘さんだった」という懐かしい話を披露したり──。

そして、ダブルアンコールを求める観客のSIONコールに応え、三度オンステージしたSIONはオープニングの「風向きが変わっちまいそうだ」に負けないくらい最高のエンディングを用意していた。

「“ちょっとちょっとそこのヒゲ”ってところを歌ってくれたら、とてもうれしい」と歌い始めたSIONが選んだ曲は、ユーモアとペーソスが入り混じる描写の中に凛とした主人公である“彼女”の姿が浮かび上がる「彼女少々疲れぎみ」。SION’S SQUADのライブではベースの中西智子が歌う“わかったようなことを唄わないで ちょっとちょっと そこのヒゲ”というこの曲のパンチラインを、観客に歌ってもらおうという試みは一回目こそ声が揃わず、ずっこけてしまったものの、「最後にもう一回行くぞ。彼女少々疲れぎみ(と歌って)。はい!」とSIONが合図を出した二回目は見事、観客の声がひとつになった。そして、ずっこけた直後の笑いも含め、大団円にふさわしい大きな一体感とゴキゲンな空気が会場を包み込んだのだった。

その瞬間も含め、<SION ALONE>を見たこの日のことは一生忘れないだろう。この一回だけにしてプレミアもののライブにしてほしい気もするし、もっとたくさんの人に見てほしい気もするし。SION自身は大きな手応えを感じたらしく、「ないしょでまたやりたくなりました」と呟いていたから、ひょっとするとひょっとするかもしれない。

そんな日が来ることを期待しながら、とりあえずは9月30日の札幌公演から始まる<SION’S SQUAD TOUR 2025>を楽しみにしている。

取材・文◎山口智男
撮影◎麻生とおる

 

■<SION ALONE>2025年7月20日(日)@東京・ダンスホール新世紀 SETLIST
01 風向きが変わっちまいそうだ
02 早く慣れることさ
03 ダーリン
04 目隠しをくれ
05 きれいだ
06 天国の扉
07 それさえあれば
08 ちょっといいな
09 夢を見るには
10 信号
11 街は今日も雨さ
12 jabujabu
13 光へ
14 Smoky House
15 Machiko
16 12月
17 遊ぼうよ
18 どんな日も眠ってしまうんだな
19 Hallelujah
20 たまには自分を褒めてやろう
21 夕焼け
encore 1
en1 足りない数ばかり数えてる
en2 俺の空は此処にある
W.encore
en3 彼女少々疲れぎみ

 

■<SION’S SQUAD TOUR 2025>
SION’S SQUAD (SION / 藤井一彦 / クハラカズユキ / 中西智子)
09月30日(火) 北海道・札幌 COUNTER ACTION
10月01日(水) 宮城・仙台 enn 2nd
10月10日(金) 東京 キネマ倶楽部
10月13日(月/祝) 愛知・名古屋 新栄シャングリラ
10月14日(火) 京都 磔磔
10月18日(土) 大阪 梅田シャングリラ
10月21日(火) 福岡 INSA

 

関連リンク
◆SION オフィシャルサイト
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