今年のフジロックが嬉しかったのは、なんといっても「生きたロックの伝説」クラスのアーティストが数多く出演したことだ。しかし、エコー&ザ・バニーメン(以下、エコバニ)だけは他のベテランのステージとは少しばかり色合いが違っていたように思う。少なくとも彼らが活躍した'80年代のUKロックにどっぷりハマった貴重な経験を持つ者にとっては……。 夜も8時半をまわると、霧のせいか周囲が煙って視界が悪くなる。そんなエコバニに相応しい状況のなか、いよいよメンバーがステージに登場。ほどなくウィル・サージェントのサイケなギター・フレーズと、イアン・マッカロクの歌いあげるサビが印象的な名曲「Lips Like Sugar」でライヴは幕を開けた。フジロック唯一の屋内ステージであるRED MAQUEEが、この時ばかりはリバプールの薄暗いクラブにワープした(ように感じた)。 黒の皮ジャンにサングラス、右手にマイクスタンド、左手に煙草という15年前とほぼ変わらぬスタイルを貫くイアン。しかし、ここが夏の苗場だろうと、客の多くがTシャツに短パン、首にタオルというカジュアルな格好だろうと、何故か違和感がない。それは、遠い過去の記憶になろうとも、屈折した'80年代ロックを象徴する存在であり、同時にアイドルでもあった(当時、彼がモデルの男の子が登場する少女マンガがなんと多かったことか!)イアンにだけは“ずっと変わってほしくない”というファンの想いを体言しているかのようだった。 2曲目以降も、どんなサイケ・バンドも裸足で逃げ出す「Rescue」、涙なしには聴けない(当時、本人も泣きながらレコーディングした)刹那ソング「The Killing Moon」と、とにかく代表曲のオンパレード。きわめつけは、'80年代当時のライヴと少しも変わらないどころか、それを越える怒涛の迫力だった「The Cutter」である。 ▲Echo & The Bunnymen 皮肉屋のイアンゆえ、昔の曲はプレイしないかも……という不安も、いざフタを開ければほぼベスト盤的な内容。それに、いくら夜で涼しいとはいえ、夏に黒の皮ジャンですよ。これぞ'ネオ・サイケの美学! | 会場にいた観客は年齢層が高めとはいえ、オヤジ&オバンばかりというワケでもなく、そのあたり単に若作りなのか、それとも本当に若いのかは不明。しかし、ファンならこの名曲のオンパレードに狂気乱舞しないはずがない。1曲終わるたびに悲鳴とも、どよめきともつかない大歓声がおきた。思えば、今もUKの若手ギターバンドに脈々と流れる、英国的な陰りのあるサウンドは他ならぬこのバンドこそがルーツだったのだ。ドラマーの急逝、イアンのバンド脱退、新ヴォーカルを抜擢しての再スタートの失敗などのゴタゴタにより、'90年代においては“失われた存在”だったが、この日は改めてその偉大さを再発見させてくれるほど腰の入ったプレイを繰り広げた。 新加入の若いメンバー(Dr、B、Key、G)の手堅い演奏も良かったが、それ以上にオリジナル・メンバーであるイアンとリードギターのウィルの存在感、個性が際立っていた。特にイアンは、昨年までライヴではまったく声が出ていなかったので、やはり長いブランクのせいかと心配したが、今回はそんな不安を蹴散らすほど力強かった。さらに、レコード会社への皮肉(?)も飛びだすMCは、かってのあだ名であった「ビッグマウス」復活さえ印象づけた。 途中で披露されたニューアルバム『Flowers』からのナンバーが、今ひとつウケていなかったのは残念だったが、けっして新曲ばかりやることが“現役感覚”につながるとは思わない。この日の客の多くは新作を知らなかったのかもしれないが、これが改めて新作を聴くきっかけになればいいだけの話だ。『Flowers』は昔のファンも納得できるだけの内容を伴った作品なのだから。 最後はライヴで披露する時のみ、ドアーズやジェームス・ブラウンのフレーズを挟むのがお約束となっている「Do It Clean」で上昇し、しっとりとしたバラード「Ocean Rain」で締めた。ファンは100%満足できる内容だったし、イアンも途中、煙草をサッカーボールのように蹴るマネをしたりなど終始機嫌が良さそうだった。時代の空気を象徴していたバンドが復活し、この時代においても立派に通用することを証明したステージ。その感慨たるや、単にひとつのベテラン・バンドがいいパフォーマンスをした、という事以上の重みがあるし、今後の彼らの飛躍につながるかもしれない意義深いものだった思う。 文●K.O.D.A |