アット・ザ・ドライヴイン バイオグラフィ

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AT THE DRIVE-IN(以下、ATDI)のGrand Royalからのデビュー作『Relationship Of Command』の1曲目「Arc Arsenal」を聞けば、よほどのすれっからしか精神的にまいっているリスナーでないかぎり、1分も経たないうちに「この作品では何か本格的で重要な音楽が展開されている」ことに気がつくだろう。それに、そこにあるのはGuthrieからDylan、Scott-Heron、Rage、Fugaziなどへ至る、各世代の革命家に特徴的でおなじみの革命精神だけではない。もちろん、そうした魂の炎は『Relationship Of Command』の全体を通じて燃えさかっているのだが、そこには何か別のものが存在するのである。ATDIの抱える熱情というものは、ほとんどの場合においてユニークな無邪気さを伴って届けられる。彼らの精神的な先達が過去の経験に対する回顧という形で表現するのに対して、彼らは感情の整理や観察の途上にあるばかりか、いまだに葛藤の真っ最中でさえあるのだ。ATDIの歌には、解決という要素は見いだすことができないのである。

「ある種映画的なのさ」、ヴォーカリストのCedric Bixlerはその作品の叙述的な展開について説明する。「つまりローマ帝国の『グラディエイター』の映画じゃなくて、フェリーニの『サティリコン』みたいのものだよ。旅行に出た学生が身の回りのものすべてを記録していく。愛する人々や故郷を遠く離れて旅しながらね。我々の行く手にはいつでも多くの障害が立ちはだかっている。自分たちの年齢、言語の壁、敵対的な聴衆、見ず知らずの場所などさ。観客が最終的に僕らの演奏を見れるまでには、常に戦いが行なわれているようなものなんだよ。だけど幸運なことにレコードは、音楽を演奏している間、そして演奏した後に俺達が感じたこと、そして俺達が表に出ることによって生じた感情のドキュメントに過ぎない」

ATDIは当初、オルタナティヴ王国の最盛期であった'94年にテキサス州エルパソのシーンを背景に結成され、(ご想像の通り)ノンストップのツアー活動と、南カリフォルニアにあるインディーズレーベルのFearlessから発売した『In/Casino/Out』('98)や『Vaya』('99)といった初期リリースを通じて忠実なファンを着実に集めていった。バンドのファン層が拡大するのに比例して音楽的な視野も拡大していき、パンクやその他の従来のジャンルの慣習や枠組みを越えて成長していったのである。こうした音楽的な進歩にペースを合わせるかのように、メンバーの生活もアーティストらしいものへと変わり、ATDIはエルパソを離れることになった。

「僕らのレコードには今でもエルパソ的な要素は残っているよ」とBixler。「あそこから離れる決意をしたのには理由があるんだ。故郷とは常に愛憎関係にあったんだけど、長い間ずっと努力はしてきたのさ。あそこにコミュニティを築こうと力を尽してきて、得たものも失ったものも大きかったよ。プロモーターを支援したり、できるだけのことはしたんだけどね。だからしばらく距離を置く必要があったというだけのことで、今でも僕らの音楽に故郷は反映されているよ。あの人里離れた土地でこれまで公正中立なチャンスを得ることができなかったという事実が、現在の僕らがそれを求めて戦うための原動力になっているのさ」

彼らがスタートした時代とは対極にある、最近の現代的かつ倦怠の雰囲気を持つ音楽性が、ATDIのアイデンティティと可能性を完全に花開かせるポイントになったということは、つくづく皮肉なものだ。実際のところ最近のポップカルチャーの凡庸さの背景にある感覚麻痺とあからさまな強欲が、『Relationship Of Command』の音楽をよりいっそう激しく、その詞のテーマをよりヴィヴィッドに響かせている。革命は引き延ばされ(千人もの表情を読んだに違いない/彼らの大義を奪ったに違いない--「Arc Arsenal」)、国家は無感動を奨励する(調停役がなだめすかせる/それでも王様は裸のままだ--「Sleepwalk Capsules」)、そして権力を持つ大人と権力を取り上げられている若者との関係はますます悪化する(おれたちはただのガキなのか/まだまだ教育が必要な…この制度は/疑いという鞭で痛めつけられている--「Pattern Against User」)。葛藤を続けるためにこれほどの環境が他にあるのだろうかと誰もが思うことだろう。

NME誌が「強烈さとスピリットという点では驚愕させられる」と表したライヴショウのことに触れずにATDIを語るのは不完全な行為である。「いつでもあんな感じなのさ」とBixlerは説明する。「ヒューストンあたりじゃ5バンドのショウに出て、その他には誰もいないなんてこともあってね。自分たちの20分のセットの間に何かして5本のマイクを壊そうとしたものさ。完ぺきにぶっ壊すんだ。たぶん毎日のように人からのコメントを聞かされていたのと関係がありそうだね。僕自身やOmarにとっては当たり前のことだったよ。わかるかい? そんなふうに演奏しなかったら、ひどいショウをやることになっていたと思うな。あれは見事なセラピーだったね」

『Relationship Of Command』は優秀なプロデューサーRoss Robinsonのサポートによって、ATDIのライヴパフォーマンスにおけるアドレナリンと知性の混沌としたバランスを、初めてレコードに捉えた作品に仕上がったようだ。「Rossは僕らから多くのフィーリングを引きだすのに大きな役割を果たしてくれた」と、Bixlerは回顧する。「僕らはこのレコードにたくさんの感情を注ぎ込んだ。彼は自分たちで行けると考えていた以上のところへ僕らをプッシュしてくれたのさ。何かを壊してしまうことを恐れずに、僕らがライヴでやっている方法を自由に展開することを学んだね」

『Relationship Of Command』はATDIの将来性を確約するだけでなく、意図的であったかどうかはともかくとしても、最も驚異的かつ最も実験的なトラックにおいて最も明るい輝きを放っている。そうした曲としてはIggy Popがゲスト参加した「Rolodex Propaganda」、クロージングを飾るバラード(!)「None Zero Possibility」、そして冷酷な真実の物語を再び語る詩の朗読に乗せて不気味なイメージの断片を展開させた「Invalid Litter Department」などが挙げられる。

「かつてメイクアップ係を誘拐するために雇われたギャングがいたんだ」とBixlerは回想する。「連中は自分たちのことを“反逆者”と呼んでいた。彼らが何に“反逆”していたのかはわからないけどね。地元の人間は何でそんなことが起きるのか当惑するばかりだった。多くの人々にとってはそれがエルパソなのさ。Richard Ramirezに"Train Track Killer"…、だれもあそこで演奏したくないと思っても不思議じゃないさ。そうしたことが僕らの演奏スタイルにも大きく影響しているんだよ」

「僕らはそんな伝説というかネガティヴな歴史を一掃できるかもしれない。少なくともあんな人里離れた場所からでも、何か良いものが登場することがあるんだと人々に示すことはできるかもしれないね」

おそらく彼らはそれをすでに達成したと言えるだろう。

 

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