【インタビュー】世界が驚愕したぶっ飛びアコギは、どうやって生まれたのか?

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ヤマハが誇るトランスアコースティックギターという楽器をご存知だろうか。この奇天烈な発想によって誕生した“ありえない”サウンドは、アコースティックギターの長き歴史の中において、革命というべきエポックメイキングなものとして世界を震撼させるに十分だった。

見た目は普通のアコースティックギター。弾き心地もそのまま生のアコースティックギター。ただしポロリと弾けば、驚きの生音が鳴り響く。鈴なりの美しい音色…だとか、迫力のあるダイナミックなサウンド…といったような、よくできたアコギの音色レベルの話ではない。トランスアコースティックギターの生音には、コーラスやリバーブが付与されているのだ。もちろんそれはギターのボディーから鳴り響く生音の話である。

仕掛けはシンプルだ。内蔵されたピエゾPUから取り出された信号からコーラス/リバーブ成分を生成し、そのエフェクト信号をアクチュエーター(加振器)を用いてボディーを振動させるというものだ。弦の物理振動とアクチュエーターの物理振動が一体となって生ボディーに共鳴することで、純粋なアコースティックギターから、かつて無いサウンドが飛び出してくる。

この奇想天外なトランスアコースティックギターは、どのような経緯で誕生したのか?開発秘話に迫ってみた。


──トランスアコースティックギター…、なんて異彩を放つ楽器なんでしょう。

江國晋吾(Yamaha Guitar Group, Inc. Product Management Group所属、トランスアコースティックギター開発時は日本で開発を担当):そもそもトランスアコースティックというコンセプトがありまして、「アコースティックを超える演奏体験を実現する」という意味を込めて、「Transcend」=「超える」「超超する」と「acoustic」を掛け合わせてのトランスアコースティックです。2014年にトランスアコースティックピアノが発表されたんですが、その後、そのコンセプトをギターに持ち込んではどうかという話が社内で持ちあがりまして。

──「アコースティックを超える」が直接的な命題なんですね。

江國晋吾:そうです。そこで開発プロジェクトがスタートしたんですが、ただ単に「超える」といってもいろんな超え方があると思うんです。トランスアコースティックピアノって、アコースティックピアノなのにまるでエレピのようにいろんな音色が響板から出てきまして、しかも普通のピアノじゃ絶対できない音量調節もできるというのが素晴らしいところなんですね。そういう超え方もあれば、トランスアコースティックギターのようなエフェクトを生音に付加する超え方もあるわけで、ギターに展開するのであればどんなアイディアが一番面白いかねっていうのを100以上検討したんです。

──それ全部知りたいなあ(笑)。

江國晋吾:一日では説明しきれないですね(笑)。どれも思い入れが強いものなんですが、100以上のアイディアから10~15個くらい試作しまして、様々な方に体験いただいて社内外からいろんな意見を集めたんです。そこで最も有力なのが、エフェクトを付加するというものだったんですね。

──方向性さえ決まれば、開発はスムーズでしたか?

江國晋吾:いや、それがなかなか難しいことも多くて、トランスアコースティックピアノに付いているパーツってものすごく重たいんです。それだけで何kgもありますし、大きな電源も必要になる。トランスアコースティックには重さが加わる要素が多いんですけど、さすがにギター本体よりも重いものを載せたら誰も弾かないですよね(笑)。

──(笑)

江國晋吾:きちんとアコースティックを超える体験を、いかに小さく軽く実現させるかが難しいポイントでした。効果が薄いと喜ばれませんし、すごい効果が加わっても1~2kgも重たくなれば「ちょっとそれはアコースティックギターじゃないね」って言われますから。

──もしそれが実現できなかったら、トランスアコースティックギター企画は頓挫していたかも?

江國晋吾:そうですね。最初の試作で「これはいけそうだな」っていう見込みはあったんですけど、電源や電子部品は全て外付けという私の手作りだったので、それが商品レベルのクオリティになるかどうかっていうのは、実はかなりの見切り発車で(笑)。

──良かったですね、開発できて(笑)。

江國晋吾:他にも、アイディアとしてはいいんだけども今の技術では難しいとか、どうしてもコストが合わないといった理由で消えていく商品も結構あるんです。この性能で50万円と言われてもね…って。


▲アコースティックギターらしさを壊さないシンプルな電装システムを搭載

▲電源は単三電池2本だけ。装着もワンタッチ。

──いろんなピースがはまらないと誕生しない…そういう意味では、トランスアコースティックギターは奇跡の商品なんですね。

江國晋吾:うまくいった例だと思っています。このギターを初めて弾いたとき、95%くらいの人が同じリアクションをとるんですよ。それが印象的で。

──?

江國晋吾:「弾いてみてください」ってギターを渡して弾いていただくと、すごく驚いた顔をされて、その後サウンドホールの中を覗くんです。

──あはは(笑)、私もそうだ。

江國晋吾:中を見てもスピーカーらしきものもないので、「これどうなっているんだ?」って聞かれるんですね。

──してやったり(笑)。開発者冥利に尽きますね。


▲ボディー内部に設置されたアクチュエータ。これが振動することでボディー鳴りにエフェクト音が付加される。

江國晋吾:みんな同じ反応をするので面白いですね。さらにその次の段階があるんですけど、しばらく試奏いただいた後に電源を切ると、すごく寂しいというか裸になったような気分になるとおっしゃるんです。「ないと弾けなくなっちゃう魔法のような、やみつきになるギターだね」って。

──わかります。

江國晋吾:「はまって抜け出せない」という印象を持たれる方が多い。実は「裸になったような」という表現の中に、商品コンセプトの狙いがすごく含まれていまして、「気持ちよく弾く」という演奏体験をもって、普通のギターを超える気持ちよさが提供できているのかなと思います。お風呂場で歌うのと同じような気持ち良さなんですね。

──なるほど。

江國晋吾:自分の演奏が上手くなったように感じるとか、普段の生ギターの演奏よりも音が良くなったと感じるので、モード機能を切ってしまうといつもの自分の演奏に戻って、寂しくなる。狙い通りの顧客体験ができたのかなって思います。

──100以上のアイディア…今後も楽しみですね。

江國晋吾:まだ発表できませんけど、次世代モデルも検討していますよ。最初の100のアイディアにとどまらず、実際にトランスアコースティックギターが世に出たことで「こんなことはできるか」「あんなことはできないのか」という声が内外から集まって、もう300くらい手元にアイディアがあるんです。また違った「超える」ものも試作していますし。

──夢がありますね。

江國晋吾:そうですね。今までのギターとは違う価値を提供していきたいです。僕たちは、サイレントギターも素晴らしい商品だと思っていて、あれは「アコースティックギターでできていたことをできなくする」「音を出すということをできなくする」という価値が中心にある。そういう超え方もありますよね。トランスアコースティックギターというのは、アコースティックギターでできることが全部できて、さらにプラスアルファでできることが増えているという「超え方」になります。



▲開発途中で試作品をチェック。

──高い評価を得ている状況と思いますが、市場から支持を得られないストレスなどはありますか?

江國晋吾:実は日本よりも欧米のほうが盛り上がっているんですよ。

──日常に溶け込んでいるホームパーティの文化など、欧米との生活様式の違いも影響しているのでしょうか。

江國晋吾:そうですね、欧米からは作りきれないほどの引き合いをいただいているんです。いわゆる高価なアコースティックギター…数十万するようなスタンダードなアコギを持っている方が買い換えたというお話も聞いています。

──それはすごい。

江國晋吾:全然違うアプローチなんですけど、「同じギターとして認められてるんだ」っていうのを感じた瞬間でした。なかには「コーラスが12弦ギターのようだ」「これで私もう12弦ギター弾く必要ないわ」っておっしゃる方もいたり。12弦とは違うんですけど「押さえるのも大変なんで6弦でいいや」って(笑)。


──これからも楽しみですね。ソリッドのエレキギターに応用すれば、ヴィンテージ真っ青のボディ鳴りとか実現しそう。

江國晋吾:カラカラに乾いて、いつでもサステイン伸びるよみたいな感じですか(笑)?

──そうか、サステインの付加もお手のものか。

江國晋吾:そうなんですよ。

──ヤマハには未来しかないなー。

江國晋吾:いろんな技術が私たちにはあるので、もう使い放題です(笑)。商品の欠片みたいないろんなアイディアをたくさん私に渡してくれるので、それをうまく商品としてまとめるのはすごくやり甲斐がありますね。

──私、トランスキャビが欲しいです。スピーカーってユニットもさることながらキャビネットで音が大きく変わるでしょう?箱鳴りをコントロールしてくれたら絶対いい音がしますよね?作ってください。重くていいですから(笑)。

江國晋吾:それ、とっても面白いアイディアですね。重くていいですか?

──どうせ重いから(笑)。スピーカーキャビなのに電源が必要だっていう(笑)。

江國晋吾:電源入れないとスッカスカの音になっちゃう(笑)。

──あはは(笑)、夢あるなあ。今後の発表を楽しみにしています。

江國晋吾:私も早く次のモデルを発表できるように頑張ります。

   ◆   ◆   ◆


現在トランスアコースティックギターには、スチール弦仕様のLL-TA/LS-TA、FG-TA/FS-TA、CSF-TAと、ナイロン弦仕様のCG-TAという4シリーズ6モデルが用意されているが、最後にこのギターを最もよく知る江國氏から、それぞれのモデルの特徴とおすすめポイントをいただいた。

LL-TA/LS-TAは、その名の通りLシリーズのトランスアコースティックギターだ。トップ、サイド、バックともにオールソリッドで、生で弾いた時の音が素晴らしく、経験豊富な方、もうすでにオールソリッドのギターを持っているという方へお薦めなのがLL-TA、LS-TAとのこと。数十万円のLシリーズを愛でている人でも、また違うアプローチの楽器としてぜひ試してもらいたいとのことだ。

一方、FG-TA/FS-TAも、1本目のギターとして買ったとしてもすごく楽にいきなりいい音が出せるようになっているという。ある程度経験もあり、ギターも数本持っているような方にも、この面白さを体験してほしいと薦めるのが、このシリーズだ。

CSF-TAはパーラーサイズで、弦長がちょっと短く生音も控えめの音量となっており、ものすごく取り回しがいい。軽く小さいのでソファに座ってダラダラ弾くのにも最適だ。自宅でギターをポロポロ楽しむには、リバーブやコーラスが最上級のリラックスタイムを生み出してくれることだろう。

最後に紹介するCG-TAはガットギターだが、クラシックギターを真剣に弾いていた方にとって、ホールや会場などで感じていたあのリバーブ感が、自分の手元で味わうことができるようになる。ポップスやボサノバ系のプレイヤーにとっては、今までに体験したことのない音色が堪能できるので、音楽性やプレイの幅にたくさんの刺激を与えてくれることだろう。ガット弦の12弦ギターというのはなかなか見かけないけれど、CG-TAであればコーラスのかかったナイロン弦サウンドがボタン一つで存分に堪能できる。

取材・文◎烏丸哲也(JMN統括編集長)




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