【インタビュー】パシフィカが、絶対的品質を保持し続けている理由
Yamahaが誇るシリーズでもあり、コストパフォマンスの高さでも定評のあるパシフィカシリーズから、PACIFICA612のバリーションモデルが追加された。これまでの杢が美しいシースルー系の重厚なカラーリングに加え、ボディーカラー/ピックガードの変更とともに一部のネック/ボディの仕上げもサテンになったことで、より現代的でポップな装いが新たに投入された形だ。
30年以上の歴史をまとうパシフィカだが、様々な音楽に対応するフレキシビリティを武器としながら、楽器としての精密な設計と高い演奏性をもってプレイヤーにストレスを感じさせないという高次元なエレキギター道をひた走っている。価格に左右されることなく、多彩な音色を持ちハイエンドモデルに遜色ないサウンドクオリティをもつという不思議は、どうやって実現されたのか。パシフィカの魅力を紐解くべく、ヤマハ株式会社の担当者に直撃取材を試みた。
──おふたりは、パシフィカのご担当なんですね?
山中伊顕(ヤマハ株式会社 ギター事業部 ギター開発グループ):私はギター…特にエレキギター/エレキベースの開発を担当しています。
太田裕介(ヤマハ株式会社 ギター事業部 ギター戦略企画グループ):私は、エレキギター/エレキベースを中心に商品企画を担当しています。
──開発と商品企画の仕事って、何が違うんですか?
山中:私は設計をしているんですが、設計と一言で言っても幅広くて、デザインの際にはデザイン部門のスタッフと共に考えたりもするんです。メインは図面を引くところなんですけど、木工図面だけ引いているのかといえばそうでもなく、接着であったり塗装であったり金属のパーツもありますから、その全般の設計を行うんです。ピックアップもそうです。設計から作るところ…工場への展開まで一通りケアするような部署になります。
──図面の時点で、目指す音のイメージができているんですか?
山中:経験値というものがあるとは思うんですけど、先輩方が書いていた図面が「どんな音をしてたのかなっていうところから始まるんです。そこから自分が設計して、「ここ変えてみたら、こうなった」といったいろいろな積み重ねで音のイメージをするんですね。
──職人の世界ですね。
山中:ヤマハもかつてはそういった経験値に頼ってきたんですけど、最近では振動解析など、科学的なアプローチでアコースティックな音響設計を行う技術が社内に確立されてきており、自分の考えている感覚が果たして振動として正しいのかどうか、そこで答え合わせをしながら「この振動だからこういう音」「こっちの設計で間違ってない」とかやりながら日々設計業務を進めているところですね。
──商品企画というのは、そこでどう絡んでくるんですか?
太田:所属部署が戦略企画グループといいまして、基本的には戦略を考える部門です。事業戦略という大きなミッションがあってそれを達成するためにどのような商品が必要なのかをかみ砕き、「エレキギターが今後こういうラインナップを持つべきだね」と商品として戦略を考え商品企画するのが私の実務のエリアになります。なので、エレキギターの市場がどんな規模感でどういう競合がいてどんなお客様がいるのかを市場調査したり、アーティストにヒアリングしたりして、どういうエレキギターが必要なのかを見極め、開発と共に目指す音、目指す商品を創り上げていくかたちです。
──なるほど。パシフィカにはすでに30年もの伝統が根付いていますね。
太田:パシフィカは1990年に発表されたのですが、当時はHR/HM全盛期の時代でもあったので、RGXシリーズを筆頭にヤマハのギターも人気があり、国内では大きなシェアを持っていたんです。ただ海外でも国内と同じようなビジネスができていたかといえば、決してそうではなかったんですね。HR/HM全盛ではありながらも、アメリカ市場ではトラディショナルなものやオーセンティックなギターへの人気が強く、海外でビジネスを大きくするためには、そういうニーズに合致するギターが必要だったんです。そこで、ノースハリウッドにR&D/アーティストリレーションの拠点「Yamaha Guitar Development」を作って、その部隊と日本の企画開発が二人三脚でアメリカの市場にしっかりと合致するギターを開発しましょうということになりました。そこで生まれたのがパシフィカなんです。
──海外の空気を吸いながら開発が進められた初めてのギター=パシフィカということですね。
太田:実際アメリカで作ったのも、その時が初めてのことでした。
──そこから30年あまりの年月が経ち、安心と信頼のブランドとなりましたが、成功につながった一番の要因は何だと思いますか?
山中:実はパシフィカもずっと成功していたわけではなくて、浮き沈みはあるんです。最初は「これがヤマハの考えるパシフィカですよ」と打ち出していろんな特殊仕様も出したんですが、そのうち「それでなくてもいいよ」とか「もうちょっと一般的な仕様に落としてくれ」という意見も出てくるんですね。そんな中でもコツコツと真面目に続けてきたというところがあります。開発の立場でみれば、価格帯に関わらずきっちり作っていまして、ギターのスペックとしてはフルスペックなんです。アルダーボディでありメイプルネックでありローズウッドの指板ですよ、と。ピックアップもそうです。そうすると、普及モデルであっても上位機種と何ら遜色ない品質基準をクリアさせながら、ずっと続けてきたということになります。地味なんですけど、そういったことを続けていくことで、「よく見ればヤマハって意外と品質いいよね」と定着して少しずつ支持を得てきたのかなと思っています。
──ヤマハブランドには大先輩としてSGがありますが、競合に当たるのでしょうか。
山中:別物です。パシフィカ一本でヤマハのギターのイメージが作れるならば、もうちょっと尖ったものになるとは思うんですけど、世界中のギタリストに対して、その人その人に応じたギターをお届けしたいと思うので、結果的にいろんな商品ラインナップが生まれますよね。
──コツコツといいものを…という話がありましたが、品質を担保すれば当然コストに跳ね返ってくるわけで、そこのバランスはどう解決したのでしょうか。
山中:「自社工場である」という点と「総合楽器メーカーで様々な楽器を取り扱っている」という2点がポイントだと思います。自社工場ゆえに、品質や価格に見合った細かい仕様を独自に設定できるんです。他社の工場であれば「その接着剤は使ってないよ」とか「そういう木材は使ってないから、これにしてください」といった仕様変更もありえますが、全て自社なので細かいところも含めてケアできるんです。また総合楽器メーカーですから、ピアノから木管楽器まで楽器ごとの専門スタッフもいて、もっと細かくいえば、木材乾燥のスペシャリストだったり、接着のスペシャリスト、塗装の知見を持ったプロフェッショナル…など、あらゆる分野の専門チームがあるんです。なので、例えば塗装チームに「これくらいのコストでこれくらいの質感なら最高なんだけど」と相談すると「じゃあ昔ピアノでやったこの塗装が使えるかも」「その塗料だったら現地で調達できる」と、ベストな答えが出てくる環境にあるんです。そこが品質とコストのバランスに寄与していると思います。
──それはすごい。同じ値段でも品質がいいに決まってて、なんかずるい(笑)。
山中:そうですよね(笑)。うまくポイントは押さえているかと思います。例えば同じ製造工場でも、ノウハウがないと気温や湿度の影響を受けてロスが出ますよね。うちは「どこのポイントでどれぐらい乾燥させなきゃいけないか」が分かってるので、効率的に乾燥機を配置したりシーズニングすることで、スムーズに作業ができている。そこもコストを掛けずに品質を上げる要素のひとつと思います。
──なるほど。そういう違いの積み重ねなんですね。
山中:見えないところの価値を伝えたいですよね。ようやく「品質いいね」と言われるようになってきたのは、見えない部分が何となく滲み出てきたのだと思いますから。
太田:商品企画という観点ではどれだけ適切な価格でお客さんに提供できるかもポイントですから、「この価格でこの仕様を実現したい」という商品設計をしっかりして、品質を担保しながら作っていく。そのための議論をしっかり繰り返しながらやっていくことが一点目ですね。もうひとつポイントがありまして、日本も含めた世界各国へはヤマハの現地法人が商品を流通させているんです。他社ディストリビューターを使わないので、企画時点で意図した適正価格のまま、ヤマハの商流でお客さんに届けることが出来るんです。この点もコストと価格をバランスさせる一つの要因だと考えています。
──パシフィカがいいギターである理由が分かってきましたが、「これがパシフィカだ」といった一貫した要素や特徴的なポイントは?
太田:1990年から一貫して変わらないポイントは「ヤマハ独自のアプローチで個性ある音楽表現を実現するボルトオンギター」というところです。最終的に今のようなラインナップに落ち着いてはいるんですが、30年もやっているといろんな仕様のギターが生まれてきまして、ピックガードもなくバリバリの杢目のトップ材が貼ってあるような外観の異なるモデルもあったんですけど、それでも一貫していたのは、我々独自のアプローチでギタリストの音楽表現をサポートするというところです。1990年の発表当時から、ネックジョイントをアルミのプレートで繋げて剛性を上げつつ、薄くしてハイポジションの演奏性を高めたり、ボディ自体に角度を付けたりなど、他社がやっていない様々な技術を盛り込んで新たなエレキギターを市場に提案し続けています。
──ボルトオンのダブルカッタウェイ&ロングスケールである点は、一貫して変わらぬところですね。
山中:ネックは一般的なメイプルネックですね。個人的にセットネックも設計したことはありますけど、商品化はされていません。スケールも一貫していますね。
──逆に、ネガティブな意見や思った評価が得られないもどかしさはありませんでしたか?
山中:不思議なんですけれど、パシフィカの評価に関してはあまりネガティブな評価がないんです。大体皆さん「これいいじゃん」「綺麗な音するね」と言ってくれる。でも「僕、パシフィカをメインにします」とまでは言って頂けることが少なかったところがパシフィカにはありまして。まさにこれが「パシフィカらしさ」を表していると思うんですけど、「ものすごく平均点が高いギターで、これ一本置いておけばいいですよ」って皆さん納得なんです。ただギターって…なんて言うかな、「性能が悪かったり癖があってダメなんだけど、ここだけは最高においしいんだよ」っていうことが、そのギターを持つ理由だったりしますよね。そういう部分が薄いんです。
──むしろそうであるからこそ、安心と品質のパシフィカなんだと思います。日本車とアメ車の違いみたいなもので。
山中:そうですね(笑)。ただ、個人的には悔しい部分なんですよね。やっぱり「いいものができた」って自信を持っていますから、多くの方から「これを使います」と言われるところまで高めたいと思っています。
──まだまだ、やり足りてないことってありますか?
山中:あります。物作りって難しいんですけど、やってやれないことってほとんどないんです。「これってできますか?」って言われたら「はい、できます」って回答になりますし、さらに自分だけのこだわりもあります。ただヤマハに求められていることに対して、あらゆる要望や自分だけのこだわりをどこまで製品として実現していくかは別の話ですね。とはいえ、自分が思う理想のものをヤマハの商品として実現していくことについては、もうちょっとやれる余地があると思っているので、ここから商品として皆さんにお届けしたいっていう気持ちがあります。
太田:私が初めてパシフィカに出会った2000年代初めの頃は、「1本目に持つには素晴らしいエントリーギター」という印象が強かったので、2本目、3本目とアップグレードしていく中には当時のパシフィカは選択肢になかったんです。将来的にその状況を変えていきたい。今のパシフィカはプロに使っていただけるクオリティを持っているんですけど、価格的にももっと強いラインナップで、ヤマハの代表的モデルとして輝かせたいと思っています。
──パシフィカのピッチの正確さや作りの良さに起因した弾きやすさこそ、初心者にとって最も大事なポイントですから、エントリーNo.1の座は失わないでほしいです。
太田:そうですね。ギターに限らず全てのヤマハ製品は、一定基準を確実に越えて世に出しています。ピッチがどうだとか、弾きづらい、弾きにくいといったことを全く感じることなく、ずっと楽しんでいけることが楽器としてのスタートラインにあるべきことですよね。パシフィカはどの価格帯でもそれをクリアしていますから、自分で言うのも何ですけど、本当に素晴らしい楽器だなと思っています。
取材・文◎烏丸哲也(JMN統括編集長)
PACIFICA612VIIX/VIIFMXシリーズ
希望小売価格:76,000円
Matte Silk Blue、Teal Green Metallic、Yellow Natural Satin、Fired Red
※PACIFICA612VIIFMをベースにボディーカラー、ピックガードを変更し、デザインを刷新。一部ネック、ボディの仕上げを変更(Matte Silk Blue、Yellow Natural Satinカラーのみサテンフィニッシュ)。
◆Yamahaオフィシャルサイト
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