シェリル・クロウの音楽人生を代表する1作、『スレッズ』
ミック・ジャガーにキース・リチャーズ、ボブ・ディランにエリック・クラプトン、ウィリー・ネルソンにジョニー・キャッシュ、さらにプリンスまでもが可愛がり、実演や作品で共演してきた女性シンガー・ソングライターはシェリル・クロウくらいだろう。
グラミー賞に32回ノミネートされて9回受賞、アルバム総売り上げ3500万枚以上を誇るそんな彼女が、約2年ぶりに10枚目のスタジオアルバムを完成させた。『スレッズ』…そう題されたこのアルバムは、数多くのレジェンダリーなミュージシャンといま勢いのある若手が参加してシェリルと共に演奏したりデュエットしたりしたもの。シェリルだからこそ実現した夢のアルバムであると同時に、彼女の音楽人生の集大成的な意味も感じさせる傑作である。
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シェリル・クロウの大ヒット作といえば、「オール・アイ・ウォナ・ドゥ」を収めたデビュー作『チューズデイ・ナイト・ミュージック・クラブ』(1993年)か、「イフ・イット・メイクス・ユー・ハッピー」を収めた2作目『シェリル・クロウ』(1996年)、あるいは「ソーク・アップ・ザ・サン」を収めた4作目『カモン・カモン』(2002年)ということになるだろう。が、内容の充実度においては、婚約解消や乳癌の発覚といった苦境を乗り越えて作り上げた6作目『ディトアーズ』(2008年)を超えるものはないというのが筆者の考えだ。つまりあれこそがシェリルの最高傑作。
だが2010年代に入ると彼女はポップの世界のチャート争いに参加することに疲れを感じ、ニューヨークからナッシュビルへと居を移して、商業ベースから少し離れた活動の仕方をするようになった。長年所属したA&Mを離れ、ワーナーブラザースからのリリースとなった9作目『フィールズ・ライク・ホーム』(2013年)は、カントリーに寄ったゆったりめの作品だった。そしてその反動から、2作目・3作目の頃にあったロック的な感覚を再び取り戻すべく作られたのが10作目『ビー・マイセルフ』(2017年)だったのだが、あれはもう一度ポップ~ロックの世界に戻るためのリハビリ的作品というか、まだ肩慣らし的なところがあって本領を発揮しきれていないというのが自分の印象だった。
その『ビー・マイセルフ』から約2年ぶりとなる新作『スレッズ』は、シェリルにとってちょうど10枚目のスタジオアルバム(クリスマスアルバムを除く)。実は『ビー・マイセルフ』が完成する頃には既に制作が始まっていて、自分は前作のライナーにも「それはスティーヴィー・ニックス、キース・リチャーズ、ドン・ヘンリー、ウィリー・ネルソン、ヴィンス・ギルらがゲストとして顔を揃えた作品」と書いた。そう、『スレッズ』は彼女が敬愛する、または親交の深いミュージシャンを多数招いて録音された作品で、それだけに十分な時間もかけて制作されたものなのだ。
カントリーとポップに特化したアメリカの独立系レーベル、ビッグマシン(テイラー・スウィフトがデビューから昨年まで所属)への移籍作だが、シェリルは「自分にとっての最後のアルバムになるかもしれない」と語ってもいる。即ち彼女は、この作品を自身のキャリアの集大成にしようという意気込みで作ったわけだ。
実際、相当の力作である。『フィールズ・ライク・ホーム』と『ビー・マイセルフ』にどこか物足りなさを感じていたひとも、これは唸るだろう。「自分の好きだったシェリル・クロウがようやく帰ってきた」と、そう感じるひともいることだろう。
全17曲。全ての曲が名だたるミュージシャンをフィーチュアする形で録音されている。エリック・クラプトン、スティング、キース・リチャーズ、スティーヴィー・ニックス、ボニー・レイット、メイヴィス・ステイプルズ、クリス・ステイプルトン、チャック・D、アンドラ・デイ、ゲイリー・クラークJr.、ブランディ・カーライル、ジョニー・キャッシュ、ウィリー・ネルソン、クリス・クリストファーソン、ジョー・ウォルシュ、セイント・ヴィンセント、エミルー・ハリス、ジェイムス・テイラー、ヴィンス・ギル、などなどなど。だが、その豪華さだけで賞賛を呈したい気持ちに筆者がなったわけではない。では何がいいのか。
まず、自身が書き下ろした新曲及びゲストとの共作曲が主立っているものの、ジョージ・ハリソンの「ビウェア・オブ・ダークネス」(エリック・クラプトン、スティング、ブランディ・カーライルをフィーチャー)、ボブ・ディランの「エヴリシング・イズ・ブロークン」(オルタナ・カントリー系歌手のジェイソン・イズベルをフィーチャー)、ザ・ローリング・ストーンズの「ザ・ワースト」(元曲を歌っていたキース・リチャーズとデュエット)といったカヴァーも収録されている。つまりシェリルは自身に多大なる影響を与えたミュージシャンと一緒に演奏して歌うだけでなく、ソングライター、あるいはソングそのものへの敬意もこの作品で表したかったということだ。
新曲にしても、ウィリー・ネルソンをフィーチャーした「ロンリー・アローン」はまさにウィリーのことを思い浮かべて書いたものだし、ヴィンス・ギルをフィーチャーした「フォー・ザ・セイク・オブ・ラヴ」は1970年代のスティーヴィー・ワンダーのバラードから影響されて書いたもの。インディー・ポップ・バンドのルシアスをフィーチャーした「ドント」は、脚本家で映画監督のバリー・レヴィンソン(『レインマン』ほか)から『ダイナー』をブロードウェイ・ミュージカル化する際に頼まれて書いたもので、バート・バカラック的な感触もある曲だ。そのように、やはり偉大なソングライターたちに対する敬意がいろんな形で表現されている(それらはアルバムに付くシェリル自身によるセルフ・ライナーノーツに詳しく明記されている。必読!)
また、2003年に世を去ったジョニー・キャッシュと歌った「リデンプション・デイ」は、もとはシェリルの2ndアルバム『シェリル・クロウ』に収録されていた曲(邦題は「救いの日」)。ジョニーは歌詞の背景についてあれこれシェリルに質問して理解を深めた上でレコーディングしたそうだ(そしてその数週間後に他界した)。「私としては、この曲は生まれ変わって今回やっと本領を発揮したと感じています。今現在、私たちが目撃している政情の一部始終を思うとき、「リデンプション・デイ」の歌詞は一際大きな意味を持ち、ジョニーの存在感が相応しい重みと深みを与えている」とシェリルはセルフ・ライナーノーツに記しているが、まさにその通り。いまのこの世の中にこの曲がこういう形で放たれることひとつとっても、本作の意義を感じないではいられない。白眉と言える1曲だ。
このように新曲を書くことに拘ることなく、カヴァーも旧曲も織り交ぜることで自身の道のり、得てきた影響、もっと言うなら自身の音楽人生そのものをここで表現せんとしたシェリル。青春時代に聴いてきた曲、自身の過去の曲、現在の曲。尊敬、友情、誇り、人間愛。自分の物語と自分たちの物語。これまでといまとこれから。それらが縫い糸(=スレッズ)で結ばれ、ここにこうしてある。
ワディ・ワクテルのギターに乗って大親友スティーヴィー・ニックスと勇ましいテキサス娘マレン・モリスと共にロックしている開幕曲「ブルーヴ・ユー・ロング」がいかに楽しい録音だったかは曲の終わりの3人の拍手からも伝わるし、ボニー・レイットのスライドと歌にメイヴィス・ステイプルズの深いソウルが合わさる「ライヴ・ワイヤー」もまた最後に笑い声が収められている。ジョー・ウォルシュを迎えたジョー・ウォルシュ節全開の「スティル・ザ・グッド・オールド・デイズ」では互いに“古き良き時代”への祝福と歳を重ねることに対する信念を喜び込めて歌っているし、セイント・ヴィンセントが歪んだギターをプリンスばりに弾き鳴らす「ウドゥント・ウォント・トゥ・ビー・ライク・ユー」でシェリルが久々に(デビュー作の「ナ・ナ・ソング」以来?)決してうまくないラップをしているのもなんだか嬉しい。
そんなふうにこのアルバムは、何よりシェリルが生き生きと歌っているのがとても印象的だ。初期や中期の作品群にあったヴォーカルの生命力が無理なく自然に甦っている。と同時に、重厚な曲では歌に深みと説得力がこれまでよりも滲み出ている。そしてそれこそが、自身の尊敬する大先輩たち及び後輩たちを招き、楽しく、ときにスリルも感じながらやり合ったことの、まさしく成果であろう。だからゲストの豪華さよりも、その中身の充実度と濃さが素晴らしいのだと、そう自分は言いたいのだ。さらにこうも言いたい。これは傑作『ディトアーズ』から11年ぶりで遂にものにした、シェリルの音楽人生を代表する1作でもあるだろうと。
文:内本順一
シェリル・クロウ 『スレッズ』
2019年8月30日世界同時発売
POCS-24014 2,808円(税込)
1.プルーヴ・ユー・ロング feat.スティーヴィー・ニックス、マレン・モリス
2.ライヴ・ワイヤー feat.ボニー・レイット、メイヴィス・ステイプルス
3.テル・ミー・ホエン・イッツ・オーヴァー feat.クリス・ステイプルトン
4.ストーリー・オブ・エヴリシング feat.チャックD、アンドラ・デイ、ゲイリー・クラーク・Jr
5.ビウェア・オブ・ダークネス feat.エリック・クラプトン、スティング、ブランディ・カーライル
6.リデンプション・デイ feat.ジョニー・キャッシュ
7.クロス・クリーク・ロード feat.ルーカス・ネルソン、ニール・ヤング
8.エヴリシング・イズ・ブロークン feat.ジェイソン・イズベル
9.ザ・ワースト feat.キース・リチャーズ
10.ロンリー・アローン feat.ウィリー・ネルソン
11.ボーダー・ロード feat.クリス・クリストファーソン
12.スティル・ザ・グッド・オールド・デイズ feat.ジョー・ウォルシュ
13.ウドゥント・ウォント・トゥ・ビー・ライク・ユー feat.セイント・ヴィンセント
14.ドント feat.ルシアス
15.ノーバディーズ・パーフェクト feat.エミルー・ハリス
16.フライング・ブラインド feat.ジェイムス・テイラー
17.フォー・ザ・セイク・オブ・ラヴ feat.ヴィンス・ギル
◆シェリル・クロウ『スレッズ』視聴サイト