【ライブレポート】イ・ムジチ合奏団 with 小松亮太、二つの文化と音楽が親しく手を握り合う七夕の夜
Photo: 西田航(WATAROCK)、河邉有実莉(WATAROCK)
天の川を隔てた織姫と彦星が出会う今宵、地上ではイタリアとアルゼンチンの二つの「四季」が運命的な出会いを遂げる。7月7日金曜日、東京オペラシティ コンサートホール。イタリア室内楽団の最高峰、イ・ムジチ合奏団と、日本タンゴ界の至宝・小松亮太。イ・ムジチの代名詞「ヴィヴァルディの四季」と、アストル・ピアソラ「ブエノスアイレスの四季」が並び立つのは、今回の来日公演の中でもこの日限りの特別メニューだ。
オープニングは、イ・ムジチによるピアソラ「ピアノと室内オーケストラのための3つの小品から「フーガ」」。タンゴの伝説・ピアソラはクラシックの構造を持つ楽曲を多く書いているが、変拍子と速いパッセージで組み立てられた躍動的なこの曲は、イ・ムジチの小気味よい演奏によく似合う。心躍るオープニングだ。
小松亮太がステージに登場し、いよいよイ・ムジチと小松亮太との夢のコラボレーションが始まる。小松が自らカウントを出し、奏で始めたのは20世紀初頭のタンゴの名曲、ガルデル「首の差で」。ピアノが特徴的なタンゴのリズムを刻み、ヴァイオリンやヴィオラが躍動的な旋律を奏でるその上で、メジャーとマイナーを行き来するような優美な旋律をバンドネオンが紡ぎだす。続く小松亮太のオリジナル「夢幻鉄道」も実に美しいメロディを持ち、どこか日本の歌謡曲にもなじむような、しみじみと郷愁を誘う曲だ。この日小松の演奏を初めて聴く観客も、ダイナミックに伸び縮みするバンドネオンの姿と共に、物悲しくも美しいその音色が胸に刻まれたに違いない。
Photo: 西田航(WATAROCK)、河邉有実莉(WATAROCK)
さあ、ここからは二つの「四季」の競演だ。ピアソラによる「ブエノスアイレスの四季」は、先日のBARKSでのインタビュー(◆https://www.barks.jp/news/?id=1000144152
)で小松が語っていたように、もともと組曲として作られたものではない。4曲まとめて演奏するのは小松自身もあまり経験はないという、だからこそより貴重な演奏だ。まずは4曲の中で最もリズミックで雄大な曲想を持ち、展開の多いメロディが魅力的な「夏」。緩から急へ、そして急から緩へ、エモーショナルに弾きまくる小松と、ずっと同じ音階をキープし続けるピアノとコントラバスとの対比が面白い。「秋」は「夏」のマイナーな変奏のようなメロディを持ち、秋の高い空のように美しさの中にどこか物悲しさを誘う曲。ヴァイオリンの音色もどこか土くさく、アルゼンチンの風景に溶け込むようで、フィドルと呼んだ方がしっくりくるようだ。小松はバンドネオンを左手で叩き、パーカッションのような情熱的な奏法を見せる。タンゴという音楽が持つしたたかな生命力を、体いっぱいで表現している。
Photo: 西田航(WATAROCK)、河邉有実莉(WATAROCK)
「冬」は、ゆったりとしたリズムがだんだん速くなり、遅くなり、再び速くなる。バンドネオンが主題を奏でたあと、ピアノがあとを受け、ヴィオラに渡し、ヴァイオリンがそれを引き取る、メロディのバトンリレーが、耳で聴いても目で見てもとても楽しい。優れたソリストの集まりでもあるイ・ムジチ合奏団にとって、まさにうってつけの曲ではないか。そして「春」は冒頭からリズミックな展開で、コントラバスがボディを叩いたり、ヴァイオリンとヴィオラがピッツィカートなど特殊奏法を駆使したり、普段のイ・ムジチの演奏では味わえない、野性味あふれる演奏が聴けた。タンゴ・ミュージシャン以外とタンゴを演奏するのが一番難しい、と先日小松は語っていたが、この日の演奏は異文化同士が摩擦を起こすことなく、かといってなれ合うこともなく、時にイ・ムジチがタンゴに歩み寄り、小松がクラシックの伝統に溶け込む、期待以上のコラボレーションになったのではないか。
「イ・ムジチのみなさんに拍手を! リハーサルは大変でしたが、お互い精一杯やりました」
小松がマイクを取って観客に挨拶し、ここからはアンコール・タイム。ピアソラの、おそらく日本で最も知られている曲「リベルタンゴ」を情熱を込めて演奏したあと、続けてピアソラの「オブリヴィオン」へ。1984年のイタリア映画『エンリコ4世』のために書かれたこの曲を、30数年のちに、イタリアの楽団が日本で演奏するということに、何かしら運命的なものを感じてしまう。タンゴとはいえゆったりとしたスローバラードで、せつなさをたっぷり含んだバンドネオンの音が、いつまでも余韻として胸に響き続ける。
Photo: KAJIMOTO
20分の休憩のあと、第二部が始まった。もはや説明不要、イ・ムジチの代名詞「ヴィヴァルディの四季」の全曲演奏だ。誰もが知る「春」の心躍る旋律で幕を開け、物憂げな「夏」の暑さから嵐の旋律がめまぐるしく吹き荒れ、収穫の「秋」、そして外の寒さと室内の暖かさを対比させるドラマチックな「冬」へ。名人芸と言うほかに、言葉が見当たらない。拍手が鳴りやまない。イ・ムジチ合奏団の結成から65年、「四季」は彼らと共に世界の名曲となり、これからもそうあり続ける。そう確信させる、実に優雅で迫力溢れる演奏だった。
ここからは、アンコール。クラシック・コンサートのアンコールには、ある程度決まった型があることはご存知の通りだが、それしてもこの日は「型破り」だった。なんとアンコール5回。イ・ムジチのメンバーと観客との間に、この素晴らしい空間から立ち去りがたいという、強い願いがあったのだろう。曲はどれも短いものだったが、ヴィヴァルディ、武満徹、山田耕筰、バルトーク、そしてヴィヴァルディをもう1曲。ようやく拍手が鳴りやみ、灯りがともされたのは、開演から2時間半後のことだった。
Photo: KAJIMOTO
イ・ムジチ合奏団の側から言えば、「ヴィヴァルディの四季」という絶対の定番があるゆえの、タンゴという新たな刺激への挑戦。小松亮太の側から言えば、タンゴを心から愛するゆえの、同志を増やすための飽くなき活動。もしもまたいつか共演が実現する時には、より豊かで親密な演奏が聴けるだろう。2017年の七夕の夜は、二つの文化と音楽が親しく手を握り合う、忘れられない夜になった。
取材・文●宮本英夫
<セットリスト>
ピアソラ
ピアノと室内オーケストラのための3つの小品から「フーガ」
ガルデル
「首の差で」
バンドネオン:小松亮太
小松亮太
「夢幻鉄道」
バンドネオン:小松亮太
ピアソラ
「ブエノスアイレスの四季」
バンドネオン:小松亮太
●アンコール
ピアソラ
「リベルタンゴ」
「オブリヴィオン」
休憩
ヴィヴァルディ
ヴァイオリン協奏曲集「四季」op.8
●アンコール
ヴィヴァルディ
弦楽のための協奏曲ニ長調RV123から「アレグロ」
武満徹
「他人の顔」からワルツ
山田耕筰(イ・ムジチ編)
「赤とんぼ」
バルトーク
ルーマニア民俗舞曲より「6.速い踊り」
ヴィヴァルディ
弦楽のための協奏曲ト長調RV151「アラ・ルスティカ」から第3楽章
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