【連載】Vol.002「Mike's Boogie Station=音楽にいつも感謝!=」
デザート・トリップという、6ビッグ・アーティストを3日間で一気に味わうという生涯初の感動的体験をしてひと月がたった。その興奮がまだまだ続いている。毎夜10万人のファンが夢心地のLIVEを堪能。
▲Desert Trip AD from The Desert Sun/Oct.8 2016 from Mike's Collection
1960年代のモンタレー・ポップ・フェスティバルやウッドストック・ミュージック・アンド・アート・フェスティバル(当時二十歳前だったけど生意気にもTBS-TV“ヤング720”の音楽コーナーを担当していた際に、フェスに実際に参加した故・成毛滋さんにいろいろインタビューさせてもらった)、ローリング・ストーンズの“オルタモントの悲劇”などは当時NEWSでしか知ることが出来なかった。リアルタイムで楽しんでいたアーティストが勢揃いするロックなフェス、デザート・トリップ。何としてでもジョインしよう、四捨五入すると‘70’になる中学同期生たちとカリフォルニア州の砂漠地帯、インディオのエムパイア・ポロ・クラブへ馳せ参じたのだ。
▲US Book『MONTEREY POP』 from Mike's Library
10月7日初日、まだまだ薄明るい中、まずはボブ・ディラン登場。帰国直後にノーベル文学賞受賞のニュースが世界を駆け巡った。6~7年前、東京・初台The Doorsで菅野ヘッケルさんを中心に中川五郎さん、和久井光司さん、橋本美香さんらとの「ボブ・ディランリスペクト・ナイト」のMCを担当させてもらっていた。その頃から9月になると今度は受賞かなとノーベル賞のことが話題になっていた。結果的に、ノーベル文学賞受賞直前ディラン・ライヴを味わったのだとひとり悦に入っている…。心から祝福したい。
その日のステージで特に印象的だったのは開始早々の4曲。「我が道を行く」をBGMにして、ステージの超巨大スクリーンに60年代からの映像が映し出される。ディランはストーンズのブライアン・ジョーンズと仲が良かった。だから彼の音楽もしっかり聴いていた。そんなことを思い出していたら、何とオープニングは「雨の日の女」!50年前の大ヒット!!そのまま「くよくよするなよ」へ突入(『武道館』をしっかり聴きたくなった。78年ディラン・ライヴ初体験)。そして「追憶のハイウェイ61」「もう終わりさベイビーブルー」。開始早々、ここまでやって来て本当に良かったと素直に思った。
▲CD『武道館』 提供:ソニー・ミュージック ジャパン インターナショナル
この日ディランは16曲披露。ステージ上手側最前方のPITスペースの前から4~5列目に陣取っていたんでよ~く見える(このフェスではステージ&客席間が極端に近い)素肌にジャケットを羽織っている、並々ならぬを気合いを感じる。ピアノの上に置いてある鏡を見ながら曲間で帽子を一瞬とって手で髪をそろえる仕草がとても微笑ましかったりもした。69年のウッドストックには不参加だった彼が、このフェスに対する積極性が衣装や立ち振る舞い、そしてセットリストから感じられた。
▲DT BD Tee from Mike's Collection
どうしても『武道館』を思い出してしまう「運命のひとひねり」。ブルージーな「アーリー・ローマン・キングズ」「ロンサム・デイ・ブルース」、そしてブライアン・ジョーンズにインスパイアされての「やせっぽちのバラード」。近年のコンサートでは代表作が減り昔からのファンはちょっぴり寂しかっただけに、今回の威風堂々のステージに大感動。この日のディランの素晴らしいライヴがこのイベントの成功を確信させたのは間違いない。この後登場したローリング・ストーンズのステージで、ミックもキースもディランに感謝の言葉を述べた。サンキュー・ボブ!ネヴァー・エンディング・ツアーまだまだ続く。
▲The Desert Sun/Oct.8 2016 from Mike's Collection
そしてこの日セットリストに登場した楽曲も収録されている『リアル・ロイヤル・アルバート・ホール』がもうすぐ登場なのだ!
▲CD『リアル・ロイヤル・アルバート・ホール』 提供:ソニー・ミュージック ジャパン インターナショナル
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そして初日ネクスト・ステージはローリング・ストーンズ。 Vol.001参照してください。
https://www.barks.jp/news/?id=1000134016
尚、本文中の【8曲目に超サプライズ、“ビッグ・グループのカバーをやるよ…”とミック。】のところのビッグ・グループは“ビート・グループ”。ここに訂正します。ストーンズのファン・サイトが指摘してくださった、THX HOT STUFF!結構あわて者Mike、皆さんもお気づきの点あったらどんどん“赤入れ”してください。ご協力お願いします!!
▲DT使用キース・リチャーズ・ギター・ピック Thx Pierre
▲DT前夜 w/ロニー・ウッドの息子タイロン 彼が3歳の頃から仲良し
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2日目も大入り満員。巨大スクリーンの中央にはコットンの布が被せられていた。サイドステージにはネイティヴ・アメリカンの集落。オープニングでステージに種を蒔くくだりが…。18時39分、ニール・ヤングひとり登場。ピアノの弾き語りで「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」、70年のアルバム・タイトル・チューン。2曲目はアコギで「孤独の旅路」、USナンバー・ワン・ソング。皆よく知っている、大合唱なのだ。そんな二ールのソロ・ステージが4曲続き、5曲目の「週末に」からはウィリー・ネルソン(キースと親交が深い)の息子ルーカル擁するプロミス・オブ・ザ・リアルが登場してのバンド構成。若手を従えてのカントリー・フレーヴァー溢れる演奏が微笑ましい。
▲『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』 提供:ワーナーミュージック・ジャパン
新曲「Neilbhborhood」「Show Me」「Texas Rangers」「Peace Trail」も披露。92年アルバム「ハーヴェスト・ムーン」からのタイトル・チューン&「歌う言葉」の曲間では会場に漂うBBQの匂いの話題が飛び出した。ステージ後方エリアではいかにもアメリカのフェスらしく食べたり飲んだりしながら楽しんでいるファンもいるのだ。レイナード・スキナードの「スウィート・ホーム・アラバマ」のアンサー・ソング「ウォーク・オン」(74)も素晴らしい。
▲DT NY Tee from Mike's Collection
69年の『ニール・ヤング・ウィズ・クレージー・ホース』からの「ダウン・バイ・ザ・リヴァー」。あの時代を感じさせる。演奏時間は実に20分を超えた。あの時代を感じさせる。インプロビゼーションを聴きながら、全く関係ないかもしれないけれど、東京・大手町サンケイホールで味わったホリーズ公演(68 グラハム・ナッシュ在籍)を思い出した、人間の記憶とは不思議なものだ。今年のアルバム「アース」からのロックンロール「シード・ジャスティス」も印象深かった。
▲『ニール・ヤング・ウィズ・クレージー・ホース』 提供:ワーナーミュージック・ジャパン
▲『アース』 提供:ワーナーミュージック・ジャパン
そして最後となった17曲目前にはユーモアたっぷりに「あと40秒しか持ち時間がないんだ、40秒ロッキン・ウィズ・ザ・フリー・ワールドをやるよ」。89年アルバム『フリーダム』収録。アメリカ大統領選の渦中で話題になった。メッセージ・ソングで、マイケル・ムーア監督の映画『華氏911度』にも使用されていた。もちろん、8分に及ぶ熱演だ。これでもかとエンディングを繰り返す度にオーディエンスが湧き上がる。
▲『フリーダム』 提供:ワーナーミュージック・ジャパン
次世代のミュージシャンを従え、新旧織り交ぜたセットを披露。ウッドストックをはじめ伝説的フェス経験が豊富なニールならではの、不変なステージが印象深かった。
▲The Desert Sun/Oct.9 2016 from Mike's Collection
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スクリーンに映し出されたヘフナーベースが輝きを放つと、観客に手を振りながらポール・マッカートニー登場。
▲The Desert Sun/Oct.9 2016 from Mike's Collection
スタートは本年ツアーでソロとして初めて登場した「ハード・デイズ・ナイト」。それこそ中学時代、池袋で何度も観賞したビートルズ最初の映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」のテーマ曲。この日は30数曲、B4、ウィングス、ソロの楽曲を鏤めながらの進行。昨年の東京ドーム&日本武道館の時もそうだったけど、やっぱり僕らは年齢的にB4ソングにより魅かれてしまう。「キャント・バイ・ミー・ラヴ」ではスクリーンに懐かしのシーンが映し出される。「デイ・トリッパー」「アイヴ・ガッタ・フィーリング」(ビリー・プレストンを思い出す)。そして「恋を抱きしめよう」。TBSラジオ「POPS BEST 10」のランキングでは66年2月に3週1位を記録。ちなみにB4が表紙を飾った「ティーンビート」66年1月号での亀淵昭信さん(現在も大変お世話になっています…)ご担当の“海外音楽ニュース”でB4新曲として紹介されている。ザ・クオリーメン時代楽曲、演奏前に最初のデモ・レコーディング(かかった費用は5ポンド!)と紹介したのは「イン・スパイス・オブ・オール・ザ・デンジャー」。若いファンも我々と一緒になって「夢の人」を歌う、偉大なるB4!53年振りに本年ワン・オン・ワン・ツアーから登場したB4デビュー・ナンバー、62年の「ラヴ・ミー・ドゥー」、ここでも観客が熱唱。映画「~ヤァ!ヤァ!ヤァ!」からの「アンド・アイ・ラヴ・ハー」は名バラード。「ブラックバード」「エリナー・リグビー」「ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト」。
▲DT PM Tee from Mike's Collection
▲「ティーンビート」1966年1月号 from Mike's Library
そして「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」ではニール・ヤングがジョインしたのだ。メドレーでジョン・レノンのプラスティック・オノ・バンドで知られる「平和を我等に」。60年代後半にタイム・トラベル。アップルからリリースされたホット・チョコレート・バンドのシングル・レコードのことを…、ライナー書いてました(冷や汗)。ふたりは「ホワイト・アルバム」こと「ザ・ビートルズ」(68)から「ホワイ・ドント・ウィー・ドゥー・イット・イン・ザ・ロード」も披露してくれたのだ。観客は狂喜乱舞。ポールがこのナンバーをライヴするのは初めてだったのだ。1本のマイクで二ールとシャウトする実に楽しそうなミスター・マッカートニー!!ニール・ヤングも子供のように笑ってマイクを分け合い、はしゃぐようにギター・ソロを披露。WEEKEND ONE3日間を通してポールだけが、フェスならではのサプライズ競演を楽しませてくれたのだ。
▲日本盤シングル「平和を我等に/ホット・チョコレート・バンド」 from Mike's Collection
ウイングス・ナンバーを挟みながら「サムシング」(歌いだしてからウクレレのチューニングがおかしいと、ウクレレを交換して最初からやり直すという珍しいシーン)「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」「レット・イット・ビー」。そして「ヘイ・ジュード」で終焉。
アンコールもたっぷり登場する。まず登場したのがストーンズ・ファンお馴染み「彼氏になりたい」。前夜ストーンズがB4ナンバーを取り上げたことへの返礼。「彼らのイギリスでの最初のヒット曲、ジョンが書いたんだ」とポール。♪I Wanna Be Your Man♪、63年にアンドリュー・ルーグ・オールダムを通じてストーンズにプレゼント。B4もレコーディング、リンゴ・スターがリード・ヴォーカル。66年武道館&今秋のリンゴ日本公演でも披露された。ストーンズの「彼氏になりたい」は日本デビュー・シングルとしては昭和39年3月20日発売。同シングル・レコード・ライナーノーツのメンバー紹介では以下のように。キースとミックに注目なのだ。
○ケイス・リチャード ギター
○マイク・ジャガー 歌 ハーモニカ
○ブライアン・ジョーンズ 歌 ギター ハーモニカ
○ビル・ワイマン 歌 ベースギター
○チャーリー・ワッツ ドラムス
▲日本盤シングル「彼氏になりたい/ザ・ローリング・ストーンズ」 from Mike's Collection
アンコール・パートはB4ナンバーで纏められていた。「へルター・スケルター」、そしてファイナルが「ゴールデン・スランバー~キャリー・ザット・ウェイト~ジ・エンド」。午前0時19分終焉。ステージ両サイドから華吹雪が勢いよく噴き出し、花火も上がる。昨年の武道館同様、その華吹雪をしっかりポケットへ詰め込む。
▲華吹雪 from Mike's Collection
13年と15年の来日公演で披露されなかった楽曲が実に9曲も披露された。どれも彼のキャリアにおける重要曲、それを堪能できたことはとても幸運だった。
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▲Los Angeles Times/Oct 11,2016 from Mike's Collection
10月9日、最終日。ちょっぴり涼しさを感じさせる、しのぎ易い。18時半にザ・フーが登場した。ピート・タウンゼント&ロジャー・ダルトリー、自らをロックなグループと表現する。元気あふれる姿でオープニングから飛ばす。わが国で”ザ・フゥー“と表記されていた時代をよ~く憶えている。あの時代、60年代中期に男子ストーンズ・ファンはヤードバーズ、アニマルズ、キンクス、ゼム、スモール・フェイセス、そしてザ・フーもよく聴いていたのだ。ストーンズがドラッグ・トラブルに巻き込まれた時、ザ・フーはストーンズ楽曲をシングル・リリースして彼らの無罪をアピールした。
▲ストーンズ・カバー UK Single「The last Time/The Who」 from Mike's Collection
1曲目はファースト・ヒットでお馴染み「アイ・キャント・エクスプレイン」(65)、早くもグループのルーツでもあるモッズ・サウンド炸裂、大拍手なのだ。そんな前半ではピートが49年前のモンタレー・ポップ・フェスティバル出演の思い出を語りパフォーマンスした「キッズ・アー・オールライト」(66)や「恋のマジック・アイ」(65)に強烈な衝撃を受ける。ピート作の「恋の~」はUSシングル・チャート唯一のTOP10入りナンバー。ビルボード誌HOT100では67年10月14日付で72位にチャート・インしその後48位→38位→23位→11位→10位とランク・アップし11月25日付&12月2日付の2週、最高位9位を記録したのだ。65年のUKヒット「マイ・ジェネレーション」も大好きだった。
▲US Single「I Can't See For Mikes/The Who」(恋のマジック)」 from Mike's Collection
▲1967年11月25日付Billboard/HOT100、9位が「I Can't See For Mikes」 from Mike's Library
中盤からは彼らの名作アルバムからのナンバーが登場。まずは71年『フーズ・ネクスト』。「ビハインド・ザ・ブルー・アイズ」。ここで大合唱になるのだ。そして「バーゲン」。LPライナーノーターとして大感激。
73年のこれまた秀作『四重人格』(UK&USで大ベスト・セラー)から「5:15(5時15分)」「ぼくは一人」「ザ・ロック」「愛の支配」。ザ・フーといえばロック・オペラ。そんな彼らの姿をしっかりと見せつけられる。特にLP/D面最後パートでもあった「ザ・ロック」からロジャー熱唱の「愛の支配」へと移行していく構成は見事だ。
ザ・フーのロック・オペラ最初のアルバムが『トミー』(69)だった。そこから「すてきな旅行」「スパークス」「アシッド・クイーン」「ピンボールの魔術師」(大合唱)「俺たちはしないよ~シー・ミー・フィール・ミー」。壮大なイメージをスクリーンに映し出してのサウンド展開は圧巻だ。
そして今は亡きキース・ムーン(彼の思い出はロニー・ウッドからいろいろ聞いたことがある。何かの機会に…)、ジョン・エントウィッスルという超個性的なメンバーを巧みな映像合成で登場させ、ザ・フーというグループの歴史を味わっているようでもあった。特別編集されたザ・フー・アンソロジーを体感。
▲DT W Tee from Mike's Collection
そして最後は再び『フーズ・ネクスト』から2曲。LP/A面1曲目、ロジャーのハーモニカが炸裂した「ババ・オライリー」、そしてシングル・ヒットもした「無法の世界」。ラスト・チューンらしく実にエキサイティングなヴァージョンと化していたのだった。
最後にメンバー紹介でジ・エンド。ちなみにこの日ドラムを叩いていたのはリンゴ・スターの息子、ザック・スターキー。10数年前のザ・フー日本公演を思い出す…。
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デザート・トリップ最後を飾るのはロジャー・ウォーターズ。ピンク・フロイドの世界だ。60年代からピンク・フロイドの音楽に酔いトリップしていた。70年初頭、アルバム・ライナーノーツを故・八木誠さん、大森庸雄さんらと担当したこともあった。もちろん71年夏、濃霧の“箱根アフロディーテ”で「原子心母」を味わった。大阪フェスティバルホールには当時アマチュアだった四人囃子を連れて行った。翌年の2度目の日本公演時の来日記念盤シングル「青空のファンタジアb/wアーノルド・レーン」のライナーも書かせてもらった。
▲プログラム「'71 hakone アフロディーテ」 from Mike's Library
▲日本盤シングル「青空のファンタジア/ピンク・フロイド」 from Mike's Collection
プログレッシヴ・ロックという新なる世界をクリエイト、アーティスティックなアルバムと雄大なスケールで構成されたそのステージングは70年代、多くのファンから絶賛されるようになった。ロジャー・ウォーターズはその後グループの脇役から中心的存在となりピンク・フロイドを引っ張っていく。だがメンバー内での対立が表面化し、80年代中期に脱退している。長くツアー活動から遠ざかる停滞期もあったがLIVE 8での一度きりのピンフ・フロイド再結成を期にソロ活動が再び活発に。ワールド・ツアーを行う度に評判が評判を呼び、ワールド・ツアー興行収入は世界の頂点に立った。近年の実績からデザート・トリップの大トリに大抜擢だ。
そんなロジャーはこの日、アルバム『狂気』のオープニング楽曲でもある「スピーク・トゥ・ミー」でスタートし、『ザ・ウォール』の「コンファタブリー・ナム」の盛大なフィナーレまで、ピンク・フロイド楽曲で3時間近いショーを披露。それはまさに圧巻であった。全てが正しくピンク・フロイドの世界そのものであったのだ。長年ホール&オーツのギターを務めミック・ジャガーほかの数多くのアーティストのレコーディングにも参加したG.E.スミス擁するバンドがピンク・フロイドのサウンドを完全再現。東京ドームのアリーナにはとても収まらないであろう特大サイズのスクリーンをフル活用し、幻想的、サイケデリックなイメージからロジャーのポリティカルな主張や世界観、自らの生き様をも正直に挿入しながら進めていく。テクノロジーの進化がなければ実現不可能な、まさに21世紀ピンク・フロイド・ライヴ。
▲Los Angeles Times/Oct 11,2016 from Mike's Collection
「スピーク・トゥ・ミー~生命の息吹き」でゆったりと始まり、パーカッシブに力強く展開する「太陽讃歌」から「吹けよ風、呼べよ嵐」「タイム」と続く。怒涛のようにサウンドとイメージが五感を刺激してくる。ロジャーがにこやかにのあの有名すぎるベース・リフを弾くと、ステージは光と影のコントラスト。雷音も発せられ壮観だ。「虚空のスキャット」まるで双子のようなコーラス女性Lucius2人がフィーチャーされる。「マネー」では3人のギタリストが前面に出る。髪をオールバックにしてワイルドなソロを弾くG.E.スミスがかっこいい。デヴィッド・ギルモアのパフォーマンスをギタリストとヴォーカリスト合わせて4人で再現。不仲と言われるがロジャーのギルモアへの多大なリスペクトが感じられる。
車イスのギタリストをリードに迎えた「クレージー・ダイアモンド(第一部)」は♪shine on you crazy diamond♪と大合唱、ジャジーなグルーヴ。スクリーンにはうっすらとシド・バレットの姿…。「ようこそマシーンへ」では大きな会場のいたるところに設置されたスピーカーを使ってのサラウンド効果が。曲間のインターミッションも演出として盛り上がる。曲はジェリー&ザ・ペースメーカーズの63年のUKヒット「ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン」、この選曲にもロジャーのポリシーが表現されている。
▲DT RW Tee from Mike's Collection
「翼を持った豚(パート1)」「翼を持った豚(パート2)」「ドッグ」…『アニマルズ』からのナンバーが続くあたりからロジャーのポリティカルな姿勢が強調されてゆく。壁の出現とともに。「ピッグス(三種類のタイプ)」…♪Big Man Pig Ma Ha Ha♪ステージ後方の超大型スクリーンには米大統領候補だったドナルド・トランプ次期米国大統領の女装姿や胴体が豚だったりヌードのコラージュ画像が大写し。そしてピンクのPIGが客席上空を浮遊。胴体には“Together we stand, divided we fall”。反対側にはトランプの顔とドクロが合成され#STOPTRUMP、IGNORANT、LIAR、RACIST、SEXIST。スクリーンにはトランプの数々の暴言&失言も矢継ぎ早に流れる。「TRUMP IS PIG 」…この日の観客は単純にシニカルな演出を楽しんでいた。3日間のイベントの前の2日間はストーンズ、ポールを少しでも近くで見ようとファンは前に前にと、少々殺気立ったムードだったが、最終日はステージ全体をじっくり見ようと穏やかなムードだったのだ。
「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート2)」…20人くらいの子供たちが登場、ステージが華やかになる。ほとんどがカラードの少年少女だ。中央ロジャーの前の可愛いらしい女の子2人は恐らくメキシカンでは?ロジャーは楽しそうにステップを踏みながらのベースプレイ。観客が大合唱。「ラン・ライク・ヘル」…ロジャーはマイク片手にビッグなステージの花道の端から端、ギリギリのところまで行って手を広げ観客の声援に応える。
本編最後の「狂気日食」 ステージに加えて観客スペースに設置しておいた装置からレーザー光線が照射され『狂気』のアルバムジャケットのプリズムがステージの前、つまり僕らがいるPIT上に再現されると観客は騒然!大撮影大会が始まった。誰も彼もがなんとか記念に写真を残そうとスマホを掲げている。これは70年代や80年代には決してなかった光景だ。この演出はステージから離れた場所の方が良く見えたかも知れない。曲のエンディングとともに照射も終了し暗転。一同礼をして立ち去りかけるが、そのままアンコール突入。
ここでロジャーは詩の朗読を始める。「時間はかからない、2004年、G.W.ブッシュが再選したときに俺が書いた詩を読ませてもらう。タイトルは『Why Cannot the good prevail?(なぜ善が勝てないのか)』」。「自分のような者がステージでこのような機会を持てることは珍しいから、この機会を使わせてもらう。カリフォルニア大学のキャンパスにいる、パレスチナの兄弟たちの側に立ち、対イスラエルBDS運動をサポートしている若者たちに大きな愛と賛美を贈る。イスラエル政府が占領をやめるよう働きかけようじゃないか!これが俺が伝えなきゃならないことだ」。
アンコールは「ヴィーラ」~「ブリング・ザ・ボーイズ・バック・ホーム」ロジャーのアコーステックギターに徐々に音が加わってゆく。ロジャーと二人の女性コーラスのヴォーカルが夜空に響く。
ギターを置いて「コンファタブリー・ナム」が始まる。語りかけるよう歌いながらゆっくりと観客を見渡し、ステージ下手袖まで進む。デヴィッド・ギルモアのパートをロビー・ワイコフが下手の壁の上から歌い始めると、ロジャーはマイクを離して大きな身振り手振りで歌詞をなぞる。上手の壁の上ではギターソロ。上手袖まで進んだロジャーはステージ中央に戻りながら、額に手をかざしてピンスポットを避け、観客一人ひとりを目に焼き付けている。時にファンを指を差し、挨拶しながらステージ中央に戻るとスクリーンの壁が崩壊する。見事な演出だ。バンドが最高潮に達すると、ステージ後方から花火が上がる。スクリーンは握り合う手と手。3日間に渡って開催されたイベントに、これほどふさわしいフィナーレはない!大感動をくれたアーティストたちに大感謝。
ピンク・フロイド・ファン注目の27枚組ボックス・セット『The Early Years 1965-1972』がリリース。箱根映像もしっかり味わえるのだ。2CDハイライト盤『The Early Years - CRE/ATION』も登場。
▲『The Early Years 1965-1972』 提供:ソニー・ミュージック ジャパン インターナショナル
▲『The Early Years - CRE/ATION』 提供:ソニー・ミュージック ジャパン インターナショナル
☆3日間ライヴ鑑賞中PITエリアには多くのミュージシャン&重鎮スタッフが顔出していて、何度もセイ・ハローした。
☆会場BGMは60年~70年代のロックの名曲がズラリ。特にディランの出番前にはその印象が強い。大きなステージでDJが大活躍していた。ザ・バンドの「ザ・ウェイト」は観客が大合唱。
☆会場には公式マップには掲載されてないシークレット・エリアが沢山。バックステージ・エリア枠にあるダイヤモンド・エリアでドリンク&軽食でゆっくりさせてもらった。トイレも仮設とは思えない充実した水洗だった。3日目のザ・フー後の休憩中にDEでトイレをすまして戻ろうとすると“Mike”と大きな声をかけられた。キースのギター・テクニシャンで今やストーンズの楽器まわりの総責任者ピエール・デ・ビューポート。もう20年以上の付き合いで、ストーンズ来日中のクルーのライヴ場所探しやMCを何度か頼まれた。前回の日本公演中はレッド・シューズでクルー・ライヴ、2部から急にピエールにMCをふられて…。だいぶ酩酊してたのでバンドにのってラップまでやってしまったらしい(冷や汗)。10月9日にはゆっくりいろんな話をしてもちろん“お土産”をいただいた…。
▲w/ピエール 14年3月5日@レッド・シューズ
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10月6日に成田を出発、同日LAX着。7~9日デサート・トリップ。若い頃は週一の生放送をやっていたこともあってそれこそ海外旅行(そのほとんどがストーンズ)1泊3日、2泊4日は当たり前だったけれど、爺は少しゆったりしたい。10日朝にLAに移動して仲間たちと同地を観光旅行しようということになった。でもでも、やっぱりLAに来ると音楽関連のスポットに行きたくなってしまう。70年代~90年代はまずサンセット・ストリップのタワーレコードに行き、そばのブック・スープにも寄ってマニアックな音楽関連書を買い込むというのがお決まりのコースだった。現在はタワーもないし、書籍はネットで購入。ブランド物には全く興味がない(ストーンズ・ブランド・グッズは別だけど(*^_^*))。今回は春に公開された映画『サンセット・ストリップ~ロックンロールの生誕地』の記憶も新しいところでサンセット・ブールバードの約2.5キロのサンセット・ストリップを散策。僕ら世代は60年代テレビ番組「サンセット77」(原題:77 Sunset Strip)をよく憶えている。そして“ウィスキー・ア・ゴー・ゴー”男、ジョニー・リヴァースが大きくブレイクした時はシングル盤も購入。60年代中期から後半にかけてロックロールがロックに変革していくなかでのカルチャー・リボリューションの中心地。70年代以降も様々な音楽文化を築き上げたエリアがサンセット・ストリップ。現在は観光化しているけどやっぱりその臭いを嗅いでおきたい。
まず“ウィスキー・ア・ゴー・ゴー”。64年オープンで現在も連夜ライヴを行っている。そのすぐ傍の“レインボー・バー・アンド・グリル”でアフタヌーン・ビア。もちろん店内に置かれてあるモータヘッドの故レミー・キルミスターの銅像に拝顔してきた。
▲ウィスキー・ア・ゴー・ゴー前でのジイジ・ロック隊 開進第三中学校卒業生 左から赤池文明/野口一吉/筆者/野口栄二
▲レミー・キルミスター像@レインボウ
そのほかグラミー・ミュージアムにシニア割引で入場。4階建てのコンパクトな展示ビルだったけどエルヴィス・プレスリー・コーナー、ボブ・ディラン・コーナー、マイケル・ジャクソン・コーナーなどポピュラー音楽の歴史を十分に吸収できた。
そしてギター・センターにも行った。ここのエントランス前のロック・ウォーク(手形アート)は有名だ。インタビューやセイ・ハローしたことのあるミック・テイラー、バディ・ガイ、ロバート・クレイ、ジミー・ペイジ、ボニー・レイット、故ボ・ディドリー、故ソロモン・バーク,故ジョニー・ウィンター…。しっかりと拝見させてもらった。
▲ソロモン・バーク手形@ギター・センター
▲SBと筆者
▲ジョニー・ウィンター手形@ギター・センター
▲JWと筆者
そして56年に完成したキャピトル・タワー前にも足を運んだ。LAで活躍する我が国でもその名を知られるDJ YUTAKAがガイドを頑張ってくれた。ディナーはミックとも仲良しのロバート・デ・ニーロがプロデュースのレストラン“Ago”でたらふくイタリアン。デザート中の夜は殆どまともなものを口にできなかったのでしっかりガソリン補給。
そして深夜、90年代前半にわが国でライヴを行った女性ロッカー、カーラ・オルソン。その際バックを務めたトッド・ウルフ(昨年自らのバンドで来日公演。もちろんその際も深酒)、ルー・カストロ(今年アルバート・リーのベース奏者として来日)、それにカーラの旦那でストーンズ研究家として知られるソウル・デイヴィスらとピザ・パーティーで音楽談義。トッドはデザートにも観客としてジョインしたとのこと。でも話はやっぱりミック・テイラーとか現在ストーンズのことに…。正直、全員結構な年齢なんだけど、音楽トークになると止まらない。どこも同じだ。
▲LAロック仲間と。左からトッド/カーラ/筆者/ルー Pic.by Saul Davis。
▲トッドのギター・ピック Thx Todd
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今年春に公開された音楽ファン注目の映画、ハンス・フェルスタッド監督『サンセット・ストリップ~ロックンロールの生誕地~』がこのほどDVD化された。このDVDを抽選で3名の方にプレゼント!ご希望の方はBARKSプレゼントページ(https://www.barks.jp/present/)よりご応募を。
▲DVD『サンセット・ストリップ~ロックンロールの生誕地』
◆「Mike's Boogie Station=音楽にいつも感謝!=」まとめページ
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