【インタビュー】島爺「この1枚で歌い手としての人生が急降下しても、悔いのないように」
一聴すれば瞬時に引き込まれる圧倒的な歌唱力と、時に切れ味鋭く、時に甘美で渋い魅惑の歌声。“永遠の82歳”として活動する歌い手・島爺が、本日6月22日に初音源にして1stアルバム、その名も『冥土ノ土産』をリリースした。代表曲「ブリキノダンス うたった【SymaG】」はニコニコ動画約400万再生を誇り、今もなお再生数を伸ばし続けるなど、お爺ちゃんというキャラクターと対極にある歌声でファンを集めてきた島爺。だが彼は、一体何者なのか?
◆島爺画像
その実体に近づくべく、今回BARKSは島爺にスカイプインタビューを実施した。バンド活動を含むこれまでの音楽経歴、今作のリリースに寄せる感慨、『冥土ノ土産』というタイトルに込めた本当の意味、そして島爺にとって“歌”とは。ライター山口哲生氏が迫った。
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■バンドのときにメジャーでリリースができなかったという心残りもあって
■形は違うにせよ、その夢が叶うんやなって
▲AL『冥土ノ土産』初回限定盤 |
島爺:そうですねぇ……やっと形になったんやなって。ニコニコ動画での経歴だけじゃなくて、音楽を始めたときからのことも全部含めて、形になったんやなって思いましたね。なんかこう、喜びだけでもなく、いろんな感情が全部混ざってる気がします。
──喜怒哀楽全部?
島爺:はい。昔、バンドをやっていた頃にはデビューできなかったので、もしそっちの方でうまいこと行っていたら、こういう感覚にはならなかったのかもなぁとは思いますね。
──そもそも、音楽を始めたのはいつ頃だったんですか?
島爺:高校を出てからですね。友達連中とカラオケに行ったときに、歌を褒められたことがキッカケだったんですけど。
──元々音楽が好きだったとか?
島爺:いや、そうでもなかったんです。それまでは、Mr.Childrenさん、スピッツさんやサザンさんなど、本当にメジャーどころしか聴いてなかったんですけど、カラオケで褒められたことで、なんかスイッチが入っちゃって(笑)。
──そこからバンドを仲間内で始めたんですか?
──パートはボーカル?
島爺:最初はそうだったんですけど、活動を続けていくにあたってギターがいなくなって、自分が弾かざるを得なくなり、ギターボーカルをやってました。
──ただ、そのバンドは解散してしまい……。
島爺:はい。そうです。
──そこから動画投稿を始めたんですか?
島爺:正確に言うと、バンドをやっているときに、島爺ではないアカウントで、3、4曲ぐらい動画を投稿してたんですよ。録音機材も全部持ってたし、ミキシングも自分でできるんで、すぐにできるなと思って。その動画もそこそこ再生されてたんですけど、バンド活動が忙しかったので、そのままになっていて。で、バンドが解散したときに、そのことを思い出したんですよね。バンドをやめても、音楽は一生続けていくだろうと思っていたので、趣味で歌を続けるんだったら動画とかを地道に投稿して行こうかなって。
──島爺として投稿し始めているのは、2011年の秋からですけど、そもそもなんで“島爺”なんですか?
──なるほど(笑)。
島爺:そのインパクトがあまりにもデカかったので、「永遠の82歳」というのと、なんとか爺にしようと思って。「島」というのは、何爺にしようかなって考えてるときに、パっと一番最初に目についたのが、机の近くにあった地図の「○○島」で。その“島”からとって、島爺です。
──島爺っていう名前をここまで使うことになると思ってました?
島爺:全然思ってなかったです。だから結構早い段階で後悔はしましたね(笑)。もうちょっとちゃんとした名前にすればよかったなって。でも今となっては下手にカッコつけるよりもインパクトがあっていいなとは思ってますけど。
──そこから活動を続けてこられて、今回が初音源になるわけですが、そもそも動画の再生数も多いですし、きっと過去にもCDのお話はあったと思うんです。それに、ライブ活動をされている歌い手さんも多いですけど、島爺さんはここまで人前に出たことがなくて、最近の潮流とはちょっと違う部分もありますよね。そういった面で、今回のCDリリースは、島爺さんにとってかなりの決断だったのではないかと思うのですが。
島爺:そうですね。僕の中では、これまでは趣味の範疇とはいえ、大きな決断でしたね。他の歌い手さんがどうかはわからないですが、僕としては、歌うことの目的はデビューであったり、CDを出すことではなかったんですよ。楽しめるだけ楽しみたいと思ったのが始めたキッカケだったので。それに、僕のそういう活動スタンスが好きで、リスナーになってくれた方々もたくさんいらっしゃるみたいなんですよね。だから、僕がCDを出すということで、リスナーさんの大半に愛想を尽かされてもしょうがないと思ってますし、今もその気持ちは変わっていなくて。
──そこまでの覚悟やリスクを把握している上で、なぜCDを出そうと思えたんですか?
島爺:まぁ、とりあえずワーナーさんがしつこかったんですよ(笑)。おっしゃっていた通り、今まで何度かオファーみたいなものは受け取っていて、その度にやんわりとお断りしていたんですが、何回そういう返事を送っても、また送って来るんです(笑)。そういうやり取りをしているうちに、ここまで言ってくれるんやったらって考えるようになって。あとは、バンドのときにメジャーでリリースができなかったという心残りもあって、その夢が、ちょっと形は違うにせよ叶うんやなっていう想いもありましたので。
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