【2015年グラミー特集】音楽ダウンロードのこの時代、アートとして最も優れた作品とは?【年間最優秀アルバム】
●2014年はダフト・パンクが画期的な受賞を果たした
グラミー賞主要4部門と呼ばれる賞のうち、この“年間最優秀アルバム”が最も予想しにくいのではないか?と、個人的にはそんな印象を強く持っている。なぜ?それは、ラジオやテレビで耳なじみのヒット曲が受賞することの多い年間最優秀レコードや年間最優秀楽曲とは違って、意外に“渋い”作品が選ばれることがけっこうあるから。
たとえば2001年、第43回の受賞作、スティーリー・ダン『トゥー・アゲインスト・ネイチャー』は、ビルボードのチャートでは最高6位で、決して大ヒットではない。第47回のレイ・チャールズ&Various Artists『ジーニアス・ラヴ~永遠の愛』は、前年に亡くなったレイへのリスペクト授賞という意味合いも強いように感じたし、第50回のハービー・ハンコック『River:the Joni Letters』に至っては、グラミーではこれまで“ジャズ”と名のついた賞しか受けていなかったハービーがまさかの受賞。翌年のロバート・プラント&アリソン・クラウス『レイジング・サンド』も、プラントのイメージとは異なるルーツ音楽志向を持つ異色の作品だった。
そして昨年度はご存知の通り、ダフト・パンク『ランダム・アクセス・メモリーズ』が、ダンスミュージック系のアーティストとしては画期的な受賞。もう今年誰が取っても驚かないぞという心の準備はできているが、果たしてどうなるか?
●ホームレス経験者エド・シーランと、バーのトイレ掃除だったサム・スミス
これまでの経緯を考えるなら、過去2回ノミネートされたベックか、過去1回ノミネートされたビヨンセが獲れば、念願の受賞ということで盛り上がりは必至だろう。
▲ベック
▲ビヨンセ
ベックはすでに3個のグラミー賞トロフィーを持っているが、“オルタナティヴ・ロック”と名のついた受賞が多い。しかしノミネート作『モーニング・フェイズ』は、オルタナティヴなポストロックと、フォークソングやカントリーが混ざったような、美しい音色のアコースティック・アルバムで、聴き手を限定しない傑作だ。
ビヨンセはというと、実に17個のトロフィーを保持しているが、こちらも“R&B”と名の付くものがほとんど。主要部門は第52回の年間最優秀楽曲のみなので、今回取る気は満々だろう。ノミネート作『ビヨンセ』も、もはやR&Bというジャンルではくくれないハイブリッドなポップ・アルバムになっているので、ここで受賞できれば、自他共に認める“ジャンルはビヨンセ”という超大物の域に達するのではないか。
一方で、英国からノミネートされたふたりの男性アーティストは、音楽スタイルこそ違えど、どこか似たもの同士。ノミネートが発表された日、ふたり揃って“寿司レストランでお祝いランチ”したという報道があったが、プライベートでも仲が良く、年齢も近く(サム22歳、エド23歳)、ホームレス経験のあるストリート・ミュージシャン上がりのエドと、つい2年前までバーのトイレ掃除のバイトをしていたサムという、シンデレラ・ストーリーにも共通項がある。
ヒップホップの要素を持ったアコースティック・タイプのサウンドに乗せて、現代を生きるストリート詩人としての才能を解き放ったエド・シーラン『X(マルティプライ)』と、ジャズの素養をバックにソウルやゴスペルを加えた美しいポップスを作り上げたサム・スミス『イン・ザ・ロンリー・アワー』は、2枚合わせて聴くことをお薦めしたい。そして、どちらが獲ってもグラミー初受賞だ。
●セールスは関係なく“作品のクオリティのみ”を重視する
最後のひとりはファレル・ウィリアムス。もし彼が受賞すれば昨年、年間最優秀楽曲を受賞した「ゲット・ラッキー」(ダフト・パンク、ナイル・ロジャースと共同受賞)に続き、2年連続で主要部門制覇の快挙になる。
彼はザ・ネプチューンズ(ファレルとチャド・ヒューゴによるプロデュース・チーム)でもグラミーのトロフィーを4個、個人でもすでに5個持っているが、ノミネート作『ガール』は、8年前のソロ・デビューアルバム『In My Mind』の記録を上回る全米2位となり、ヒップホップ、コンテンポラリーR&B、ダンスミュージックを股にかけたモダンなポップ・アルバムとして日本でもヒット。プロデューサーとしてスタートした彼がソロ・アーティストへと立場を変え、単独で過去最高の栄冠をつかむことになれば、それもまたひとつの感動的なドラマになるに違いない。
正直誰が獲ってもおかしくないのだが、あえて予想するならば、4冠を狙う時の人、サム・スミスか、音楽的に最も“渋い、そして美しい”と個人的には感じられるベックのどちらか。15000人の音楽業界関係者の投票によって選ばれるグラミー賞には、セールスは関係なく“作品のクオリティのみ”を重視する不文律があるというもっぱらの噂だが、それが最もよく出るのが、この“年間最優秀アルバム”ではないか。
ダウンロードが当たり前となり、CDがオマケとして無料配布されたりもする時代の中で、あくまでもアートとして優れたアルバムを選ぶという、アメリカ音楽業界関係者の矜持のようなものが感じられる、年間最優秀アルバム。結果発表が楽しみだ。
Text:宮本英夫
▲ダフト・パンク
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